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『シャンバラン、ブレード!!』(V)
「ジングルの方も、用意できたでございます」
 PAを操作していた電子兵機レコルダーが、音データをメモリにプリセットして言った。神代 正義(かみしろ・まさよし)の所から持ちだした物のようであるが、いったい何に使うつもりなのであろうか。
「ハガキですけど、いくつか変な物が混じっているんですが……」
 ちょっと困ったように、影野陽太がシャレード・ムーンに訊ねた。
「どれどれ……」
 いくつかにシャレード・ムーンが目を通す。
シャ@ード・ムー@さんこん@ん@。
 こな@だ@でお@りしてて、あん@@がバストア@プに@くんだよ@て教えて@らったの。
 でも@@には売って@く@ね、あん@@ほしいな@って@ってた@、
 お@@が@レゼン@してくれた@。え@へー。
 @、あれから@@食べ@るん@けど、@@に@果が@れないんだよねー、なん@だろ。
 シャ@ムンさんはど@思う?
 ラジオネーム:林家@@
「なんでございましょう、その暗号文。分析不能でございます」
 電子兵機レコルダーが、猫の足跡が全面にスタンプされてほとんど読めなくなっているハガキをのぞき込んで考え込んだ。ハガキの縁は、目立つように蛍光マーカーで極彩色に縁取られている。
「林家? どこかの落語家さんかしら。さすがにこれは読めないわね」
 そう言うと、シャレード・ムーンはそのハガキをピンと指先で弾き飛ばした。クルクルと回転したハガキが、部屋の角にあった没箱にみごとに落ちる。
「これなんか、ミミズの這ったような謎文字なんですが……、あっ、翻訳文が入っていました」
「じゃあ、本文は捨てて、翻訳文だけ内容によっては採用ハガキに回して」
「あと、これは、脅迫文か何かでしょうか」
 次に影野陽太が取り出した手紙は、便箋が手漉きの再生紙で、文字はすべて新聞や雑誌の切り抜きが貼りつけられている。消印は、イルミンスール魔法学校からだった。
「ああ、たまに受けを狙ってそういうことするリスナーいるから。七不思議のコーナー宛てでしょ、内容よく読んどいて」
「はい、次なんですが……。本文は普通なんですが、途中から真っ赤なインクで電波が入ってるんですが……。読みますね。
 はぁーい。何やらあたしのサンドバックが吠えてた様だけれど、別に気にする必要性はないわよ?
 血と暴力はあたしの存在意義
 楽しく有意義に血に塗れる事があたしの喜びなの
 元々、他人を殺すならまず自分を殺してからにしろ!なぁんて言ったのはあの男なんだから、恨まれる筋合いはないわ。あたしは忠実にそれを守っているだけ
 イイ女の鏡だと思わない?
 まぁ、それはともかく…ねぇ、シャレード・ムーン

 オマエハドンナ死ニカタガオノゾミ?
 さっとハサミを取り出したシャレード・ムーンが、影野陽太の持っていたハガキのその部分を切り落とした。
「それでいいんですか?」
「サンドバックとか、誤字も混じってるからいいの。はい、次」
「イラストハガキなんですが……」
 茜ケ久保 彰(あかねがくぼ・しょう)のハガキを見せようかどうしようかと、影野陽太が迷う。
「だいたい予想はつくわね。人外のイラストは塗りつぶしておいて」
「分かりました」
 言われたとおりに、影野陽太が黒のマジックで謎クリーチャーと化したシャレード・ムーンの似顔絵を、本人の目に触れる前に丁寧に塗りつぶした。
「変な手紙はこれで最後です。よいしょっと」
 最後に、影野陽太が一通の手紙と段ボール箱を一つ出してくる。
「なんでも、お兄さんを捜しているルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)さんという方からの添付資料みたいです」
「さすがに、うちの番組にこういうの渡されても……。後で、尋ね人番組の担当に回してあげなさい。使うのはハガキ部分だけでいいわ」
「皆さーん、ここらで一休みして、カレーでもいかがデース。飲み物もありマース」
 何を遊んでいたのか、アーサー・レイスが人数分のカレーを持ってきて言った。飲み物は、カレーラムネだ。
「もうじき本番だから、私はパスするわ。喉に悪いもの」
 シャレード・ムーンが、カレーを遠慮する。喉に悪いと言っているわりには、彼女自身はヘビースモーカーであるところが、ちょっと矛盾していたりはするのだが。
「残念デース。でも、まだまだカレーはたくさんありマース」
 次の機会を狙って、アーサー・レイスがカレーにラップをかけた。
「さあ、配置について!」
 シャレード・ムーンは全員に言い渡した。
 
 
リスナーたち
 
 
 放送開始の時間が迫る。
 リスナーたちは、思い思いの場所で、いつものようにラジオのスイッチを入れた。
 
 ある者は、シャンバラ教導団の寮の中で、ベッドの中で小さな携帯ラジオに繋いだイヤホンで、聞こえてくる音に静かに耳をかたむけていた。
 
 ある者は、同じ寮の中で、タイマーをセットして番組を録音している。
 規律の厳しいシャンバラ教導団の寮では、大きな音をたてて深夜にラジオを聞くことは御法度だ。
 
「はっ!」
 ブンと風を切りながら、庭で剣の素振りをしながらラジオを流している者もいる。
 
「おいっちに、さんし……」
 室内では、ダンベル片手にラジオをBGM代わりに流している者もいた。
 
「はっはっ……」
 ジョギング中の者も、携帯ラジオとイヤホンで、単調な静けさをラジオから聞こえてくるおしゃべりで追い払っていた。
 
「なぜ、私たちだけ、こんな目に遭っているんです?」
 ナナ・ノルデン(なな・のるでん)は、イルミンスール魔法学校にある美術室の奧の隠し部屋で、べそをかきながら石膏像のパーツのような物をゴミ袋に詰め込んでいた。
「僕たちは、見てはいけない物を見てしまったんだ……」
 ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)が、顔を引きつらせながら言う。
「あーん、こんなスプラッタ嫌ー」
 彼女たちが集めているのは、大ババ様のスペアボディの失敗作だ。大ババ様は、たまに学生たちに下ごしらえをさせるので、時に大量に不良品が出る。まだ魔法処理をする前の段階なので、ほとんどマネキンのパーツみたいな物だが、これはこれで結構なホラーでもある。
「怖いから、何かしゃべってよー」
 ナナ・ノルデンが、ズィーベン・ズューデンに言った。さすがに深夜である。特に美術室の中というのは、学校の七不思議では定番の場所でもあり、ちょっと怖い。だいたい、肝心の大ババ様は、お肌に悪いからという理由で、さっさと就寝してしまっている。
「えー、とりあえず、ラジオでもつけよー」
 ズィーベン・ズューデンは、そう言うと、おいてあったラジオのスイッチを入れた。
 
 パソコンで素材集めのネットサーフをしながらも、オンラインでストリーミング放送を聞いている者もいる。エルフリーデ・ロンメル(えるふりーで・ろんめる)だ。
 ちょっと根を詰めすぎて、眠気が周期的に襲ってくる。なんだか、みんなで大空を小型飛空艇で飛んでいるような心地よい感じだ。
「いけない、いけない」
 かくんと落ちかけて、はっと目を覚ましたエルフリーデ・ロンメルは、再生ボタンを押した。
 番組のテーマが流れ始めた。