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リアクション
9
今日も、火村 加夜(ひむら・かや)は工房にお手伝いとしてやってきた。加夜の後ろにはミント・ノアール(みんと・のあーる)も居る。興味があると言うから、連れて来てみた次第である。
「こんにちは……あれ?」
工房に入ってみたが、リンスがあまり楽しくなさそうな表情をしていたので加夜は首を傾げた。
「どうかしました? そんな顔をしているなんて」
随分久しぶりのことだ。もう少し前はこんな表情もたまにしていたけれど。最近、色々な人と交流を持つようになってからは減っていたのに。
だからか、
「リンスって怖い人?」
ミントが不安げに問いかけている。
質問の意味にすぐ気付いたらしいリンスが、少し困ったような笑みを浮かべていた。
「違うよ」
「違うの? よかった、はじめまして」
ミントは言葉を真っ直ぐ捉えて信じて、にこにこ笑顔で自己紹介。
よろしくね、と握手している二人を見て、加夜は微笑ましいなと思って笑顔を零す。
「今日は栄養満点のお弁当を作ってきましたよ」
「ありがとう。……ああ、ねえ火村。最近おかしなこととか、なかった?」
「おかしなこと?」
「写真とかで」
何を突然、と思いつつも記憶を手繰る。写真、と具体例を示されたので、主にその方面で。
すると思い当たるものがあった。
「写真屋さんが街に居て、アルバムを見せてもらったこと……ですかね?」
その時に、写真を撮らせて欲しいと言われたがお断りさせてもらったけれど、別の話。あまり余計なことを言って心配させたくない。
「そのアルバムの中に、リンスくんの写真があって……お兄さん、それを売ってらっしゃったから、あれ? って思いましたね。許可したんですか?」
許可するなんて珍しいなと思いながら、素通りしていたのだが。
「ううん、無許可」
だから困った顔をしていたのかと納得。
「リンス、それで困ってるの?」
「そうだね。俺、人の視線に慣れてないしね」
「じゃ、悪いことしてるんだ! ダメダメだよ! リンスに迷惑かけちゃいけないんだよ、だってこんなに凄ーいお人形作れなくなったら困るもん!」
ミントの怒りっぷり(ただしあまり怖くない)にリンスがきょとんとしていた。それから少し笑って「それはどうも」と言っていた。
そうだ、リンスを困らせたらいけない。
だってせっかくここまで人に対して隔てていたものがなくなったのに、これじゃまた。
「私、お兄さんの顔憶えてますし、注意してきます!」
なので加夜がすくっと立ち上がり、工房のドアへ向かう。と、
「きゃ!」
「きゃあ、クロエちゃん?」
入れ違いで帰ってきたクロエにぶつかった。
「かやおねぇちゃん! いらっしゃいませ、どうしたの?」
「お弁当を持ってきたんですよ。そうしたらリンスくんが困っていたから、何か力になれればと。それで、これから街へ行こうとしていたんです」
「まち! わたし、いっぱいさがしたけどダメだったわ。とちゅーほうこくするためにかえってきたの」
アルバムには、クロエの写真もあった。のに、今までヴァイシャリーの街を走り回っていたのだろうか。
「ちょっと危ないですね」
「? なにが?」
クロエはわからない、といった様子できょとんとしていたけれど、こんな小さくて可愛い子が一人で走り回るのは、危ない。
「ねえ、ミント。クロエちゃんのこと、お願いね?」
「えーっ、ボクお留守番?」
「よろしく、お兄ちゃん。
クロエちゃんは、ちょっと休憩しようね。もう夕方が近づいて、お外暗くなるし、ね?」
「でも、リンスがこまってるもの。わたしもなにかしたい!」
「お姉ちゃんができるだけお手伝いするから」
ぽんぽん、と頭を撫でると、渋々ながらといった様子でクロエが頷いた。
てこてこリンスの傍まで歩いて行って、ぽすんと体当たりするように抱きつく。
そんなクロエにミントが近付いて、
「ボク、お兄さんになる! クロエをちゃんと守る! 頑張る!」
加夜に向かって宣言。
「何があってもしっかり守るよ!」
「わたし、おひめさまじゃないわ。だから、なんでもかんでもまもられなくてもへいきなの!」
「じゃあ、ダメなとこだけ守るよ。それならいい?」
「それならいいわよ」
子供同士、すぐに打ち解けた様子だったので。
「行ってきますね」
微笑んで、手を振って、街へ。
*...***...*
加夜が出て行ってすぐに、クロス・クロノス(くろす・くろのす)は工房を訪れた。
こんにちは、と声をかける前にクロスは気付く。微妙にリンスの雰囲気がぴりぴりしていることに。
「……どうしたんです?」
思わず、挨拶よりも先にそんな言葉が出てしまった。
「ああ、クロノス。いらっしゃい」
「ご機嫌斜めですか?」
「弊害がね」
「弊害?」
「だってクロエが落ち込むから」
そんなに気を遣わなくてもいいのにね、と謎の呟きを残し、物思いに耽るように目を閉じてしまったので続けて何か訊くこともできず。
「クロエちゃん」
「あ。クロスおねぇちゃん!」
クロエに声をかけてみた。
「いらっしゃいませ、どうしたの?」
「ハロウィンの時にした約束を果たしに来たのですが……どうかなさったんですか?」
料理を教えてあげると約束したので、レシピ本や材料を買ってやって来たのだが、ご覧の状況。
「リンスのしゃしんがね、しらないあいだにとられてて、みんなもってて、それでつかれちゃったのよ」
なるほど、状況は把握した。
けれど、今リンスが悩んでいるのは、そのことについてじゃない気がする。クロエが落ち込む、というのも謎になるし。
「他に何かありました?」
「んーと……わたしがはんにんをさがしにいって、でもみつからなくて、しょんぼりしてたの。それくらいかしら」
全て合点がいった。
「クロエちゃんは説明上手ですね」
「??」
なんとはなしに褒めて、頭を撫でるとにこーっと笑顔を向けられた。可愛い。
――リンスさんの写真があるということは、クロエちゃんの写真もあるのでしょうね。
だってこんなに可愛い子だもの。もしもないならそれはそれで怒って良い気がする。
「それでお困りなのですね」
「そう。もう、くらくなるから、わたしはそとにいかないほうがいいっていわれたし……わたし、やくにたてないのね」
再びクロエがしょんぼりとした様子で言うから。
クロスはクロエを抱っこした。
「クロエちゃんは、リンスさんの為にって行動を起こしたんでしょう? それは他でもないクロエちゃんの意志で、クロエちゃん自身が頑張ろうって思ってやったこと。その頑張りは誰にも否定できません。
そして、頑張れる人は、素敵な人です。結果が出なかったからって、思い詰める必要はありません」
今回がダメなら、次回頑張ればいい。頑張れること、それだけで凄いことだと思うのだ。
「私は頑張る人が好きですよ。だからというわけではありませんが、クロエちゃんのことも大好きです。ですのでそんなクロエちゃんの力になりたいから、写真の流出を止めてみせます」
抱っこから解放して、クロスは入ってきたばかりだがドアへ向かう。買ってきた材料やレシピ本は置いて行こう。また今度、近いうちに教えに来よう。
「料理を教えるのは、また今度になってしまいますが……必ず教えに来ると約束しますので、今日は許して下さいね」
見送り、とばかりにちょこちょこ付いて来たクロエにそう言うと、しっかり深く頷いた。
良いお返事です、と頭を撫でて、街へ向かう。
*...***...*
「リンスゥ!!!」
今日も、新堂 祐司(しんどう・ゆうじ)は賑やかな登場だった。久し振りにドアを破損しながら工房に突撃をし、勢いを殺さないままリンスの目の前まで転がって行って――びしりと写真をつきつけた。工房に入る直前、見かけたこともない集団が眺めていたリンスとクロエの写真だ。これに関して問い詰めたくてちょっと借りてきた。
「なんだ、この写真は!!?」
「なんだって、」
「なぜ、写真に撮られるのに俺様を頼らなかった!! 俺様が色々セッティングしてやったのに!!! この写真は上手いがな、上手いが華が足りん!! 派手さが足りん!!」
こっちが知りたい、とでも言いたそうなリンスの言葉を封殺。先手を打って言いたいことを言う。
「遊び心が足りな――」
「あんたには遊び心がありすぎなのよ」
と、背後から氷点下のツッコミと共に岩沢 美咲(いわさわ・みさき)の拳が飛んできた。天井すれすれまで吹っ飛んで、着地。
「……すごいね、直角に飛んだね、新堂」
「こら、名前で呼べと言っただろう」
「こだわるね」
「お前もな」
ぶん殴られた影響できしんだ首をコキリと鳴らして元通りに回復しつつ、リンスの様子を見た。
疲れているように見えた。それから、少し掏れたようにも。
「ねえ、……大丈夫?」
祐司が素直に心配の言葉を投げる前に、美咲が訊いた。
――そういえば、異変に気付いたのも美咲だったな。
人形の大量発注を美咲に頼んで電話してもらった時、「なんか様子が変よ」と言うので店を臨時で早く閉めてやって来た。
――案の定というわけだな。美咲の勘は凄いのか。
脳内メモに刻んでおいて、事の発端である写真を見る。
上手く撮れている。そして、どこかで見た覚えがある気もした。はて、と首を傾げているうち岩沢 美月(いわさわ・みつき)と目が合う。
「なあ、美月。何か見覚えないか、この写真」
「さあ?」
普段よりも割増つっけんどんな美月の言い草にも、違和感。
「ハーブティとか飲める?」
「うん。嫌いじゃない」
「じゃ、淹れてあげる。落ち着くわよ」
てきぱきと美咲が物事を決定し、動く。
その横で岩沢 美雪(いわさわ・みゆき)はクロエの手を握っていた。
「手、ぎゅってしてると安心するんだよー」
にこ、と笑ってそう言ったのは、少しでも元気になってもらいたいから。
その言葉をきっかけに、クロエがリンスの手を握った。
「リンスも、ぎゅー」
「はいはい、ぎゅー」
「あとねあとね。これ、プレゼント!」
差し出したのは、禁猟区をかけたお守り。
「……美雪。安産祈願って……」
「え? よくわかんなかったから、きれいな色のお守りにしたんだ〜♪」
リンスに渡したお守りに書かれていた『安産祈願』が何を意味するのか分からず。他にもどれがどういう意味なのかわからなかったから、単純にちりめんが綺麗な色のものを二つ、選んできたのだ。
余談だが、クロエの首に下げられたお守りには『安全運転』と書かれていた。暴走車のように走ることのあるクロエだからある意味合っていたと言える。が、それは美雪の考えの及ばぬところの話。
「ありがとね」
「きれいー♪ みゆきおねぇちゃん、ありがとう!」
説明に、二人が笑ってくれたから嬉しくなる。
「にこにこしてると、元気だよ!」
出てきたら退治してやろうと思っていたもやもやは出てこなかった。顔色も、そんなに悪くない。
心配していたよりも、ずっと良かったのかな。そう思うと、なんだかほっとした。
「お茶、入ったわよー。クロエちゃんと美雪にはココアの方が良かったかしら?」
「ううん、わたし、おちゃすきよ! ココアもすきだけど」
「私も美咲お姉ちゃんが淹れるお茶好き〜」
三人の前にティーカップが置かれ、一時手を離してお茶を飲む。
「美咲ー、俺様の分は?」
「自分で淹れれば? 元気なんだし」
「ふ……俺様が紅茶の淹れ方までマスターしたら、とんでもなくなんでも出来るスーパー超人になってしまうぞ?」
「はいはい、勝手になってください」
「……少しは漫才に協力をだな?」
「そうね、祐司みたいなのでも話してると楽しいわよね。
というわけで、リンス。仕事は少し休んで、このバカとバカな話をして気分明るく保ってなさいよ。精神が崩れたら体調も崩れるのよ」
私はメイドらしく、できることをするわ。とエプロンを付けて掃除を始めたので、美雪もそれに倣った。
「ねえねえ美咲お姉ちゃん」
「ん? 美雪は座っていていいのよ?」
「ううん、お姉ちゃんのお手伝いする」
「そ? 良い子」
頭を撫でられる感触がくすぐったくて笑って、ふと思い出したことを呟いた。
「あの写真、紺侍お兄ちゃんが撮ったものに似てるね」
「…………あっ!」
言われて初めてそれに気付いたとばかりに、美咲が驚いた声を上げる。
「……まさか、いや。ね……」
それから何かを考え始めてしまった。
美雪は難しいことを考えるのは得意ではない。
だからせめて、美咲が考えに集中できるようにと掃除の仕事を請け負うことにして。
ふっとリンスやクロエが気になって振り返ると、
「何かあったら俺様に相談しろ。力になってやるからな! 俺様がいれば百人力だぞ? ふはははは!」
「ひゃくにんりきってすごい?」
「ああ! とーっても、すごいぞ。だから、どーんと頼れ。な?」
そうやって、祐司と一緒に笑っていた。
一方、工房裏手。
――ふん、これくらいの事でで……脆弱な。
工房に閉じこもっていたリンスを思い出して、美月は毒づく。
だけど、罪悪感を感じていた。だから工房内に居られなかった。
携帯を取り出し、メール画面を開く。
『首尾はどうですか』
素早く入力して送信。間もなくして、携帯が震える。
『言われた通りに。上々っスよ、ご心配なく』
そのメールの送信者は――紡界紺侍。
ぱたん、携帯を閉じてポケットに仕舞い。
顔を上げると、
「……姉さん?」
「美月、ちょっといいかな」
美咲が目の前に立っていて、一歩退いた。
すぐに、壁にぶつかった。
退路はない。
*...***...*
今日は、工房の周りに人がいいっぱいいる。
チャンスだ。アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は、そう考えて人混みに紛れ、工房内に入り込んだ。
もしもこれが動いたら。喋ったら。
それは人形やおもちゃで遊んだことがある者ならば、誰もが一度は思ったことがあるだろう。
作った人形に、魂を込める人形師が居る。
そんな、昔抱いていた憧れを刺激するような噂を聞いたのは随分前のこと。
噂を聞いてからずっと、気にはなっていた。だけど一人で入る度胸がなくて、工房の近くまで来てしばらく眺めては引き返す。そんなことを繰り返していた。
今日もそうなるだろうなと、半ば諦めて来ていたのに。
今日はなぜか人がいっぱい居て、どさくさにまぎれて入ることに成功した。
扉をくぐるとそこは、不思議の国の御伽の世界。
――だってそうだろう?
――ここは、その『もしも』が叶うお店なんだから。
胸が高鳴る。
期待に全身が震えた。
人形を手に取って、それをじーっと何分間も眺めてみたり。
同じ棚の前を行ったり来たりしたり。
色々な角度から眺めてみたり。
スカートを吐いた女の子の人形を下から見て、
「……かぼちゃぱんつ?」
「どろわーず、っていうのよ!」
思わず漏らした感想に、小学校低学年くらいの女の子――知ってる、クロエだ――から声をかけられて「うひゃあ」と驚いたり、ハタから見たら怪しさ大爆発の様相。
いくつもある人形だけど、
「……どの子も動いたり喋ったりしないんだなー」
ふとした疑問を口にした。
「しゃべるおにんぎょうは、いないのよ」
疑問に答えたのは、クロエ。
「リンスは、つくったおにんぎょうからすぐにたましいをぬくの。そらにかえすのよ」
「はー……なるほど。
……なあ、相談なんだけど……その、動いて喋る人形を作ってもらったりなんて、できるか?」
「わかんない。リンスにきく?」
案内するようにクロエが先行して歩き、ソファに座っていた人形師に声を掛けた。
「おきゃくさま!」
「いらっしゃいませ」
「ども」
無愛想な挨拶にぺこりと頭を下げて。
「……動いて喋れる人形を作ることは、できるか?」
「それはつまり、魂を抜くなってこと?」
こくり、頷くと無表情な顔のまま黙られた。何を考えているのか分からない。
――駄目かな。駄目かも。
異例の発注であるのだろう。沈黙は長く、
「いいよ」
けれどあっさり、頷かれた。
「だけど、どんな子が中に入るかわからないからね。可愛い女の子の姿に中身はオッサンとかだって有り得るからね。そこ、保証しなくていいならいいよ」
想像してみた。
アリかナシかで言うなら、
――アリ、か?
「頼んだ!」
「じゃあこれ、発注用紙。記入したら俺でもクロエでもいいから、渡して。ペンは……」
「持ってるのでお構いなくっ!」
ノリノリで書く場所だけ借りて、さかさか記入。
頼む人形は決まっていた。
不思議の国のアリスの主人公、『アリス』。
夢だった。憧れだった。
それが叶う日が、近い。
嬉しくて、目尻が下がったり口角が上がったりするけれど気にしない。怪しさ大爆発アゲインでも気にしない。
発注用紙と、他にも気に入った人形を複数持って、リンスのところへ向かった。
「これください!」
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