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ラビリンス・オブ・スティール~鋼魔宮

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ラビリンス・オブ・スティール~鋼魔宮

リアクション

 SCENE 13

「油汚れってやつか、もう腕も服もまっ暗だぜ」
 パン、と眼下の羽目板を蹴り抜いて、緋山 政敏(ひやま・まさとし)は薄暗い廊下に着地した。彼らは通風口を選択し、監視装置を何度もやり過ごしてここまで到達したのだ。
「文句言わない文句言わない、そもそも通風口を行こう、って考えたの政敏でしょうが」
 頬の汚れをぐいと拳で拭って、カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)が従う。
「千慮の一失というやつ? 通風口はカメラも熱感知装置も一切ないのね。正々堂々乗り込んでくる相手しか想定してなかったのかしら」
 さらにリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)が続く。不思議と彼女はほとんど汚れていなかった。
「テロリストの塵殺寺院は攻める一方で、自分たちが攻められる場合の想像力が欠如していたのかもな。ま、おかげで都合よく進めたけど」
 と言いながら政敏は四方を見回し耳を澄ませた。
(「このあたりも前人未踏のようだ……そろそろ見つかると思って降りてきたが……」)
「南さん、私たちのこと覚えているかな?」
 カチェアが言う。彼らは以前、ゴブリン王のダンジョンで彼女を保護した過去があるのだ。
「大丈夫だと思うぜ。あの時も年相応の女の子だったじゃないか。怖くない筈ないよな……ったく、美少女は世界の宝なんだぜ?」
「何よその言い方」
 カチェアが眉間にシワを寄せる。
「言った通りの意味さ」
 などと平然とする彼に、カチェアはかすかに苛立ちのようなものを覚えるのだった。
(「……男の人だったら見捨てるんだろうな……なんていうか、政敏の女好きはもうビョーキよね」)
 とはいえ人命重視の姿勢には賛同している彼女である。
「この辺は、無線が入るわね」
 リーンは無線機で情報拠点と交信する。
「……どうやら、シルミット姉妹は無事確保されたみたい! あとは南さんだけよ」
「そいつは良かった。あとで二人にもお目にかかりたいもんだな」
政敏!
 真横でカチェアが大声を出したので、政敏は目を白黒させて、
「なんだよいきなり!」
「十二歳はダメよ! 十二歳は! 十歳なんてもってのほか!」
「何の話だよ!」
「もうね、南さんならわからないでもないわけよ、あの子、十六かそんなところでしょ、美人だし……なんかこないだ、私らの見てないところでなんかあったみたいだし……でもね、さすがにロリはダメ!」
「だから何の話だ!」
「二人とも!」
 リーンが手を振って政敏とカチェアの注意を惹いた。
「ほら! 私たちの読みは間違ってなかったみたいよ」
 リーンは両腕を拡げる。
 暗い廊下の向こうから、駆けてくる小山内南が見えたのだ

 一方で、レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)エリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)も、政敏らとは全く別の場所で――小山内南を確保していた。
「助かりました。私はイルミンスール所属の小山内南、敵に捕縛されていましたが、皆さんが突入した混乱の隙になんとか脱出したんです」
 両手をマシンの残骸に乗せ、荒い息を吐きながら小山内南は言うのである。ついさっきまで三人は、ここで追跡者たるヒューマノイドマシンと激闘を繰り広げていたのだ。
「ご無事でなによりです。私は、シャンバラ教導団のレジーヌ・ベルナディス」
「教導団――!?」
「ご心配なく、この作戦に関して、我らが金鋭峰団長とイルミンスールのワルプルギス校長は協力関係を結んでいます。私たちは、味方です」
 レジーヌの澄んだ青い目は、言葉が真実であることの何よりの証左だった。
「食べるかな〜? チョコやお菓子があるんだ。水筒は、これね」
 エリーズがいそいそと携帯食を出してくれる。口を閉じて剣をふるっているときは、凛然と近寄りがたいほどの雰囲気があるエリーズなのに、戦いが終われば子どものように邪気がない。しかし南は首を振った。
「ありがとうございます。でも、できるだけ急いで、無線連絡が取れる場所に行きたいんです」
「なにか、伝えたいことがあるんですね」
「はい。それも、大至急」
「どこまで伝わっているか判りませんが……機晶姫『CRUNGE』は一体ではありません。しかもそのうち一体は……」
 南は自らの頭を両腕で抱えた。
「私そっくりの外見に改造されています……!」

「……!」
 政敏は瞬間的に違和感を感じる。どうおかしいのか自分でも説明がつかなかった。しかし、背に氷を詰められたような危険を肌が察知していた。
 この違和感が彼の命を救った。延びた電磁鞭は政敏の腕に浅く絡みついただけなので、高圧電流をすべて受けることから逃れたのだ。強烈な電流に身を捩らせながら、必死で逃れて後退する。
 カチェアが叫んだ。
「こいつ……南さんじゃない! 誰なの!」
 小山内南の顔をコピーしたマシンは驚くでもなく笑むでもなく、ただ、張り付いたような無表情を変えずに、ゆっくりと言葉を口にしたのである。
「コードネームC・U・R・N・G・E。個体名、Ψ(サイ)」