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十五夜お月さま。

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十五夜お月さま。
十五夜お月さま。 十五夜お月さま。 十五夜お月さま。

リアクション



第八章


「みんなでお月見、たのしいですね♪」
 クロエを右隣に、リンスを左隣にして。
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、弾んだ声を上げた。
「リンスおねえちゃん、きれいなお月さまみたら、そうさくいよくがもりもりですか? ボクはもりもりしてくるですよ」
「俺は今のところ、純粋にお月見を楽しんでるね。もしかしたら、湧いてくるかもしれない」
「もりもりと?」
「うん、もりもりと」
「もりっ、ですね!」
 ヴァーナーが両手をぐっと握り締めて『力がもりもり』なポーズを取り、湧いてくるものをアピールすると、リンスが微笑った。
 初めて、笑顔を見たかもしれない。前に会った時は、難しい顔をしていたから。
「リンスおねえちゃんは、笑うとびじんさんですねー。もっと笑ったら、いいとおもうですよ。にこにこ、えがおでしあわせー、ですっ」
 だから思ったことを言ったのだけど、たちまち困ったような笑みに変わってしまった。
 何かいけなかったかなー? と首を傾げながら、今度はクロエに笑いかける。
「クロエちゃんはお月見したことあるですか? とってもきれいであかるいお月さまの下でみんなでわいわいするの、たのしいですね♪」
「わたしは、お月見、はじめてなの! こんなにたのしいものならまいにちでもしたいくらい!」
「まいにちですか。まいにちやったら、きっと、お月さまがこまっちゃいますねー」
「そうなの?」
「だってまいにち、ボクたちがたのしめるように、あかるくきらきら、おおきなすがたを見せていたら、つかれちゃうですよ」
「それも、そうね。じゃあ、たまに! お月さまがげんきできれいなときに、またお月さまをみたいわ!」
「いいですね♪ ボクもおつきあいしたいです」
「わたしも、ヴァーナーおねぇちゃんにつきあってほしいわ」
「じゃあ、やくそくなのです♪」
「♪」
 約束を交わしてから、お団子を食べる。
 甘酒よりも、甘いジュースのほうが好きだから、瀬島 壮太に瓶コーラをもらい、二人でそれを飲んで。
「ねぇねぇ、リンスおねえちゃん」
「ん?」
 それからまた、リンスに向けて問いかける。
「あれから、どんなステキなお人形さんをつくったですか?」
「素敵かどうかはわからないけれど、大体は仕事関係のものかな」
 甘酒を飲みながら、ぼんやりとした口調で答えるリンス。
 お仕事は、つまらないのかな。ふとそんな印象を受けた。
「たいへんですか?」
「うん? 作る事が好きだから、そうでもないよ」
「むりは、しちゃだめなのですよ」
「うん。気をつけるね」
「ボク、ろくりんピックでおうえんがんばってたです」
「ろくりん……ああ、なんか最近騒がれていたやつ。あんまり知らないけど。ヴォネガット、頑張ったんだ」
「はいっ。いっぱいいっぱい、おうえんしたです」
「楽しかった?」
「すごく、たのしかったですよ〜♪」
 だから、その時に覚えた歌と踊りを踊るのだ。
 こんな感じなんだよ。
 楽しかったんだよ。
 だからそれを、お裾分けしたいな。
「クロエちゃんっ」
 手を伸ばして、クロエの手を取って。
 一緒に踊るんだ。
「きゃははっ」
 クロエが楽しそうに笑う。
 リンスが微笑んで見ている。
 そんなリンスにも手を伸ばして、
「リンスおねえちゃんもですっ♪」
 笑いかけると、ためらいながらも手を取ってくれて。
 みんなでくるりと輪を作る。
「みんなと手をつないで、お月さまみたいなまんまるです♪」


*...***...*


「クロエ、楽しそう」
 小鳥遊 美羽は、ぽつりと呟く。
 みんなと遊んで、笑って、楽しそうに過ごしている、クロエを見て。
「……楽しそうで、よかった」
 心から、そう思う。
 『普通』とは違う、人形に魂だけ入り込んだ少女。
 もう、身体は死んでしまっている、少女。
 その子が、あんなふうに楽しそうに笑えるなら。
 幸せになれるなら。
「瀬蓮ちゃんだって、きっと、あんなふうに笑える日が、来るよね?」
「美羽さん」
 ぽつり、呟くと。
 いつの間にかベアトリーチェ・アイブリンガーが、団子を乗せた皿を持って佇んでいた。
「これ。さっき、クロエちゃんと一緒に作ったお団子です。
 クロエちゃんと一緒に、料理で人を幸せにしたいって、作ったんですよ」
「幸せ、に」
「クロエちゃんは、私の一言一句しっかり覚えてくださって。『いつかリンスをえがおにするのよ!』なんて、張り切っていました」
「クロエは、強いんだね」
「はい。……ねぇ、美羽さん。次は、瀬蓮さんのために、アイリスさんのために、美羽さんが料理を作ってみませんか」
「私、が?」
「美味しい料理は、人を幸せにするんですよ」
 ほら、食べてみて。
 そう、ベアトリーチェに差し出された団子を食べる。
 美味しい。
「人を幸せにしたいと思えるなら、その人のことを想って作ったならば。
 想いは伝わります」
 美味しいから、美味しすぎて涙まで浮かんできた。
 ああもう、ベアトリーチェも、クロエも、なんという恐ろしいものを作ってくれたのか。
「ねぇベアトリーチェおねぇちゃん! リンスがわらってくれたわ! おだんごおいしいって、わらってくれたわ!」
 そこにクロエが突撃してきて、幸せな報告。
 ほら、ね? とベアトリーチェが笑う。
 もう、頷くしかないな。
「……じゃあ、次。私の料理の先生になってね、ベアトリーチェ」
「もちろん、歓迎ですよ」
「ベアトリーチェおねぇちゃん、せんせいなの? わかった、りょうりのせんせいなのだわ! それならクロエのせんせいでもあるのね!」
 楽しそうに笑う声に、お団子の美味しさも相まって、笑顔になれた。
 今度こそ、自然な笑顔に。


*...***...*


 あれ、自分、どうしてこんなことになってるんだろう。
 ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)は、そう思わずにはいられない。
 最初は、ドヴォルザーク作曲 ピアノ三重奏曲第四番(どう゛ぉるざーくさっきょく・ぴあのとりおだいよんばんほたんちょう)――通称ドゥムカ――に誘われて、リンスとクロエに会いに行ったのだ。クロエさん元気かなぁ、とか、そんな平和なことを思っていた。結果は、二人とも元気そうで、楽しそうで、よかった。
 よかったのだけど。
「今日来たのはこいつの事で相談があってだな」
 腰に手を当て、尊大な態度でドゥムカは言い放つ。
 工房から、月の良く見える丘の上。湖畔付近の宴会場へと場所を移して騒ぐ中。
 リンスやクロエに会いにと集まった面々の視線集まる中心へと引っ張り上げられ、視線にさらされ、問われている今現在。
「齢17になってこの有様だ……非常に嘆かわしいので皆の意見を聞いてみたいと思ってな」
「嘆かわしい? どういうことだ?」
 新堂 祐司がドゥムカに似た、偉そうな口調で問い返す。
「恋愛的に、枯れている」
「ひどいよ!?」
 思わずケイラがツッコミを入れるが、ドゥムカは素知らぬ顔を崩さない。
「パートナーの私が言うのもアレだが……別に、見た目や中身が悪いわけではないだろう? しかし、できないのだ。特定の親しい異性というものが」
「そそそ、そんな身内事情を暴露しなくていいんじゃないかなぁ!?」
「なので、ここが駄目とか、ここは良いとか、品定めをしてもらいたい」
「自分の意見、フル無視だ!」
「無論、『友達になるとして』で構わない」
 だめだ、ドゥムカは完全にケイラの言葉を無視している。
 ああ……自分はただ、クロエたちとほのぼのとお月見をしたかった、だけ、なのに。
「ほら、自己紹介でもしたらどうだ?」
「え? あ」
「初めましての人間も多いだろう」
「そ、そうだよね。そうなのかな?
 初めまして、自分、ケイラ・ジェシータと言います。イルミンスールに通っています。恋愛はよくわからないので、それよりも今日の綺麗な月をみんなで楽しめたらいいなとか――」
「阿呆っ! 今はそういう話ではない」
「ひえぇ!」
 必死で話を逸らそうとしたらドゥムカに喝を入れられて、逃げる。
 逃げた先に居たのは、メティス・ボルトで。
「大丈夫ですか?」
「あ、は、はい。大丈夫、ごめんなさい」
「…………」
 じっ、と目を見られた。
「……?」
 なんだろう、首を傾げる。
「見た目は悪くありませんね。社交性もないわけではなさそうですし……。
 恋愛に関して、自ら心を開いていけば、相手ができないということは、なくなると思います」
 的確なアドバイスをもらってしまった。
「あ、ありがとう」
「では」
 ぺこり、頭を下げてパートナーの許へと戻っていく彼女を見送り。
「……どうしよう?」
 困ってしまった。
 他人の恋愛話を聞くのは好きだけど、どうにも自分の恋愛話は苦手で。
 過去の事は、話しても楽しいものではないから伏せておきたいし。
「クロエさーん」
「なぁに?」
「ちょっと、自分の膝の上でお月見しない?」
「わたし、おもいのよ?」
「ううん、大丈夫ー」
「ケイラおねぇちゃんがいいっていうなら、わたしはいいわ」
 座ったケイラの膝の上にちょこんと乗ったクロエは、やはり言うほど重くない。
 はー、と息を吐いて、クロエを後ろから抱きしめた。
 うん、柔らかくはないけれど、なんというか、癒される。
「ケイラおねぇちゃん、たいへんなの?」
「うんー、ちょっと大変かもしれない」
「わたしおうえんしかできないわ」
「ううん、こうしてもらってるのが結構癒しだから、大丈夫」
「そう? うふふ」
「ふふー」
 笑うクロエに合わせて笑うと、もっと癒された。ああ、もう、このままがいい。このままでいい。なんて、現実逃避じみた思考。ああ、ドゥムカが睨んでいる。怖いなぁ、と思っていたら。
「おーい、ドゥムカ」
 家で留守番をしているはずの、マラッタ・ナイフィード(まらった・ないふぃーど)の声が聞こえて、見回す。
 マラッタは、丘の下で。
 ドゥムカのぬいぐるみ――ミントグリーンの猫で、首にピンクのリボンが巻かれたキュートなもの――を持って、
「忘れものだぞ?」
 届けに来ていた。
 ドゥムカの顔がみるみるうちに赤くなって、
「なっ、ばっ、それは忘れたのではないっ!!」
「? いつも持っているものだろう」
「家の中だけだろうっ!? あ、いや、違う家の中でもこんな可愛い物など――」
「??? 可愛い物、好きだろう? 嫌いだったか?」
「そんなことはない! ……!! ああ、違う、違うんだ! こらリンス、笑うな!」
 口元を押さえ、くつくつと笑うリンスは、「いやもう、明らかにバレてるじゃない……」と楽しそうで。
 慌てるドゥムカと対照的に、疑問符を浮かべるマラッタ。
「人で遊ぼうとするからだよ……」
 とりあえず、ドゥムカのフォローよりクロエと癒されたいケイラ。
 頭を抱えてしゃがみこむドゥムカに、ぬいぐるみを持たせたマラッタが、
「それよりお前はちゃんと月見してるのか?」
「……して、いないな。まだ」
「なら、月見をするべきだろう。見事な月だぞ?」
 空を指して、月を見せて。
「……ああ、見事な月だ」
 ドゥムカが頷き、ぬいぐるみを抱いて。
 月見に移行。
「恋愛、かぁ」
 ドゥムカとマラッタの間に流れる、なんとなくぎこちないような、それでいてぴったりと噛み合っているような空気を見て。
 ……親しい、異性か。
「できたら、素敵かもしれないけれど」
 ぽつり、呟いた。
 クロエだけが、それを聞いていた。


*...***...*


 互いに目があった瞬間、テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)は微笑んで、リンス・レイスは気まずそうに目を逸らした。
 おや? と思って、近づいていく。
 テスラの近づく足音に気付いたのか、リンスが身を固くしたことを空気を介して感じる。
「? どうか、しましたか?」
 声をかけると、リンスがぎこちなく振り返った。彼にしては珍しい、不安そうな雰囲気。
「マグメル……」
 声も、不安そうだ。何かあったのかと、心配になるほどに。
「はい。テスラ・マグメルですよ。どうかなさいましたか?」
「……あー。あの。……あのね」
 歯切れ悪い言葉を、急かすことなくテスラは待った。待つことは、嫌いじゃない。隣に座って、あまり見えない目でリンスを見る。
「……依頼の、品」
 しばらく経って、ようやく言ったのはその一言。
 それからまた、しばらくの沈黙。
「まだ、できてない。のに。ごめん、遊んでる」
「……あら」
 拍子抜け、した。
 出来ていないことに対しての落胆ではなくて、
「なんだ、そんなことだったんですか」
「……そんなことって」
「浮かない顔をしているものですから、一体どれほどのことがあったのかと。心配してしまいました」
 だからむしろ、その程度で良かったのだと。
 微笑んで見せると、リンスが「はぁ」と息を吐く。
「無理、ではないにせよ、難題だったと申し訳なく思っていたのです」
 そんなリンスに、今度はテスラが独り言のように、言葉を紡ぐ。
「止まった時間を象る人形と、流れる時間を変化する人間と。
 ひとつにしてください、という事の方が、きっと、難しい。
 けれどもし、私という題材で、リンス君が何かに気付けたとしたら――注文者冥利に尽きるのですけど、どうでした?」
 問い掛ける。「ん」と短く返事が聞こえて、それからしばしの、沈黙。
「作ろうとしてさ。マグメルのことは、微細に思い出せるんだ。外見。内面。わかってるつもりでいるし、きっとそれなりに、俺はマグメルのことをわかってる」
「ええ、そうでしょうね」
 共に変化を歩んできた者だから。
「だからかな。内面も含めた、今現在のマグメルとして、人形にすることを考えると――手が動かなくて。浮かばなくて。形にできなかった」
 変化し続けるお互いを、形にするのは難しいのだと。
「そうですか」
 結局、人間は自分で見つけた答えでしか前に進めない。
 リンスが、『内面も含めた現在のテスラ』を、『形にできない』と判断したのなら、今はそこから進めないだろう。
「いつか、作れると思いますか?」
「いつか、ならね。できるかもね」
 俺が変われば、あるいは。そう、含ませるようにリンスが言う。
 変われますよ。私だって、変われたから。
 だから、変わるきっかけとなった貴方と。
「互いに、きっかけを与え合う存在でありたいですね」
 微笑んで、歌を謡った。
 いつもお世話になっているお礼も兼ねて、歌を。
 月を想い、夜を想う曲を。
 伴奏も、事前の打ち合わせも、練習も、何もない。突然歌い上げたその曲は、夜に響く。心地よく響く。
 月明かりの下、声のみで作り上げられる幻想の世界。
 願わくば、これを聴いた人の心を揺らせますように。


*...***...*


 茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)はある噂を聞いた。
 それは、『ヴァイシャリーには凄腕の人形師が居るらしい』というもの。
 同じ人形師の友人が欲しいというものと、単純に凄腕の人形師という存在に興味があったこと。それから、もうひとつの噂が気になって。
 『その人形師の作る人形には魂が宿るらしい』。
 人形に魂が宿るなんて、本当だろうか? けれど、そこまでの噂が立つのならば、実力は相当なものに違いない。
 会って話をしてみたい、とパートナーのレオン・カシミール(れおん・かしみーる)に言ってみたところ、なら会いに行ったらどうだと言われて、ヴァイシャリーまで来たのだ。
 すると街では月見祭りだとかが開催されているらしく。
 そういえば、朝聞き流していたニュースでも、ヴァイシャリーで見る月が一番綺麗だとか言っていたなぁと思い出す。
「どうせだし、お月見に誘ってみたりしちゃいましょうか?」
「いい提案なんじゃないか?」
「ですよね?」
 月を見ながら、色々と話をしてみたい。
 そう思って工房まで行ったら、宴会をやるとか、なんだとかで。
 大勢の人に巻き込まれるように、丘の上までやってきて、それで――
「今、ここに居るのです」
 衿栖の説明を聞いたリンスが、「なるほどね」と感情薄そうな声で返す。
「レイスさんの作った人形には、魂が宿るというのは本当ですか?」
 噂の真偽の確認、と問うと、白くて細い指がすぅっと伸びた。伸びた指の先には、笑顔で談笑している小学生くらいの女の子が居て。
「あれ、人形」
「え、ええ!?」
 誰かの妹か何かかな? と思っていただけに、驚く。
 人形。あれが。
 今が夜という事を差し引いても、そうは思えなかった。それほどに人間らしい少女と、完成された人形。
「あの、あの」
 胸が熱くなる。
「リ、リンスさん、と呼ばせて頂いても、よろしいでしょうか?」
「いいよ、好きに呼んで」
「あと、私のことも、名前で呼んでほしいのです」
「それは慣れてないから恥ずかしい。まだ無理」
 ごめんね、代わりにこれあげる。そう差し出された月見団子を食みつつ、衿栖は思う。
 私の人形も、見てもらいたいな。
「リンスさん」
「ん?」
「私も、人形に魂を込められるんですよ」
「え」
 驚いたような声に、唇が笑みの形を作る。
 もっと、驚かせてみせよう。それから、認めてもらいたい。
 衿栖は立ち上がって、リーズとブリストルを操る糸を引く。
 糸に引かれて、二つの人形が踊った。それにつられたのか、先程まで談笑していた人形の少女がこちらへとやってきた。
「ねぇリンス、おにんぎょうがおどっているのはなぜ?」
「茅野瀬も俺と同じで、人形に魂を込められるからだよ」
「! おねぇちゃん、すごいのね!」
「ふふ、ありがとう。さあ、リーズ、ブリストル。お二人にご挨拶なさい」
 言って、糸を引き寄せる。片手を胸に、片手を背にし、深々と頭を垂れる二つの人形。それを見た人形の少女が、同じように礼をした。
「わたしはクロエよ! ふたりの名前はなんていうの?」
「こっちがリーズで、こっちがブリストルです。仲良くしてね、クロエちゃん」
「なかよしよ! おともだちね♪」
「それから、私は茅野瀬衿栖。衿栖、って呼んでください」
「えりすおねぇちゃんね。なかよしね?」
「仲良しです」
 笑って、二つの人形とクロエを遊ばせる。衿栖だって人形師だ、遊ばせるくらい、造作もないこと。
 そしてどれくらい時が経ったか。
 静かにその動向を見守っていたレオンが、リンスに近づいて、
「リンス。衿栖を、リンスの工房で働かせてはもらえないか?」
 ひとつ、提案。
「まだまだ作り手としても繰り手としても未熟だが足を引っ張ることはないだろう」
「俺の工房に居るのも働くのも構わないけど……大変だと思うよ。俺、仕事中とか構わないし」
「それでいい。腕のいい人形師と共に行動をすることで、衿栖の持つ何かが刺激されれば、と思ったんだ」
「……茅野瀬は? それでいいの?」
 レオンの目を見て話していたリンスが、衿栖を見て言う。
「はい! 雇っていただけるなら、誠心誠意働きます!」
 そして、頭を下げて。
 顔を上げたら、笑顔で「改めてよろしくお願いします」と挨拶した。
「うん。改めて、よろしく」
「それと……友達に、なってもらいたいのですけど……ご迷惑ですか?」
 衿栖が持っていた、目的の一つを最後の最後で言ってみせると。
 リンスは困ったように笑ってから、「俺と友達だなんて、酔狂だね」と言うのだった。


*...***...*


 夏祭りの時にやたらと人がいたから、今日も大勢いるんだろうなと思ったら案の定。
 工房から出て、外で月見て大騒ぎ。
 差し入れにと持ってきた瓶コーラもあっという間になくなったし、あいつどんどん名前知れてくなー、とリンスを見ながら瀬島 壮太(せじま・そうた)は思う。
 夜も更けて、一人帰り二人帰り、工房に戻ろうと誰かが言いだして、またそこから一人帰り二人帰り。
 気付けば、二人きり。
「おす」
「おす」
 おうむ返しの返事に、「お前のその挨拶、似合わねぇな」と笑ってから、
「時間あるか?」
 尋ねた。頷くのを見てから、椅子を軋ませリンスへと向き直り、本題に入る。
「……おまえクロエの事件でちょっと名が知られたみてえだけど、あんまり派手に動くなよ」
 派手? と首を傾げる辺り、何も考えていないらしい。リンスらしいといえばらしいのだけれど、少しは考えろよとため息。
「おまえ自分の持ってる力のこと、ちゃんとわかってんのか?」
「厄介なことくらいは重々」
 でもそれ以上でもそれ以下でもないでしょう、とでも言いたげな、瞳。
「あのな? 今は東西で仲良くろくりんぴっくなんかやってるが、この先どうなるか分かったもんじゃねえんだぞ。
 その時おまえの変な能力がお偉いさんに知れたら、どうなると思う?」
 お偉い? とまた首を傾げるから、こいつはやはり馬鹿なのではないかと、あるいはオレが悩み過ぎなのではないかと、こっちの頭が痛くなってくる。
「悪用されるかもしれねぇんだぞ」
「悪用って……そんな」
「『まさか、ありえないでしょ』って?」
「あ、似てる。俺の真似」
 話を逸らすように言うリンスの頭を小突き、軌道修正。
「命ある人形なんて、スパイでも裏工作でも何にでも利用できるだろ」
「俺が魂抜いちゃえば」
「使えない? アホか、抜く間を与えてくれるほど優しくねえぞ」
 例えば拉致して監禁して、作ることだけを命じたり、とか。
 脅しの方法なんていくらでもあるから、拒否はさせちゃもらえないだろうし。
「依頼を受ける相手はちゃんと選べよ。そんでも変な事に巻き込まれたらイルミンや百合園のダチに助けを求めろ」
「瀬島は?」
「情勢が悪化したら、オレはもうこっちにゃ来れねえからアテにすんな」
「そっか」
 寂しくなるね、とリンスは言った。
 そんな言葉、本当に本当に寂しそうに言うな、と思う。
 しん、と、静寂。時計が時を刻む音だけが響く。
 話は、終わった。
「……今日はそれだけ言いに来た。せっかくの夜に湿っぽい事言って悪かったな」
 椅子から立ち上がって、玄関に向かう。
「瀬島」
 途中、声を掛けられて、足を止めた。振り返る。
「コーラ。ご馳走様」
 今言うことがそれかよ、と半ば呆れつつも。
「また持ってくる」
 と手を振って。
 また、があることを、少しだけ、願う。