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【空京百貨店】書籍・家具フロア

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【空京百貨店】書籍・家具フロア

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■家具フロア 昼


 家具フロア。白菊 珂慧(しらぎく・かけい)はふああ、とあくびをしながらヴィアス・グラハ・タルカ(う゛ぃあす・ぐらはたるか)のウィンドウショッピングに付き合わされていた。何時間も眺めて買わないなど珂慧には今一つ理解できないが、ヴィアスが見たいなら……という具合である。
「乙女の憧れベッド! レリーフが素敵ねぇ……」
 アンティーク調の天蓋付きのベッドを見た瞬間、パァッと顔を明るくさせたヴィアス。先ほどまで2人でベッドを見ていたが、彼女が見るのはサイズの大きな物ばかり。
「カラーは白かしら、薄いピンクも我にとっても似合うと思うの!」
「うん、かわいいんじゃない?」
「お姫様みたいに……覆うレースは細かな刺繍がないと嫌よ?」
「そうだね」
 ダブルより確実に大きなサイズだ。こんなの、そもそも置くところないよね。ちょっと珍しい彫刻がされているけど、欲しいというほどでは。
「やっぱりシルクよねっ。替えに何セットか購入するとして……あら白菊、疲れちゃった?」
「ごめん。少し疲れたからそこのベンチで休んでいるよ」
「平気よ。もうちょっとで見終わるから待っててね。迷子になっちゃ嫌よぅ」
 寝具に興味を持ち、まだ時間がかかりそうなヴィアスの横に自分はいなくていいだろう。ジュースでも買おうかと思ったが、財布をヴィアスに持って行かれたのを思い出して断念した。

 ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)は、神代 明日香(かみしろ・あすか)に枕を買ってもらう約束をしていた。新しい枕をねだられ、明日香は今のが硬くて寝苦しかったのだろうと考えていたがどうやら違うようだ。
「あれ? 枕はあっち……」
「向こうですっ。明日香さん早くいきましょうっ」
 ??? 枕を買うだけなのに、やたらと楽しそう。枕は逃げないのに。
 しかし案内された場所を見て合点がいった。彼女が欲しかったのは、枕は枕でも『抱き枕』だったのだ。動物型、ぬいぐるみ型。素材も綿からビーズまでいろいろ揃っており、ノルニルの身長より大きなものもいくつかあった。
「明日香さん。もふもふしながらだと、と〜っても気持ちよく眠れるんですよ」
「へぇ、そうなんだ」
 1つ1つ、ぎゅーっと抱き締めながら何かを確かめているノルニルの姿を見て明日香は微笑ましい気持ちになった。近くにいたふわふわの髪に琥珀色の目をした女の子も、ノルニル同様に片っ端から抱き締めて回っているようだ。
「枕元に置いてふっかふか空間にするのよぅ」
 彼女は胴長のらっこの抱き枕が気に入ったらしい。抱き枕を持ってくるくるとダンスを踊っていた。財布の中身を確かめるとスキップをして会計に向かっている。
「……よいしょぉ」
「ノルンちゃん。さっきのお姉ちゃんが持っていたのはどう?」
 自分の体より巨大な白クマの抱き枕を持ち上げようと格闘しているノルニルの姿を見て、明日香はそっと助言をしてやった。あのまくらでは眠る時にまくらに押し出されてノルニルの方が外に出てしまうかもしれない。
「ふぅ……。そ、そうですね」
「取ってあげるから好きな動物教えてね」
 縦長の動物たちがピラミッドのように積まれている。ノルニルはその中でもコーギー犬とゴマフアザラシで迷っているようだ。枕の顔の部分をむにむにと押して、明日香には分からない何かを確かめている。何だろう、この動作は。何か意味があるのか。
「どっちがいいと思いますか?」
「うーん。夏だし、アザラシがいいんじゃないかな。ほら、このアザラシ赤ちゃんだし」
 なるほど。とノルニルは神妙な表情で頷くと、明日香にゴマフアザラシのとぼけた表情の抱き枕が欲しいと言った。明日香は2つ買っても構わなかったが、彼女は1つで十分らしい。会計中、ノルニルは抱き枕につける名前を考えているようだ。

 戻ってきたヴィアスを見て、珂慧は眠そうな目を一瞬だけ見開いた。ヴィアスは巨大な何かをおんぶして、満足げな表情をして財布を返してくれた。軽い。中を確認してみなくても分った。
「……それ、何?」
「まくらなのよぅ!」
 ノリ巻きのように包まれた中から、つぶらな瞳のらっこと目があった。目が、あってしまった。
「……クッション?」
「らっこよぅ!」
 ……まあ、ベッドを買われるよりは良かったかも。前向きに考えることにした珂慧は深く追求せず、楽しげに鼻歌を歌うヴィアスの後を追った。おんぶに飽きたら、僕が持つんだろうな。アレ。
「明日香さん。私もおんぶしたいです」
「え」
 ヴィアスとすれ違ったノルニルはキラキラした目で使命感に満ちた決意を伝えているが、今の彼女にはちょっと難しいかもしれない。


 同居人が増えたため家具を新調しようかと考えた緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は、たまたま手のあいていた緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)を連れて百貨店までやってきた。
「こういう所ってあんまり来ないけど、意外とおしゃれな物が多いんだな〜!」
「掘り出し物があればいいですね」
 そこまで予算に余裕はないが、見ているだけでも面白かった。最近の家具はデザインもよく、手触りや軽さを確かめるだけでも発見がある。
「……家具って高いんだな」
 気に入った1つの値段を確かめ、目を丸くする霞憐。この値段なら作った方が安上がりではないか? 浮いた値段でいいもの食べた方が……。
「まぁこれだけ綺麗なら値段相応……むしろ安いくらいでしょうか。あまり値段のことを店の中でいうものではありませんよ」
「バイトでがっつり稼いでるくせにー」
「普段の収入は貯金に回してます。贅沢はたまにできればいいんですからね」
 そういうもんかなぁ、と不承不承うなずいた。
 机は高いから、椅子でも見ようかな。そう考えて遙遠たちがコーナーを移動すると、何やら不満げな声がした。高性能 こたつ(こうせいのう・こたつ)志方 綾乃(しかた・あやの)に自分とういう存在がありながら他の家具を買うなんて……と恨めしそうに抗議をしている。綾乃はメガネを持ち上げながら、こたつに『志方ないでしょう』とため息をついていた。
「何と愚かな。綾乃、あなたは何故家具フロアなどにいるのです?」
「あなたは冬以外兵器としてしか使い物にならないじゃないですか。夏に寝具としてのこたつとか正気の沙汰じゃないですし……」
「きいいい!!」
 だいたい、綾乃が欲しいのは人工工学に基づいた使いやすい家具だった。現在彼女が使っているイルミン寮の机や椅子は、どれも自然の良さがある。しかし、つい姿勢が悪くなる彼女には不向きなようだった。
「ほら、こたつさん。このベッドなんてどうですか。シーツをあなたのカバーとお揃いにすることだってできますよ」
「ふんっ。布団の丸洗いができたって市販の家具に私ほど万能で高性能なものはありません!!」
 口論は平行線のようだ。しかし、霞憐にはそのベッドが結構いいものに見えた。綾乃たちが離れたのを確認して、ぽふ、とベッドの上に座ってみる。高さもちょうどいいし、これなら部屋にも入りそうだが……。
「それが気に入ったんですか?」
「え。い、いや。いいよ、高そうだし」
 遠慮して立ち上がろうとする霞憐に構わず値段を確認してみると、確かに普段なら手が出る値段ではなかった。決して安くはない。どうしようかと悩んでいると、もうすぐ家具フロアでセールをやると告知があった。
「ん。もう少し安くなるまで待ちましょうか。セールにあったらいいですよ。浮いたお金で美味しいものも食べられますし」
「そっちがいい! また来ような。約束っ」
 どうせなら両方欲しい。遙遠の提案に気を良くした霞憐を見て、まだまだ幼いところがあるとこっそり笑ってしまった。

 都会的なデザインの椅子やベッドをイルミンまで運んでもらおうと、配送サービスに頼むため一か所にまとめてもらった……はずなのだが、係りの人が来るとそれらが1つもなくなってしまった。
「私がいれば机も椅子も、そしてベッドすら必要ないはずですー!! 何度でも言いますー!!」
 わずかな隙を狙ってこたつが全て元の場所に片づけてしまったようだ。いったいどうやって……。機晶ロケットランチャーや六連ミサイルポッドしか搭載していないくせに!! 小癪な真似をしおって!!
「このクソコタツゥーーーー!!」
「はぅあっ。暴力反対〜っ」
 アシッドミストをぶっぱなそうとフロア内を駆け回る2人であった。綺麗好きで汚れにうるさいこたつに、今後、認めてもらえる家具は現れるのだろうか……。それまで綾乃の戦いは続きそうである。


 良いインテリアはないだろうか? 白雪 魔姫(しらゆき・まき)は最近ゆっくり買い物を楽しむ時間が取れず、今日は大好きなアンティーク系の家具を揃えようと張り切っているようだ。そんな彼女の後ろにはエリスフィア・ホワイトスノウ(えりすふぃあ・ほわいとすのう)が……不安そうな顔でお供をしていた。
「エリス、つまらないの?」
「そんなことありませんっ、魔姫様! ただ、そのぅ……」
 簡単に説明すると、彼女が欲しがるものは高いのだ。それに傷などつけたら大変なので、やや距離を置いてそっと眺めるだけにしている。そんな従者の苦労は知らずに、女主人は自分の部屋にふさわしいものを見つけると値札も見ずに購入していた。
「あら、あの椅子……」
 彼女が目を付けたのは、霧島 春美(きりしま・はるみ)が腰かけている英国調の、名探偵が座っていそうな椅子だった。他のお客様が見ているのですから、少し待った方がいいのでは。そう牽制するエリスフィアの言葉には全く耳を貸さず、近くで見てみようとした時……。
「お兄ちゃん、隠れて!!! 敵襲よ!!」
 春美がいきなり立ち上がると、カリギュラ・ネベンテス(かりぎゅら・ねぺんてす)の腕を引っ張り近くの箪笥の影に隠れた。……自分のことか? と魔姫は首をかしげるが、春美の目線は別の人物にそそがれているようだ。
「ちょっと貴女……」
「うわーーん!!!」
「魔姫様、何をやってらっしゃるのですか!?」
「ち、違うわよっ。私が泣かせたんじゃないわっ」
 突然堰を切ったように泣き出した春美に動揺してると、『すまんなぁ』とカリギュラが片手で拝みながら苦笑している。
「春美、泣きたいんやったら、おもいっきり泣き。……この子なぁ、もうすぐお別れがあるねん。そいで、ちょいとナーバスなんよ」
「うううー……っ。どうしようもないのよ、この気持ちは〜……」
「ちょっと!! そんな説明じゃわかんないわよ。ワタシに分かるように説明なさいっ」
「そんなこと説明させないでよ。もう、私、なんにも考えられないよ……」
 まあまあ、とエリスフィアになだめられながらも……流石に春美が落ち込んでいることだけは分った。負けず嫌いで今まで人に邪険にされたこともあまりなかった魔姫は、『帰れ』と言われると『帰らない』と言いたくなった。
「泣き疲れるまで泣いて、気ーすんだら椅子こうて帰ろか。いつも優しい春美でなくてもいいんやで」
「……春美様は、その人がとても大切だったのですね」
「そうなんよ。……兄ちゃん、春美の好きなサラサーテの曲バイオリンでひくわ。な、マジカルホームズ?」
 魔姫はぶすっとした表情でそっぽを向いている。欲しかった椅子はどうでもよくなったようだ。
「行きましょう、魔姫様」
「悪いなぁ。でも、この子知ってる人やと気ぃ使うタチやから、話しかけてもらって良かったわ。ありがとさん」
 申し訳なさそうにしているカリギュラの胸で、春美は大事な人との別れを悲しんでいた。エリスフィアはぺこりと頭を下げると、大分先に進んでいる魔姫の後を追っている。彼女は近くにいたスタッフを呼び付け、何やら話をしているようだ。
「ちょっと、あなた。あの椅子、このカードであの子によろしくね」
「魔姫様……」
「なっ、エリス!! あなた追いつくのが早いのよ!!」
 少し動揺した魔姫は早足で天蓋付きのベッドを見に行った。追いかけるエリスフィアの表情は明るい。女主人は簡単に高価なものを買ってしまうが、たまーに庶民に親切だった。