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第三章 瘴気の罠 1


 森の奥深くにて玉座のように鎮座する神殿がある。いつ、誰が建てたものであるのかも分からぬほどに朽ち果てた神殿は、外壁が苔で覆われ、内部の床がひび割れていた。
 だが、そんな神殿の地下からあふれ出てくる異質の闇があった。それは、まるで来る者を拒むかのように神殿を取り巻き、多くの甲冑生物を生み出しているのだった。
 閃崎 静麻とレイナ・ライトフィードは神殿へと侵入し、甲冑を相手に対峙していた。薄汚れた鉄の鎧の塊は、静麻を静観して瘴気の不気味な音を鳴らしている。
「まったく、こりゃあ反則的だな」
「何をのんびりとしてるんですか、静麻。相手は実体のない魔物ですよ。どうにか策を見つけないと」
 間延びした声で頭を掻く静麻を、レイナは神経質そうに注意する。
 甲冑は実体を持たず、いくら物理的な攻撃を仕掛けたところで効果を成さない。それは、さきほど敵にお手製爆弾を投げつけて効果がなかったことから、きっちり学習していた。
「おっと、お隣さんはすごいな……」
 静麻は隣で戦っている熟練の戦士たる若者――樹月 刀真(きづき・とうま)の戦いを見て思わず目を見張った。
 刀真は甲冑の剣戟を華麗に後ずさって避けている。その視線は常に敵を捉えて離さず、いつでも反撃に移れる体勢だった。
 そんな二人の後ろでは、おどおどとそれを心配している様子の儚い少女がいた。その隣では銃を構えている漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が決して触れさせないという気迫で少女を護っている。彼女は、そもそもが、刀真、そして月夜の神殿に来る理由となった少女だ。彼女は優しすぎる――封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)はガオルヴの話を耳にしたとき、真っ先に森の危機を救いたいと思った少女だ。巫女としての気質なのかもしれないが、百花はいてもたってもいられなかったのである。
「ごめんなさい、私が悩んでいたから」
 ここまで来る途中、心配をかけているという思いに俯いた百花へと、刀魔は声をかけたものである。
「放っておけなかった君を俺達が放っておけなかったんだよ……気にするな」
「そう、当然当然」
 二人の言葉に、百花は少し呆気にとられたような顔になった。やがて、それは微笑みに変わる。
「……はい。刀真さん、月夜さん、ありがとうございます」
 百花を助けることを改めて決意した刀真と月夜は、いま、こうして彼女とともに神殿で戦っている。
「刀真……このままだといつまで経っても倒せない」
「わかってる……! 実体がないってことは、それをどうにかする必要があるな」
「た、例えば、固めるとかって……?」
 二人の背後から、ぼそぼそっと百花の声が聞こえた。それに、瞠目した二人が振り返る。
「……なるほど、その手があったか」
 刀真はよくやったとばかりに百花に笑顔を見せて、続いて剣を敵へと向けた。実体がないというのならば、実体を持たせる。単純だが、それが確かに道理だ。
 刀真の剣から放たれたのは冷気。そう、アルティマ・トゥーレであった。凍えるような冷気が轟々と迸り、甲冑を包み込んでいく。
「よし……!」
 次の瞬間には、氷付けにされた甲冑の完成である。刀真の剣が、そんな甲冑を一刀両断にする。
「あー、なるほど、そんな手があったか。よし、レイナ、いっちょ間接固めで相手を固めて――」
「そんなことできますか!」
 刀真の氷付け作戦を見た静麻は、こちらも敵を固めてしまおうとレイナに指示をするが、どこから取り出したのか、ハリセンにてスパコーン! と頭を思い切り叩かれた。
「私は関節技とか出来ませんし、そもそも実体がないのにどうやって掴む気ですか!!」
「……まあ、冗談はこのくらいにして、氷術で固めてくれ。後は破壊していけばいいからな」
 呆れたように憤慨するレイナの氷術が敵を固めると、静麻は手製の爆弾を投げ込んでどんどん破壊していく。
 こうして、彼らは神殿の奥へと進んでいくのだった。
 
 
 生い茂る森を抜けて、吹き抜けた場所に立っていたのは神殿だった。荘厳な佇まいでリーズ一行を見下ろすその姿に、彼女らは圧倒される。
「こりゃまた、えらく古い神殿だなぁ。これもゼノが作ったのか?」
 セシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)は、外壁の苔やひび割れた壁を見て、歴史を感じさせる雰囲気に感激を覚えた。
「お祖父ちゃんじゃないわ。……ここは、誰が、いつ、どういう目的で建てたのか明らかにされてないの。多分、古王国時代のものなんだろうと思うけど、今じゃあ、ガオルヴの封印された神殿……っていう認識ぐらいよね」
 リーズはセシルの疑問に答えて、周りに漂う嫌な気配に顔をしかめた。ガオルヴの瘴気はもう、肌でさえ感じられるほどにあふれ出ている。復活は近いのだろう。
「向こうが剣を持ってくるまで、持ちこたえないといけないね」
「……なんか、いやーな予感がするのは気のせいかなぁ。あの性悪ルナが素直に持ってくるとは思えねーからなー。絶対なんかやらかすぞ……あいつ。……ま、ここはセディ兄を信じるしかないか」
 隣にいるアスティ・リリト・セレスト(あすてぃ・りりとせれすと)から囁かれて、セシルは独りごちてため息をついた。
 リーズ一行は緊張感を感じながら、神殿へと歩を進めた。すると――
「あ、どーもー! うちら、伝説の魔獣ゲオルヴに興味があって来ましたー! ついていってもいですかー?」
 場の空気を思い切り蹴り破るような、陽気な声がかかった。
 思わず振り向いたリーズたちの視界にいたのは、にこにこと楽しそうに笑うピエロ――ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)と筋肉がモリモリに膨れている巨漢、そしてロングスカートを翻す小柄で空虚な雰囲気をもった少女であった。
「ここで待ってれば、リーズさんたちが来ると思ってたけど、見事に、だね。若長から聞いた場所は間違いなかったわけだ」
「そうねぇ〜、これで伝説の魔獣とごたいめ〜んとできそうねぇ〜」
「そしたら、バッキンドッカン戦えるねー。狼ちゃんどんなのかなー!」
 ロングスカートの少女――桐生 円(きりゅう・まどか)オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)がのんびりとした声を投げかけ、ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が幼稚な声ではしゃいでいた。
 なんだ、こいつらは、という目をするリーズたちの前に、ずいと巨漢のラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が進み出た。
「ややこしくしてすまねぇな。まあ、俺たちもリーズ……あんたを助けたくてここまで来たんだ。ぜひ、一緒につれてってくれねえか。ま、駄目って言ってもついていくがよ」
 ラルクは豪傑の名がふさわしいほどの大胆さで、リーズに笑いかけた。
 リーズは、今日は自分勝手な奴が多い、と呆れながらも、
「好きにすればいいわ」
 彼らに言い捨てて神殿へと侵入した。
 ラルクたちを含めた助力者たちもまた、リーズを追って神殿へと足を踏み入れた。