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新年の挨拶はメリークリスマス

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新年の挨拶はメリークリスマス
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第4章


「ふー、腹減ったなあ。お、バーガー屋があるじゃねえか、何か食ってこうぜぇ」
 と、街のハンバーガー屋のファーストフードに入ったゲドー・ジャドウとジェンド・レイノート。
 そういや人間はいねえんだった、と店内を見渡すとカウンターに一人の店員がいる。タンポポだ。
「いらっしゃいませなのですよー」
 しかっり制服を着込んだタンポポはカウンターから頭だけ出して注文を取る姿勢だ。
「へん、タンポポちゃんがお店やさんゴッコかよ? ……面倒くせ。何か注文してやれよジェンドちゃ〜ん」
「はいはい、じゃあ……」
 ジェンドの目がきらりと光った。

「カツカレーあります?」
「あるわけねえだろ!!」

「ありやがりますのです」
「あるのかよ!?」

「じゃあテリヤキバーガーとテリヌキバーガーを」
「カツカレー頼まないの!?」

「テリはヌキやがりますか?」
「意味わかんねえよ!!」

「あ、ゲドーさんのは抜いて下さい♪ 僕のは正常で」
「え、俺様のだけ異常ってこと!?」

 そして出されるテリヤキバーガーとタンポポオリジナルのテリヌキバーガー。
 確かにそのバーガーのパンには照りがなく、ついでに言えば肉もない。
「つまるところただのバーガー、つかパンだよな、これ」
 仕方なくかぶりつくゲドーは、二口、三口をぺそぺそと食べる。まさに空虚な味がした。

「どうですか、お味の方は?」
 タンポポと二人してバーガーを頬張るジェンドは尋ねた。

「――ふん、夢のような味だぜ」
 と、バーガーの包みを丸めて放り捨てるゲドーだった。


                              ☆


 リカインに跳ね飛ばされたフトリは、再びネージュ・フロゥに発見されて追い回されていた。
「デブー? どうしてボクだけ狙われるデブー!?」
 ぽよんぽよんと跳ねながら、意外なことに結構なスピードで逃げるフトリ。
 だが、さすがに日本狼姿のスプリングロンド・ヨシュアの早さには敵わない。
 追いつかれて並走され、次々に激辛ホットドックの攻撃を受けるフトリ。食べ物が飛んでくるとつい食べてしまう。

「ああ、辛いデブ! ひどいデブ! もぐもぐデブ!!」
 食べなきゃいいのに。

 涙を浮かべて口から火を吐きながらも、フトリはホットドックを平らげていく。その傍ら、バキュー夢からクリスマスケーキを取り出して、手づかみで食べた。
「ここらでひとつ甘いケーキが怖いデブ。う〜ん、これはすごいデブ。30点くらいデブ」

「だから、そういう食べ方をするなって言うのよー! あと30点とか言うのもやめなさーい!!」
 ますますヒートアップするネージュだが、共にフトリを追いかける月谷 要(つきたに・かなめ)は一人呟いた。

「そうか……あれがあればこの世界では無限に食べ物を食べることができるというわけか……!!」
「え?」
「ククク……ハァーハッハッハァ!!!」
 要は突然高笑いを始め、高く跳躍したかと思うとフトリの背中にひらりと乗った。
「なあ、逃がしてやるからそのバキュー夢から食べ物山ほど出してくれよ。夢の中とはいえ、そんなご馳走を喰い放題なんて滅多にないからなぁ」

「あ、まさかあなた……裏切る気!?」
 スプリングロンドの背中のネージュは、要に向かって催涙スプレーの入ったボトルを向けた。要はというと。
「うん、ごめん!!」
 まるで謝る気がないのがよく分かる。
「このぉ!」
 裏切り者である要に向けて激辛チリソースのスプレーを容赦なく浴びせかけるネージュ。だが。

「クックック……効かんなァーッッ!!!」
 要は瞬間的に被った龍騎士の面で催涙スプレーを防いでいたのだ、なんという反射神経ッ!!
「おれは追撃をやめるぞ、みんなァーッ!!!」

 他数名の追撃者たちに宣言した後、素早く取りだしたトミーガンを一斉掃射する要。
「きゃあっ!」
 ネージュを始め、追撃者たちが反射的に身を守った一瞬の後、要とフトリの姿は消えていた。
「……どこにいったの? 探しましょう!!」
 いきりたって要とフトリを追う一行。

 しばらくしてから、その背中を見送るように物陰から出てくるフトリと要。
「よし、うまく撒いたようだな」
 ベルフラマントで気配を隠した要とフトリは、そこら辺の物陰に隠れて追撃をやり過ごしたのだ。要も見よう見真似で出した催涙スプレーであたりはチリソースの匂いで充満している、これではいかに狼のスプリングロンドといえども匂いで気配は探れない。

「さあ、食べ物を出してもらおうか」
 キリリ、といつになく真顔の要。
「わかったデブ。じゃああの辺の食堂に入って食べるといいデブ」
 わくわくしながら移動する要だが、突然、その頭部を銃弾が襲った。
「あてっ?」
 銃弾は要の頭をかすめ、赤い一筋を流させる。見上げると、小型飛空艇に乗ったアーレス・ベルトラム(あーれす・べるとらむ)ミューテレジア・ワードアクト(みゅーてれじあ・わーどあくと)がいた。
「見つけたぞ、要! 殺す! 今ここで殺す!! すぐに殺す!!!」
 叫びながらも上空からハンドガンを乱射するアーレス。だが、要はというとフトリを突き飛ばして銃舞でその攻撃をのらりくらりとかわす。
「くそっ、この!」
 アーレスは要の幼少時にそっくりなアリスだ。今は失われた要の純粋な心や純真さなどの綺麗な部分だけで構成されたアーレスの人格はかなり極端で、要以外の人間には物凄いお人好しなのだが、要に対しては常日頃から抹殺の情熱を燃やすほどの極端ぶりであった。
 とはいえ要も最近ではうっかり人外になりかかっているほどの百戦錬磨の男。まだ生まれてさほどの間もないアリスに殺されるほどヤワではない。

「まあ、ハンドガン程度で死ぬヤツでもないしな」
 と、飛空艇の後部で黒いゴシックドレスに身を包んだ吸血鬼、ミューテレジアは呟いた。
 こちらは特に用事もなかったが、アーレスが要を襲いに行くというので面白がってついてきたのだ。

 つまりは、ただの暇潰しというわけだ。

 ふと見ると、TVモニターに面白いものが映っていた。
「ほう、これはこれは。おいアーレス、アレを見るがいいぞ」
「――え?」
 それどころではない、と言いつつも一瞬だけモニターに目をやったアーレスが硬直した。
 それも無理もない、何しろそこに映っていたのはクリスマス頃にミューテレジアにフリル満載のメイド服を着せられたアーレスだったのだから。

「あ、あぁあぁあぁぁぁ!!!」
 思わず叫び声を上げるアーレス。
 日頃からアーレスをからかって遊んでいるミューテレジアは、要の弱点を教えてやるかわりに一日コレを着て過ごせ、とメイド服を強要したのである。
『こ、これでいいのか……』
 画面のアーレスは、恥ずかしさに顔を真っ赤に染めてうつむきつつミューテレジアの命令に従っている。
『うむ、だが言葉遣いがなってないな、ベルちゃん?』
 ミューテレジアは背の高い椅子に足を組んで座り、高飛車な態度でアーレスに指示を出していた。
『ベ……ベルちゃんって言うな……』
『ん、何か言ったかな? どうやら要の弱点を知りたくないと見えるな?』
『……く……これで……よろしいですか……』
『ご主人様、だ。ベルちゃん』
『ご、ごしゅじ……ん……さ…ま』
『ん〜? 聞こえんな〜?』
『ご、ご主人様……』
 羞恥と屈辱に耐えるアーレスと、心底楽しそうなミューテレジアだった。


「はっはっは! あの時は傑作だったなぁ、あの時のお前と言ったらもう……ぷぷ、いかん思い出し笑いが、ぷぷぷ」
 耐え切れずに爆笑するミューテレジア。ちなみにメイド服の代償として教えられた要の弱点は『食べ物』。
「確かにヤツは食べ物に弱いからな、嘘はついとらんぞ、嘘は!」
「う、うるさい!! 僕を騙したくせに!! うわぁぁぁん!!」
 アーレスは泣きながら自らの黒歴史映像を葬り去ろうとTVモニターに銃を向けた。
 その時。
「あらよっと」
 要がトミーガンを軽く小型飛空艇に向けて1秒ほど撃った。たたた、と軽快な音を立てて発射された銃弾は的確に小型飛空艇のエンジンを撃ち抜き、アーレスとミューテレジアを乗せたまま墜落していく。
「うわぁぁぁ……!」
「おおぉぉぉ……!」

「ま、夢の中だし大丈夫だろ。さて、ご馳走ご馳走っと♪」
 墜落して炎上する飛空艇を尻目に食堂へと駆け込んで行く要であった。


                              ☆


「はっはっはー! マジカル★プリチー! ここに爆誕!!」
 食堂に入ると、獅子神 玲(ししがみ・あきら)のパートナー山本 ミナギ(やまもと・みなぎ)がテーブルの上に立ってポーズを取っている。
 玲はというと、フトリが出したご馳走をさっそくもぐもぐと食べている。
「あー、オレのご馳走を!!」
 要は玲に詰め寄って抗議する。玲はフライドチキンの骨を片付けながら答えた。
「いいではないですか、私もこちらの人達に協力すると決めたんですよ……あ、このケーキ柔らかくておいしい……丁寧に作ってるな……どうせほぼ無限に出てくるんですし……おお、このターキーのタレは絶品……下ごしらえがしっかりしてないとこうは……」
「む、それもそうだ。ではいただきまーす!!」
 満面の笑みを浮かべて手を合わせる要。そのまま食堂一杯に並べられたご馳走の山に突撃していく。
「そうそう、えーと……フトン? さん? フトッチョさん? どんどん出して下さいね」
 玲はさほど興味のない相手の名前は覚えられないのだ。言われるがままに料理を並べていくフトリは、作業のかたわらに自分も食べている。

 ところで、ポーズを決めたミナギはすっかり無視された格好である。
 フルフルと震えつつ、テーブルを降りて玲に抗議。
「ちょっと! 実際に応戦にいくのはあたし!! あたしにもっと注目しなさいよ!!!」
 いつも目立って自分が主人公でありたいミナギ……にも関わらず大した活躍も出番もなかったクリスマス、ミナギはそんなにいい思い出もないのでこの夢の中で目立とうと考えたようだ。
 その矢先にパートナーと協力者に無視されたのだから、それは腹も立つだろう。
 だが、その肝心の玲は。

「……どちらさん、でしたっけ……?」

「名前どころか存在までっ!?」

「やだなあ、冗談ですよ……えーっと……ミント? ミチル? マジカル★プリントさん?」
「それじゃ年賀状を刷る家庭用印刷機みたいじゃないかっ! あたしはミナギ! そしてマジカル★プリチー! いい加減覚えてよ!!」

「……ウザ」

「うわぁ〜ん、目立ってやるー! 目立ってあたしの活躍を脳裏に刻み込んでやるぅ〜!!」
 ついに泣きながら外に走り出すミナギ。

「あ〜あ、泣いちゃった。お気の毒……うまいな、このシチュー」
 さほど気の毒でもなさそうにシチューを鍋からがぶがぶと味わう要。その食欲は『天御柱の食欲王』の名にふさわしい。
「いいんです、たぶんスキンシップの内ですよ……皮がサクサクしてて……フィリングも滑らかですね……」
 と言いつつ、ミナギの相手よりもよほど熱心にアップルパイを頬張る玲。

 いい勝負であると言えよう。


                              ☆


 ツァンダの街は、赤く染まっていた。
 生けとし生けるものはその命の輝きを失い、無残な躯を街角に晒している。
 人も、犬も、猫も、鳥も、命あるものは全てが平等なる死という運命のもとに晒され、大きな山を形作っていた。
「……」
 その山の頂点に君臨し、その哀れなる血肉で浅ましい魂を満たそうとする者はリペア・ライネック(りぺあ・らいねっく)
 今は魔鎧として存在が許されているが、かつては『悪食ライネック』と異名を取ったほどの殺人鬼の魂が入っている。その凶悪性は未だ失われてはいないのだ。
 犠牲者たちの血を飲み、瑞々しい柔肉に噛り付くも、その飢えと乾きが満たされることはない。

 何故殺すのか、食べるためだ。何故食べるのか、殺したからだ。
 では、何故そうしなければいけないのか。

 それはもう、リペア本人も覚えてはいなかった。
 今はただ、一瞬でもこの飢えと乾きを癒してくれることを願って、温かい血でこの喉を濡らすだけ――


「こら、捏造はやめなさい」
 と、玲がパートナーであるリペアの頭を小突いた。
「……」
 その途端、血で染まったツァンダの映像は途切れ、砂嵐に変わる。
 次の瞬間には映像が切り替わり、またもリペアが映し出されるが、先ほどとは随分様子が違っていた。



 こちらも玲のパートナー、ギーグ・ヴィジランス(ぎーぐ・う゛ぃじらんす)は悪魔でリペアの恋人でもある。エプロンを着けたギーグは忙しそうにクリスマスのお菓子を作っていた。
『おっし、あとは焼き上げるだけだな』
 パートーナーの玲は大食漢だ、クリスマスにはお菓子をたくさん用意しなくてはならないだろう。最後の仕上げをしたギーグは満足そうに部屋に戻った。そこにはギーグの手作りクリスマスケーキを前に待機しているリペアがいる。
『待たせたな、さあ喰おうぜ』
『……』
 無言で頷くリペア。基本的に無表情で無反応な彼女は、玲かギーグ相手でなければほとんど反応を示すことはない。まあ、その二人が相手でも反応は微々たるものなのだが。
『いやあ、相棒のヤツ用にケーキとか作ったら材料余っちまってな。捨てるのももったいねえしよぉ』
 という誰に対してだか分からない言い訳をして、ギーグはクリスマスケーキいそいそとを切り分ける。
 ちなみに、大食漢の玲に関してはいくらお菓子があっても足りるということはない。材料が余るはずなどはないのだ。
 ついでに言えば、『余った』はずの分のケーキが先に作られているのもおかしな話である。
『ホ、ホレ。せっかくクリスマスだからよ、ケーキぐれえ食うかと思ってよ。まあ、別に特別用意したわけじゃねえんだけどな?』
 だからソレは誰に対しての言い訳なのだ、と言いたくなるほどワタワタと飲み物を整えるギーグ。いつの間にか二人分のティーセットが用意され、すっかり準備が揃ってしまった。

『んじゃ、まあメリークリスマスってわけでもねぇんだけど』
 要するにこれは、リペアと二人きりのクリスマスを過ごしたいが素直になれないギーグの、自分に対しての言い訳なのだ。
 リペアはそんな彼の気持ちを知ってか知らずか、ギーグの用意してくれたお茶を飲み、ケーキを食べるのだった。

 すっかりケーキも食べ終わった二人。おそらくはご馳走様、とリペアがぺこりとお辞儀すると、ギーグを見上げた。
『……』
『……リペア』
 なんとなく訪れた静寂。リペアの感情を感じさせない瞳の奥に何かを感じた気がした。
 もとより二人は恋人なのだ、誰に遠慮することもない。
『……』
 無言のまま、二人の影が近づいていく――


「だりゃあああぁぁぁ!!!」
 というところで、食堂の窓ガラスをぶち破って、そのままフトリを蹴り飛ばしたギーグである。
「デブゥ!?」
 ゴムマリのような体を弾ませたフトリは、勢いよく反対側のガラスを破って外に飛んで行った。
「んにゃろ、余計なもん放映しやがって! ブチ殺してやる!!」
 その後を追おうとするギーグだが、それを玲が止めた。
「まあいいではないですか。彼らにも事情があるようですし、ギグの思い出はもうすっかり放映されてしまったんだし、私もこうしておいしいご馳走が食べられるし。……どうです、ついでと言ってはなんですが」
 喋りながらも玲は、ふわふわのシュークリームを口に放り込んだ。控えめな甘さがおいしい。
「……何だよ」
「……彼らに協力してやっては」
「ハッ! 冗談じゃねえ。何で俺様がんなことしなきゃなんねーんだよ」
「いやあ、すでに前払いで報酬を頂いてしまってますので」
「それはてめえの都合だろ」
「それはそうなんですが。……ところでギグ、クリスマスはキミ『いつも通り悪逆非道の限りを尽くしてた』って言っていませんでしたか?」
 ぎく、とギーグの動きが止まった。
「実際にはリペアと過ごしてたんですね」
「……わ、悪ぃかよ……」
「いえ別に」
「……」
「……ぷ」
 ついにギーグが根負けした。
「だーっ! 分かったよ、分かったからそのニヤニヤ顔をやめろ! あいつらを追ってる奴らをぶちのめせばいいんだな! 行くぞリペア!!」
「……」
 フトリが飛んで行った後を追うギーグとリペアだった。


                              ☆


 その頃、アストリア・西湖(あすとりあ・さいこ)は罠を張って待ち構えていた。傾けられた大きなゴミ箱を支える一本の棒。その棒にはロープが結び付けられて物陰に伸びている。エサとしてゴミ箱の下にはおいしそうなクリスマスケーキが置いてある。
 これに釣られてやってきたフトリを捕まえようという高度な頭脳戦なのだ。

「ねえアストリア様、うまくひっかかってくれるでしょうか?」
 と、後ろからおにぎり片手に尋ねるのはパートナーの忍住 京花(おしずみ・きょうか)。おにぎりに釣られてパートナー契約した過去を持つ彼女に言われたくはないが、その疑問ももっともだ。
「大丈夫ですよ、放っておいたらアストリアと京花の思い出の料理までケチをつけられてしまいますからね〜」
 そう、思い出しても幸せだった京花と二人っきりのクリスマス。その思い出を彩ってくれた数々の料理たちを汚されるわけにはいかない。

 七面鳥を一羽丸々使ったローストターキー、クランベリーソースも絶品だった。
 程よいレア加減に焼かれたローストビーフは、プディングを添えてグレイビーをかけて頂くのが本場イギリス式だ。
 そしてやっぱり外せないのがクリスマスケーキ、チョコレートやココアのブッシュ・ド・ノエルもいいが、やはり真っ白なホイップクリームのケーキは別格だろう。マジパン製のサンタさんは二人で半分こしたのだ。

 と、数々のおいしくて幸せな思い出を反芻する二人だが、やがてアストリアが視界の端っこに変なものを見つけた。

 バナナの皮である。

「何ですか……これ? 今どきお笑い芸人だってこんなの踏んでコケるなんていうベタなことは……」
 と、バナナの皮の方に歩いていくアストリア。
 その時。
「ッ!?」
 雪で見えなかったが、そのバナナの皮の手前に更に別のバナナの皮が仕込んであったのだ!
 油断していたアストリアは、見えないバナナの皮を踏んで盛大にずっこける!!

「はははっ! 引っかかったな!!」
 山本 ミナギの声と共に、さらに雪で巧妙に隠されたロープが引き上げられ、アストリアに絡みついていく。
「アストリア様!?」
 おにぎり片手に飛び出した京花の前で、あっという間に亀甲縛りで吊るされるアストリア。
 姿を現したミナギが、京花の後ろを指差して言った。
「おぉーっと! こちらを見ていていいのかな?」
「え?」
 振り向くと、いつの間にかやって来ていたフトリが罠に仕掛けられたケーキを素手でもっちゅもっちゅと食べていた。
「……いただいているデブ。とりあえず礼儀としてゴチソウサマとだけは言わせていただくデブ。しかしまあその味の方は、うん」
「な、何ですかその奥歯に物がはさまったような言い方は!」

「……なかなか30点を越える点数はつけられないデブね」

 ぶち。

 思い出のクリスマスケーキをけなされて、アストリアと京花の中の、何かが切れた。
「はぅぅ、アストリアと京花の大事な思い出になんて事を〜!!」
「京花とアストリア様のケーキにケチをつけるなんて〜!!」

 怒りのあまり自力でミナギのロープをブチブチと引きちぎるアストリア。ホーリーメイスでフトリに襲いかかる京花。
 ロープを引きちぎられたミナギは驚きの声上げるが、すぐにクロスファイアで応戦していく。

「くらえっ! 必殺マジカル★バレット!!!」
 こうして、また街角は騒がしさを増していくのだった。


                              ☆


 ややあって、京花のホーリーメイスでホームランされたフトリは、一人宙を舞う。
「う〜ん、これまた吹っ飛ばされたものデブ。あんなに怒らなくてもいいと思うデブ」
 ぽよんと着地すると、そこは商店街でもちょっと外れた渋い店が並ぶ裏通りだ。路地裏に入って一息つくフトリ。
「さてさて、運動したらお腹がすいたデブ」
 どれだけ喰う気だお前は。

 ごそごと、バキュー夢の袋の中から次の食べ物を取り出した。
「……これはなんデブか?」
 そこに現れたのは、一見すると紅白に彩られたクリスマスケーキのようだったが、次の瞬間には明らかに違うものであると分かる。

 まず匂いが違う。通常感じられる甘い匂いはせずに漂っているのは酢の匂いだ。
 デコレーションも違う。紅白に見えるデコレーションは何としたことか、マグロとイカだ。

 刺身ケーキだ。

「な、なんというひどいことを……。これはすでに食べ物とは言えないデブ……!!」
 いったい誰がこんなものを作ったデブか、とバキュー夢を操作したのと、何らかの機械の駆動音が鳴り響いたのは同時だった。
「デブ?」
 寄りかかっていたブロック塀が、派手な破壊音とともに大穴を開けられた。
「デブーーー!?」

 舞い上がる埃と舞い散る雪の中、煙の中から現れたのは、誰が呼んだかコンクリート モモ(こんくりーと・もも)!!
「……今なんつった、デブ」

 ギロリと凄みを利かせつつ、その手に持つのは削岩機。
 顔に被ったホッケーマスク、アイツに貰ったプレゼント。
 意外にかわいいエプロン姿、ついてるシミは返り血か!?

 いいえ醤油です。

 言うまでもなく刺身ケーキの製作者は彼女であった。TV画面にはその様子が映し出されている。


『……うふふ♪』
 不慣れな笑みを浮かべて刺身ケーキを作るモモ。傍らにはクリスマスにパートナーから貰ったホッケーマスクが大事そうに置かれている。
 確かに普段から笑顔の少ない彼女だが、こうしてみると年相応の少女に見える。

 まあ、作っているのは刺身ケーキなのだが。

 彼女のパートナーは猫キャラ型のゆる族。果たしてその味覚まで猫なのかどうかは不明だが、パートナーが感謝の意を込めて作ったケーキが口に合わないわけはない。ということにしておけば角も立つまい。
『大丈夫、明日がクリスマスなんだから、まだ間に合う』
 プレゼントを貰ったその日はクリスマスイブ。クリスマス本番に間に合わせようと一生懸命にスポンジケーキを手作りし、頑張って刺身をおろしているモモだった。


「で、どうしてその二つを合体させるデブ!! せめて別々に食べるべきデブ!!」
 こればかりはフトリが正しいかもしれない。だが、モモは怒りのあまりそんな言葉など聞こえていない。一人空を仰ぎ、独白を始めるモモ。

「お金ならあるのよ、どんなプレゼントだって買える。でも、プレゼントはお金じゃなくって気持ちだから。私はそんなプレゼントをあげたかった」
 言ってることはいい事なんだけど、そこで刺身ケーキじゃなければなあ。

「そのプレゼントにケチをつけたあんたらは絶対許さない。このマスクだってクリスマスプレゼントとして認識されてなかったのか、ちゃんと手元にあったし」
 確かに、クリスマスにホッケーマスクはあまり贈らないから。

「今日はそう……13日のクリスマス……」
 13日の時点で間違いなくクリスマスではない。

「プレンゼントはそう。あんたの命」
 ギロリとフトリを睨む。視線はフトリのお尻から伸びた尻尾だ。

「デブゥ!?」
 フトリはびく、と体を硬直させた。もう嫌な予感しかしない。
「そのだらりと下がったタマ袋、粉々に粉砕してやる!!!」
 再び削岩機の駆動音が鳴り響いた。ダイレクトに命の危険を感じて飛び上がったフトリの尻尾と、繰り出された削岩機がすんでのところで交錯する。
「これは尻尾デブー!」
 と叫んで近場の店舗に逃げ込むフトリ。モモが追うと、そこは大型陶器の置物を売っている店だった。

「おのれ、どこ行った!?」
 自分の身長と同じくらいの置物がずらりと並ぶ中、モモはフトリを探している。その後ろに並んだ信楽焼きの狸の置物の間にフトリは隠れているが、モモは気付かない。
 店主が間違って仕入でもしたのだろうか、大量に並んでいる信楽焼きの狸を次から次へと壊していくモモの後ろを、こっそり脱出するフトリだった。

 モモ、後ろ後ろ。