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ひとひらの花に、『想い』を乗せて

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ひとひらの花に、『想い』を乗せて
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序章 『狩人』達の山

「だいぶ雪が酷くなって来たわ。そろそろ、戻りましょう」
「……そうだな」

 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の言葉に、樹月 刀真(きづき・とうま)は、愛用の大剣を鞘に収めながら、立ち上がった。
彼の足元では、今しがた屠ったばかりのサーベルタイガーが、雪面を血と臓物で真っ赤に染めている。
 
刀真達が、こうしてマレンツ山で『狩り』を始めてから、もう4日になる。

“療養中の御神楽 環菜(みかぐら・かんな) のために、ミヤマヒメユキソウを採りに行く”という募集を見た時、刀真は、“登山の脅威となる野生動物やモンスターは、入山前に片付けておくのが、より合理的ではないか”と考えた。
そこで、本隊が到着するよりも数日前から山に入り、狩りを続けているのである。
刀真は既に、数頭の獣を仕留めていた。

「あっという間に吹雪いてきたな」
「『山の天気は変わりやすい』とはよく言うけれど……」

 2人がサーベルタイガーと戦い始めた時は、空は快晴だったのだ。あれからまだ10分も経っていないというのに、2メートル先の月夜の顔が見えない程、激しく雪が降っている。

「これは驚いた。儂等以外にも、『抜け駆け』する者がおるとはな」

 朗々と響く声に、刀真と月夜は同時に振り返った。いつの間に近付いたのか、数メートル先に黒い影が立っている。吹雪のせいで、気づくのが遅れたようだった。
 影が、雪を踏みしめて来る足音に、2人は身構えた。

「奴等の露払いとは、ご苦労なことだ。余程、御神楽 環菜が大切と見える」
「キサマ……三道 六黒(みどう・むくろ)!」

 皮肉な笑みを浮かべる六黒を、刀真は怒りを込めた目で睨みつけた。刀真達と六黒は、これまでに幾度か、戦場で刃を交えたことがある。

「キサマ、ここで何をしている!」
「それを、うぬが我に聞くか?知れたことよ」
「また、邪魔をするというのだな」

 背負った大剣を鞘走らせる刀真。月夜は、すかさず六黒と距離を取る。

「クックック……。そう来なくては、な」

 剣を抜く刀真に、六黒はさも楽しげにそう言うと、腰溜めに構えた。その全身から、目に見えぬ何かが放たれ、刀真と月夜をビシビシと打つ。闘争心と殺意に突き動かされる者のみが放ち得る、禍々しい気だ。

「キサマ一人で、俺達に勝つ気か?今日こそ、冥土に送ってやる!」

 これまでの立ち合いで、自分の方が腕が上なことは分かっている。ただ今までは、六黒の逃げ足の速さに、止めを刺し切れなかっただけだ。

「誰が、一人と言いましたか?」

 六黒の背後から声が響いた。見ると、明らかに人を遥かに上回るサイズの影が、幾つも立っている。

「先程六黒が、『我等』と言ったのを、聞いていなかったのですか?」

背後に、幾人もの巨人を引き連れた両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)が、嘲るように言った。
 白い肌に、薄青色の髪。ゆうに5メートルは有りそうな体躯。フロストジャイアントだ。

「魔物と、手を組んだのか!」
「彼等は、アナタ達に自分の住処を踏み荒らされるのがお嫌なのですよ」
「『敵の敵は味方』という訳だ」

 語気を荒げる刀真に、悪路と六黒は平然と答える。

「幾らアナタ方でも、この吹雪の中、これだけの人数を相手に、突破出来ますか?」

 わずかの間に、雪は膝にまで達しようとしている。しかし、その積雪もジャイアントにしてみれば、くるぶしに届くか届かないかという程度でしか無い。しかも、ジャイアントは雪や風、寒さに完全に耐性を持っている。形勢は、明らかに不利だ。

「刀真……」

 月夜が、不安気な声を上げる。
 その声に、 “ギリッ”と奥歯を噛む刀真。それが、戦いの合図となった。



「よし、みんな。聞いてくれ」

御上 真之介(みかみ・しんのすけ)の声に、全員が一斉に御上に注目した。それまで、メガネを外した御上をポーッと見つめていたような生徒達も、御上の厳しい表情に気を引き締める。
今ここにいるのは、一般の生徒を含め総勢で100人ほど。皆、実際に雪山に登る、厳しい訓練に耐えた生徒達ばかりだ。
 
一行は今、ヒラニプラ市内にあるホテルの一室に集まり、最後のミーティングを始めようとしていた。
このホテルの手配もそうだが、今回の登山は、シャンバラ教導団の全面的なバックアップを受けていた。同じ西シャンバラ王国に属する盟友である教導団も、御神楽 環菜の復帰は、1日も早い方が望ましいと判断していた。
一行は今晩ここに泊まり、明日、日の昇らぬ内にマレンツ山を目指すことになる。

「今回君達の登るマレンツ山は、未だ正式な調査登山がされたことのない、いわば『未知の山』だ。その山を、これだけの大人数で、しかもこの厳寒の時期に登るなんて、はっきり前代未聞の出来事だ。だが、僕達はなんとしても、この登山を成功させなくてはならない。環菜さんや、みんなの想い人の為に」
 
そこで御上は、言葉を区切る。

「でも、その為に、君達が犠牲になるようなことがあってはならない。その時には、君達の『想い』が、却って想い人の負担になってしまうからだ。僕は、花を持ち帰ることよりも、君達の身の安全を第一に考える。だから、君達も決して無理はせず、自分の身を守ることを考えて行動してくれ。以上だ」

「それじゃあ、これから全体の班編成を発表する。一度しか言わないから、よく聞いてくれ」

 御上の出発前の挨拶を受け、閃崎 静麻(せんざき・しずま)が口を開く。今回静麻は、御上の補佐を買って出ていた。

「すみませーん、資料がないんですけどー?」

 生徒の1人が手を上げる。

「あ!ゴメン、今持ってくから!」

泉 椿(いずみ・つばき)が、資料の束を抱えて駆けて行く。
椿は、“円華の後見人である御上に、護衛がいないのは危険だ”ということで、御上個人の護衛を名乗り出ていたが、雑用も率先してこなしていた。

 静麻が御上の補佐に名乗り出たのには、“自分の知らないやり方や知識を覚えられるし、何よりラクが出来るだろう”という計算があったのだが、これは見事に外れてしまった。
 自分が名乗り出た途端、御上は事務手続きなどの雑務全てを自分に押し付けてしまったのである。

それで御上は何をしてるのかというと、現地を統括している教導団の連中から情報収集をしたり、知人の登山家と登山ルートの検討したりと色々とやっているらしいのだが、100人からの移動手段や物資の確保、それに健康診断や訓練会場の手配を、ほぼ1人でこなさなければならない静麻に、それを盗み見るヒマなどない。

一刻も早く全ての作業を終わらせようと、パートナーの手も借りてしゃかりになって働いたものの、結局、御上から『技』を盗むことも、ラクすることもまるで出来ずに、今日に至ってしまったのである。

「どうしたこんなコトに……」

 この2週間余りの間、静麻は、何回そう呟いたかしれない。

「お疲れ様です」

 一通りの説明を終え、椅子にもたれてへばっている静麻の目の前に、コーヒーが差し出された。顔を上げた静麻の目に、優しく微笑みかける五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)の笑顔が飛び込んで来る。

「……どうも」

 不貞腐れたような顔のままコーヒーを受け取り、力無く啜る静麻。

「良かったですね、無事に間に合って。間に合わなかったらどうしようって、ドキドキしちゃいました」

 静麻の隣でコーヒーに口をつけながら、ちょっとおどけた様に言う円華。その手に握られたステンレスのマグが、どこか彼女には不釣合いに見える。

「お陰で俺は散々でしたよ。見てたんなら、手伝ってくれりゃいいのに」
「私も、初めは手伝おうとしたんですよ。でも、御上先生が……」
「御上教諭が?」
「『彼は、組織がキライみたいだからね。今の内に、人の管理や事務仕事なんかも出来るようになっておいた方がいい』って」
「ワザと?」
「はい。『僕も教師になってから苦労したからな。若いウチの苦労は、買ってでもしておいたほうがいい』と、そうも言ってました」

 御上の口調を真似て、円華が言う。

「てっきり、面倒事を押し付けられただけだと思ってたんだがな……」

 “ヤラれた”という風に、苦笑する静麻。
 言われてみれば、確かにこの2週間の間に、以前は知らなかったやり方も知識も身についている。どうやらこれも、御上一流の教育方法、ということのようだ。ラクはさせてもらえなかったが。

「ねぇ、円華さん?」
「何です?」
「御上教諭のこと、どう思います?」
「ど、どう……ですか?」
「あぁ、いえ。その……『先生』として」
「先生として、ですか……」

 何故か、ホッとした顔をする円華。
 御上は、蒼空学園の教師になる前、何年か円華の家庭教師をしていたと、静麻は聞いたことがある。2人は、その頃からの付き合いなのだそうだ。

「そうですね……。『生徒の気付き』を、凄く大切にする先生ですね」
「気付き……」

そう呟く静麻の視線の先では、御上が、生徒達に何事か指図している。

「何か、気が付かれました?」

 静麻の様子を察し、円華が水を向ける。

「そうですね……。“ラクして身に付く知識はない”ってコトですかね。あと、御上教諭が見た目よりも『狸』だってコトです」
「まぁ……、タヌキですか?」
「あぁ。日本では、したたかな人のことを、そう呼ぶんです」
「したたか……。そうですね。大人ですから、先生」
「大人、ね」

 円華と目を見合わせ、フッと笑う静麻。自分では年よりも老成しているつもりだったが、どうやら、まだまだなようだ。



(待っていて下さい。貞継様。白姫が、必ずお花をお届け致します……)

「白姫様。樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)様ではありませんか?」

 ずっと、自分の思いの中に沈んでいた白姫が顔を上げると、そこに、初めて見る女性が立っていた。

「お初にお目にかかります。葦原藩の五十鈴宮 円華と申します」
「えぇ!円華様ですか!?ご主人様、『白雪の想い』をかけて下さる五十鈴宮 円華様ですよ!」

 白姫が口を開くよりも早く、侍女の土雲 葉莉(つちくも・はり)が声をあげる。

「まぁ……。そうでしたの。気付きもせず、申し訳御座いません。樹龍院 白姫にございます」

 優雅に礼をする白姫。葦原藩の大奥で暮らす白姫は、世事に疎い。ファッションブランドを展開している円華は、最近ではそれなりにメディアにも取り上げられているのだが、そうした物とは縁のない生活を送っている白姫は、円華を見るのはこれが初めてなのだった。

「お話は、ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)様から伺っております。鬼城 貞継(きじょう・さだつぐ)様のため、深山姫雪草を採りに行かれるのですよね?」

 葦原藩の前藩主、鬼城貞継は、マホロバのためにその身を捧げ、結果、廃人となってしまっていた。白姫はその貞継の側室であり、現将軍鬼城 白継(きじょう・しらつぐ)の生母でもあった。

「はい、左様にございます……。少しでも貞継様のお役に立てればと、我が身の無力も顧みず、此度の義挙に、手を挙げさせて頂いた次第にござります。御神楽 環菜様や皆々様には申し訳ござりませぬが、この身勝手、何卒お許し下さいますよう……」
「ご、ご主人様……」

 さらに深く頭を下げる白姫。その手を、そっと円華が取る。見れば、白姫の手は無数の傷に覆われている。恐らく、参加希望者に義務付けられた登山訓練で出来た傷だろう。
 そのことに気付いた円華は、白姫の手を押し抱くようにして、言った。

「頭をお上げ下さい、御方様。愛しき人を想う御方様のご心中、この円華、お察し致します」
「円華様……」

 優しく笑いかける円華に、思わず涙ぐむ白姫。

「ですが、これよりの道行は、御方様のような尊き方には、あまりに険しき道。先程御上先生のお言葉にもございましたけれど、決して無理はなさいませぬ様。何か困ったことがお有りになりましたら、遠慮無く、私や御上先生に仰って下さいませ」
「円華様。お心遣い、痛み入ります……」
「葉莉様。白姫様にもしものことがあっては、この円華、生きて葦原藩には戻れません。御方様のこと、くれぐれもお頼み致しますよ」
「はい、誓って!」

 2人のやり取りにもらい泣きして、すっかり顔をグシャグシャにした葉莉は、その涙を拭おうともせずに、頭を下げた。



「どうですか、森下さん?カメラ、使いこなせそうですか?」
「バッチリです、泪さん!今、しっかり撮れてますよ!」

 撮影用のカメラを構えた森下 冬希(もりした・ふゆき)は、卜部 泪(うらべ・るい)に親指を立ててみせた。
 蒼空学園報道部に所属する森下は、泪の反対を半ば押し切るようにして、撮影助手の地位に収まっていた。

「そ、そう……?なんだか、少しフラついてるみたいですけど?」
「な、何のこれしき、たかが10キロや20キロ……」

 泪が用意したカメラは、テレビ撮影用の本格的なモノだ。屋外での撮影用に軽量化が図られているとは言え、カメラだけでも優に10キロ以上、器材一式を含めると、30キロ近くになる。

「大丈夫ですよ。撮影の時以外は、俺が担ぎますから。それに、ヘイズもいますし。な?ヘイズ?」

如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が、パートナーのヘイズ・ウィスタリア(へいず・うぃすたりあ)の肩を“バンッ ”と叩きながら請け負う。

(いつの間にか、僕も勘定に入ってるんだね)

泪に聞こえないように、小声で苦情をいうヘイズ。

(オマエもリア充ならリア充らしく、俺のリアルの充実にも協力シロ?)

「悪いわね、ヘイズ君までこき使っちゃって」
「いえいえ。僕で良ければ、幾らでも協力させてもらいます」

 そう言って、にっこりと笑うヘイズ。こう言った辺り、実にソツがない。

「有難う。撮影が上手く行ったら、ゴハンでも奢らせてもらいますね♪」
「え!?デートですか!やったぁ!!」
(イヤイヤ。僕もいるし)
(リア充自重シロ!)

「森下さんも来ますよね?」
「行きマス行きマス〜!」
「……デスよね〜」
 あからさまに落胆する正悟に、ツツッと歩み寄る森下。

(オヤオヤ〜。如月さん、泉姉妹だけでは飽き足らず、今度は泪先生とは。流石おっぱい党党首はちが……モガガッ)

「ん?どうしたの、森下さん?」
「いえいえ〜、何でもありません〜」

 泪に愛想笑いを返しながら、必死に森下の口を塞ぐ。

「モ、モガモガ……」
「どうした!大丈夫か、森下さん!ナニ?“カメラが重くて肩が痛い”?それは大変だ!先生、ちょっと彼女を救護班のトコロに連れて行きます!」
「あら……。大丈夫、森下さん?ホント、無理しないで下さいね」

 まだ何か言おうと必死にもがく森下の口を押さえ付け、“人さらいもかくや”という勢いで連れ去る正悟。
 泪は、そんな2人を不思議そうに見つめていた。