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あなたの街に、魔法少女。

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あなたの街に、魔法少女。

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●平和が一番ですー。何も争いが起きないのなら、それが一番ですー。

「はー、ここ最近ずっと『豊浦宮』に篭もりっきりで、流石に疲れましたー。
 今日は外回りということにしますー」

 そんな理由をつけて『豊浦宮』を抜け出した豊美ちゃんが、空京の街を歩く。今日は馬宿も所用で外出していたため、外出を咎められることはなかった(……まあ、菫たちは今頃愚痴をこぼしているかもしれないが)。
「平和が一番ですー。何も争いが起きないのなら、それが一番ですー」
「お願いしまーす。『魔法メイド喫茶 きゅあ☆はにー』、本日開店でーす」
 そんな呟きを漏らした豊美ちゃんの耳に、街頭でビラ配りをするミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)の声が届く。
「あっ、そういえば今日でしたー。ええと、場所はどこでしたっけー……」
 その声を聞いて豊美ちゃんは、先日武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)から受けた話を思い返す――。

「俺がマホロバに作った冥土喫茶の支店を空京に出店しようと思うんだが、従業員のメイドさんは全員魔法少女という目玉を用意したい。
 無論、ただで魔法少女を借り受ける真似はしない。話によれば、『INQB』という会社が企画した旅行ツアーに参加した人達が、心的外傷を受けていると聞く。『豊浦宮』では、未だ行方不明になっている参加者の捜索も行っているとも聞いた、それらはどちらも、費用がかかるだろう」
「そうですね。あなたの言う通り、相応の資金が必要になるでしょう。場合によっては、短期的にではなく、長期的に支援を行う必要があるでしょう」
「そこでだ、売り上げの一部を被害者への治療費、あるいは行方不明者捜索のための資金にしようと思う。こちらの方で財産管理を行い、そうだな……純利益の三割を募金、という形でそちらに寄付したい。その後の使い道は『豊浦宮』で検討してくれ。
 ……どうだろうか?」
「私はいい案だと思いますー。ウマヤドはどうですかー?」
「おば……豊美ちゃんに否定意見がなければ、私の方からは特にございません。
 分かりました、では、この話はお受けするということで、詳細に移りましょう」

 豊美ちゃんと馬宿、それと牙竜の三名で話し合った結果、牙竜が主催、『豊浦宮』が協賛のメイド喫茶が空京にオープンすることが決まり、そしてそのオープン日が今日なのであった。
「あっ、豊美ちゃん。今日はお休みですか?」
「ミーナさん、恵美さん、お疲れさまですー。私は外回りをしていたんですけど、皆さんのお仕事を見て、今日がメイド喫茶のオープン日であることを思い出しましたー。ごめんなさい、私に一枚もらえますか?」
 ミーナと一緒にビラ配りをしていた高島 恵美(たかしま・えみ)から受け取り、豊美ちゃんが場所を確認する。二人は『豊浦宮』所属として、魔法少女が関わっているイベントが順調に執り行なわれるよう、裏方作業に従事していた。
「えっと、ここからそう遠くないみたいですねー。じゃあ私、皆さんに挨拶をしてきますー。ぜひミーナさんと恵美さんもいらしてくださいねー」
「あ、うん、じゃあ、その時は!」
 二人に挨拶をして去って行く豊美ちゃんを見送って、ミーナがはぁ、と息を吐く。
「いいなぁ、魔法少女……」
 惚けた表情で呟いたミーナが、ハッと我に返って仕事を再開する。
(いけないいけない、今は『豊浦宮』の魔法少女さんのため、頑張らなくちゃ。……そして、ミーナもいつかは……)
 いつかは魔法少女宣言を豊美ちゃんにして、魔法少女になる。そのことを夢見て、今は仕事に専念するミーナであった。

(うー、みーな、ほんとうはまほうしょうじょになりたいの。
 ……そうだ! ふらんかがまほうしょうじょのおねえちゃんに、みーなをまほうしょうじょにしてっておねがいすればいいの!)
 そんな二人を、建物の影からこっそりと見つめていたフランカ・マキャフリー(ふらんか・まきゃふりー)が、何かいい案を閃いたような表情を浮かべ、たたた、と駆け出す。通りに出たフランカがきょろきょろ、と辺りを見回すと、視線の向こうに歩き去っていこうとする魔法少女、豊美ちゃんの姿を発見する。
「まほうしょうじょのおねえちゃん、まってなのー!」
 曲がり角を曲がった豊美ちゃんを追いかけて、フランカも曲がり角を曲がると、ちょうど地図を覗き込んでいた豊美ちゃんの背中にダイブしてしまう。
「ぴゃあ!」
「わ、ごめんなさいですー。大丈夫ですか、怪我してないですかー?」
 助け起こされ、服についた埃を払われたフランカは、心配そうに覗き込んでくる豊美ちゃんに、うん、と頷く。
「あのね、あのね。まほうしょうじょにしてほしいの」
 転んだ拍子に忘れてしまったか、それとも豊美ちゃんを目の当たりにして緊張したか、フランカが誰を、の部分を抜かして豊美ちゃんにお願いを言ってしまう。
「はい、いいですよー。あなたのお名前はなんですかー?」
「なまえは、えっと、ふりゃんきゃ!」
 しかも、名前は、と聞かれてフランカは、自分の名前を噛んでしまう。
「ふりゃんさんですねー。うーんうーん……決めました、ふりゃんさんの魔法少女名は、『魔法少女まじかる☆ふりゃん』ですー。
 私も『豊浦宮』の代表さんですし、魔法少女名を決める必要もありますからね、勉強したんですよー」
 そんなことを言って、あっ、と豊美ちゃんが思い出したような表情になる。
「ごめんなさい、私急がなくちゃですー。ふりゃんさん、これからよろしくお願いしますねー」
 ぺこり、と頭を下げて、豊美ちゃんが件の喫茶店へと足を向ける。
「まほうしょうじょのおねえちゃん、ばいばーい!」
 その後姿を見送るフランカが、「……あれ?」と首を傾げるのは、もう少し経ってからのことであった――。


「豊美ちゃんから話を受け、店長として赴任しました、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)です。
 ……あの、店の看板に『吹替声冥土喫茶 はにぃ☆とらっぷ』とあるのは一体……」
「ああ、この店は俺がマホロバに建てた『吹替声冥土喫茶 はにぃ☆とらっぷ』の支店という位置付けだからだ」
 牙竜から店の説明を受けた祥子は、店のサービス内容などはともかくとして、店の名前が怪しさ大爆発で、このままでは豊美ちゃんに怒られる可能性があることを告げる。
「同じオーナーの系列店でも、店名が違うことはよくあることでしょう。……というわけですので、店の名前は『魔法メイド喫茶 きゅあ☆はにー』でいかかでしょうか」
「むぅ……それで豊美ちゃんの機嫌を損ねずに済むのなら、やむを得ないな。分かった、従おう」

 『魔法メイド喫茶 きゅあ☆はにー』の店内を見回して、祥子がそんな顛末があったことを思い返していた。
 結局、祥子の提案により店の名前は変更になり、元々検討されていたサービスはそのまま行うということで話がまとまり、そして今日という日を迎えたのであった。
「色々あったけど、何にせよ、気軽に魔法少女と触れ合える場所は、必要よね。応援の魔法少女も来てくれるみたいだし、張り切っていきましょう」
 迫る開店時刻を前に、祥子が決意を新たにする。事前に伺った豊美ちゃんの話では、魔法少女な人や、魔法少女に興味があって、どういう仕事をしているのか見学したいという人に声を掛けて、実際に魔法少女の仕事振りを見てもらったり、場合によってはスタッフとして仕事に就いてもらうことを考えていますー、とのことであった。
「おはようございます、店長……でよろしかったでしょうか?」
 まず最初の一人、エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)が出勤してくる。『豊浦宮』の見習い魔法少女、『クッキングウィッチマギカ☆エイボン』でもある彼女は、このお店で主に調理を担当することになっていた。
「ええ、いいわよ。調理の方、よろしくね。私も今日のために用意した紅茶でサポートするわ」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
 ぺこり、と頭を下げて、エイボンが支度のために更衣室へと入っていく。
「到着ですー。さぁハルカちゃん、ここで魔法少女の何たるかをちゃんと勉強するのですよー」
「う、うんっ」(まぁ、リフィの期待を裏切るのもあれですし……それに、接客業なら既に経験してますしね……とはいえ、このような形で役に立つとは思いもしませんでしたが……)
 次に出勤してきたのは、豊美ちゃんへ弟子入りという形で『豊浦宮』所属となり、ここで主に接客を担当することになっていた緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)リフィリス・エタニティア(りふぃりす・えたにてぃあ)であった。
「接客の方、よろしくね。もし、他のお客様にご迷惑な方に当たったら、私を頼って頂戴。然るべき措置を講じて差し上げるから」
「あ、はい! よろしくお願いします」
「じゃあハルカちゃん、あっちでお着替えするですー」
 先輩魔法少女である祥子にぺこり、と頭を下げた遙遠が、リフィリスと共に更衣室へと向かう。そして入れ替わるように、更衣室から蝕装帯 バイアセート(しょくそうたい・ばいあせーと)によって魔法少女に変身した秋葉 つかさ(あきば・つかさ)が出てくる。
「病んでる系魔崩少女メイド☆つかさっ……ふふふ……あははははっ……こんな世界滅ぼすために颯爽登場ですよっ」
 どこかテンションがおかしい魔法少女な名乗りをあげ、つかさがフロアの準備にとりかかる。これで仕事振りがアレなら更迭も視野に入ったかもしれないが、しかしそこはきちっとしていたため、祥子はひとまず状況を見守ることにした。
(オーナーの知り合いらしいけど……まあ、何かあった時はオーナーに責任取らせればいいわよね。ところで、そのオーナーはどこにいったのかしら……?)
 開店当日だというのに姿を見せないオーナー、牙竜に対し、祥子が訝しげに首を傾げる――。


「うん、看板の方は完成っと。それじゃお次は……」
 店の外では、何故か血煙爪を構えたリリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)が、置かれた丸太を前にして瞑目していた。
「…………!」
 直後、カッ、と目が見開かれ、血煙爪が唸りをあげる。とても常人には追い切れない血煙爪さばきが、瞬く間にディフォルメされた豊美ちゃんを生み出す。
「……ふぅ。今日もいい仕事したわー」
 血煙爪を仕舞って、リリィが額に浮かんだ汗を拭い、一息つく。元々は趣味で始めた、丸太を血煙爪で削り出して像を作る『血煙爪アート』も今や、職人の域に達しているようであった。
「わー、私にソックリですー。……あはは、やっぱりここまでソックリですよねー」
 そこに、当の本人である豊美ちゃんがやって来て、ディフォルメされた自分を見て感嘆の声をあげ、やっぱりぺったんこな胸を見て苦笑いする。
「あっ、豊美ちゃん、来てくれたんだー。いやー、あたしが言うのも何だけど、対象を正確に再現出来てると思うのよねー」
「……うぅ、リリィさんの純情な心が私には痛いかもですー」
 胸を押さえて痛がるフリをする豊美ちゃんを横目に、リリィは先程完成させた看板を、豊美ちゃん人形に持たせるようにして置く。『魔法メイド喫茶 きゅあ☆はにー』の看板を持った豊美ちゃん人形、ここに誕生である。
「うん! 後はここの掃除と、店内の掃除で開店準備は完了! 時間もないし、ササッとやっちゃうよー」
「あ、じゃあ私も手伝いますー」
「ああ、いいっていいって。豊美ちゃんは中に行って、皆を労ってあげて」
 手伝いを申し出るもリリィに固辞され、豊美ちゃんは言う通りに店内へと足を踏み入れる。魔法少女とメイドのコラボということなのか、店内はファンタジックな要素を取り入れた、清潔感溢れるものになっていた。
「あら豊美ちゃん、『豊浦宮』の方はいいのかしら?」
「大丈夫ですよー。祥子さん、いよいよ今日オープンですねー」
 皮肉っぽく言う祥子に笑顔で返して、豊美ちゃんが厨房へと続く扉を開け(もちろんその前に手を洗い、殺菌消毒を済ませて)、中に入る。と、甘い香りが豊美ちゃんの鼻をくすぐった。
「いい匂いがしますー。なんだかお腹が空いて来ちゃいますねー」
「と、豊美様!? 申し訳ございません、せっかく来ていただいたのに何のおもてなしもしてませんで……」
「いいえー、私が半ば勝手に来たんですし、いいですよー。エイボンさんは何を作ってるんですかー?」
 豊美ちゃんに尋ねられ、エイボンは恥ずかしそうにしつつも、豊美ちゃんの前に試作したクッキーを差し出す。
「豊美様には前に、魔法少女の心得についてお話させていただきました。あの時わたくしがイメージしていた『皆さんに笑顔を届けることが出来る、癒し系魔法少女』……今日、その答えを示そうと思います。
 わたくしの答えは、お料理で皆様を幸せにすること……好きな人や落ち込んでいる人に『心のこもったお料理』を作ることで、その人に笑顔を届けることが出来ます。そしてこれは、わたくし……『クッキングウィッチマギカ☆エイボン』の、立派な魔法なんだと思うのです」
 差し出されたクッキーをつまんで口にした豊美ちゃんが、パッと笑顔になってエイボンに答える。
「おいしいですー。エイボンさんならきっと立派な魔法少女になれますよー。
「……はい! ありがとうございます、豊美様」
 その言葉で、正式に豊美ちゃんに魔法少女として認められたことを自覚したエイボンが、笑顔を浮かべる。
「ところで、涼介さんがいないようですけど、今日は来られないんですかー?」
「兄さまでしたら、今日は用事があるらしく、朝早くに出て行かれましたわ。
 ……わたくしの見立てですけど、兄さまはわたくしにここでのお仕事を任せてくださったのだと思います。兄さまはよく、志を抱くことは大切だが、それだけではどうしようもない、行動も伴わなければ、と仰っていましたので」
「なるほどー。じゃあ、頑張らないとですねー。もしかしたら涼介さん、どこかで心配して見守ってるかもしれないですよー」
「ふふ、そうかもしれませんね」
 二人して笑い合う、その頃本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)はおそらくクシャミをしていたであろう。魔法少女のカンはなかなかに優秀なのである。