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【カナン再生記】黒と白の心(第1回/全3回)

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【カナン再生記】黒と白の心(第1回/全3回)

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第1章 水晶の瞳 2

「いったい、なんだってんだ、ありゃ!?」
 美那とともに走るシスタ・バルドロウ(しすた・ばるどろう)は、そう言った。
 修道服に身を包んだ麗しきシスター……にはほど遠い見た目が、彼女のトレードマークだった。一応は修道服でありながらも、それは改造を施した暴走族のバイクのように動きやすくアレンジしてあり、シスターらしき格好のくせに銜えタバコである。しかも口も悪いときた。
 もちろん、本職の修道女ではなく、ただの魔鎧なのであるのだから文句を言われる筋合いはどこにもないのだが、そこはそれ、イメージである。ヤンキーまがいの修道服女は、全国のシスターたちに多大な迷惑をかけていることこの上ないだろう。
 そんなシスタの言葉が何を指しているものか。それは誰もが分かっていた。後ろを振り返れば、その叫びたくもなる不可解な魔法生物――生きた影が美那たちを追っている。
「影が生きてるなんて面白い現象もあるもんだなぁ。あれですかね、普段は地面に縛られてるから、うっぷんがたまってたんですかね?」
「そういう問題じゃねぇだろうが!」
 のんきに影の気持ちなんぞを考えているパートナーのクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)に、シスタは思わずツッコんだ。それでも走るスピードが緩まないところはお互いにさすがである。
 そんな彼らと一緒に走るのは、小柄で小動物のようなかわいさを持っているくせに、口調だけはいやに仰々しい大物の少女であった。
「ふっふっふ、たとえ影であれなんであれ、この私がいるからには安心なのじゃ! 大船に乗った気でいるがいいぞ、おねーさん。ささ、安心して居眠りするなりサボるなりすると良いと思うぞえ」
「サ、サボ……?」
「……っておねーちゃん何言ってるの!? 美那さんそんな人じゃないでしょ!」
 戸惑う美那の横から、ミリィ・ラインド(みりぃ・らいんど)が少女をたしなめた。
 そもそもが敵に追いかけられているこの状況で居眠りだの何だのと言われても、無茶な話なのである。水路をいまだ持続する空中浮遊の魔法で飛び越えながら、ふわふわと浮きつつセシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)はミリィに声を返した。
「だってこのおねーさん何か疲れてる顔をしてるのじゃ。きっと真面目にやりすぎて気づかれしてるのじゃな、うむ。私にも経験あるからよくわかるのじゃ」
 うむうむと頷いて共感するセシリアに、ミリィのうそくさいものでも見るような目が向けられた。
「……なんじゃその反応」
「いや、気疲れと無縁そうな人が言っても……」
 そこではっとなって、話についていけていない美那にミリィがぺこぺこと頭をさげた。
「あ。ご、ごめんなさい美那さん。おねーちゃんいつもこうで……」
「い、いえ、別に……気にしなくても……」
 まったく、よくできた妹分である。
 とはいえ、冗談はこのぐらいにしておいて……だ。逃走する美那たちの前方――建物の影の中から、例の魔法生物が飛び出してきた。まるで泥からゴーレムでも出現したかのようである。
「くそっ、前からもかよっ……!」
 このままでは八方ふさがりになってしまう。戦おうにも、敵の数は多い。だが、シスタが舌打ちしたそのときだった。
「この葛葉 杏(くずのは・あん)、困っている人は見過ごせない!!」
 どこからかヒーロー然とした台詞が聞こえてくると、見知らぬ女が無駄に格好よく登場した。
「なんだかよくは分からないけど、困ってるんだったら手助けさせてもらうわ!」
「い、いえ、そんな見知らぬ人にそんなこと……」
 謙虚な美那は彼女――葛葉 杏と名乗った女に声をかけるが、それを彼女はやはりどこかの古臭いヒーローのように制止した。
「この葛葉杏が、一番嫌いな事は……差し伸べた手を振り払われる事よ! なぜなら私はアイドルスターになる女。困っている人を助けるのもアイドルの仕事。というわけで問答無用、助太刀上等、アイドルスターの力、受けてみなさい!」
 ……どうやら、ヒーローではなくアイドルのようだ。だとすると何か間違った方向のアイドルに影響を受けすぎな気がしないではないが、杏はそんなことお構いなしに影を攻撃した。
「まずはフラワシアターック!」
 降霊したフラワシが影へと攻撃を仕掛ける――が、いかんせんダメージは何一つなかった。
「手ごたえがない!?」
「あれは……シャドー。魔法生物です」
 同様に影――シャドー相手に戦うシスタたちへと、美那が口を開いた。
「敵の攻撃を真似るのが得意で、形というものを持ちません。だから、通常の攻撃はまるできかないんです。でも……影を失うもの、光であれば……」
 なるほど、と納得する一同。
 しかし、なぜそれを彼女が知っているのか? 腑に落ちぬところであったが、いまはそれを聞いている場合ではなかった。
 目の前のシャドーに、さすがにセシリアの先ほどまでの余裕は……あるようだ。
「よーし、ここはわしが……応援するのじゃっ!」
「戦うんじゃないのっ!?」
「前衛はミリィに任せるぞえ。それに……なにやらさっきの行動を見ていると、真似っこされそうな気がするんでの。フレッフレッミリィ!」
 なにやら後ろがうるさくなったが、それに気にせずミリィは構えをとった。美那を守るようにして、槍を掲げる。しかし、そんな彼女に影は立ち向かうどころか、応援をするように手を振り始めた。
「ま、まさか本当にマネするの……?」
「おねーさんのの言う通りじゃぞ。やってみるもんじゃな。それ、フレッフレッ!」
 そうして動きを制限された影に、隙をついてミリィの槍が降りかかった。古王国時代に失われた技は光となって影を斬り裂く。同時に、セシリアはバニッシュでそれに追い討ちをかけた。神聖なる光の力は、影たちを衝撃のままに消し去ってしまう。
「光が弱点って分かったんであれば、とことんやっちゃうわよ! それそれそれそれ!」
 敵に有効な攻撃が分かったとなれば、それをたたき込むのは戦いの定石。
 杏は光術で生み出した光の球を、惜しげもなくシャドーたちにぶん投げた。魔法はそういう風に使うものではないと思うのだが、杏は野球選手並みのピッチングでシャドーたちを一掃してしまう。
 やがて、シャドーたちを退けて美那たちはようやく息をついた。
「ったく、多すぎだっての……馬鹿みたいに」
「団体旅行なんかねぇ」
「なわけねぇだろ……」
 シスタのクドの軽口にツッコむ気力も少なくなってきている。すると、杏は美那に気にかかってたことを聞いた。
「ところでさ……敵はあなたを狙ってたみたいだけど……何で襲われているわけよ? 何かやばい事に首突っ込んでるのかしら?」
「ちょ、ちょっと、葛葉さん。突然現れていきなりそんなこと聞くのは……」
「でも、あなたたちだってみんな気にかかってることでしょ?」
 さすがにそれを言われると、歩だけでなく、皆の口も閉ざされてしまった。バツが悪そうにうつむく美那に、杏はさらに続ける。
「シャドーのこともよく知ってたみたいだし……。みんな、貴方を守る為に戦ったのよ。いまさら、理由は知りませんなんて言わないわよね?」
 杏の言葉は、飛び入り参加だからこそいえる言葉だとも思えたが、逆にいえばそれは、誰もが心のどこかで引っ掛かっていた疑問だった。そして、美那自身、このままずっと黙っているままでいられるわけでもないと思っていた。もしかしたら杏は、それをどこかで感じ取っていたのかもしれない。
 それまで顔をうつむけて口を閉ざしていた彼女は、持ち上げた目で皆を見つめた。正面から、嘘偽りなく。
「実は――」
 そう言って彼女が懐から大事そうに取り出したのは、あの机の上に置かれていた黒水晶だった。



「やれやれ、やられちゃいましたか……」
 暗闇の中で、さらに漆黒の黒水晶を覗き込む魔女がいた。
 言葉そのものは残念がっているものの、どこかそれは余興を楽しむような色を含んでおり、にやついた口が言葉の裏で笑っているようでもあった。
 黒水晶に浮かび上がるのは泉 美那とその護衛者たち。ドブネズミのようなフードを被った魔女――モートは、その姿を指先でなぞるようにしてくすっと声を漏らした。
「彼女の護衛者たちを甘く見てはいけませんよ」
 そんな彼の背後にいつの間にか一人の少女がいた。
 乳白金の髪の美しい少女だった。緋色の宝石のような瞳が、冷徹な色を帯びてモートを見やっている。美少女といって相違ないだろう。ただ、それを納得するにためらわれるのは、彼女があまりにも男じみた仕草をしていることと、銜えタバコを離さないからだった。
 胸元の金のロザリオがわずかに音を立てた。
 神父。彼女――坂上 来栖(さかがみ・くるす)はそう自分の位を名乗っていた。
「もちろん、甘くみちゃあいませんよ?」
「そうですか。それなら良いのですが……あぁ、ところで……南カナンの人たちも頑張っているようですね」
 そう告げると、来栖はくすっと笑った。意味ありげな言葉だが、モートはさして驚く様子もなく答えた。
「らしいですねぇ……」
 来栖よりも粘着けにとんだ笑みを貼り付けて、にやにやとするモート。怪しげな赤の双眸がフードの奥で光っていた。まるで、すべてを見透かすように。
 彼のそんな不気味な笑みにぞくりとしたものを感じて、来栖はその場を後にした。嫌な予感が当たらぬことを願って。