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第三章 どきっ、女だらけの水浴び 〜ポロリもあるよ!〜

 「ボクはのぞくぞ」
 エル・ウィンド(える・うぃんど)はきっぱりと言った。その目はいっそ澄み切っている。
「ここでためらってはのぞき部の名折れ。問うな!感じろ!己の奥底から沸きあがってくるパッションに忠実であれ!蔑まれることがなんだ。むしろこれがマナー!
女性が水浴びをしている……のぞきの理由なんてそれで充分だろう?
 うおおおおお……!!
 辺りから野太い歓声が上がる。それは、水浴びに行く女性たちに置いてきぼりにされた男たちの、心からの叫びだった。
「かっこいい……アンタかっこいいよ!!」
「漢だ……」
「エルさん……いや、兄貴!」
「兄貴ぃい!」
 緒方 章(おがた・あきら)もそのうちの一人だった。大好きなパートナーの林田 樹(はやしだ・いつき)に置いていかれ、「のぞくんじゃないぞ?」なんて妖艶に微笑まれたら……。
「これがのぞかずにいられるかーい!!」
賛辞の声を受けて、ふっと笑んでみせたエルの表情は既に達観していた。
「心を共にする者はボクについて来い。雄雄しく……しかしこっそりとな」
 漢たちの目には、確かに金色に輝く勇者が映っていたという。

 なぜこんなことになっているかと言えば、やはりレティーシアの一言が引き金となっていた。
 お嬢様曰く。
 具材狩りをしたら汗をかいてしまって気持ちが悪くなりました。
 こんな汗をかいたまま氷室に行けば、間違いなく風邪をひいてしまう。なので、わたくしはそこの湖で水浴びを終えるまで一歩も進みたくはありません……と、要約するとそういうことである。
 さすがに男性は一緒に入れないので、その時お嬢様の周辺警護にあたっていた女性たちが一緒に向かうことになったのだが……これは、彼女たちが去ったその直後の様子である。

 「ま、待て。落ち着けお前ら」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)本郷 翔(ほんごう・かける)と共に、押し寄せようとする男性陣を必死で抑えていた。水浴びと聞いて集まってきた者たちは殺気立っており、ヘタをすると獰猛なオオカミよりも恐ろしい。
「これが待っていられるか!」
「どきたまえエヴァルトくん」
 そんな苦心を尻目に、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)は冷静に指示を出していた。
「武装もしない女性だけでは危険であろう。セル、フィーネ。すぐに動ける状態で待機してはいるが、万が一ということもある。おまえたちもご一緒して差し上げろ」
「はい」
「仕方がないな」
セルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)が素直にフィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)はやれやれといった様子でレティーシアの後を追っていく。
「そう、僕たちはのぞきをするんじゃない。護衛のためについていくんだよ……ふふ」
便乗してついていこうとする章に、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)の鉄拳が振り下ろされた。
「この餅ぃ!もしやと思って残っていたら案の定!!樹様の水浴びをのぞこうだなんて身の程を知りなさい!例え樹様が許しても、ワタシが許しませんよ」
「カラクリ娘!……邪魔をするなら容赦しないよ」
「それはこっちのセリフです!」
二人の取っ組み合いが始まるのをきっかけに、他の男たちも移動を始める。
「えっちなのはいかんと思うぞッ!」
男はみんなえっちだ!!
迷言と共に……エヴァルトの奮闘むなしく、防衛線はついに決壊した。


 「ルカ、また胸大きくなったんじゃないか?」
「え?そ、そうかなぁ……もうっ、恥ずかしいよー」 
 ……一寸先は天国でした。ほんとうにありがとうございます。
 イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)の率直な言葉にルカルカ・ルー(るかるか・るー)は頬を染めた。
 どこでも駆け出していってしまうレティーシアに付き合って走り回り、じんわり汗をかいた体に冷たい水が心地いい。
 湖の真上だけぽっかりと空が開けて光が降り注ぐ中、一行は最低限の武装だけは手元に置きつつ水浴びを楽しんでいた。
「いい場所だね!仕事だっていうこと忘れちゃいそうだよ」
それじゃ駄目だけどね、とミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が明るく笑って足を水に浸し、パシャパシャとたわむれている。クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)はつられて笑った。
「うん、ポカポカして気持ちいいね」
「そうでしょうとも!わたくしのお気に入りの場所なんですのよ」
 レティーシアがなぜか胸を張る。その隣ではレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)がのんびりと水に浸っていた。すっかり仲良くなったらしい。
 その様子を眺めながら、ルカルカがクスクスと微笑んだ。
「ほんと、気候もいいし泳いでしまいたいくらいよね。……泳ぐと言えば、イリーナさんはもう夏用の水着買った?まだだったら今度みんなで空京デパートに見に行こうよ」
「ああ」
「あ、エレーナはダリルと一緒に行って選んでもらった方がいいか」
恋人の名前を出されて、エレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)は頬を染めた。
「も、もう。からかって……」
照れてはいるものの、満更でもないらしい。そんな様子を微笑ましく思いながら、イリーナが話を続けた。
「行くのはいいが……ルカルカは……入る水着売っているのか?(胸的に)」
「売ってるよー。ルカはビキニにしようと思ってるんだ。パレオと合わせると可愛いよね♪」
 会話が耳に入ったのか、レティーシアがふと周囲の人たちと自分の体型を見比べた。
「……!」
 慌ててポニーテールを解いて隠すようにすると、レティーシアはそのまま肩まで水に潜ってしまった。顔は真っ赤で時折いじけたようにぶくぶくと泡を吐き出している。
「どうしたんですか?」
アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が心配げに近づくと、チラッと胸部に目をやってそらす。意図がわからずアリアが固まっていると、消え入りそうな声が聞こえてきた。
「わたくしだって、きっともう何年かしましたら成長してビキニの似合う姿になるんですわよ……」
「へ?」
きょとんとするアリアを尻目に、レティーシアはのんびり泳いでいたレティシアを背後から捕まえるとわしっとその胸を掴む。
「ふわぁあぁああっ?!」
「レティシアなんて二歳しか違わないのに、一体何を食べたらこんな風になりますの?」
どうやら、胸のサイズは地雷だったらしい。
 歯噛みするレティーシアに、林田 樹(はやしだ・いつき)が率直に言った。
「何を気にしておるのだ?別に、お嬢様はそのままで可愛らしいと思うがな」
「……へっ?」
ぶっきらぼうな物言いはお世辞や気遣いを感じさせず、樹が本当にそう感じたと伝わった。
 レティーシアは今度は別な意味で真っ赤になった。
「そっ……だっ、て……わたくし……」
「水着もきっと似合うだろうな。……なぁ、コタロー?」
「うー!」
邪気なく林田 コタロー(はやしだ・こたろう)に断言されて、喉まで出かかった不満はどこかへ吹っ飛んでしまったらしい。愛らしく水辺ではしゃいでいるコタローに、いつのまにかレティーシアのしかめ面もほぐれていた。

 ふと、風が凪いだ。

 はしゃぎ声で気がつかなかったが、周りの音が静まり返っている。
 空を見上げると、いつの間にか雲が出て日の光が遮られていた。そして、ゾワッと、背筋を嫌悪感が走り抜けた。
「……っ!!気をつけろ!」
いち早く気配を感じ取ったイリーナが、武器を手に立ち上がる。
「え?一体何ですの……」
事態を飲みこみきれていないレティーシアの目が、何かを捉えて強張る。

 ガサッ!!

 緊張を走らせる彼女たちを取り囲むようにして、パラミタオオカミの群れが木立の合間から姿を現した。