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お見舞いに行こう! せかんど。

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最終章 シズルさんといっしょ。


 加能 シズルが入院したと聞いて。
 秋葉 つかさ(あきば・つかさ)はお見舞いに駆け付けた。
 看病しに行くときの定番、ナース服で。
「シズル様……」
 心配のあまり、名前を口に出す。
 事故だと聞いた。無事ならいいが。
 病室に辿り着き、ドアをノックしてから、入室。
「…………」
 部屋の中は、静寂に包まれていた。
「シズル様……?」
 お休み中なのでしょうか。
 ベッドに近付くと、怪我のせいで発熱しているのか顔を少し赤くしたシズルが横たわっていた。
 汗をかいて、辛そうなシズルを見ていて、思いついた。
 つかさはシズルのパジャマに手を掛ける。ボタンをひとつ、ひとつと外していき、持ってきたタオルで身体を拭いた。
 シズルはすぐに照れてしまうような、純粋な人だから。
 目が覚めいる時、こんなことはさせてくれないだろうし。
「だけど私には、」
 できることが少ないから。
 こうして、汗を拭いてパジャマを替えて。
 ナーシングを使って、介護するくらいしか出来ない。
 辛そうに眉を寄せるシズルの手を、握るくらいしか。
「……、……ん?」 
 と、目を覚ましたようだった。
「……つかさ、さん……?」
 寝起き特有の、ぼんやりと潤んだ目で見つめてくるシズル。
「入院なされたと聞きまして、お世話させていただきに参りました」
「そう……」
 言って、シズルが繋がれている手に目を落とした。 
 まずい、警戒されるかもしれない。
 つかさには、警戒されるに足る前科があった。
 手を離そうとした時、
「手……繋いでてくれたんだ」
 シズルが笑った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
 礼を言われるとは思っていなくて、少し戸惑ったが、嫌な気持ちにはならない。
 シズルが喜んでくれたことが、笑ってくれたことが、嬉しくて。
 礼の後、流れる沈黙に。
「今日はのぞき部の勧誘、しないのね?」
 問われて、胸を張る。
「弱っているシズル様を勧誘しても、面白くはありません。元気で、私が目をつけずにはいられないような、そんなシズル様が良いのです」
「こんな私は、私じゃないかな」
 心なしか、寂しさを孕んで言われた言葉に頭を振った。
「いえ、そういうわけではありません。こんな、心身ともにハンデを負っているシズル様を落とすのは私のプライドが許さないだけです。どうせなら万全の状態で、のぞき部の勧誘を受けて頂きたいじゃないですか」
「う、受けないわよっ」
「ふふっ……そろそろ、視られることもよくなってきている頃では? また、フリューネ様の衣装を着たくなるくらいに……」
「なーらーなーいっ!」
 どうでしょう? と微笑んで。
 あまり長居するのもどうかと思ったので、席を立つ。
 ふと、レティーシア・クロカスの姿がないことに気付き。
「そういえば、レティーシア様は?」
「私が寝る時は傍に居てくれたんだけど……、? おかしいわね」
 シズルも首を傾げる。
 そういえば、今回のシズルの入院理由は、確か。
 彼女は気に病んでいるのかもしれない。
「大丈夫、レティはレティと一緒に居るわ」
 心配するつかさとシズルに、花瓶を持って病室に入ってきたミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)がそう言った。
「……っと、ややこしいわね。レティーシアが、レティシアと一緒に居るということだけど」
「伝わったわ。……そっか、よかった」
 ベッドの上、安堵するシズルを見てつかさもほっとして。
 名残惜しいが、このままずっと居続けたら帰りたくなくなりそうだと、病室を後にした。


*...***...*


 十数分前、病室。
「まったく、シズルもわたくしを庇って怪我だなんて」
 気丈に振る舞うレティーシアを見て、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)はただ押し黙った。
 ねえ、レティ。
「あちきの前で、無理しなくてもいいですよ?」
「……無理など」
「レティ。屋上、行きません?」
 していない、と続くのであろうレティーシアの言葉を遮って、レティシアは笑う。
「今日はいい天気だからねぇ。……気付いてた?」
 探るように問いかけると、レティーシアは顔を俯かせて、首を横に振った。
 ああ、やっぱりなぁ。
「じゃ、行きましょう? シズルさんの方は、ミスティ。お任せするねぇ」
 そうして、二人並んでやってきた、屋上。
 遮るものがないため、空が広く、低く感じる。
「本当……いいお天気」
 ぽつり、レティーシアが言葉を零した。
 この空の青さに気付かないほど。
 レティーシアは、この件に関して自分を責めている。
 それに、レティシアはいち早く気付いたから。
「気にするな……とは、もちろん言いません」
 靴の音を響かせ、屋上を歩きながらレティシアは言う。
「そんなこと言っても、気にしてしまいます。だったら、気にして、気にして、とことん気にして――で、いっそ笑い飛ばしちゃいません?」
「! 笑うなんて、だってシズルは――」
「だから。『守るというなら、怪我ひとつなく戻って来てほしいものですわね!』って、言ってやりましょ」
 レティーシアの目の前まで歩み寄って、足を止め。
 ぴしり、人差し指を鼻先に突きつける。
「……っ、」
「泣きたいんでしょう? 声を上げたいんでしょう? いいじゃないですか。泣いちゃえば。泣きそうな顔で、ずっとシズルさんの傍に居るレティを見てる方が、辛いってもんです」
 ぼろ、とレティーシアの目から涙がこぼれた。
 涙は止まることなく、ぼろぼろと流れて屋上の床に染みを作る。
「わ……わたくし、不甲斐ないのです……っ!
 護られて、ばかりで……! 弱くて……!」
 言葉になったのは、そこまで。
 そのあとは、ただただ、嗚咽。
 レティシアは、そんなレティーシアを胸に抱いて、頭を撫でるだけ。
 今は泣けばいい。
 自分を怒りたければ怒ればいい。
 それで、少しでもすっきりできたなら、シズルの前では笑ってあげていてほしい。
 だから、レティシアはレティーシアを抱きしめる。
 たくさん泣けるよう、優しく抱きしめる。

 病室に戻ると、ミスティがシズルと一緒に萩の月を食べようとしていたところで。
「丁度良かった! レティーシアも、レティシアさんも、一緒に食べない?」
 元気そうな顔で、笑っていて。
「お待ちなさい。お茶を淹れるのが先ですわ」
 レティーシアがそれを止める。
「元気になりました?」
 鼻唄をうたいながら、お茶を淹れるレティーシアに、レティシアが問うと。
「ええ。シズルに失礼ですから」
 不敵な笑みで、そう答えられた。
 無理している様子なんてどこにもない、吹っ切れたような笑みだ。
 もう、心配ないかな。
 そう判断して、レティシアはミスティに向かってブイサインを向けた。


*...***...*


 ノックをして、病室のドアを開けた。
 ベッドの上で上半身を起こしたシズルと、その傍らのパイプ椅子に座ったレティーシアの視線を受けて、
「よ。接触事故に巻き込まれたんだって? 災難だったな」
 棗 絃弥(なつめ・げんや)は軽い調子で挨拶した。それからパイプ椅子を引き、座る。
「経過はいいのか?」
「ええ。後遺症が残る事もないでしょうって、お医者様は言っていたわ」
「なら良かった。変に身体に残っても面倒だからな。そうだ、これ見舞い」
 手渡すのは、ラッピングされた袋。
「? 何?」
「年頃の女の子だろ? 入院中でも女の子らしくオシャレができればなって」
 そう思って、棗はパジャマを買ってきた。もこもことした手触りの、パジャマというよりもルームウェアに近い、可愛らしいものだ。色はパープルとアイボリーで、ボーダー柄。
「ありがとう。早速着させてもらうわ」
 言って、シズルがベッドのカーテンを閉めた。一応異性だし、と思ってその間、部屋から出ておくと。
 病室から、
「あの、あの! 何か出来る事があったら、なんでも! なんでも言ってくださいっ! お着替えとか手伝えますから!」
 アナスタシア・ボールドウィン(あなすたしあ・ぼーるどうぃん)の声が聞こえてきた。
「や、着替えは大丈夫よ?」
 戸惑ったようなシズルの声。
「では、レティーシア! 雑用でもなんでも、お申し付けください、お手伝いします!」
「そんな、雑用なんて。お客様に任せられるはずありませんわ」
 同じく、困惑しているレティーシアの声。
 ドアをノックして、「アナ」呼びかける。
「はい? 何でしょう、絃弥」
「怪我人の前なんだから、少し落ち着け」
 続いてそう言うと、病室のドアが開いた。しょんぼりとした様子で出てくるアナスタシア。
「逆に気を遣わせていたぞ?」
「……すみません……」
 しょぼーん、という擬音が聞こえてきそうなまでの、うなだれである。
 彼女としては、好意でやっているのだろうけど……。
「もうちょっと、いつも通りにしてろよ。レティーシアのことを心配してるんだろうけど、空回ってちゃ世話ないぜ?」
「……、ですね」
「お二人とも。シズルの着替え終わりましたわよ」
 入ってらして、というレティーシアの声に、病室に戻る。
 ああ、うん。
「似合ってる」
 我ながらよく見立てた、と自分自身を褒めて、パイプ椅子に座った。アナスタシアも今度は落ち着いて、椅子に座る。慌てても仕方がないことと、慌てるほどではないことに気付いたのだろう。
 静かに、学校であったことや最近の出来事などの世間話を話していたら、十分、二十分。時間は経っていった。
 話は弾んだし、楽しかったけれど。
「そろそろ帰るな」
 あまり長居するのもよくないだろう。特に自分は、異性である。
「無茶せずゆっくり治せよ」
 そう言って、まだ帰りたくなさそうにこっちを見るアナスタシアに「ほら」と声をかけて、病室を出た。
「絃弥は異性ですけど、私は同性だし……もう少し、お話していたかったです」
「なんだ、珍しいな、駄々をこねるようなこと言って」
「いえ、……レティーシアと話がはずんだもので」
 そういえば、病室の隅で二人仲良く話していたっけ。
「何を話していたんだ?」
「……お、女の子特有の悩みですよ。それ以上は言えません」
 微妙な距離があると感じたのは、会話で開いた『何か』のせいか。
「?」
 疑問符を浮かべていても、アナスタシアは答えてくれなかった。

 ……言えません。
 アナスタシアは、思う。
 いくら絃弥にでも、いや、絃弥だから、言えない。
 レティーシアと話していたのは、『どうすれば美緒のようなスタイルになれるか』だ。もっと具体的に言えば、胸のことだ。
 ……そんなこと、言えるわけがない。
 からかわれるかもしれないし、真面目に返されても嫌だ。
 だから、黙っておく。
「……つもりなんですから、じーっと見ないでくださいっ」
「気になるし」
「言いませんから!」


*...***...*


 小児病棟。
「にぃちゃん! ヒーローにぃちゃん!」
「もっとー、もっとポーズきめてー?」
「あーあー、ヒーローはもう終わりなの。おしまいなのっ」
 慰問ヒーローショーを終えた風森 巽(かぜもり・たつみ)は、すっかり虜にしてしまったちみっ 子たちの頭をわしわしっと撫でて、言った。
「後輩が、きみたちと同じように入院してんだ。だから、ヒーローとしては顔を出さなきゃいけない」
「後輩もヒーローなのー?」
 無垢な問い掛け。
 シズルは、レティーシアを護って入院したというのだから、レティーシアのヒーローであろう。
「ん、ヒーローだよ。名誉の負傷なんだ」
 めーよのふしょー、かっこいー! という声を背に受けながら、向かうは一般病棟。

 病室に入る前にはノックをして。
 はい、と返事が来たのを確認してから、一呼吸の間。
「お見舞いに来たよ」
 声を掛けて、病室に入った。
「風森先輩」
「パートナーを護って名誉の負傷だって? あ、これ見舞い」
 ベッドの上、身体を起こしているシズルにクッキーを差し出した。
「栄養価ばっちり、子供でも食べられる『巽特製☆野菜クッキー』だ」
 色とりどりの三種類のクッキー。それぞれ、南瓜、ナッツ、ほうれん草が練り込まれていて、「野菜でも美味しい」と評判の良かったものだ。
「それと、これ小説。入院中は娯楽がないと暇だろう? 時間つぶしにもなるしさ。恋愛物と推理物があるけど、どっちがいい?」
「じゃあ、恋愛物を」
「年頃の女の子らしい選択だ」
「からかわないでください」
 もう、と頬を膨らませるシズル。
 元気そうだ。庇われた側の、レティーシアも。
 大事に至らないと聞いていたけれど、心もそうであるとは限らない。何か悩んでいるなら、相談に乗りたかった。先輩として。
「ま、この様子じゃ大丈夫かな」
「え?」
 呟きを聞いたシズルが、首を傾げた。
「落ち込んでるかと思ってさ」
「そう見える?」
「いや?」
「でしょ? あ、レティーシア、私喉乾いちゃった。お茶買ってきてほしいな」
「な、わたくしを顎で使うとは……! ……まぁ、良いですけど。それでは風森先輩、少し席を離れますがごゆっくり」
 綺麗に一礼して、レティーシアが部屋を出て行ってから。
「……そう見えるなら、良かったわ」
 シズルの呟き。
 え、と思って彼女の顔を見ると、シズルは悲しそうで、それでいて笑いだしそうで、でも怒っているようにも見える、なんとも複雑な顔をしていて。
「私が怪我をしたことで、レティーシアは悩んでた。それなのに私は何も言えなかった。
 だって、彼女を庇った相手よ、私。それで怪我をした相手よ。何か言える? 言えない。
 怪我をしなければ、『ね? 大丈夫だったでしょ?』で済んだのに。怪我をして。彼女を悲しませて。
 ……情けない」
 滔々と、語りだすシズル。
 それを黙って見つめる巽。
 沈黙。
 先にそれを破ったのは、巽だった。
「いいんじゃないか?」
「……え?」
「情けない、悔しいって思えるならそれでいいさ。次は上手く立ちまわれるように修行すればいい」
「でも――」
「失敗はしたけど、助けようとしたその想いは間違いじゃないだろ。
 失敗して失敗して、それでも諦めずに立ち上がって、そうして自分なりの理想に近づいて行けばいいさ。
 まぁ、我も失敗ばかりで偉そうに言える立場ではないけどね?
 たとえばさっき、慰問ヒーローショーをしてきたんだけど。病気の子が、あんなにヒーローに憧れるとは思わなかったよ。子供がヒーローに憧れるのは知っていたけど、あそこまでみんながみんな、瞳を輝かせていたことは今までなかったかなぁ。おかげでアンコール喰らって、面会が遅くなったんだけど」
 声を張り上げ続けたせいで、のどもガラガラだよと笑ってみせたらシズルも笑った。
 ああ、よかった。巽が好きな笑顔だ。
「やっと笑ったな。器量が良いんだから笑ってる方がずっと良いよ」
「ええ。笑えたわ。ありがとう」
「その言葉と笑顔が我への報酬だね」
 ヒーローの報酬はいつだって誰かの心からの笑顔だから。


*...***...*


 シズルが事故に遭ったと聞いて、本郷 翔(ほんごう・かける)がまず真っ先に心配したのは、レティーシアの状態だった。
 なので、お見舞いも兼ねて、彼女の様子見に行こうと思いシズルの容態を調べておいて。
 病室を訪ねる途中、通った売店。
「あら?」
「レティーシア様」
 ペットボトルのお茶を買っているレティーシアに出くわした。
 無事な様子にまずは一安心。ほっと胸をなでおろして、
「お持ちします」
 買い物袋を手にした。一歩後ろを歩く形で、シズルの病室へ向かう。
「シズルさんも大人気ですわね」
 ぽつり、レティーシアの呟き。
 さしたる意図は込められなかったのだろうけれど、なんとなく気になったので。
「シズル様のお見舞いは勿論ですが、私はそれよりもレティーシア様のことが気になって馳せ参じました」
 状況を鑑みて。
 自分のせいでシズルが怪我をした、と気に病んでいないかと。
 あるいは、シズルの怪我がパートナーに影響したのではないかと。
 けれど、レティーシアはいつもと変わらぬ様子だったので。
「安心しました」
「……そう」
 その後は、沈黙。
 二人の間に足音だけを響かせて、病室まで歩いた。

「わ、本もゲームもいっぱい!」
 翔が持ってきた本とゲームを前に、シズルが弾んだ声を上げる。
「入院期間は大して長くないと存じておりますが、時間を有意義に使えますよう様々な物を持ってまいりました」
 腹に手を当て、丁寧に一礼。
 この礼に、シズルは「やめてよ、その挨拶」と苦笑するが、執事として染み付いた礼なのでいまさら変えることはできない。
「それよりも、シズル様」
 顔を上げる際、ギラリと目を光らせて。
「まさか、『気合で治して修行する!』なんてこと、仰りませんよね?」
 その言葉に、びくりとシズルが肩を振るわせた。……やはりか。
 翔は息を吐いた。まったく、この方は。
「今は治すことに専念してください。そんな身体で修行しても、思うような効果も成果も期待できませんよ?」
「でも」
「レティーシア様も、心配されますし」
「う……」
 そう言うと、シズルは言葉に詰まりレティーシアを見。
 レティーシアは、「まったくですわ」ぷいと目を逸らす。
 そんな二人を見て笑みを浮かべて、
「ですので、ゆっくりお休みください」
 眠りやすいように、リラックスしやすいようにとアロマを焚いて。
 翔は持参した焼き菓子をサイドボードに並べていった。


*...***...*


 心配させたく、ない。
 茅野 菫(ちの・すみれ)は、強くそう思うが故に自身の入院のことは誰にも言えずにいた。
 友人にはもちろん、パートナーにも、誰も。
 自分でそう決めて、そうしているのだけれど――実際、誰も尋ねてこない病室は、静かで、不気味で、現実味を帯びないものだった。過労のせいで重い身体も、その非現実性に貢献している。
 悪い夢のよう。
 けれど、隣の病室では。
「――ちょっ、」
「あははは!」
「違いますよ、犯人はヤス――」
 楽しそうな声しかしない。
「…………」
 この部屋には静けさしかないのに。
 静寂に負けて、菫は点滴の台を引っ張って病室を出た。
 ちらりと見える、隣の部屋。楽しげな声が聞こえてきた、部屋。誰かが部屋を出たら、誰かが入っていく。
 そんな、部屋を見て、羨ましいと思った。思ってから、自分の感情を否定する。
 羨ましい? どうして。自分で決めたことじゃない。誰にも連絡しないって。
 だって、心配掛けたくないから。
 目を伏せた時、面会時間の終了を告げるアナウンスが流れた。
 病室から、パジャマの少女――シズルが出てきた。見舞い客をエレベーターまで見送って行く。嬉しそうに手を振る横顔。
 ズルイな。
 表情に不機嫌の色が浮かぶ。心も、ささくれ立つ。
「……ねえ」
「?」
 扉の閉じたエレベーターに背を向けたシズルへと、声をかける。
「……ちょっとうるさい。静かにしてよ」
 これは、八つ当たりだ。
 わかっているのに、言葉はもう流れていた。
 心配をかけたくない。だから誰にも言ってない。だから誰も見舞いに来ない。だけど、本当は来てほしい。
 相反する感情。矛盾。気付いていても、身動きが取れない。だから自由なシズルを羨むんだ。わかってる。
 だけど――。
「ごめんなさい」
 言い訳は、素直に謝ったシズルを見たら引っ込んだ。
 ……馬鹿らしい。何をしてるんだ、あたしは。
「ごめん。謝るのはあたし。八つ当たりだった」
「……八つ当たり?」
「あたし、入院してること、誰にも知らせてなくて――誰にもお見舞い来てくれなくて」
 だから、羨ましかった。
 その一文は、口の中で空気の塊となって呑み込まれたけれど、シズルには伝わってしまったらしい。
「友達が居ないわけじゃないんでしょう? どうして知らせないの?」
「心配してほしくないから。あたしのことで、気を揉ませたくないんだよ。だから伝えてないんだ」
「ふうん……私だったら、そっちの方が辛いな」
「え……?」
 思わぬ言葉に、絶句した。
 心配しない方が、辛い?
「だって、友達が一人で苦しい思いしてるのなんて、知らなかった自分が嫌。許せない」
 そう言った彼女の瞳は、とても強くて真っ直ぐで。
 思わず、目を逸らした。弱い心が全て見透かされてしまいそうだったから。
「ねえ、今からでも遅くないからさ、友達に連絡しなよ。きっと来てくれるわよ?」
 でも、心配かけたくない。
 だけど、会いに来てほしい。
 気持ちと気持ちがぶつかり合って、菫はシズルに背を向けた。
 向かう先は、自身の病室ではなくて携帯電話が使えるスペース。
 電話をするつもりでいる。
 大好きな、大切な、友達に。
 歩いていく途中で、思いついて菫は振り返る。
「あたしの方が先に退院したら、あんたのお見舞いに行ってあげる」
「じゃあ、私が先に退院したら、あなたのお見舞いに行くわね」
 約束。

「もしもし? アナタリア? あ、そうヴィオラも近くに居るの? なら丁度良いや。あのね、あたし入院しちゃってさー……」


*...***...*


 不運にも怪我をしてしまったり。
 季節の変わり目で体調を崩してしまったり。
 入院なんて、あまり良い事ではないけれど。
 気になる人の、普段とは違う一面が見れることがあったり。
 白衣の天使とお近付きになれたり。
 お見舞いを通して仲良くなれたり。
 悪い事ばかりが続くわけでは、ないのではないでしょうか。
 入院している人たちが。
 せめて良い夢を見れるようにと祈り。
 夜は更けていく。


担当マスターより

▼担当マスター

灰島懐音

▼マスターコメント

 お久しぶりです、あるいははじめまして。
 ゲームマスターを務めさせていただきました灰島懐音です。
 参加してくださった皆様に多大なる謝辞を。

 もうちょっとで150人に到達しそうってどういうことよ。
 というわけで、灰島、諦めました。
 文字数をいくらか抑えよう、優しいボリュームでいこう……!
 いつしか思っていたことを、諦めました。
 どうぞ、大増量十一万五千文字越えです☆ ちょっとしたラノベより分厚いよ!
 ごめんなさいごめんなさいごめんなさ……(以下延々と謝り続けるので省略)。

 さて、内容です。
 ボリュームについては前述させていただきましたし、んー。入院の思い出でも語ってみましょうか。
 実は灰島、人形師さんと同じく貧血で入院した事があるんですけども。
 いやはや、貧血での入院ってとても暇でして。だって、血が足りない以外は元気なんですよ? でも、それ以上血がなくなると死ぬから大人しくしてなさいって言われるんですよ。超ぷえーですよ。
 ……思い出と言うほどのものではなかったな。しかも盛大に後書きからずれている。

 まぁ、全編通じて何が言いたいって、健康が一番ですよってありきたりなことです。
 皆様、くれぐれも事故や病気にお気をつけて。わたしも気をつけますので。 

 それでは締めの挨拶に。
 今回もご参加いただきました皆様。
 素敵なアクションをくださった皆様。
 文字数制限のあるアクション欄で、わざわざ灰島に私信を下さったあの方やこの方。ありがとうございます。何も面白いことを思いつかないほど素直に嬉しかったので、素直にお礼を行ってみました。てれっ。
 ぜひまたお会いしましょう。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。