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●カフェテリア危機一髪

 ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)は本日も単独行動である。ナラカにて奮闘する影野 陽太(かげの・ようた)に、少しでも有益な情報が提供できるよう頑張っているのだ。
「うわー、さっすが大学、たくさんお菓子があるよねー!」
 経営学部棟のカフェテリア、ここはまだゴムの手が伸びていないらしく人で賑わっている。
 足を踏み入れ、メニューを目にした途端、ノーンは本来の目的を忘れてしまった。
「うわー! 豪華スィーツバイキングだって!」
 カフェテリアだけに取り放題メニューも充実しており、現在の目玉商品がこれだという。
「やるやるー! 60分食べ放題っ!」
 と意気揚々乗り込んだところで、並んでいる人とぶつかりそうになった。
「ごめんなさい。……あっ、あなたはたしかノーンさん」
「明日香ちゃん! ノルニルちゃんも!」
 神代明日香とノルニル『運命の書』だった。一緒に食べよう、ということになって、焼き菓子、プリン、ケーキにゼリー……次々とお菓子をトレーに載せていく。
「この大学って食堂やカフェテリアがたくさんあるんですね。私たち、大学スイーツを調査して歩いているんです。ただ……」
「ただ?」
「いくつかの食堂は変なゴム怪物によって……あっ」
 明日香は息を呑んだ。ノーンも、目をまん丸にしてしまった。
「また、私のトレーから……」
 きっ、とノルニルは目を吊り上げていた。彼女のトレーに茶色の怪ゴムが乗って、すべてをぺろりと平らげたのである。
「今度は私も!?」
 明日香の盆も別の怪ゴムにひっくり返されすべてが奪われた。
 慌ててノーンは手づかみで、自分のトレーの上のお菓子を一気に口に詰め込んだ。なんというラッキー、彼女は浚われる直前、なんとかすべてを口に入れることができた。
「ふが……」
 口は聞けないが戦うことはできる。ノーンはお菓子を奪われることなく、目の前のゴムを氷術で凍らせた。
「明日香お姉ちゃんたちー!」
 明日香にとって見覚えのある姿が駆けてきた。ウェスタル・シルミット、イルミンスール魔法学校の知己だ。きっと近くには姉のイースティアもいることだろう。
「かこまれちゃった! かこまれちゃったよー!」
 ウェスタルの声に不安を感じ、ノルニルは四方を見回して絶句した。
 カフェテリアの窓という窓に、褐色のゴム怪物が取りついている。外がまるで見えないくらいだ。入り込む隙間が少ないのか、まだ内部に侵入したのは少数だが、このままでは窓が破られ、なだれ込んでくるのは必定だ。
「すべての窓が強化ガラスのようですぅ。しばらくは持ち堪えられると思いますが……」
 顔なじみの面々に一礼してメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が告げた。
 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)も元気のない様子だ。
「ごめんね、これって僕が、曇ってきたから室内に入ろう、って言ったのが悪かったのかも」
 戻ってきたウェスタル、それに、すがりついているイースティア、両者の頭にセシリアは手を置いた。
「いいえ、セシリアさんのせいではないでしょう」フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)は動じていない。「この試練、偶然とは思えません。もしかしたら、オープンキャンパスの日は入学希望者の選抜テストも兼ねているのでしょうか? 現に知っているメイベル様のお知り合いの大学生も、個性的な方たちばかりですから、そういうところなのかもしれません」
 ある意味、さすが最高学府といったところですね、とフィリッパは妙な感心をしている。
「……私でしたらこんなのに襲われながら学生生活を送るのはいやです」
 シャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)の声は震えている。正直、シャーロットはメイベルの大学進学に真剣に反対したくなっていた……。
 唐突に、電気が落ちた。
 怪ゴムたちが送電線を切ったのかもしれない。一気に室内は暗くなる。一般学生や見学者は恐怖で騒然となったが、メイベルたちは冷静さを失わない。それは明日香一行も同じだ。皆、こういう修羅場なら何度もくぐり抜けている。ノーンも心強くなり、落ちついた様子で口中のものを呑み込んだ。
「スイーツコーナーだけに、誕生日用? のロウソクがたくさんあったよ」
 セシリアがいち早く燭台とロウソクを設置し、
「さすがですぅ」
 メイベルがこれに火を灯していく。幻想的な光が場を満たし、とりあえずこれで一時の恐慌は収まったようだ。
「さて問題は脱出方法ですか」
 フィリッパは剣を抜いた。まさかここで使うことになるとは思ってもみなかった。
「突入されたら、一般の人を護りきれないかもしれません……」
 シャーロットが懸念するが、幸い、その危機は突然去った。
 一匹、また一匹と、窓にくっついていた褐色ゴムの怪物たちが離れていったのである。諦めたのだろうか? ぞろぞろと同じ方角に去っていく。
「ふぅ……やっぱり、大学のイベントかテストだったみたいですね? 大学生も大変なのですね」
 メイベルは息をついて座り直した。
 電気はまだ回復しないものの、ロウソクの光というのはこれはこれでムードがあって良い。
「せっかくですから、外でいただく予定だったお弁当、こちらでいただきましょうかぁ? 学食は持ち込み自由、とのことですし」
 メイベルは笑顔で包みを解いた。そこには、セシリアお手製のお弁当が入っているのである。
 チキンライスはケチャップで赤く染め上げられ、対称的にスクランブルエッグは、半熟卵の黄色が美しい。サラダはレタスの瑞々しい青さが映えていて、おやつはイチゴを使ったタルトが添えられている。
「すごーい」
 シルミット姉妹をはじめ、皆口々にセシリアの料理の腕を褒め称えた。
「いやぁ、それほどでも……あ、たくさん用意してきたからみんなも遠慮無くどうぞー」
 空はあいにく曇ったが、その分、キャンドルの光の下でやや遅めの昼食会、思わぬ幸運にありついたノーンは、
(「やっぱり今日はラッキーデーだったかもー!」)
 と嬉しく思うのだった。