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さよなら貴方の木陰

リアクション公開中!

さよなら貴方の木陰
さよなら貴方の木陰 さよなら貴方の木陰

リアクション

 第四分室の隣の部屋は、電脳空間に降りるためのPODが置いてあり、劇をやる人のためにヒパティアと打ち合わせができるよう3D機器が置いてあった。
「シンデレラをやろうと思ってるんだ、どたばたで笑ってもらいたいなあってね」
 なんと武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)はシンデレラ役だというのだ。
 ヒパティアを交えて打ち合わせをやり、いろいろと脚本とキャストの衣装を決めていった。
 そうやって他にも沢山人が入れ替わり立ち代わりしているものだから、シンデレラ劇メンバー、真の言いだしっぺの重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)が、ヒパティアに何事か吹き込んでいることに気づかなかった。
 そして皆がログインしたとき、策は成ったのだ。
 電脳空間は今やバーチャルリアリティではなく、シミュレーテッドリアリティとでも言うべきである。
「おーい田中太郎ー!」
 シンデレラ役を探して、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が声を張り上げた。
「そっちで呼ぶなー! 俺は武神 牙竜だ!」
「だから、田中太郎だろ? ガリュウって誰のことだ? もう始まるから、役につけって」
「え…?」
 リュウライザーは、木の枝を身体に括りつけ、もっさもっさ葉摺れの音の下でニヤリ(?)とほくそ笑んだ。
「……計画通り…!」



 ―昔々、美しくてやらしい娘がいました(ってんな自己紹介アリかよ)。しかし、娘の母親は早くに亡くなってしまいました。そこで(よくあることに)父親が二度目の結婚をしたので、娘には新しいお母さんとお姉さん達が出来ました。―
 正悟がナレーションを入れていくのですが、素で突っ込みはなはだしく、心の声が心におさまっていないのです。もうめんどくさいので、地の文でそのままいくことにします。
 エミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)がなんとか修正しようと口とか手を出しますが、だんだんヒートアップして舞台裏がだだもれになっているのでした。
 (一言多い! てかよくあることってなんなのー!?)(ドカッ)
 ―ゲフっ…し…しかし彼女達は、そろいもそろって大変な意地悪だったのです…―

 いじわるな次女のライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)は、太郎に掃除を命じています。
「いい? 僕らの部屋の掃除をしておくんだよ?」
 とりあえず断るといじわるされるので、雑巾につまづき、バケツをかぶりながら掃除用具と悪戦苦闘する太郎を見て、次女は昼寝にはいりました。
 ところで、掃除してるその場所で昼寝とは、ほこりをかぶっちゃうと思うのですがいかがでしょう?

 いじわるな三女の朝霧 栞(あさぎり・しおり)も、太郎に洗濯を命じています。
「早くこの洗濯の山をどうにかしてくれよ。あ、当然お前のとは別に洗うんだぞ?」
 思春期の乙女がおとうさんにつける文句と同じです、ちょっとマセてますね。
 でも洗濯機が不許可なんて、まさに外道!
 太郎がもたもたして洗剤を間違えているのを教えずに、散歩に出かけてしまいました。

 いじわるな長女の朝霧 垂(あさぎり・しづり)は太郎に命じてあった用事のチェックをしていました。
「ちょっと太郎! 俺達の部屋の掃除と洗濯、やっておけと言ったよな?」
「俺は太郎じゃない!」
 スルーされました。が、長女の慧眼から逃れられる家事はありません。
「ま…窓のほこり…白っぽい拭き跡がくっきり…部屋の隅に残るゴミ…どころじゃない、前よりも汚くなっているじゃないか!」
 洗濯物もそうです。
「色柄モノを一緒にするなああああ! あとネットをもってこい…いや誰が卓球のネットをもってこいと言った!? バレーのネットより微妙なものをセレクトしおってからに!」
 長女はブチキレです、太郎の努力のあとをブルドーザーのように、…完璧にピカピカにしていきます。後には埃一つ落ちていません。
「…うおお、すげえー」
 状況を忘れて太郎は見入ってしまいます。
「いいか、窓拭きは仕上げに新聞紙で磨くんだ! 洗濯物はきちんとタグをチェックして洗い方を変えて型崩れするものはネットに入れろ! わかったか太郎!?」
 なんだかんだ言ってスパルタンで軍曹で海兵キャンプ的な教育がなされているのですが、それをものともせず太郎のダメダメさは磨きぬかれていきます。
「さーいえっさー! ってだから俺は太郎じゃないって…」
「俺のしごきはそんなに生ぬるいと思っているのか太郎!」
「思っていませんっ!!!」

「ふわあ、さて太郎はどうしてるかなー」
 次女が目を覚まし、ダメダメな太郎の戦果に期待します。
「あのダメダメ具合から見て、どれだけ…って、うぉ!?」
 部屋どころか、屋敷中輝かんばかりにピッカピカになっています。こういうとアレですが、きっとなめても大丈夫なくらい綺麗です。
「もしや…」
 しばし屋敷を歩き回り、ついに掃除をしている長女に遭遇しました。
「垂が掃除をしちゃ、意味ないでしょー!!」

「ただいまー、さて太郎はどれだけやらかしてるかなー」
 散歩から戻ってきた三女は、太郎のダメッぷりの記録更新を期待します。
 全てが真っ白に洗い上げられた洗濯物をぴっちりと畳んでいる長女に遭遇してしまいました。
「だから、お前がやったらダメだろーが!!」
 (なんだかんだいって、これもある種の愛情かしら…?)

 そこに継母の樹月 刀真(きづき・とうま)と夫の漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が現れました。
「騒がしいですね」
「「「母様! とついでに継父様」」」
 夫は再婚した妻にめろめろなので、連れ子達からかなりスルーされていてもまったく気にしていません。
「こら娘達、母様にくっつきすぎです、早く離れなさいなのよ〜!」
「とりあえず、話が進まないな。お前達に朗報を持ってきた、お城の舞踏会に招待されたのだよ」
 当のヨメさんからもスルーされましたが、舞踏会は年頃の娘をターゲットに呼ばれるものなので、父親なんぞいなくても変わりません。
 (…お父さん…がんばって…!)
「お前達、ちゃんと用意をしなさい、レディーにふさわしい振る舞いをするんだよ」

 太郎は絶対絶命でした。
「折角晩餐会に招待されたんだからな、俺も料理の一品でも持って行こうと思って…ってことで、味見してくれ」
 そう長女に差し出された料理からは、殺気看破でバリバリとクるものを感じます。
 悪人は微笑みながらやってくるものです、少なくとも、見た目だけなら長女の料理はお金がとれるレベルです。
 でもやっぱり、見た目が見た目なので、今回はいけるんじゃないか…? という期待があるのも確かです。
「どうした? 遠慮せずに全部食べていいんだぞ?
 長女の目は笑っていません、というか鬼眼バリバリで太郎の心に恐怖心をざくざくとうえつけていきます。
 太郎は恐る恐る一口、飲み込む前にばったりと倒れてしまいました。

 持ち前のたくましさでなんとか回復した太郎は、今度はドレス着装を手伝わされます。
「あー、俺も晩餐会に行きたいなあ…」
 とりあえず手伝えと言われたので、他の候補のドレスも抱えて傍に寄ります。
 しかし太郎は、まったく足元を見ていなかったので、お決まりの『裾を踏んでドンガラ』をやらかしました。そして、下着姿の垂の胸を鷲掴むといううらやましい状況が発生したのです。
 暫しの沈黙、とてつもなく長い時間が経った気がするような緊張感…これが破られたときが、生死の決まる時…。
「…重いから早くどけ!」
 ていうか長女には、一切の恥じらいはありませんでした! どうも心配しなくてもよかったみたいです。
 イモを転がすように押しのけられ、太郎は結局次女と三女にボコボコにされました。
 (うわあ垂さん…漢前すぎるわ! …っていうか太郎さんサイテー!)

 太郎を置いて、いじわるな姉たちと継母はお城に向かいました。
「あー、今頃うまそうなもん食ってるんだろうなあ…」
 そこに、突然4人の魔女たちが現れました。
 浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)は居心地わるそうです。足元がすーすーするのです。
 スワン・クリスタリア(すわん・くりすたりあ)は、ねずみの御者だったはずが、違う衣装になったので喜んでいます。
 白乃 自由帳(しろの・じゆうちょう)はかぼちゃの馬車のドアにされそうになったのが不服でむくれています。
 九条 葱(くじょう・ねぎ)は、なんだか皆をうっとりと眺めています。
「…皆さん、役かぶってませんか?」
 皆魔女…というより、魔法少女の格好なのです。その中から葱が進み出て、
「えーと、泣くのはおよしシンデレラ…え、『本名:田中太郎』?貴女は何時も仕事がない残念な子ですね」
「…あんたらにまで茶化されるとはほんと残念っすねえぇ…!」
「見ていて不憫なので私の後に居る魔法使いさん達が、魔法で晩餐会に連れて行ってくれますよっ!」
「聞けよ!」
 とりあえず、お城に行くにはドレスに着替えなければなりません。
「ってわけで、早くドレスを…ないんですねそういや。では私が出しましょう! 返事は聞いてない!
 シンプルイズベスト! 私はシックで晩餐会に合いそうなワンピースタイプをチョイス!」
「ああっ、翡翠君ずるい! 私もやりたいです!じゃあ…
 せくしーだいなまいつ、コレで王子様を悩殺っ! なチャイナドレスを選んでみるよ!
 胸の辺りがちょっと寂しい感じだから、サービスで肉まん詰めて置いてあげるねっ!」
「なんと、勝負でしたらわらわも受けて立ちますわよ!
 大和撫子は男性に人気が高いという事で十二単を選びますわ…。
 これで存分に王子にアピールするといいですわ…!」
 勝手に魔女たちに勝負の対象にされているが、ここは早く決めないともっとひどいことが起こる気がした。
 十二単は、とりあえず防御力は高そうだが、機動力においては難がありそうだ。
 チャイナドレスは、攻撃力は高そうだが、軽装甲で機動力はありそうな、言うなればピーキーな感じだ。
 ワンピースは、装甲も火力も機動力も特筆すべきものはないが、それだけに高いレベルでバランスが保たれているように思う。
 ここはやはり信頼の汎用性を誇る、ワンピースしかない!
「よし、私の勝ちです!」
「ああっ、翡翠君が選ばれちゃった…負けた…」
 (ちょっとちょっと葱さん、時間が迫ってますよっ)
「あ、わかりました! エミリアさんありがとうございます。パパ! 時間がピンチです!」
「…って、気付いたらもうこんな時間!? コレじゃ南瓜の馬車じゃ間に合わない…」
「なんですって!? 勝負に負けた挙句私のかぼちゃの馬車という存在理由を…否定されましたわ…!」
「…仕方がない、歯を食い縛ってください。私が全力で最短距離を投げ飛ばします!」
「ちょっと待て、投げるのか!? 魔法で送るとかじゃないのか!?」
「え、魔法?そんな便利なのある訳ないじゃないですか! 大丈夫、貴女なら飛べる!ゆーきゃんふらい!」
「田中さん! 貴方は鳥だよっっ!」
「「「「では、良い空の旅を!」」」」

「うわあああああああああああああああーーっ!!!!」

 王子様のリース・アルフィン(りーす・あるふぃん)には、やたらと家庭的な父がいました。
 王子の父ということは、王様の如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)です。
 王様は王様なのに、自分の手で食事を作ったり、部屋の掃除や洗濯をしたり、やたらと割烹着とかエプロンとか、はたきとかそういうものが似合うとても子煩悩な変わった王様でもありました。
 きょうは晩餐会を開くため、お城では沢山料理が作られていました。もちろんその中心には王様がいて、客のために自ら腕をふるっているのです。
 王子はそんな王様に可愛がられて育ったせいか、今回の晩餐会の準備をする王様を手伝おうと思いました。
 とはいえ料理はできません、やろうとすればどんなに忙しくてもちゃっちゃと王様が手早く作ってしまうので、結局王子は料理をしたことがないのでした。
「でも、包丁を研ぐぐらいはできるもんね〜。お父様喜んでくれるかなあ?」
 でも照れくさいので、自分の部屋でこっそり包丁を研いでいます。城は広いので、研がれるのを待っている包丁はいくらでもありました。そんな包丁たちがずらりと部屋に集められているのです。
 なんていうか、違う意味で見られたくない光景です。
 しかしその時その部屋に、突っ込んで来た塊があったのです!

 どんがらがっしゃん!

 魔女たちにフルスイングでぶっとばされ、確かに最短距離で田中太郎はお城に着きました。
 しかし着地は考えられていませんでした。着地点は、なんと王子様のお部屋だったのです。
「…あいたたた…ここはどこだ…こんなの脚本にあったっけ?」
「そこにいるのは誰だい?」
 奥から誰かが声をかけてきました、逃げなければと思うのですが、部屋の明かりに照らされて、王子様の装束を着たすらりとした立ち姿に、太郎は思わず見とれてしまいました。
 人間衝撃を受けると、現実味を失うものです。そういうわけで思わず心の声がもれたようです。
 「…リースって役者向きで、かわいいんだな…」
 さすがです、息をするようにフラグを立てる特技は健在です。たけ…た…あれ? だれのこと言おうとしてたんだっけ…?
 (正吾! フラグ立てる特技の人って…あの田中太郎さんでしょ!?)
 ああ、そうでした、お聞き苦しい所をお聞かせしました…。
 ヤツはフラグに関しては空気を読める天然です。しかも田中太郎は、ノーモーションでフラグという剛速球をブン投げるのです。
 きっと、この時もフラグはがっちり立ったでしょう。
 ―ただ、部屋にぎっしり積まれた刃物の山と、王子の手の中にある包丁さえなければ。

「な、何があったんだー!?」
 ものすごい音が王子の部屋の方から聞こえてきたので、火を止めて王様はあわてて王子の部屋に駆けつけてきました。
 そこで、ものすごい勢いで王子の部屋の方から飛び出してきた人物とすれ違いました。
「っ!? 曲者だ! 衛兵、衛兵ー! あの見るからに不審なおん…いや、男?
 と、とにかくアイツを捕まえるんだ!」
 即座に衛兵Aラグナ アイン(らぐな・あいん)と衛兵Bラグナ ツヴァイ(らぐな・つう゛ぁい)が不審者を追います。
「王子は無事かー!?」
 王様は、王子の部屋を開け、
「…スンマセン。部屋間違えました」
 そして閉めました。
「OKOK。今のは何かの見間違いだ。王子が包丁持って薄ら笑いなんかするはずないもんなーあっはっは…」

「あ…あはははは…お父様にまで見られちゃったなあ。…うわああ恥ずかしいなぁぁぁぁ!」
 噂が広がらないうちに、今の人を早めに探して私の手元においておかないと…
「ん? そういえば何か落としていった…これは…。アリス!」
 側近のアリス・レティーシア(ありす・れてぃーしあ)を呼び、即座に先ほどの闖入者を探させました。
 ―一旦折れかけたフラグが、回収されようとしていました。

 その頃、当の田中太郎はといいますと。
「と、止まってくださいそこの人ー!止まらないと撃っちゃいますよー!」
 衛兵Aが、加速ブースターまで使って太郎を追いまわしています。城の中でそいつぁ無茶です。
「ああもう知りませんからね!」
 がちゃりと取り出したものは、機晶レールガンです、殺る気です!
「止まれそこの不審者ー。3つ数えるまでに止まらないとミサイルぶっ放しますぞー」
 衛兵Bも加速ブースター装備です。とんでもねぇです。
 しかし、カウントの3よりだいぶ前に既に、ミサイルはぶっ放されています、数なんてものは0と1があればいいのです。
「1!」
 レールガンとミサイルが、太郎をぶっとばしました。
 ぎゃああああああああああああああ!!!

 ―そして、3年が経ちました。
 (ちょっと! なんでいきなりすっとぶのよ! 無茶振りもいい加減にしなさいよ!)
 この3年の間、王子はあのとき部屋に飛び込んできた男を捜し続けていました。
「ヒントになるのはこの『武神 牙竜』って名前だけ…」
 それだけがあの闖入者が落としていったものなのです。
「まだ見つからないの〜!?」
「あー、そうですねー」
 正直に言うと、アリスはこの人探しは乗り気ではなく、この3年の間まともに捜索なんてしてないのです。
「街のものもだれも知りませんし、戸籍にもありませんよー。まあでも、探すのはあとこの家だけですからね」

 3年前かろうじて逃げ延びた田中太郎は、ずっと物置に隠れていました。
 どういうわけだか、自分の名前がどこかに行ってしまっているからです。
 だれも自分を本当の名前で呼んでくれません。違う名前で呼ばれ続けて、ときどき自分が何者かわからなくなる時まであります。
 (名前を忘れ去られる、呼んでもらえないって、こんなに寂しいことだったんだなあ…)
 その時、王子様の探し物御一行が、太郎の家を訪れました。
「『武神 牙竜』というものはこの屋敷にいるか?!」
 しかし、そんな人物はいないと誰もが首を振ります。
 やりとりのうちに、来客に気づいた太郎はそろりと様子を見に来ました。
「!?」
 一行の中に、あのときの包丁の人がいて、太郎のトラウマに火をつけます。
 思わず後ずさり、太郎が掃除し損ねたゴミに足を突っ込んで音を立ててしまいます。
「そこにいるのは誰だ!?」
「うわあああああお助けええええええぇぇぇ!」
「はっ!? 『武神 牙竜』の名前が反応してる! リンクしてるんだ! …あのときの人だ…!」
 王子は微笑みました。主観的には。
 客観的に言うと、ニタリ…という感じでした、とっても怖い微笑です。
「うふふ…やっと見つけたぁ。もう逃がさないわ。待ちなさい!」
「…こ、ころされる…口封じに来たんだ…!」
 脱兎のごとく逃げ出した太郎に王子は追いすがります。
「待って! 武神 牙竜さん!」
「…え?」
 長いこと忘れ去られていた自分の名前が呼ばれ、驚愕と嬉しさに足を止めました、思わず涙までこぼれてきます。
「牙竜さん、逃げないでください…私と来てください!」
 王子はやさしく微笑みました…。ニタリ…と。
「やっぱりとって食われるぅぅぅぅ!」
 トラウマがまたも刺激され、再び逃亡を図りました。もはや条件反射です。
「…かわいいって言ってくれたのに、なんで逃げるのーっ!?」
 いつのまにか夕日が差し、二人はどたばたと叫びながら、何故か出現した川原で走り回るのでした。

 そうして二人は末永く追いかけっこを続けましたとさ…おしまい。
 (ちょっと正吾、幕下ろすんだから、もうちょっとちゃんと締めなさいよ!)

 ―…今回は名前を忘れてしまいましたが、人は様々な事を忘れて生きています。良いことも悪い事も。
 ただ、それは忘れたわけではなく心の奥底にしまいこんだだけなのです。
 思い出さなくてもいいぐらい大事な思い出として。



 展開される怒涛のどたばた劇に、くすくす笑いのとまらないマリー達に、そろりと近づく影があった。
 最初から、なぜかマリーの傍で木になりきっていたリュウライザーであった。
「今は忘れているかもしれませんが、どこかであるいは誰かが覚えている。それを皆が劇を通して見せてくれましたよ」
 見上げるほどの巨体が、小柄な少女達に膝を折る。
「それに、私はあなたを忘れないと誓います」
「ありがとうございます、私も、皆様にこうして集まっていただいたことを忘れません。あなた方と共に劇を見たことも」