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第2章 スーパードクター梅の総回診です・その2



「それじゃヨロシク頼むのヨー」
 キャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)はトテトテと入室し、ソファーに腰を下ろした。
「……なんだ、貴様は?」
 見るからに妖しげな風貌の彼に、スーパードクターは眉を寄せる。
「なんだはないのヨー。健康診断に来たのヨ。ここは心理セラピーの場所でしょ、早くするのヨー」
 完全にここは健康診断のルートではない。
 カルテに目を通すと、メモが貼付けてあった。おそらく受付のナースが添付したものだろう。
 健康診断とか言ってますけど、たぶん、この人頭をやられてます。スーパードクターにお任せします。
「なるほど……」
「何がなるほどなのヨ。あ、さてはミーがろくりんピックのマスコット『ろくりんくん』であることに気付いちゃたのネ。そうなのヨ、大会成功のために粉骨砕身が頑張ってるミーは体調管理も万全にしないといけないのヨ。ミーがここにいること話しちゃダメヨ。パニックになるのヨ。あ、それと診察費用は大会運営に請求してネ」
 キャンディスは機関銃のようにまくしたて、スーパードクターは露骨にうざそうな顔をした。
 それにしても、確かに『ろくりんくん』っぽいがなにやらパチモン感も漂う。
 スーパードクターは連絡先を調べ、契約者の茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)に確認の電話を入れた。
『……はい』
「失礼、私は空京大学病院の精神科権威スーパードクター梅だ。今、キャンディス・ブルーバーグなる人物が診察にみえているのだが、本物の公式のろくりんくんなのかね? どうにも疑わしいのだが……?」 
『私に聞かないで下さい!』
 清音は吠えた。
『そんな人とは無関係です! むしろ、付きまとわれて迷惑してるんです! ストーカー規制法か詐欺罪で逮捕してください! あと、一生牢屋から出さないでください! 私からはそれだけです!』
 ガチャンと通話は切れた。
「……ふむ、キャンディスさん、どうやら君には『うそつき症』の気があるようだ」
「だ、誰がウソツキなのヨー!」
「しかしながら、病気の治療よりも、まず刑事さんといろいろお話ししたほうが良さそうだね」
「つ、通報する気なの!? ちょ、ちょっと待つのヨー!」
「病院ではお静かに」
 すかさずアエロファン子の右ストレートが炸裂、キャンディスは壁に叩き付けられ失神した。
 到着した刑事に、彼女が連れて行かれるのと入れ違いに、鳥羽 寛太(とば・かんた)が部屋に通された。
「さて、今日は忙しいな。鳥羽さん、あなたはどうされたんですか?」
「なんだか最近体がだるいんです。食欲はないし疲れやすくて、大量に汗をかくし肌も黒くなってきたし……」
 どこか落ち着きのない様子で、彼は窓の外をしきりに気にしている。
「……実は心当たりがあるんです。カンナ様のおでこに落書きして以来、生きた心地がしないんですよ。いつも誰かの視線を感じるし、この間なんて日差しが強いなぁと思ったら向かいのビルで何かキラッと光ったんです。きっとカンナ様が僕を始末しようと狙っているに違いないです! 絶対そうです! 先生、助けて下さい!」
 取り乱す寛太、その原因となってるのは【君が私で×私が君で】のヒトコマらしい。
「出来心だったんです。(むだに)くろい部のコミュニティーカットで落書きしてたから、いいのかなって思って……、まさかそれも僕の仕業だと思われてるんじゃ……? 違いますアレは……い、言えない。殺される……」
 完全に縮み上がる寛太に、スーパードクターはため息を吐いた。
「典型的な『カンナ恐怖症』だな。最近多いんだ、デイトレーダーの職業病と言ってもいい。とりあえず、穴を掘って、御神楽環菜への悪口をあることないことそこにブチまけなさい。スカッとするし、彼女への恐怖も消える」
「ははぁ、なるほど……って、そんなことをしてるのがバレたらどうするんですか!」
「大丈夫、パラミタの人口がひとり減るだけだ。世界規模で考えれば大したことじゃない」
 さらにビビる寛太に、他に何かあるかね、と尋ねると、寛太は世間話を始めた。
「ところで最近、仮面つけてる人増えましたよねー。僕もつけようかなーって思うんですけど、どんな仮面が似合うと思います? 僕的には目元だけ覆うやつがいいと思うんですけど、うーん、伝説の仮面も捨てがたい」
「……なまはげのお面でもかぶったらどうだね。強くなった気分になって、恐怖症も治るかもしれん」
「心に仮面をつけるわけですか。ま、そんなもんなくても、人間誰しも心につけてるようなものですけどねー」
 と高らかに笑ったかと思いきや、寛太は突然豹変した。
「そんな仮面捨てちまえよ!! どいつもこいつもつまんない仮面をつけてやがるぜ!」
「な、なんだ急に……? アエロファン子くん!」
 アエロファン子は助走をつけてジャンプすると、寛太の首に丸太のような蹴りを食らわせた。
 寛太は「へぶっ!」と白目を剥いて絶命……じゃなかった、気を失った。
「ドクター、鳥羽さんはどうしたんでしょう、急に人が変わったみたいに暴れ出して……」
「かなりストレスが溜まっているんだろう。彼も現代社会の犠牲者……、隔離病棟に入院させたほうがいいな」


 ◇◇◇


「はい、次の方どうぞ〜」
 呼ばれて、玉風 やませ(たまかぜ・やませ)とパートナーの東風谷 白虎(こちや・びゃっこ)がやってきた。
「こんにちは〜。何だかわかりませんが、無料で診察してもらえるみたいなので来ちゃいました〜」
「はぁ?」
 スーパードクターは眼鏡を鋭く光らせ、やませを睨みつけた。
「無料なわけないだろう! 貴様、私の素晴らしい治療を無料で受けられると思ったのか!」
「え、違うんですか??」
「シナリオガイドのどこに『無料』なんて書いてある! 診察代は千円。予約すると千五百円だ!」
 そう言うと、スーパードクターはカルテにペンを走らせた。
「『この子は人の話を聞けません』と……、よし、アエロファン子くん、次の患者を……」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、先生!」
 速攻で診察を終わらせようとしたスーパードクターを、白虎が速攻で止めた。
「診て欲しいのはそこじゃねぇ。まぁ、正直なところ、それほど重傷じゃぁないとは思うんだけどよ、やませがあまりにも『パンパン』言うからさ、脳みそがメロンパンで出来てるんじゃないかって心配になってよ」
「……え、なに、メロンパン?」
「眉を寄せるのもわかるぜ、先生。けど、不思議とそんな気がするんだ。あ、一応言っておくけどよ、やませは『自称小麦粉』はこれっぽっちも食ってないからな? ソッチ系の症状だと判断したら、流石に怒るぞ?」
 白虎は髪を軽く逆立てながら言った。どうやら怒ると髪が逆立つ体質らしい。
 しかし、マジで脳みそがパンで出来てるより、小麦粉原因のがナンボかマシだと思うのだが……。
 白虎はスーパードクターに全てを委ね、待合室に戻っていった。
「何だかわかりませんけど、よろしくです〜。それにしても、白虎の言ってた『どうせ、お前の脳みそはメロンパンで出来てる!』ってどういう意味でしょうかね〜? ……みそ味のメロンパンなんてありましたっけ〜?」
 何を言ってるんだ、こいつは……。
 狂気としか思えぬやませの言動に、スーパードクターは戦慄した。
「あ、先生もパン食べますか〜? あんパンとメロンパンどちらが良いですか〜?」
「いらん」
「そうですか。それじゃ、いっただっきま〜す〜」
 診察室でパンにがっつくという暴挙に出た彼女をしげしげと見つめ、カルテにペンを走らせた。
「……残念ながら『パン同一性障害』だ。もう彼女には現実とパンの区別がついていないのだろう」
「あの、その病名は初耳なんですが……、なんですか、その変な名前の病気は?」
 アエロファン子が不思議そうに尋ねる。
「知らないのも無理はない。たった今、私が彼女から発見した病だ。人間とパンの中間のような存在になって考えるのをやめてしまう恐るべき病……に違いない。これで私の発見した新種の病気は3121個目だ……」
「え〜、私、パンになっちゃうんですか? メロンパンになれたらとっても嬉しいですぅ〜」
「可哀想に、もう考える力を失っている」
 とりあえずスーパードクターはパンに合う牛乳を処方し、やませの診察を終えた。
 効果があるか定かではないが、やませは美味しい美味しいと喜んでいた。
 しかし、どうやらこの『食べ物同一性障害』は巷に蔓延しているようである。
 次に通された五月葉 終夏(さつきば・おりが)も、この奇病にかかっていたのだ。
「梅先生! 聞いて下さいですよう! 師匠が、師匠が変なんです!」
 興奮した様子で、彼女のパートナーであるシシル・ファルメル(ししる・ふぁるめる)は語った。
「あれは、そう……、ある空賊のところでお世話になった時です。耕すぞって口癖の船長さんに耕されたら、じゃがいもの種芋を自分に植えようとしていたんですよう! そして耕すの意味も勘違いしてるんですよう! おまけにこれがきっかけでじゃがいもにハマって、じゃがバター大好きになって……、一日一食半はじゃがいもでもいいって言うんです! 僕、僕、もっと色んな料理を作って食べてもらいたいんですよう!」
「……と言っているが、どうなんだね、ミスポテトヘッド?」
「誰が、ミスポテトヘッドよっ!」
 突然の侮辱に、終夏はスーパードクターを睨んだ。
 ちなみにそれは【空賊よ、風と踊れ‐ヨサークサイド‐(第2回/全3回)】での出来事である。
「だいたいね、『変』とか『変わってる』は褒め言葉だと思うけどなー。人と違ってこその人生。そう、つまるところナンバーワンよりオンリーワンよ。五人組のアイドルユニットもそんな歌でヒット飛ばしてたもの」
「でも師匠、自分に種芋を植えるのはオンリーワンを通り越してただのくるくるぱーですよう!」
「あはは、大丈夫だよシシル。体から植物が生えると栄養持ってかれて色々成長しないからもうしないよー」
 終夏はそう言うと、じゃがバターの入ったタッパーを取り出した。
「ところでドクター、お腹すいてません? 良かったらおひとつ如何ですか?」
「ん? そう言えば、まだランチを取っていなかったな……、ひとつ頂こう。ふむ……、なかなか美味だ」
「ありがとうございます。でも、収穫する場所によって味って変わりますよね」
 場所によって味って変わりますよね。
 その一言が含むただならぬ意味合いに、スーパードクターは凍り付いた。
 そして、凄まじい形相で終夏を睨むと、さらさらとカルテにペンを走らせた。
「……残念ながら『ポテト同一性障害』だ。五月葉さん、君はじゃがいもに異常なまでに執着している」
「ドクター、まさかその病気は……?」
 アエロファン子が食い入るように、スーパードクターを見つめる。
「ああ、たった今発見した病気だ。本日二つ目の新発見、まったく自分の才能が恐ろしい」
「ドクター、ポテト同一性障害ってなに……、と言うか、その病気はちゃんと治るんですか?」
 当然の疑問を口にするミスポテトヘッドに、スーパードクターはふんと鼻を鳴らす。
「さあ、ちょっと自分わかんないっす。あと変なもの食べさせたので、ペナルティとしてルーレットを回します」
「……ルーレットってなんですか?」
 きょとんとする終夏の前で、数字の書かれたルーレットを回し、スーパードクターはダーツを投げる。
「はい、刺さった。えっと、余命五年です」
「ええーっ!!」


 ◇◇◇


 それから、休む間もなくエリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)が通される。
 これが終わったらランチを食べようと思うスーパードクターだったが、先に食べれば良かったと後悔する。
 何故なら、彼の持ち込んだ病は精神医学会を震撼させるほどの難病だったのである。
「どうも私の口調が時々おかしなことになっているんだ……」
 深くソファーに腰を下ろし、エリオットはぼやくように口を開いた。
「【願いを還す星祭】、【激突!! 奈良の大仏vsストーンゴーレム】、【デーモン氾濫!?】、【栄光は誰のために〜英雄の条件 第1回】、何故か知らないが、私がですます調で話しているのに気づいただろうか?」
「ふむ、確かにそのように話しているが、これがどうかしたのかね?」
「どうしたもこうしたもない。私は『基本は目上相手でも「だ・である」調』で話すよう心がけているんだ。しかも、時折人格も崩壊する。【イルミンスールの迷宮!?】では、もはやただの軟派男に変貌すると言うおかしな事態になり……、【マジケット攻撃命令】ではですます調の正義の熱血漢になってしまった……!」
 険しい表情のエリオットに続き、相棒のメリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)も話す。
「【マジケット攻撃命令】で『ミッターマイヤー』風になったのには笑っちゃったね。裏設定だと『ロイエンタール』風なのに。たぶんドクターの持ってるカルテにはないと思うけど、他にも細かいところで口調がおかしくなってたりするんだよね……。最初からメールフォームがあれば修正要望送れたのになぁ……」
 さらにもうひとりの相棒、ヴァレリア・ミスティアーノ(う゛ぁれりあ・みすてぃあーの)も口を開く。
「……そういえば【たっゆんカプリチオ】でも【建国の絆 最終回】でも、なぜかですます調で話してたわね。さすがにこればかりは修正要望メール送ったらしいけど……、マスターって自由設定を読まない人もいるの……?」
 スーパードクターはらしくもなく目を泳がせる。
「『断定的な口調「〜であろう」「なのだよ」』にする対処も考えてるんだけど、それだと『冷ややかに話すキャラ』ってコンセプトが成り立たないし、台詞サンプル付きの『キャラ口調』でアクション書いてるのに……」
 ヴァレリアは頬に手を当て、悩ましげに吐息を漏らした。
「ドクター、この症状についてどう思う?」
 メリエルはじっとスーパードクターの目を覗き込む。
「そう、私もそれが聞きたい。この由々しき問題に卿はどう答えるつもりなのか?」
 そう言って、エリオットも厳しい視線を送ってきた。
 これこそ、天下を震え上がらせる恐るべき奇病『マスター性多重人格障害』である。
 スーパードクターもこの病気にメスを入れるべきか躊躇した。何故ならば下手なメスを入れて、他のマスターをディスってしまうと気まずいからだ。どうするんだ、イベントで会った時に変な空気が流れたら。
「……しかし、頑張って診察すると言った手前、真摯に答えてみせよう。スーパードクターである私はマスターなる存在のことはちぃとも知らないが、仮に私がマスターだとしたらこう言うだろうな……」
 流れ落ちる汗を拭きつつ、スーパードクターは己の見解を口にした。
「もし出来るのであれば、システム設定の口調を『断定的な口調「〜であろう」「なのだよ」』にして、自由設定欄に『冷ややかに話す』と書いたほうがマスターの間違いは減ると思う。私の知る限り自由設定を読まないマスターはいない。ただ、ちょっと口調を確認する時に、システム口調のほうをチェックしてしまい、間違えるケースはありうる。それを許すべきだとは言わないが、マスターも人間、時には間違いをしてしまうのはわかって欲しい」