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第3章 チョコレート・フォンデュ

 フェスタの開催時刻になると、鼓笛隊が現れ、メインストリートを行進し始め、ハート型のバルーンがあちこちで上がった。街中が甘い香りに包まれて、あちこちにオープンカフェやチョコレートのお店が出ている。
「今日は人が多いからな。迷子になるなよ」
 夜月 鴉(やづき・からす)は、ユフィンリー・ディズ・ヴェルデ(ゆふぃんりー・でぃずう゛ぇるで)の手を引いているアグリ・アイフェス(あぐり・あいふぇす)を振り返りながら言った。この人の多さでは、はぐれたら探しだすのが大変だ。どうやらまったく人の話しを聞いていないユベール トゥーナ(ゆべーる・とぅーな)の頭を小突いて、もう一度「迷子になるなよ」というと、トゥーナは「うっさい!」と返しつつ、物珍しげに周りをきょろきょろと見回している。これは、今日は苦労しそうだな……と思いながら、鴉はお菓子に彩られた建物を眺めた。
 フェスタの開始とともに、お店がオープンし、メインストリートはどこも甘い香りに包まれている。趣向を凝らしたお店を見てまわるだけでも、十分に楽しめそうだ。そしてそれだけに、人も多く集まってきている。
「イランダ、迷子になるなよ」
 柊 北斗(ひいらぎ・ほくと)は、すれ違った団体の男性が注意していた言葉を聞いて、はぐれたら大変だな、と思った。
「私、迷子になったりしないわ」
 イランダ・テューダー(いらんだ・てゅーだー)は、いつもなら怒りだしそうな北斗のセリフも、フェスタに来られたことが嬉しいのか、あっさりと受け流した。
「それより、そんな早く歩かないでよ。私、もっとゆっくり見てみたいんだから!」
 イランダは人ごみの間から飛び跳ねるようにお店を見ている。
「ああ……すまん」
「きゃっ」
 人ごみにイランダの小さな身体が流されそうになる。北斗は少し迷った表情を浮かべてから、イランダを抱き上げた。
「これで、見えるか」
「もうっ、子ども扱いしないでっ」
 言いながらもイランダは、おろして、とは言わなかった。気になるものがあるのか、じっと一点を見つめている。
「あの看板……なにかしら?」
 イランダが見つめる先には、なんだか緑色の物体が描かれた看板が掲げられていた。

「そこの美味しそうなお洋服を着たおねーちゃんっ♪手作りのチョコレート、いかがですかっ?!」
 広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ) と一緒に歩いていたウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(うぃるへるみーな・あいばんほー) は、服のことを言われて、思わず立ち止った。フィリアさんは似合ってるって言ってくれたけど、やっぱりこれ、ヘンなのかしら〜!!ウィルヘルミーナは、自分の白地に赤いハート柄のフリルワンピースの裾を見て、真っ赤になった。
「えへへー。ファイのお洋服、美味しそうっ?」
 ファイリアが自分のイチゴやチェリー柄のワンピースを指して、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)にうれしそうに答えている。……ボクのことじゃなかった、とウィルヘルミーナは、ほっと息をついた。
「うんっ。おいしそうだねっ!で、チョコレート、買っていかないっ♪」
 ミルディアはイシュタン・ルンクァークォン(いしゅたん・るんかーこん)の持っているカゴの中身を見せた。いかにも手作り、といった風情の色とりどりのチョコレートがカゴいっぱいに入っている。
「うわぁっ。スゴイですー」
「手作りチョコレートの材料とレシピも売ってるんだ。よかったら、作ってみない?」
 ミルディアにそう誘われると、ファイは目を輝かせた。
「えー。ファイも作ってみたいですー。すぐに作れるですか?」
「大丈夫だよっ。すぐそこのお店だからっ」
「ファ、ファイリアさんっ。先にいろいろ見て回るんじゃなかったんですか?」
「んー。でも、時間かかるなら、先に作ったほうがいいですー、よね?」
「……あたいも、手伝うから大丈夫だよ」
 イシュタンの言葉に、ウィルヘルミーナも頷いて、二人はお店へとついていくことにした。
「あっ!手作りチョコレート、いりませんかっ?」
 ミルディアは、お店の前でもカゴを持ってお客様に声をかけていた。リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)は、元気なミルディアの声に、足を止めた。篠宮 悠(しのみや・ゆう)は、ミルディアの持っているカゴを興味深そうに覗き込んだ。
「ふむ。悪くなさそうだ。これとえーと……なんだ、コレ?」
「それは、イシュタンの力作!チョコレートサイダーです!」
「チョコレートサイダー?」
 この青い部分はミントではなかったのか……と、リースは首を傾げながら、チョコレートをつまみあげた。悠がチョコレートをいくつか選んで買い取っている。すぐに食べるので、と言って小さな紙包みにチョコレートを入れてもらっている。オープンカフェもいいけれど、今日はチョコレートの食べ歩きをしようと、悠とリースは、歩きながらショップを覗いて回った。
「チョコレートサイダー、食べてみるか?」
 悠は楽しそうな表情を浮かべ、リースに勧めた。えっ、とちょっと困った顔を浮かべるリースを楽しみながら、ほら、とつまんだチョコレートをリースの口に放り込む。
「……んむっ、けほっけほんっ……!!」
 決してマズいわけではない。ウマいわけでもないが、マズくはない……けど!
「もう、悠さんも食べてくださいっ!」
 リースはお返しとばかりに、悠の口にちょっと照れながらチョコレートサイダーを放り込んだ。
「む!……むぐむぐ。お!思ったよりはマズくない、な」
「私を実験台にしないでくださいっ!」
 リースがむくれてみせると、悠はリースの頭をなでなでした。そして、視線の先に見つけた看板を目線で示して
「おい。今度はアレ、食べてみるか」
 その先には、やけにリアルなカエルの絵と『カエルパイ』の文字。
「カエル、パイ……」
 その店先で、同じように看板を見上げているのは、イランダを抱っこした北斗だった。イランダにねだられて来てみたものの、そのあまりにリアルなカエルの絵に、若干、引かざるを得ない。
「コレ、食えるのか……?」
「食べられないものを売ってるわけないじゃない」
 イランダは、そう言いつつも、買いに連れていけと言わない。強がっているものの、やはりこのカエルの絵がリアルすぎるのだろう。誰だこの看板を描いたやつは。
「北斗!ほら、いってみよう、よ!」
「無理しなくても、もっとうまそうなモノ、いっぱい売ってるぞ……」
「無理なんてしてない!行くったら行くの!」
 抱っこされている身で、ずいぶんとえらそうなモノ言いである。しかも、カエルの絵が怖いのか、イランダは北斗の服をぎゅっとした。
「まぁ、おう。大丈夫だ」
 北斗はそんなイランダを可愛いな、と思いつつ、店の中へと足を向けた。

「いらっしゃいませ!」
 橘 舞(たちばな・まい)がにこにこと来客を出迎える。気合いを入れてディスプレイをしたのに、どうも客足がよくない。店先まで来る人はたくさんいるのに、なぜかなかなか中にまで足を向けてくれないのだ。
「ここでは、何を売ってるの?」
 ユベール トゥーナ(ゆべーる・とぅーな)は、きょろきょろとしているユフィンリー・ディズ・ヴェルデ(ゆふぃんりー・でぃずう゛ぇるで)が、勝手に店の中に触らないように気をつけながら、舞に聞いた。
「カエルパイ、です」
「じゃあ、あの看板は間違いじゃないんだな」
 夜月 鴉(やづき・からす)は、納得したような納得してないような顔をして頷いた。アグリ・アイフェス(あぐり・あいふぇす)は「でも、カエルがいないですね……」と真面目な顔して呟いている。
「カエルパイって言っても、カエルがそのまま置いてあるわけじゃないわ。お菓子よ」
 ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)は、試食用のカエルパイの入ったカゴを4人に勧めた。中には、ホワイトチョコレートで包まれた薄いパイが、一口大の大きさに切られて入れられている。
「美味しいですよ?」
 舞が勧めると、ユフィが手を伸ばした。
「ホントだ!」
 カエルパイは、地球のバレンタインとはちょっと違いますけど、と思いながらアグリも一緒に手を伸ばす。
「あら、美味しい」
「美味いのなら、もったいないな、アレ」
「なんですか?」
 舞が鴉の視線に気付いて、振り返った。舞はどうやら今まで気がついてなかったらしい。リアルなカエルの絵に。
「ブ、ブリジットー!」
「アレなら、今朝、看板屋のおじさんが持ってきてくれたのよ。気合い入れて描いたって言ってたからうれしいわ」
「知ってたの?」
「看板持ってくるの遅くなったから、って重いしセッティングしていってくれたのよ。どうかした?」
「……ブリジット、あのカエル、怖いわ……」
 その後、看板屋さんにも申し訳ないけれど、力作を裏に置かせてもらったことは内緒である。