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ダンジョン☆探索大会

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リアクション

 第一章

「待って下さい」
 ほのかな灯りに照らされ、青い蝶が踊った。
 クロス・クロノス(くろす・くろのす)が左手を上げたのだ。彼女の手の甲には、透き通るような蝶の刺青があった。
「何か感じませんか?」
 行く手に、と付け足す。
 抱けば折れそうな華奢な体つき。新雪色の肌に、年齢に比して落ち着いた美しい容貌……一見、このような危険地帯に似合う姿には見えないのだが、クロスをその姿だけで判断する者は、例外なく大きな代償を払うことになる。クロスは騎士、それも歴戦の騎士、無造作に提げた大鎌は、無数の戦場に血染めの路を斬り拓いてきた。経験から体得したその勘もまた、衆に抜きんでている。
 禁猟区スキルを有するメンバーも身を強張らせる。どうやら間違いはなさそうだ。
「あー、そろそろ出てきてもよさそうだよねー」
 佐伯 梓(さえき・あずさ)は手をひらひらと振り、やや前をゆくレイスに合図した。闇の中に浮くその姿は白く半透明、まさしく幽霊だ。
「待ち伏せのゴブリン、ちょっと驚かせてみたいんだけど、いい?」
 問いかけ、仲間たちの同意を得た上で、
「よーし、じゃあ行ってきてー」
 と、梓は人差し指立てて指示を出した。得たりとばかりにレイスが、先行して奥へ向かっていく。戦うなら奥まった前方より、広場状のこの地点がいい。驚かして引きずり出すつもりだ。
「敵は殺気立っていますね、近づくほどにそれが感じられます」
 カデシュ・ラダトス(かでしゅ・らだとす)は武器を構えると、光源にしていた光の翼を畳んだ。
「そうだね。ま、えんやこらーとやろうか」
 近所に買い物にでも行くかのような口調で梓が応じる。
「えんやこら……」
 カデシュは軽く片眉を上げる。
「アズサ……もう少し真面目に行動できません?」
「そんなことないよ、真面目だぜー、ずっと」
 梓は拗ねたような口調だが、その実、とくに傷ついている風もない。飄々と続けた。
「まあ、ちょっとマイペースではあるけど。……だからといって、深刻そうにしてるのだけが真面目だとは思わないからさ」
 その瞬間にはもう、梓の姿は鹿のように駆け出している。
「さあ、今日も面白くいってみようかー!」
 目指すは前方、レイスの付近、石筍の背後から物陰から、あるいは天井から、猿叫(えんきょう)上げて次々と、ゴブリンの集団が飛び出してくる。赤黒く錆びたナイフや剣、釘を打ち込んだ棍棒など、ゴブリンたちは思い思いの武装をしていた。何匹いるか瞬時には判断がつかない。それほどの数だ。耳障りな奇声が洞窟内にこだましている。
 だがその奇襲は、一行、すなわち戦闘部隊【見敵必殺】の予期するところだったのである。ゴブリンはレイスに向かって無意味な攻撃を行い、ために足並みが乱れている。
 バランスを崩したたらを踏んだゴブリンが、若竹さながらに両断された。しかも二匹同時に!
 二匹の断末魔の叫び、いや、津波のように押し寄せるゴブリン集団の喚きすら貫き、彼の宣言は閃光の如く戦場を駆け抜けた。
「この程度の姑息な手で、騎士を潰せるとは思わないことです!」
 威風堂々、彼は騎士、その名も高きクライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)、黒き甲冑勇ましく、敵の只中にいち早く突入したのだ。
「僕はクライス・クリンプト! 命が惜しくないのであればかかってきなさい!」
 正面に掲げた剣の刃には、僅かな汚れも見いだせない。黒山のゴブリンは瞬間、まるでそこに雷でも落ちたかのようにすくみ上がった。
 だがゴブリンは知ったであろう。雷はクライス一人ではないということを!
 彼と共に二人の騎士が、同じ勢いで突撃を敢行していた。
「クライス、騎士は言葉ではなく、その働きで名を残すものだ。止まっている暇は無い。右斜め前方、敵の出現孔を塞げ」
 クライスに勝るとも劣らぬ迅速さ、ローレンス・ハワード(ろーれんす・はわーど)が向かうは、ゴブリンが次々と出てくる穴の一つである。ローレンスの言葉には、巌を思わせる重さがあった。
「そういうこった。悪いがあんたら、観念してもらうぜ」
 それとは対称的に、ジィーン・ギルワルド(じぃーん・ぎるわるど)の口ぶりは軽い。だが軽やかに翔ぶ蜂が、しばしば自身の何百倍の相手を死に至らしめるように、ジィーンの攻撃も鮮やかにして強烈なものだった。

 やがて、押し出てくるゴブリンの全貌が判明する。百に迫ろうという大軍だ。戦力比では【見敵必殺】が圧倒的に不利だが、彼らにはそれを跳ね返すだけの実力と作戦がある。
「剛太郎様、正面、敵が吶喊をかけてきます。掃討をお願いします」
 白に身を包む乙女、コーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)が述べると、大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)は石筍に片足を乗せて姿勢を安定させた。
 機関銃は腰で支えろ、それが剛太郎の哲学である。深く息を吸って姿勢を安定させる。既にゴブリンは手を伸ばせば届くほどの距離にまで迫っていた。
「掃射であります!」
 溜め込んだ息を吐き出すのと同時、引き金を引くと機関銃が、爆発するかのように弾丸を吐き出した。散らばった薬莢が豪雨のように床を打ち、硝煙の香が立ちこめる。剛太郎を侮っていたのだろう、薄ら笑いを浮かべていたゴブリンたちは、驚愕と恐怖に引きつりながらバタバタと斃れた。
「剛太郎様!」
 だがすべてのゴブリンを仕留めたわけではない。手傷を負いながらも剛太郎の懐に飛び込んできたものがあった。しかしそのゴブリンも、たちまち棒立ちになって崩れ落ちる。胸をレーザーに貫通されたのだ。
「ごめんなさい……でも」
 私だって、護ってもらうばかりではないのです――サファイア色の瞳をコーディリアは伏せる。
 剛太郎は短く一度、振り返って頷いた。頼りにしている、という意味だった。言葉をかけている暇はない。さらに大量の敵が押し寄せてきたのだ。充填した機銃を再度向ける。
(「今回、この迷宮に師匠も来ているという話でありますが……」)
 構え、引き金に指をかけて剛太郎は思う。彼の師匠、宮本武蔵は今、どのような状況にいるのだろうか。
 自己鍛錬という目的を最も追求しているのが、グラン・アインシュベルト(ぐらん・あいんしゅべると)アーガス・シルバ(あーがす・しるば)オウガ・ゴルディアス(おうが・ごるでぃあす)の三人組だろう。
「たまにはこういった布陣も良かろう?」
 グランは、滝のような白い顎髭をなでつけながら言う。
 剛太郎のやや前方にて、グランら三人は隊列を組んでいるのだが、このフォーメーションにはいささかぎこちなさがあった。しかしこれこそが鍛錬、彼らは普段と隊列を変じ、不慣れな状況下に身を置いたのである。
「せ、拙者が前面にでるなんて無理でござるよ!」
 オウガは肩で荒い息をし、雅刀を杖のように地面に突き立て休息している。前衛であるグランと中衛のオウガは位置を交換しているのだ。さっそく敵の歓迎を受けてしまった。
「何を言うのじゃ、しかと敵の第一波をしのいだではないか。なかなか勇ましかったのう。ゴブリンも圧倒されておったな」
「まぐれにござる、それはクライス殿ら騎士諸兄の強さあってのこと……もう交代させてほしいでござる〜」
 狼獣人のはずのオウガだが、憔悴しているせいか普段からハスキー犬風の顔つきがますます犬っぽくなっている。ところが親分は甘くない。
「まだまだこれからじゃ! しっかりせんか!」
 気合いを入れるべく、グランはオウガの背を平手で叩くのだった。
「……いい修行だな」
 三人組最後方、回復役のアーガスは、オウガのみならず味方最前衛の治療を受け持っていた。アーガスは多くを語らないものの、グランと同意見のようだ。
「……また湧いてきた……連中、数があるだけ強気だ。圧倒されるなよ」
 アーガスも後押しするように告げ、再度オウガは窮地に立たされるのであった。
 
 激突する二つの潮流、ゴブリンの軍団と見敵必殺の勇士たち。初手こそ一行は余裕でしのいだものの、ゴブリンの数は膨大だ。さらに二度も退けたが終わらず、またも追加の集団が襲ってきた。
「持久戦か、仕方ないな」
 ジェイコブ・ヴォルティ(じぇいこぶ・う゛ぉるてぃ)が拳を握りしめると、逞しい腕に血管が浮く。
 肩に担いだ大斧『ブージ』、これはジェイコブその人を象徴するような武器だ。この斧も、彼自身も、そこにあるだけで強力な存在感がある。自然、敵の攻撃も集まってくる。
「来い!」
 ぶうん、とブージの刃が突風を起こした。銅剣を振り回していたゴブリンは、その武器ごと真っ二つになる。だがジェイコブは猪武者ではない。彼は戦いながらも戦友たちの状況に目を走らせ、長丁場になるであろう戦いに支障をきたすことがないよう留意していた。それだけでなく、ゴブリンの行動に特定のパターンがないか見出そうともしている。
 戦場の把握、というのなら、椎名 真(しいな・まこと)も油断なく目を光らせていた。
「こちらを舐めてかかっていたのが徐々に、引き気味になっている……か」
 一見、ゴブリンの勢いは落ちていないように見えるものの、チーム最後尾にいる真は、その微妙な変化を感知していた。ゴブリンとて無限ではない、この集団は人員が尽きようとしていると推察された。
「浮き足立っている相手なら、足元をすくうのが上策だね」
 真は地を蹴る。定位置から大きく前進、燕のように素早く、アーガスの隣を抜けグランの位置まで迫りつつ、
「ゴブリン専用蜘蛛の巣、ってのはどうかな」
 執事らしく優雅さを損じぬままに、ナラカの蜘蛛糸投じるや、ゴブリン集団の中央に叩きつけた! これはダメージ以上の意味があった。突然の糸に驚き、ゴブリンは混乱しはじめたのだ。
「ほう、やるのう」
「いえ、まぐれで……」
 グランの称賛の言葉に、真は後ろ頭をかいて照れ隠しする。
 これを見て呵々大笑、その男は宣言した。
「ぬぉわはははは! 混乱した敵など『カラスがゴー』と書いて烏合の集なのであーる!」
 天才科学者青 野武(せい・やぶ)だ! 愉快な手下に呼びかける。
「殲滅、殲滅、大殲滅の開始なのであーる! 参るぞ!」
 その気合いが巻き起こしたのか、はたまたなにか仕掛けがあるのか、野武の白衣がごうごうとはためいた。野武は呼ばわる。
「黒! 我輩の右につくのだ!」
「ふむ。数の暴力で攻め立てるゴブリンに対し、ここで一発大逆転というわけですな」
 呼べば応える黒 金烏(こく・きんう)だ。手術は速やかに、オペ服翻していざ前進!
「シラノ! おぬしは左だ!」
「先駆けが戦場の華なれば、咲かせてみましょうこのシラノ。誘拐された名花にも、見せたいこの勇姿でありますよ」
 やはり呼べば応える勇者が続く。その名はシラノ・ド・ベルジュラック(しらの・どべるじゅらっく)、大きな鼻をぶんぶん揺らし、忘却の槍を手に前進!
 そして野武はもう一声告げた。
「それに、ええと……誰であったかな?」
 すっとぼけた表情で問うのだが、
「いやですよお父さん、あなたの『息子』の十八号ですよ」
 健気な息子よ青 ノニ・十八号(せい・のにじゅうはちごう)、目をウルウルさせて応える。
「おーおーおー、十八号! えー、十八号なあ……まあ、おぬしは後方にでも備えておれい」
「なんで十八号にだけそんな投げやりなんですか。『背中は任せた!』とか格好いい言葉をかけて下さいよ〜、哀しいぢゃないですか」
 ますますウルウルの十八号である。
「ええい、士気を挫くようなことを言うでない、このポンコツロボットが! なら気合いの入るセリフでも吐くのだ!」
「あ、はい……。みなさん気負ってらっしゃいますけど、ここはゆるりといきましょう。『レイテは事を仕損じる』って言いますし?」
 ボカッ、という音がして、野武、金烏、シラノは突撃を再開した。
「ああっ、お父さん、おいていかないでください!」
 そのすぐ後を、頭部の凹んだ十八号があせあせと追っていく。
「敵が怯んだぞ! 総攻撃だ!」
 ジェイコブは目を見開く。合図としてブージを頭上で回転させ、地も裂けるほどの大音声で呼ばわった。この叫びは味方の士気を高め、敵を心底怯えさせるものだった。
 総崩れ状態になったこの地のゴブリンが、すべて倒されるのは時間の問題だろう。