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【DD】『死にゆくものの眼差し』

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【DD】『死にゆくものの眼差し』

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第九章 あるいは爆弾処理


「失礼します。この対策本部で、『ビュルーレ絵画事件@空京美術館』のこのレスの書き込みをされたのはどなたですか?」
 影野陽太は対策本部に入るなり、いくつかの発言を印字した用紙を掲げながらそう言った。
 印字された内容は次のようなものだ。
  「被害者の救出には、人の夢の中を見たり、
   夢に入り込んだりする女王器が活用できるかも知れません。
   『夢門の鍵杖』『遊夢酔鏡盤』というそうです」
  「ふたつの女王器は空京大学に預けられています。
   持ち出しの許可得る為に、有志が蒼空学園の御神楽環菜校長と
   ミルザム・ツァンダさんに話をしに行きました」
  「持ち出しについて、御神楽環菜校長から
   持ち出し&使用許可が出ました」
  「ミルザムからも女王器@空京大学持ち出し&使用許可出ました。
   じきに美術館に到着する予定です」
「オルフェ、ですけど?」
 オルフェリアがおずおずと手を挙げると、陽太は彼女の前につかつかと歩いていき、
「あなたは何を考えているんだ!」
と怒鳴りつけた。「ひっ」と小さく悲鳴を上げて、肩を竦ませるオルフェ。
「女王器がどれだけ大事で重要なものなのか、少しは弁えて下さい! そんなものの運搬の計画をこんな公共の場で発表したおかげでどうなったか知ってますか!? 空京大学は女王器を狙う不埒者に囲まれて、もともと計画されていた陸路での運搬を断念、急遽ヘリを調達して空輸することになったんです! あなたの不用心さが、余計な手間と、時間と、コストを生み出してしまったんです!」
「……おい、そこの坊ちゃん刈り」
 凄まじくドスを効かせた声がした。怜史が眉間に険悪なシワを寄せ、ゆっくりと立ち上がった。
「何偉そうに吹いてんだ? いっぺんシメられてみっか、コラ?」
「あなたは何ですか?」
「てめぇこそ何様のつもりだ? 後からノコノコやって来て、何が『何考えてるんだ』だ? ほざいてんじゃねえぞ? だったらこの後のコト全部てめえがひとりで仕切るか?」
「必要であれば僕が全部やりますよ? 事態の解決のために、僕はここに来たんですから」
「言ったな? 言ったな!? よし、姉ちゃん、今すぐ全員に知らせてやれ! 俺達は全員引き上げていいってな! 後はこの坊ちゃん刈りが全部やっつけてくれるとよ!」
「れ、怜史、落ち着いて」
 ラヴィンが、今にも殴りかかりそうな勢いの怜史を羽交い締めにした。頭に血が上っているようで、ちゃんと「ランスバレスト」の構えに移行しているのが本気で恐ろしかった。
 一方の陽太も、
「おい、こっち来い!」
と、同行していたイーオン・アルカヌムに引っ張られ、部屋から連れ出されていた。
「影野、お前はしばらくここにいろ」
「いきなり何をするんですか!」
「いいからここにいろ! フィーナ、ちょっとこいつについててくれ」
「分かった」
 再び入室するイーオンは、開口一番「すまなかった」と頭を下げた。
「突然の非常事態に、今まで現場で対応していた方々の善意と苦労を、きちんと弁えていなかったかも知れない。深くお詫びする」
「……今度は何だよ?」
 ムスッとした顔で、怜史が答えた。
「我々は蒼学で環菜の説得に当たっていた者だ。許可を取った後、やっとここに駆けつけた所だ」
「……で?」
「ここに来るまで我々も遊んでいたわけではない、という事を分かって欲しい。また、今の影野も状況を何とかしなければ、という気持ちが先走って、ああいう口をきいてしまった。彼もただ偉そうにしているわけではなく、現場での各種の活動がスムーズに進められるよう、環菜に交渉してくれたのだ。活動にかかった経費は必要経費として計上され、後日各自のもとに払い戻されるよう働きかけたのは彼だ。それを功績として、先刻の暴言と相殺という形で水に流して欲しい」
「お前が頭下げてどうするんだ? さっきの坊ちゃん刈りがワビ入れなきゃスジが通らねぇじゃねえか」
「……お前が仕切るのもスジが違うぞ」
 そう言って入って来たのは、二色 峯景だ。
「この場の窓口は俺で、外に対して文句を言うのも言われるのも俺の仕事だ。この場は俺が預かる」
「……へぇへぇ、分かりましたよ」
 フン、と鼻を鳴らし、怜史は椅子に座った。
「……対策本部を立ち上げた二色 峯景だ。話は大体分かった。環菜校長への説得に尽力してくれた件、感謝する」
 峯景が会釈した。イーオンも応えて頭を下げる。
「イーオン・アルカヌムだ。きちんと話せば、この件は誰でもOKが貰えた話だ、俺は大した事はしていない」
「オルフェリアが掲示板でミスをしてしまったが、彼女に電話番や掲示板対応を頼んだのは俺だ。責任は俺にある」
「突発的な緊急事態に対して、即席でここまでの場を作れたのは機敏だった。女王器運搬の件は、結局無事に推移しているのであまり問題にはならない、と俺は思う。以後、我々はこちらの動きに合流し、一刻も早い状況解決の為に尽力したい。よろしいか?」
「願ってもない事だ。是非頼みたい」
「ありがたい――では、ちょっと待っててくれ」
 言って、イーオンは廊下に出た。
「影野、頭を下げに行くぞ」
「どうして僕が頭を下げなければ……」
「指摘した件についてはお前が正しい。だが、指摘の仕方に問題があった。だからそれを謝罪するんだ」
「もともとは向こうがやらかしたのがいけないんじゃないですか?」
「全力を出して頑張っている所に、いきなり頭ごなしに怒鳴りつけられれば誰だって頭に来る。お前への印象の悪さは、そのままお前が背負っている御神楽環菜への反感につながるんだ。それでもいいのか?」
「……分かりましたよ」
 陽太はイーオンとフィーナに連れられて入室し、室内にいた者達に「先ほどはすみませんでした」と頭を下げた。