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人形師と、人形の見た夢。

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人形師と、人形の見た夢。
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第十章 貴方がそれを、望むなら。


 大きな噴水が特徴であり、ウリである噴水公園のベンチに座って。
「びっくりしちゃったよ」
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、隣に座るベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)に話しかけた。
「だって、みんなでクロエちゃんを捜していたら、すっごいいっぱいクロエちゃんの傍に人が居るんだもん」
「そうですねえ……」
 アンドリュー・カーから瀬蓮の電話に、人形――クロエが見つかったとの連絡が入って。
 瀬蓮と一緒にクロエの捜索をしていた、ミルディア、ベアトリーチェ、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)らは大急ぎで公園まで駆けつけて。
 初めに目にしたのが、たくさんの人に囲まれている、少女。
「ミルディアさん、なにしてるの!? って大きな声を出されるから。みんな驚いてしまいましたよ」
「だって。取り囲んだりしたら怖いじゃない? あたしだったら怖いなぁ。まぁ、結局は勘違いだったんだけど」
「そうですね、みなさん、クロエちゃんと遊ぶために集まってらっしゃったし」
「むしろあたしの大声でびっくりさせちゃったっていうか」
 ハズカシー、と顔を覆って、ミルディアが俯いた。
 大好きな瀬蓮の前で、勘違いからはしたなくも大声を出して。
 恥ずかしいったら、ない。
 そうしていたら、
「きれいなこえのおねぇちゃん」
 声をかけられた。顔を上げると、目の前にクロエが居る。にっこりと笑ったクロエは、
「はいっ」
 ミルディアに花で作った冠を手渡した。
「めがねのおねぇちゃんにも」
 ベアトリーチェにも、渡す。ベアトリーチェの花冠は、どこか歪だ。
「どうしたんですか? これ」
「あっちでね。おねぇちゃんがつくりかたおしえてくれたのよ!」
 クロエが指差した、ちょっとした丘になっている場所で、美羽と瀬蓮が手を振っていた。
「美羽さんは花冠の作り方、知らないでしょうし……瀬蓮さんが教えて下さったのですね」
「うん! おねぇちゃんのはね、みわおねぇちゃんからだよ」
「ああ、道理で歪な……いえ、嬉しいですけど」
 ベアトリーチェはそう苦笑したが、嬉しく思っているのだろう、冠を頭にちょこんと乗せた。丘の上で瀬蓮と笑っていた美羽が、顔を赤くしているのが見える。小さく手を振ると、カクカクしつつも美羽は手を振り返してきた。
 そんな二人の遠距離でのやりとりの横で。
「どうしてこれをくれるの?」
 ミルディアは問う。
「せれんおねぇちゃんが、すきなひとにあげておいでー、って」
「好きな人? あたし?」
「うん。ミルディアおねぇちゃん、わたしのしんぱいしてくれたもの! やさしいひと、すきー」
 にへら、とクロエが笑った。
「……、ありがと。あたしもクロエちゃん、好きだよ!」
「じゃあ、あそんでー!」
「もっちろんだー!」


 一方、丘の上。
「美羽ちゃん、顔赤い〜」
「だっ、だってベアトリーチェが冠乗っけたりするから!」
「うーん? 嬉しそうに見えたよ?」
「だから恥ずかしいんだよぉ。……だって、上手く作れなかったからあげただけだし。あんなに喜ぶなんて思わなかったもん」
「ベアトリーチェさんも、美羽ちゃんのこと好きだからね」
「でっ、でも私、瀬蓮ちゃんの方が好きだからね!」
「瀬蓮は、二人とも好きだよ? 仲良しな二人を見てるのも、好きだな〜」
 顔を赤くしたままの美羽が、ベアトリーチェを見る。ベアトリーチェはミルディアとクロエと、三人で追いかけっこをしていた。かと思えば、噴水の近くで虹を見たり。楽しそうに笑っていた。
「瀬蓮たちも、あっちに行こうか」
「……うん」
「ゴンドラとか乗ろうね。五人で乗れたらいいね、景色とか、すっごく綺麗だからみんなで見たいな」
 そうだ、今日は遊ぼう。
 徹底的に遊んで、クロエを満足させてあげるんだ。
 そして、また一緒に遊ぼうって、約束するんだ。
 花が咲いている季節だったら、花を見に行ったり。また、一緒に冠を作ったり。
 そうしたら、また、誰かにあげてもいいかなー、なんて。
「でも第一候補は瀬蓮ちゃんだからね!」
「? うん」
「ベアトリーチェー! なんでそんな歪な冠かぶってるのよぉー!」
 そして丘から、駆け降りた。
 まだちょっと恥ずかしかったけど、みんなが笑ってるから、いいや。


*...***...*


「クロエは、どうして逃げ出したのかしら……?」
 瀬蓮たちとの遊びを一旦終え、一人で公園を散歩していたクロエにリネン・エルフト(りねん・えるふと)は問い掛けた。
「わたしは、お外をみたかったのよ」
「完成と同時に、逃げ出すほど……?」
「だって、あるけるのよ! うごけるのよ! たのしいわ。すてきだわ」
「そう。行動力が、あるのね」
 そして、優しく笑う。けれどその笑みには微かな自嘲も含まれていた。
 昔の自分なんかより、よほど行動力が高いと。
「おねぇちゃんは、せれんおねぇちゃんのおともだち?」
「……とは、違うわ」
「リンスのしりあい?」
「それとも、違うわね」
「じゃあどうしてわたしをさがしてくれたの?」
「……どうしてかしら。たぶん、貴方の望みを叶えてあげたかったのよ」
 逃げるほどの理由があることなら。
 そしてそれが無茶なことではないのなら。
 又聞で知った、今回の事件。行くと言ったら、パートナーのユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)は「活動的な人形さんなら見てみたいですわね」少し遠回しに肯定してくれた。
 そのユーベルは、モチーフの少女の存在を気にしていた。調べた結果、少女は死んでいたそうだけど。
「貴方はその子の代わりなのかしら」
「かわり、とはすこしちがうわ。でも、わたしのこのからだには役目があるから、かえらなきゃなの」
「だから、夕暮れまでなのね」
 リネンの言葉にクロエが頷く。
 寂しそうに。
「……外の世界の話を、してあげる」
 思いつきで言った言葉に、クロエは顔を明るくさせた。
 そうか、外の世界が知りたいのか。
「ここからずっと西へ行くとね、荒野が広がっているのよ。そして、その先にはね、私やユーベルの住んでいる町があって、それでね――」


*...***...*


「外の話を聞きたい、ですか?」
 リネンから聞いた話が面白かったのだろう、「お外のはなしをきかせて」とクロエはいろいろな人に話をせがんで回っていた。
 そして、皆川 陽(みなかわ・よう)がターゲットに選ばれて。
「そうですね……パラミタで、あったことなんですけど」
 話そうとした。
 話そうとして、言葉の続きを考えてしまった。
 毎日のようにしている、無茶な大冒険。遭遇した恐ろしいモンスターを、倒した。あるいは逃げた。そんな話を面白おかしく語ろうと思って、思ったまではよくて、でも言葉が出てこなかった。
 陽は口下手だ。それは自他共に認めている。
 だからといって、今ここでこんな風に言葉に詰まらなくても……! と、歯噛みしながら、「ええと」言葉を濁すように苦笑い。
 クロエは陽を見上げて話の続きを待っていた。その期待の瞳が、重い。とても、重い。
 助けてー、と思った。無理だ。面白おかしく話せない。そもそも、知らない人と喋るのが苦手だ。いやこの子は人じゃなくて人形だけど、いやいやそんなことはまた些細なことで。軽く混乱してきている。
 二回目の、助けて。それにはパートナーの名前が付随された。助けて、テディ。きみじゃないと、こういう話はできないよ。情けないけれど、きみに頼るしかできないけれど。
「こらこらクロっち。僕のヨメを一人占めしないでよ」
 心の中で呼んだら、テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)が本当に来た。目を丸くする陽を見て、テディは「何、ヨメ。僕のことまるでピンチの時に現れたヒーローを見る目で見ちゃって。熱視線?」からかってくる。
 そのやりとりで、クロエが笑った。
「おにぃちゃん、おもしろいのね」
「うん、僕はヨメのためなら道化でもなんでもなれるスーパーウルトラ万能人だ」
「すごいのね! すてきなのね!」
「任せて。で、何の話が聞きたい? 『1.決戦! マ・メール・ロア!!』『2.サンタ少女とサバイバルハイキング』『3.僕とヨメのラブラブ生活記録』」
「ちょっ、テディ!? 前二つのはこの間の出来事だけど……最後のって何!」
「まぁまぁ、ヨメ、照れるなーって。クロっちどれがいい?」
「3がおもしろそうね!」
「どうしてきみもそれを選んじゃうの……っ!」
 身悶えする陽が、テディの話を聞いてさらに身悶えするまで、あとほんの数分。


*...***...*


「こんにちは」
 沢渡 真言に微笑まれて、「こんにちは」クロエは微笑みを返した。
「おねぇちゃんも、わたしとあそんでくれるの?」
「それを貴方が願うのでしたら、叶えましょう」
「ほんとう?」
「ええ。でも、私のお願いも、聞いてもらいたいです」
「なあに? わたしにできることならがんばるわ!」
「貴方を作った人形師さんが心配していましたので」
「……しんぱい?」
「無事に、帰ってあげてください」
「はやくかえれっていわないのね」
「遊びたいのでしょう? でしたら、早く帰れなどと不躾なことは申しません」
 にこり、と綺麗な笑みを浮かべた真言に、「やさしいのね」と言ってから。
 言われた言葉をクロエは反芻する。
 貴方を作った人形師さんが心配していましたので。
 心配。心配。気にかけてくれること。自分を。逃げた自分を。
「うれしいことね」
 うふふ、と微笑んだ。
 突然の一言だったので、真言は少しきょとんとしたが、「ええ」と肯いてくれた。
 嬉しいことね。
 人に想われるのは、嬉しいことね。
 クロエは繰り返す。
 嬉しいことね。


*...***...*


 クロス・クロノス(くろす・くろのす)は、何度となくチェスを指してきたが、人形と指す機会はあまりない。
 なので、たまには楽しいと、思う。
 ナイトが前進したり、キングが2マス飛んだりしているが。
「クロエちゃんは、チェスを指すのは初めてですか?」
「はじめてよ」
 斜め飛びをしたポーンが、クロスのポーンを倒した。チェスのルールを超越した動きを見せて笑うクロエを見て、微笑ましくも苦笑いがこぼれた。
「こまがとってもきれいなのね」
「一つ一つ特徴のある形ですよね。私も好きです」
「わたしはこれがすきだわ!」
 と、クロエが指したのはナイト。クロエの自陣で前進や側面移動をしていた白いナイト。
「おうまさん。かっこいいわ」
「ナイト、っていうんですよ」
「ナイト。きしさまなの?」
「騎士様です」
「きしさまはまもってくれる?」
「? どういう意味ですか?」
「きしさまは、わたしがきえてしまうことからまもってくれる?」
 クロエが、どういう意図で言っているのか。
 それはクロスにはわからない。
 わからないけれど、消えることが怖いと言うなら。
「護ってくださいますよ」
 優しく抱きしめてあげよう。
「ほんとう?」
 突然抱きすくめられても、驚いたり怯えたりはせず。クロエはクロスの背に手を回し、きゅっと服を握りしめた。
「本当です。
 ……そういえば、言いましたっけ。私、ナイトなんです」
「クロスおねぇちゃん、わたしのきしさまになってくれるの?」
「ええ」
 安請け合いかもしれないけれど。
 それでこの子が安心して、今を楽しく過ごせるなら。
「私は貴方を護ります」


*...***...*


 地面に片膝をついて、ベンチに座るクロエと目線を合わせ、
「素敵なお嬢さん、これをどうぞ」
 薔薇の花を一輪差し出して。
 微笑みながら、クロエに捧げた。髪に飾ってあるリボンの傍に挿してやる。と、クロエは微笑んだ。エースはベンチの隣に座り、クロエと目を合わせ
「俺の名前はエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)。こっちはエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)。お嬢さん、君の名前は何ていうの?」
「わたし、クロエよ。よろしくね、エースおにぃちゃん、エオリアおにぃちゃん」
「クロエ。よかったら、どうして工房から逃げ出したのか教えてもらえないかな」
「お外をいろいろみたかったのよ」
 エースの問い掛けに、クロエは嬉しそうに笑んで答える。
「もういっぱいみれたわ!」
 それが、とても楽しそうな笑みだから、エースもつられて微笑んで。
「あそびつかれるくらい、みんなあそんでくれたの! おともだちもいっぱいできたわ。わがままを言えば、もっとほしいけど」
「だったら俺と友達になろう。せっかく知り合えたんだ」
「ほんとう? おともだちになってくれるの?」
「もちろん。な、エオリオ?」
「ええ。お友達はたくさん居た方が、楽しいですからね」
 嬉しい、と言ってクロエはベンチから飛び出した。エースもベンチから立ち上がる。
 クロエが、立ち上がったエースの手を握った。手は、硬い。精密にできていて、表情も感情もあって、ああでも人形なんだと痛感する。
「踊れる? クロエ」
「わからないわ。でも、おどってみたい」
「じゃあ、踊ろう。エオリア、音楽」
「あるわけないでしょう、エース」
「アカペラで歌えばいい。エオリアの歌声ならクロエも気に入るさ」
「まぁ、構わないですけど」
 エオリアが歌って。
 傍で、エースとクロエが躍る。
 一度も踊ったことのないというクロエの足取りは危うかったが、エースが支えながら踊ったので、傍目にも見れるものとなって。
「たのしいのね」
 クロエが笑う。
「だから、またあそんでね。ぜったいよ」
「友達だからな。約束だ」
 踊りながら約束を交わした。


*...***...*


 夕暮れが近付いてきて、ああもう帰らなければいけないんだな。そう、クロエが思っているときに。
「こんにちは、クロエちゃんって言うのよね?」
 にこり、微笑んでアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が話しかけてきた。
「そうよ。おねぇちゃんは、だぁれ?」
「私はアリア。リンスさんのお客さんだったんだけど、あなたと一緒にヴァイシャリーを見て回りたくてここまで来たの。
 ねえねえクロエちゃん。お姉さんと一緒にヴァイシャリーを散歩しない?」
 誘われて、嬉しかった。けれど、約束の時間がある。
 時計台を見上げるクロエに、
「時間がないのね」
 アリアは察して、優しく言ってくれた。頷くと、きゅっと手を握られた。
「私がもっと早く来れればよかったね」
「アリアおねぇちゃん……」
「行きたいところとか、あった?」
 問われて、首を横に振る。
 そんな明確な目的を持てるほど、しっかりと生きてこれなかったから、わからない。
「でも、もっといろいろなところをみたかったわ」
「それならこれに乗りませんか?」
 笑んだ声が背後でした。振り返る。
 ユニコーンを傍に従えた音井 博季(おとい・ひろき)が、声の通り微笑んでいた。
「歩いて回るには時間がないのかもしれません。けれどこれでしたら、速いですよ?」
「しろいきれいなおうまさん。はやーいの?」
「はやーいですよ」
「ひがくれるまで、いろいろみれる?」
「世界は広いから、全部は無理だけど。あなたの望みの少しは叶えられるかな、とは思います」
 思案した。
 夕暮れまでに戻ってこれるなら、約束を破ることにならないわよね、と。
「のせてって、おねぇちゃん」
「おっと、僕は男です」
「おにぃちゃん?」
「ええ、こちらの彼女は正真正銘の女性ですけどね」
 博季が右のてのひらを向けた先。西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)が微笑んでいた。綺麗な女の人だなあ、と思う。
「よし、じゃあ行くぞ相棒ッ! ……いつもよりちょっと重いけど、我慢してね」
 ユニコーンに跨って、博季。クロエは博季にしがみつく。ユニコーンが駆ける。
 速い。自分が歩く何倍、速いのだろう。景色がみるみるうちに遠ざかっていく。湖、川、沈んでいく太陽。
 上を見上げると、飛空艇に幽綺子とアリアが乗っていて、クロエに向けて手を振っていた。クロエも大きく手を振り返す。
「どうです? きれいでしょう」
「とってもきれいね!」
「嬉しそうでよかった! そろそろ見せたかった場所に着くかな……」
 疾駆する白馬が向かった先は、イルミンスールの大樹。
 それは、とても高く、とても立派な木。
「……、……」
 圧倒されて何も言えないでいると、ユニコーンから降ろされた。と、思えば幽綺子がクロエの手を取って、
「こっちからも見てみましょう?」
 飛空艇に乗せてくれた。
 空から見た大樹は、木に見えないくらい凄くて、また、いままで観てきた景色も違って見えて。
 驚きと感動で何も言えないクロエに、
「高いところからだと景色が違って見えるでしょう? 物事は色んな角度から見てこそ、その真価が判るものよ。憶えておきなさい」
 幽綺子が教えてくれた。こくん、と頷いて、その言葉をしっかりと胸に留める。
 地上では、アリアが、博季が、笑っているのが見えた。
 遠かったけれど、クロエが楽しんでいるのを見て、笑ってくれているのがわかった。
「わたしはしあわせね」
「そう思えるならいいことだわ。貴女の一生は貴女だけの大切なもの。大事になさい、それが貴女をこの世に生んでくれた人への恩返しにもなるのよ」
 クロエは無愛想な人形師の顔を思い出す。整っているくせに、表情を変えないせいであまりそう見えないあの人の顔。
 完成する前からクロエには自我があって、だから、見てきた。
 無表情な中に、辛そうなものも含めて、自分を作るあの人を。
「……わたし、もどらなきゃ」
「もういいの?」
「いいの。それで、いろいろ見てきたものをリンスにおしえてあげるのよ!」