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少年探偵と蒼空の密室 A編

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少年探偵と蒼空の密室 A編

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ANOTHER 元新撰組始末控

V:胸騒ぎがとまらねぇな。これがマイトの祖国、倫敦の風景か。夜の町の巡察は、あきるほどやった俺だが、幕末の京と異国じゃあ、だいぶ趣が違うもんだ。

 一人、感傷に浸っている近藤勇に、犬型機晶妃のロウ・ブラックハウンドが話しかける。
「バウバウバウ(局長。なぜ、撮影してるのだ)」
「なあに、俺とあいつの決着のつく時には、どちらかが死んでるだろ。遺言代わりさ」
「バウ。バウウウウン。(縁起でもないことを言うな)」
「俺たちゃ、そういうバカな世界に生きてきたんだ。俺が先頭で旗振ってな。あんたこそ、マイトの側についててやらなくていいのか」
「バウウウ。バウバウ。(マイトは、いてもたってもいられない局長の気持ちを知っていて、あなたを街に見回りに行かせた。私は、マイトにも、あなたにも、無事でいてもらいたい。だから、あなたの側にいる)」
「ありがとよ」
 人語を話せないロウの鳴き声でも、パートナー仲間の近藤は、なんとなく意思を理解することができる。
「悪いけどな、ロウ、ちっと、俺から離れて隠れてついてきてくれ。あいつ相手なら、それが礼儀ってもんだ」
「バウウ。バウーン。(わかった。気をつけろよ)」
 ロウが、近藤の視界から姿を消す。捜査陣の情報をもとに、特に激しい暴動が起きている地区で、近藤は、彼を探していた。
近藤のパートナーのマイト・レストレイドを襲い、重傷を負わせた、大石鍬次郎。
 近藤にとって大石は、新撰組時代の部下である。
 大石は、パートナーの斎藤ハツネ、天神山葛葉(てんじんやま・くずは)と、マジェスティックの各地で殺戮を繰り返しているらしい。
(人斬りは、英霊になっても、人斬りかよ)

 そして、不穏な空気が漂う街角で、片手にダガー、もう片方にぬいぐみを持った血まみれの少女、斎藤ハツネが、近藤の前にあらわれた。ハツネは、ニタリと笑う。
「おじさん…こっちで、ハツネと遊ぶの……」
 狭い路地へと駆けてゆくハツネを、罠と知りながら、抜刀し、近藤は追った。
「新撰組局長。近藤勇。参る!」


 V:うわあーん。ボクが、やりたくなかったのに、鍬次郎さんに命令されて仕掛けた罠で、この人、ケガしたのに、それに、姿を消したハツネさんに刺されたのに、この人、とまらないよ。しかも、ハツネさんを突き飛ばして、ハツネさん、壁に頭をぶつけて、気を失っちゃった。ああああ。ボクも、みんなもやられちゃう。ボクは、どうすれば。

「あああああああ!」
 泣き叫びながら、突如、飛びかかってきた少女、葛葉を近藤は反射的かわし、当身を入れた。倒れた葛葉を近藤は抱きかかえる。
「すまぬな。大丈夫か? こんな子供まで、一味にいるのか」
 葛葉の顔を覗き込んでいる近藤の隙をつき、背後から刃が振り下ろされた。
「士道不覚悟だ。局長。粛清させてもらうぜ」
「うぐ。く、くそっ。うおりゃあー」
 背中に刃を受けたまま、近藤は気合をあげ、体を背後の敵にぶつける格好で、後に突進、近藤に弾き飛ばされた暗殺者は、よろけて壁に激突した。
「大石ィ!」
 振り返りざま、近藤は、たしかに見覚えのあるその男に正面から斬りかかる。
「ごわッああああ」
「ハあああッ」
 近藤と大石、二人は、凄まじい雄叫びと共に、刀と体をぶつけ合った。
「居合いが得意なおまえが、背後からの一撃で殺れねぇとは、女子供とつるんで、腕が落ちたな。それとも、俺の背中に臆したか」
「いつの時代も、結局、体制の犬が。ヨタ言ってんじゃねぇぞ」
 大石は間近にある近藤の顔、目に唾を吐く。近藤がまぶたを閉じ、気がゆるんだその一瞬、回復していたハツネが背後から近藤に襲いかかろうとし、
「バウウウウ!(局長、こちらは任せろ!)」
 それまで、路地の入り口で隠れて様子をみていたロウが、飛び込んできて、ハツネに襲いかかった。
 大型犬の姿をしたロウは、首を甘噛みし、体勢を崩すと、ハツネを地面に倒し、その上にのる。
「ガルルルウ(もし、抵抗するのならば、悪いが、容赦はしない)」
「この犬…私を…壊したいの?」
 首を噛まれたままのハツネは、身動きがとれない。
「おっしゃああああ」
 ロウの加勢でフォローされた近藤は、力を込め、大石を壁まで退かせると、鎖骨の上に刀の鍔元を押し当てた。
「うぎゃあああああああ」
 大石の絶叫が響く。
「天然理心流は、田舎侍の実戦剣法だ。きれいな技なんてありゃしねえ、こうして、力づくで押さえつけた相手に刀あてて、ノコギリで木ィ、切るみたいに、相手の体をギーコギーコ、切り落とすのが、俺の得意技よ」
 近藤が刀を動かすたびに、血しぶきが飛び、悲鳴があがる。
「局長、俺を、本当に、殺す気かよ」
「そうだな。トシや総司みたいに、おめぇはかわいくねぇからな」
「け。てめえ、こんなことをしながら、笑ってやがるのか」
「へへへ。そうよ。俺りゃ、おまえと同じで人斬りで、しかもそこの親分だからな。楽しくて、しかたがねぇなあ」
「ふん。そうこなくちゃな。俺も、なんだか楽しいぜぃ。ぐぐ、ぐああああああ」
 近藤の刀が数回、動いた後、大石は気絶した。近藤は、それ以上は、ダメージを与えずに、大石から離れた。
「雨、かよ」
 体が濡れたの感じ、近藤が空を見上げると、建物の上の階の窓から、さっきまで、この路地に倒れていたはずの葛葉が顔をだしていた。勝手に他人の家に上がりこんだのか、葛葉の手には、ボトルが。葛葉は、丸めた布に火をつけ、それを近藤に投げつけた。
「ギャハハハハハハ。燃えちゃえ」
 葛葉は、心のタガが外れたように、楽しそうに笑った。
近藤は知らないが、葛葉は多重人格者であり、普段の優しく臆病な人格の葛葉では、対応しきれない局面に陥ると、ハツネ、大石以上に、残虐非道な人格の「玉葉」があらわれるのである。
 いまの葛葉は、「玉葉」に体を乗っ取られた状態だ。
 近藤だけでなく、大石、ロウ、ハツネもふくめ、真下の路地一帯に油を降りかけた「玉葉」は、火を放ち、仕上げをしようとしていた。
 「玉葉」の意図を察知した近藤は、落ちてきた火の玉が地面に着く前に、鞘で、できるだけ遠くに叩き飛ばした。
「邪魔するなよ。素直に、燃えちゃえって。ほら、もっと、どんどん、落とすよ」
「コラ。子供がこんなことしたら、あかんやろ」
 いきなり、「玉葉」の横にあらわれ、問答無用で頭にゲンコツを落とし、「玉葉」をとめたのは、霧島春美のパートナーのカリギュラ・ネベンテスだった。
 体格のいい青年のカリギュラに、ふいをつかれ、思い切り叩かれた「玉葉」は、ショックで葛葉に戻ってしまった。
「わ、わ、うわーん。ひどいよ。叩くなんてひどいよ。僕は、なんにもしてないのに」
「なんにもしてないわけないやろ。ええから、兄ちゃんと一緒にこい。火遊びはおしまいや」

 カリギュラは、葛葉を連れ、近藤たちのところにやってきた。
「局長が心配やったんできてみたんや。セイがお休みやし、警部はケガ人、蒼也はロンドン塔に行っとるしで、推理研のメンバーで荒事担当が、いまは、ボクしかおらんのでな。ここに着いた時には、もうあらかた勝負がついとったんで、無駄足かと思ったんやけど、きてよかったな」
「バウバウバウ。(助かった。ありがとう)」
「ありがとうよ。ここで焼け死んだら、マイトが俺とロウを地獄まで呼びにくるところだったぜ」
「…わざわざ行かなくても、地獄の方が、すぐそこまできているわ」
 ロウの下に横たわっているハツネがつぶやく。
 直後、地面が激しく揺れ、地下からの水柱が何本もあがった。
「こっちや、局長、肩、貸すで」
「すまん」
「バウバウバウ。バウーン。(局長、なんなら、私に乗れ)」
「ハツネ。葛葉。ついてこい」
「…あの犬を、ハツネは、壊したいわ」
「自重しろ。今日のところはな」
「ボクは、なんにも」
「うるせー。ガキ」
 カリギュラ、近藤、ロウ。
 大石、ハツネ、葛葉。
 ちょうど、それぞれの陣営を分けるように、地面に亀裂が走った。互いに見合う両陣営だが、亀裂はじょじょに広がってゆく。
「大石。俺に背中を見せるのか」
「けけけ」
 ハツネに支えられた状態で、大石は、近藤の方をむいたまま、数歩、後退り、やがて、完全に背をむけ、去っていった。
 いままで気力だけで、どうにか立っていた近藤も、大石たちの姿が消えると、膝をつき、石畳に身を任せる。