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第11章 昼休み・屋上(3)

「校内で、っていうことだから、学園の者が犯人なのは間違いないのよ」
 階段を上がりながら、葵は前を歩く2人に言った。もちろん逃げられたら困るので、2人がおかしな行動をとればすぐさま対処できるよう、気は許さない。
「生徒が学園内で叫んでいるのを犯人は確認しなくちゃいけないわけだし。
 つまり犯人は常に学園中を見渡せる場所、校舎の屋上に潜んでいるに違いないと思うわけ」
 最上階までたどりつき、採光用ガラスのついたドアを開けるよう促す。
 彼らは、真夏の太陽が照りつける屋上へと出た。
「……あっつー。まさかここでずっといる気か?」
 手で目をかばいながら見渡す。
 足元からは、コンクリが太陽の光を反射して、熱気がむんむん上がってきている。
「私は出ませんから。ここにいます」
 校舎の影から動かず、階段に腰掛ける七日を振り返る。
 そこでも十分暑そうだ。
(だよなぁ。いくら犯人だって、こんな所に長時間いたいとは思わないと思うんだけど)
 とりあえず、それらしい人影がないか見渡してみる。
「あれは?」
 葵の声にそちらを向くと、少し離れた給水設備の影に2人の人間が立っていた。

「俺は、おっぱいが大好きだ〜!」
 2時限目の休憩時間にメールチェックして以来、授業中も、休憩中も、棗 絃弥(なつめ・げんや)はふさぎ込みがちで、ずっと何かを考え込んでいる様子だった。
 「何かあったんですか?」と訊いても「ううん。何もないよ」と首を振るだけで教えてくれない。きっと何か、深刻な出来事が起こったに違いない。
 普段、人懐っこくてよく笑い、よく話す彼に教えてもらえないということは、つまりそれだけシリアスなことなのだろう。それを教えてもらえず締め出されるのは、パートナーとしてちょっとつらかった。でも、どうにかして探り出し、絃弥の力になるんだ。
 そう考え、そっとあとをつけていたアナスタシア・ボールドウィン(あなすたしあ・ぼーるどうぃん)は、しかしあまりに予想外のその第一声に、ピキーンと固まってしまった。
「……絃弥? い、一体何を…」
 ふさがった喉からようやく声を搾り出す。
 彼女が背後にいることに驚くふうもなく、振り返った絃弥はこう告げた。
「何って、例のメールが俺にも来たんだよ。だからこうして、おっぱいに対する俺の熱い思いをだな――」
「なに、アホなことを…」
 いい歳の男が、屋上で口に手をあてて、叫ぶ言葉が「おっぱい」って…。
 中学生ですか、あなたは。
 脱力。
「アホとはなんだアホとは。男と女がこの世に誕生してから途切れることなく続いている、男の純粋な志向だぞ。健全な精神な持ち主である証拠だっ。
 つーか、おまえこそこんなところで油売ってないで少しはパイオツ大きくする努力しろよ、貧乳。なんだよAカップって。毎日の洗濯物増やす以外に意味あんのかそのブラ」
 あ、購入することで浪費の意味もあるかwwww
「なっ……ひどっ! 今あなた、全国の女性の大半と、貧乳好きな男性……つまり人類の大半を敵に回しましたわよ!」
「けっ。
 貧乳はステータスとか、そんなの負け犬の遠吠えだろ。どう言い繕おうがおまえらは一部マニアにしか受けねぇことに変わりはねぇンだよ。真の男の夢は巨乳! そしてぱふぱふだ! どうあがいてもAカップにはできない芸当だな。
 分かったら豊胸手術でもして、せめてCぐらいになってから出直してこい」
 グサッ!
 鋭い言葉の剣が、アナスタシアの小さい胸に突き刺さる。
 自分でも、そうじゃないかなぁ? と思わないでもないときがあるだけに、なおさらショックだった。
 だが絃弥は気づかない。調子に乗って、ますます鬼畜っぷりを続ける。
「大体さ、なんだよアナスタシアって。なんか卑猥なんだよ、響きが。略してアナって、そりゃどこの穴だよ」
 かかかかかっ。すげー皮肉っぷりじゃねぇ? おまえって、その生きた見本!
 大笑いする絃弥の姿に、アナスタシアの、いやこれを読んでいる者全員の、堪忍袋の緒が切れた。
「……この、人の姿をかたる外道め!!!」
 ホーリーメイスで全力で殴りつけ、そのまま足元に叩きつける。快哉を叫ぶ者こそいても、だれも彼女を責める者はいないだろう。
「あ、……アナ…?」
「今分かりました。あなたは絃弥ではありません! 様子がおかしかったはずですわ。あなた、いつの間に絃弥と入れ替わったんですの?」
「い、いや。あの、えーと、俺はげん……はぐっ」
「絃弥を返しなさい! この魔物め! えいっ! えいっ!」
「お、俺は……グハッ。悪くない! 全てはメール……ウグッ。が、メールが悪いん……ゴハッ……だ〜!」
「しぶといわね! もう化けの皮ははげたんだから、正体を現しなさいっ!」
 床に転がる絃弥をビシバシホーリーメイスでしばき倒す。
「あなたが! 考えをあらためて! 絃弥を返すまで! 殴るのを! やめないんだからっ!」
 それなら多分、死ぬまでだと思います、アナスタシアさん。
 どうぞやっちゃってください、アナスタシアさん。

「……ああいうのがいろんな場所で繰り広げられてるってわけね…」
 おそるべし、蒼学生!
 叫んでいる当事者に事情を訊いてみたいと思っていた葵だったが、さすがにあの中に割って入る気になれなかった。
 もちろんそれは皐月も同感だ。
 相手を撲殺しようとしている女生徒に背を向け、皐月は退室時にルミーナから貰っていたメールのコピーに今一度目を落とした。
「なんでこの犯人は、相手が言ったことが嘘か真実か見抜けるんだ?」
 意見を求めて七日を見たが、彼女は肩をすくめて見せただけだった。
「そんなスキルはありません。あったら私こそ欲しいくらいです」
「だよな」
 じゃあ、人はどうやって相手が嘘をついていると知ることができる? あるいは、真実を語っているのだと。
 それは、多分、すごくシンプルな答え。
 スキルも、クラスも、関係なく。
「……それが嘘の内容だと、あらかじめ知っているからだ」
「えっ? なんですって? 皐月?」
 ひらめきのように浮かんだ言葉だった。
 だが口に出して言ってみると、案外まとはずれでもない気がしてくる。
「スマキになった人間に、訊いてみる必要があるな」
「今から? ちょっと遅すぎないかしら。それに、何人いるかも把握できていないのに。私たちには今日1日しかないから、そんな悠長なことは――」
「いや、訊くのは1人か2人だけでいい。生徒の名前はルミーナに訊けば分かるさ」
 一番最初にスマキになった者。
 きびすを返し、校舎へと引き返す皐月、それに従う七日。
「あ、ちょっと待ちなさいってば! あなたたち、勝手な行動しちゃ駄目なんだから!」
 少し遅れて、あわて気味に葵があとを追いかけた。