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Trick and Treat!

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Trick and Treat!
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10.はっぴーはろうぃん*ガヤガヤ編。


 仮装行列に、人の目は集中している。
 ということは、今なら。
 人の家に押しかけてお菓子を奪いに行く、というローグ的ハロウィンの楽しみ方も可能なのではないか、とマリィ・ファナ・ホームグロウ(まりぃ・ふぁなほーむぐろう)は考えた。
 悪魔の仮装をしている上に、考え方まで悪魔のようである。
「毟れるだけ毟るし」
 ふふふ、と物騒な笑みひとつ。
 そんなマリィを見て、やれやれとため息を吐くのはリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)だ。マリィとは対照的に、修道女の恰好をしている。
 ただし中身は、
「家のかたはきちんと縛りませんと。警察を呼ばれてしまったら敵いませんから」
 悪魔と似たり寄ったりである。
「良いお菓子はどこかな〜」
 トレジャーセンスで家を見定める。
 あの家は、違う。
 あっちは? ダメ。いいのは外観だけ。
 じゃあ……。
「みぃつけた」
 ニィ、と口の端を釣り上げる。
 大人びた化粧と衣装、二つが相俟って妖艶で淫靡なその美貌で、厭らしく笑う。
「お似合いですわ」
 リリィがマリィに微笑みかける。天使のような笑みで。
「仮装衣装も、お化粧も、厭らしいその笑みも、全て」
「……最後のって褒めてんの?」
「ええ、もちろんですわ」
 かちゃかちゃ、ピッキングをするマリィへと、心底そう思っているようにリリィは笑う。
「ところで……これ、れっきとした犯罪ですわよね?」
 けれど不意に現実に戻してみたりもして。
「大丈夫。だってハロウィンなんだから。何やったって平気よ」
「うーん……何やったって平気、はちょっと違うような」
 唇に人差し指を当て、考え込む素振りを見せるけど、
「まあ、ハロウィンですから。『多少のこと』は許されるはず、ですわ」
 出した結論は、マリィと大差ない浅慮な考え。
「でしょ?」
「ええ」
 けれど二人は納得済みで、鍵をこじ開けた家に侵入。
「じゃほら行くよぉ!」
 するや否や、マリィが走った。
 銃を手に、足音を消す事もせず。
 リリィもそれを追いかける。
「さぁさぁさぁ! トリックオアトリートだ! お菓子をくれなきゃ撃ち転がすよ!」
 リビングに居た住民が、驚いた顔でマリィを見上げる。状況を把握しきれていない様子だった。
「撃 ち 転 が す よ ?」
 一字一句、区切りながらゆっくりと言ってやる。と、テーブルの上のお菓子を指差された。がくがく震えている。
 住民が座るソファ。その横に、リリィが座り。
「そんなに怖がらないでくださいませ。少女の可愛いいたずらでしょう?」
 どう見ても、可愛いの範疇を超えていたし悪戯の範疇も超えていたが。
「ハロウィンはもともとこのようなお祭りですわ。さぁ、お菓子をもっといただけますか?」
 その言葉を口にしたあたりで。
「待てえィ!!」
 大きな声に、止められた。
 何者、と二人が同時に振り返る。
 振り向いた先には、仁王立ちしたヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)が居た。
「ハロウィン……この日は死者のための一日。
 そんな日に不埒を働く者はこの帝王が許さんッ!」
 ビシィ、と人差し指を二人に突き付け、ヴァルは言い放つ。
「なっ……警備の目、こっちになかったじゃん! なんで警邏隊が居るのさ!」
「知りませんわ!」
「ふ……根回し、防衛計画にて警備隊に協力。情報共有をユビキタスで。
 帝王は、いつでもどこでも現れる! そう、何気ない一日を影から支えられる誇りを胸に抱き! ハロウィンを無災害にせんと!」
 運よく彼は語り始めてくれたので。
 もらったお菓子は頂いて、庭に繋がる窓から脱出。
 マリィは右へ。
 リリィは左へ。
 余裕なんてあるものか。
 あるのは、悪戯を楽しんだスリルと、それなりに上等なお菓子がたくさん。
 バラバラに逃げたのは、同時に捕まることを避けたのではなく、捕まった方が馬鹿、という暗黙の了承。あいつなら逃げ切れるに決まってる、という信頼でもある。
 まあ、なんにせよ。
 いくらかは楽しめたと。
 同時刻、別の場所で。
 マリィとリリィは口元に笑みを浮かべるのだった。


*...***...*


 なぜか。
 そう、なぜか。
 愛しの先輩と、ヴァイシャリーにおでかけすると、決まって向こうの都合が悪くなってしまう。
「いつかこのジンクスを破りたいものですね……」
 はふ、とジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)は息を吐いた。
 街はハロウィン一色。黒とオレンジの飾り付けと、明るい雰囲気に彩られている。
「ハロウィンですか……」
 ジーナにとって、ハロウィンは馴染み深いイベントではあったものの、
「こんな大規模なものは初めてですね」
 オーストラリアの田舎で育ったジーナのイメージにあるハロウィンとは、規模や派手さが違った。
 家々との距離の問題もあり、トリック・オア・トリートと言って家をまわることもなく、誰かの家に集まってパーティをする、というのが習慣だった。
 だから、盛大な仮装行列を見るのは初めてで。
「…………」
 黙って、じっと、それを見る。
 小さな魔女。大きなフランケンシュタイン。犬耳をつけたかわいらしい狼男。あちらこちらで「トリック・オア・トリート!」の声。
 その中に入ろうと思えば入れるだろうけれど。
「……うぅん」
 ――パラミタまできて、トリック・オア・トリートに一人で挑むのは、ちょっと寂しいかもしれません。
 先輩と一緒だったら、二人で仲良くお菓子をねだりに行ったのだろうか?
 それとも、お互いにお菓子の交換をしたりしたのだろうか。
 考えても答えはでないし、ここに居ない人を想って落ち込むのも、このパーティにはそぐわない。
 ので、ジーナは行列から外れて屋台を巡ることにした。
 このハロウィンの賑わいを伝えられるようなお菓子を探して。
 ――同級生や、パートナーたちにも配ってあげられたらいいですね。
 そういうことを考えていると、楽しくなってきた。
 相手の喜ぶ顔が浮かんできて。
 こっちまでなんだか楽しいし、嬉しい。
「あ」
 ――こんな感じの、いいかもしれませんね。
 ジャック・オー・ランタンを模したキャンディ。
 ハロウィンならではだし、可愛いし。
「すみません、これ、ください」
 お店の人に声をかけて、キャンディを購入して。
 他にもいろいろ、ハロウィンらしいお菓子はあるだろうし。
「どうせだから」
 屋台全部、回ってみよう。
 それで、そこで見たその思い出を、先輩にもあげるんだ。


*...***...*


 ハロウィンといえば?
 お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!
 つまり。
 いたずらと称して女の子に触れ合える素敵な日!
「ハロウィンなら相手に警戒されることなく近付けるかもしれないよね!」
 姫野 香苗(ひめの・かなえ)は握り拳を作り、願望を思わず口にした。そして慌てて口をふさぐ。誰かに聞かれていないだろうか? 聞かれてしまったら警戒されてしまう。
 女の子を捜すことを兼ねて、辺りをぐるり見回してみる。 
 魔女さん。猫娘さん。悪魔っ娘。
 可愛い女の子がいっぱいいる。そして、香苗を怪しむような目で見ている子はいなかった。
 安堵しつつ、誰に触りに行こうか、香苗は悩む。
 トリックオアトリート、の問い掛けは、実は香苗にとってあまり意味はない。
 女の子そのものが、甘い甘いお菓子じゃないか。
 そして、いたずらは言うまでもない。
 どちらに転んでも美味しいイベント。
 ――あの女の子の胸に飛び込んで行ったり……。
 ――ううん! あの子のスカートの中に潜り込んでみたり……。
 やることに迷うほど、素敵なお菓子が、もとい好みの女の子がいっぱいで。
 香苗は気付かなかった。
 自分自身も狙われている事に。
 いたずらしようとしている子に対し、まったく警戒心がなかったことに。
「せぇーのっ!」
 明るく楽しそうな声が、頭上から降ってきた。
 と思えば、足元を風が通過して行く。
 ――えっ、何!?
 と思い、口にする前に。
 ぶわっ、
 とスカートが舞い上がる。
 魔女の黒いスカートが、ひらりと。
 そして純白の下着が露わになって。
 そこでようやく、
「きゃあああ!?」
 悲鳴を上げた。
 ――スカートめくり!?
 しかし、香苗の近くには誰も居ない。
 声も上からした。スカートをめくるなら、下からではないのだろうか。
 わからない。わからないけど、恥ずかしい。
 香苗はその場に座り込んだ。


 ぺたり、座りこんだ香苗を見て。
「にっしっし。大成功やねぇ」
 穂波 妙子(ほなみ・たえこ)は満面の笑みになった。
 せっかくのハロウィンだし、無礼講と言うことで。
 楽しまなければ損である。
 そう思った妙子が考え付いたことは、みんなにいたずらを仕掛けること。
 目深にローブを羽織り、顔に仮面をつけてレビテートで浮遊。
 ふわふわと浮いて移動し、「本物のおばけみたい」と驚く声に気を良くしたりしつつ。
 短いスカートの子を見つけると、
「隙ありっ!」
 とめくって回る。
 そう、いたずらとはスカートめくり。
 ただし、サイコキネシスを使った、防ぐ手立てがあまりない意地悪な。
 その上仮面とローブで、目線や身体の動きをある程度隠せる。浮遊していることも判りにくそうだし。
 今まで一方的に、スカートをめくってきた。
 ――まぁ、スカートめくりなんて他愛もないいたずらやし。場を盛り上げるいい刺激になるやろ?
 自分に免罪符を作って、目指せスカートめくり10人抜き、と意気込んだところで、
「Trick or “Trick”?」
 不吉な問い掛けを投げられた。


「へ?」
 フードと仮面の人物は、思いのほか可愛らしい素っ頓狂な声を上げてきた。
 その声に対し、無表情に、無感動に、
「選択などさせるものか」
 美鷺 潮(みさぎ・うしお)は淡々と、述べる。
「え、えぇと?」
「お菓子はいらない……悪戯させて」
「えぇー……お嬢ちゃん、理不尽やなぁ」
「理不尽はあなたもよ。自分だって、見境なく悪戯を仕掛けに来たわけじゃない」
 悪戯をしても問題なさそうな相手を、見定めていた。
 そうすると、どうだろう。
 妙子は、ひっそりとスカートめくりをしていたから。
 いたずらをするなら、いたずらをされる覚悟もできているだろうと。
 そう判断して、潮は問い掛けたのだ。
「とはいえ……悪戯を思いついていなくて」
「それじゃ駄目やん」
「……ん。一緒に考えてほしい」
「私が、私にされるいたずらを考えるの? なんやけったいやな〜」
 でも、思いつかなかったし。
 かといって、悪戯をせずに帰ると言うのも味気ないし。
「悪戯、させて」
「えぇー……、……私のローブ、めくってみる?」
「興味ない」
「あんた中々酷いなぁ……」
「だったらローブは香苗がめくるもん!!」
 そこに、香苗が突撃してきた。
 べろり、ローブをめくりあげ、
「だぁあっ!!?」
 思わぬところからのローブめくりに、妙子が先程よりも素っ頓狂な声を上げる。
「さっきはよくもスカートめくりを〜! それは香苗の役目なんだからー!」
「あんたも怒るところちゃうやろー!? めくられたことに対しては怒らんのかい!」
「……もっと、優しく、してほしかった、かなぁ?」
「いやいや、そうやって頬を赤らめるシーンともちゃうやろ? な?」
 変わった流れになってきた。
 しかし、ふむ。そうか、とも思う。
 そういったことが充分悪戯として遊べそうなら。
 やってみてもいいかな? などと。
「……えい」
「だぁっ」
 ぐいっ、とローブを引っ張ってみる。スカートめくり、というには乱暴な手つきだ。しかし潮は気にしない。
「? なかなか上手くめくれないものなのか……」
「って! めくるなやー! 悪戯ってこういうこととはちゃうやろ!」
「違うよ。めくるなら、こうやって、すーってやるの!」
「あんたも何教授しとん」
「ふぅん……こう?」
「だぁぁっ!?」
「ううん、もうちょっと、こう――」
「ひぇえ!?」
「……こう?」
「あんたらー! めくるでぇ!? 連続二枚抜きするで!?」


 ハロウィンの仮装行列の一角で。
 目深にローブを被った人物が、魔女っ子二人にローブをめくられ引っ張られ、散々な目にあったというのは、ごくわずかな人物が見た、謎の光景。


*...***...*


 化け猫衣装に着替え完了。
 滝川 洋介(たきがわ・ようすけ)は、にまりと微笑む。
 ハロウィンだから、仮装。
 そして仮装したならば!
「ねえねえそこのお姉さんっ」
「む?」
「とりっくおあとりーと!」
「なんだ、それは?」
「おかしをくれなきゃいたずらするぞ! ってことだよ。ほらほらお菓子〜♪ お菓子をちょうだい♪」
 甘いものが大好きな洋介は、そうやって道田 隆政(みちだ・たかまさ)からお菓子をせしめることに成功した。
 でも、これだけじゃ足りない。
 もっと欲しい。
 お菓子がいっぱいあれば幸せ。
 だから、他の人にももらいに行った。
 ヴァイシャリーの街を走り回り、「とりっくおあとりーと」という魔法の言葉でお菓子をゲット。
 ほくほく笑顔で戻って来て、さて次のターゲットは……ときょろきょろ視線を廻らせる。
 ――うん、あの人にしよう!
 また、魔法の言葉を言いに行こうとして――
「……ん?」
 前に進めないことに、気付いた。
 足は動くのだが、前に進まないのだ。
 振り返ると、隆政が洋介の化け猫尻尾を握って笑っていた。
「ちょ、え、何? おねえさん」
「とりっくおあとりーとじゃ」
「……え?」
「うむ」
 ――おねえさんも、とりっく……おあ……とりー、と?
 隆政は満足げに笑っている。
 洋介は自身の持っているお菓子を大事そうに抱き、
「い、いや! やらんぞ! 俺のお菓子はやらんぞ!」
「構わんよ。それが目当てじゃ」
「……へ?」
 きょとん、とする洋介を。
 隆政は抱き寄せた。
「ちょ、わ、うわー!?」
「『おかしをくれなきゃいたずらするぞ!』ということは……つまり、お菓子をもらわなければ、可愛いおのこに是此もなく悪戯できるということであろう?
 それはいい行事だと、好みのおのこに声をかけて回ったんじゃがのう、みんなお菓子をわしに寄越すのじゃ。無念じゃった。
 しかし洋介は、お菓子をくれぬのじゃろ?
 つまり、いたずらしてもいいのじゃろ?」
 ……そうか。
 確かに、お菓子をあげないのならいたずらされてしまっても文句は言えない。
 が、しかし、だからといって!
 お菓子も自分自身も、食べられてたまるか!
「う、うわー! 俺が食われる! 食われるのは御免だー! 俺は食べる方専門だー!」
「こ、こら! 暴れるでない!」
「オカマのお姉さんに食べられてたまるかー!」
 必死に暴れて、手を振り切って。
 仮装で賑わう広場を一目散に駆け抜ける。
 しばらく走って、辺りを見回すが隆政の姿は見あたらない。
「……な、なんとか振り切ったか……」
 が、その際いくつかお菓子を落としてしまったらしい。
 減ってしまったお菓子袋を見て悲しくなったが、貞操の危機は守れたんだよなあ、と安堵もして。
「ハロウィンって……なかなか油断できない行事だったんだな……」
 はぁぁ、と深く息を吐き。
 それでも懲りずに、
「ねえねえそこのおねえさんっ! とりっくおあとりーと!」
 魔法の言葉を、投げかけた。