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想い出の花摘み

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想い出の花摘み

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第5章 言葉の呪縛 1

 獣人特有の嗅覚で花の香りを追っていくと、辿り着いたのは蛮族たちの本拠点だった。襲われることを覚悟の上だったが、予想に反して蛮族たちはおとなしく遠巻きに見ているだけだった。代わりに、一人の蛮族がガウルたちをボスのもとに案内してくれた。
「てめぇか……クラウズの花を欲しいってやつは」
「あれは……!」
 洞窟の中に咲いている白の花を見て、御凪 真人(みなぎ・まこと)が驚いたような声をあげた。探し求めていたクラウズの花が、鮮やかに咲いていたのだ。
「話は聞いたぜ。仲間の首を切ったむかつく奴らを追い払ってくれたらしいな」
「……お前たちのためにやったわけではない」
「分かってらぁ。でも、結果は結果だ。あのままだったら、全滅してたかもしれねぇ」
 ボスは自嘲的に笑ったが、やがて、すっと真顔になった。その顔は、まさに蛮族たちを引き連れるに相応しいボスたる顔だ。
「……だけどな。こいつを渡すわけにもいかんのよ」
「…………」
 ボスの殺気にも似た気迫を正面から受け止めて、ガウルは黙ったまま彼を見据えていた。そんな二人の火の粉が散りつくような空気のせいもあったのだろう。誰も、二人の間に割って入ろうとはしなかった。
「クラウズの花が少なくなったのはどうしてか、知ってるか?」
「いや……」
「地球の文化のせいだ」
 その場にいた者たちが、驚きに目を見開いた。はっきりと告げられたそれは、地球人たちの望みたくない理由でもあったからだ。
「文化ってのは素晴らしい。生物の栄華は文化の発展とともにあると言っても過言じゃねぇ。だが、それは同時に腐敗の進展さえも作る。環境汚染、とでも言ったら分かりやすいかもしれねぇな。クラウズは特に繊細すぎる花だ。ゴミや不法投棄には、どうしても負けちまう」
 哀しさを含んだ声をしぼり出していたボスは、ぐっと堪えるようにして声を張り上げた。
「だから! だから俺は……こうして花を守っていた。自然を守りたかった! 他の蛮族たちが無茶なことを、非道なことをしているのは承知の上だ。だが、こうして統率することでしか、俺には方法がなかった。蛮族の俺が出来る方法は……」
 声はもはや紡がれることができなかった。過去を、決断を悔やんでいる? ボスと呼ばれているこの蛮族は、あまりにも不器用だった。
「だけど……それももう仕舞いだ。これ以上続けたところで、俺には守れねぇ……」
 目頭に浮かんでいた涙をぬぐって、ボスは立ちあがった。そして、決然とした顔になり、堂々と手下たちに告げる。
「この縄張りは解散だ! てめぇら、今すぐ支度しろ!」
「ボス……」
「なに、心配すんじゃねぇ。これから俺たちは東に向かう! そこで新しい俺たちの領地を作るぞ!」
 心配そうな手下たちを決起させて、ボスは洞窟から去ろうと歩み始めた。
「あとは好きにしてくれ。……頼むから、枯らすなよ」
 捨て台詞を残して、彼は出て行った。最後まで、どこか不器用な男だった。
「んじゃあ、さっそく花を摘んでこうぜっ」
 ボスを見届けてクラウズの花へと駆け寄るのは、真人のパートナーのトーマ・サイオン(とーま・さいおん)だった。彼の手が花へと近づく――が、その頭や背中から生えている狼の耳と尻尾が、ぴくりと動いた。
「――ぁっぶな!」
「チィッ!」
 無意識に殺気を感じ取ったトーマは、のけぞるように後ろへ転げた。それまで自分のいた場所を、ふわりとしびれ粉が舞い散る。
 トーマがいなくなったことで現れたのは、悲痛なほどにガウルたちを睨み据える女であった。何本もの刃を生やしたナイフともブーメランともつかぬ光条兵器を手に、刺青を施した顔が烈気を放っている。
「近寄るな!」
 狂犬のように吠えて、女――鬼崎 朔(きざき・さく)はクラウズの花の前に立ちはだかる。
「これは、紗月に送る為の花だ! 貴様等にくれてやる分など……ない!!」
 同じく花を求めてやってきたのだろう。ガウルの目的とは似ているが、手段を選ばないとばかりの執念は、畏怖さえも感じさせた。が、ともかく……
「紗月……?」
「呼んだ? ……って、朔!?」
「紗月……!」
 ひょこっと顔を出した紗月は、視界に映りこんだ朔を見て口をぽかんと開けていた。もちろん、驚いたのは朔とて同じことである。なにせ花をプレゼントしようと思っていたその張本人がいるのだから。
「なにやってんだよ、こんなとこで!」
「……さ、紗月のために、花を取ってこようと思って」
 それまでの殺気はどこにいったのか。悄然とした彼女はいたずらが見つかった子供のようにしゅんとなって紗月に事情を話した。
「そ、そりゃ気持ちは嬉しいけど……でも、全部なんて駄目だって。元々数が少ないんだぜ? 真人たちの力を借りて、別の場所で育てようと思ってたんだから」
「だめ……?」
「……とにかく、好き勝手に取っていいもんじゃないってこと」
 更にしゅんとなって落ち込む朔だったが、紗月は彼女の頭にぽんと手を乗せた。
「んー、ま、でもありがとな」
 それだけでも、きっと彼女がやって来た価値はある。ほころんだ顔で笑顔になった朔を見て、紗月も嬉しさがこみ上げてきた。
 ――すると、そこに聞こえてきたのは巨大な轟音だった。
「な、なんだ……っ!」
 地響きさえ鳴らす轟音に、ガウル一行は慌てふためいた。それは、まるで何か嫌な予感を告げるような音だった。



 洞窟の外に出たガウルたちの目に映ったのは、巨大な大木が崩れ落ちた姿だった。恐らくは、先ほどの轟音の正体でもあろう。だが、それ以上にガウルの目を引いたのは、崩れた大木の麓に佇む一人の人影である。
「貴様がガウルか……」
 邪悪な気を隠そうともしない巨漢が唇を歪めた。豪傑と言ってもおかしくないほどの圧倒的な烈気を帯びて、巨漢は静かに刃のような研ぎ澄まされた視線を送る。
「何者だ」
「わしの名は三道 六黒(みどう・むくろ)。……おぬしを探し求めていた者よ」
 怪訝そうにガウルが眉をしかめると、途端――再び大木が崩れた。しかも、今度は岩山ごとだ。
「!」
「ガウルさん、危ない!」
 愛馬のユニコーンを駆って飛び出してきた音井 博季(おとい・ひろき)が、頭上からガウルへと降り注いできた岩をなぎ崩した。軽身功で身軽になった体で巨大な大剣を操り、枝葉や岩を次々と破壊していく。
「ガウル君、こっちだ!」
 その間に、綺雲 菜織(あやくも・なおり)がガウルを導いた。義理堅く頑固な彼女であるが、この旅でそれが信頼に値するものだとは重々理解している。ガウルは菜織と一緒に騒動から脱出しようとした。だが、突然ガウルが方向を変えて飛び上がる。
「ガウル君っ!?」
 菜織の引き止める声を無視して、彼は何を思ったか次々と崩れていく大木を越えていった。人のそれを遥かに超越した跳躍力に、追いかけようとしてもそうそうたやすく追いつけるものではない。ましてや、彼の姿にすぐに見えなくなってしまった。
 彼の強さを菜織は信用している。一人になったからと言ってすぐにどうかなることはないだろう。だが、飛び上がる前のガウルは表情を一変させていたことだけは気がかりだ。菜織の胸は、不吉な予感とともにざわついていた。