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リアクション
■第5章 第1のドア(2)
「くっ!」
真正面から迫り来る六黒に向け、明日葉は懸命にコクマーの矢を連射した。
だが矢は残像のような彼の体を突き抜けるばかりで――それは避ける六黒の姿を視力でとらえきれないがための錯覚だったのだが――少しも効果がみられない。
「はぁっ…!」
真理が攻撃先を足元に変更した。
ケセドの矢は六黒の足先すれすれに刺さり、周辺を氷結させる。
思ったとおり、六黒の動きが一瞬硬直した。
「いまよ!」
真理の合図で南蛮胴具足 秋津洲(なんばんどうぐそく・あきつしま)の持ついーんちょーのロングソードが振り切られ、爆炎波が襲う。先ほどのサンダーブラストと違い、避けるだけの距離はない。
そう瞬時に判断した六黒はすかさず龍骨の剣で絶零斬を放ち、相殺を狙った。
炎と氷が激しくぶつかり合い、爆発音とともに水蒸気が周囲を埋め尽くす。
これを煙幕とし、さらに爆風を追い風として利用した冴王が、一気に真理たちの間合いへ飛び込んだ。
「ああっ…!」
「弓なんて物はよォ、間合い詰められりゃ何の役にも立ちゃしねェんだよ」
驚愕に目を見開いた4人に向け、容赦なく魔銃モービッド・エンジェルを撃ち込む。
銃声のあと、白煙に「LOST」の点滅が浮かび上がるのを後ろから見ていた六黒だったが。
「!」
「LOST」の点滅の1つは、青だった。赤ではなく。
白煙が沈静化し、消えていく。そこに浮かび上がったものは――……
両手用ガントレット型光条兵器を装備した両手を冴王の胸に叩き込んでいる唯斗と、魔鎧化した秋津洲を装着した真理の姿だった。
地面に座り込んだ真理の両手にはケセドの矢が握り込まれ、その先端は冴王の太ももに突き刺さっている。
(……秋津洲、ごめん。それから、ありがとう、守ってくれて…)
点滅する「LOST」は青。冴王は白目をむいて後ろ向きに倒れながら消えていく。
「きさまは…」
先にLOSTしたはずではなかったか。
「――あれは魔鎧のプラチナムだよ。俺じゃなく。騙されたろ?」
六黒が何を問いたがっているのか読んだ唯斗は淡々とそう答えた。
「けど旦那は隙がなくってさぁ。アンタの前に、あいつを始末させてもらったってわけ」
六黒に正面を向き、拳士としての構えをとる。
その横に、真理もまた、セフィロトボウを構えて立つ。
「――面白い。来い、若造」
六黒が、初めて笑みを浮かべた。
「それで、肝心のネクロマンサーはどこにいるのです?」
悲しみの歌を歌っている途中、けほけほと咳き込みながら、オルフェリアはつぶやいた。
この部屋に入ったときからずっと、怒りの歌に嫌悪の歌、悲しみの歌を歌っている。SPもだが、喉に擦り切れたような痛みがじんじんしていた。口にあてていた手をはずすと、うっすらと血らしきものがついている。
「オルフェリア様、もうおやめください!」
彼女を庇い立つミリオンが、周囲の騒音に負けない声で叫んだ。
その間も、隙あらば襲いかかろうとしている骸骨たちから目を離さない。
「……でも……オルフェには、これしかできないんです…」
一生懸命考えた。ここで、自分に何ができるか。それが、みんなの回復と補助だった。
なら、それをするまで。最後の1SPまでもそそぎ込んで。
ただみんなの背中を見て、守られているだけなんて、そんなのは絶対、絶対、嫌です!
オルフェリアはぐっと血のにじんだ手を握り締め、立ち上がると、怒りの歌を高らかと空に放った。
「……くそッ! このままじゃこっちが消耗するばかりだぜ!」
少し離れた場所で、グール相手に龍骨の剣をふるっている鴉が歯噛みした。
「あの人の言うとおりね! ルーマ、これは大元を叩かないとキリないよ」
ミリィがゾンビを先頭に迫ってくる骸骨集団に向け、クロスファイアを放ちながら言う。セルマは額の汗をぬぐいながら周囲を見渡した。
「だけど、大元って…」
そのとき、かすかに何か動くものを見た気がして、そちらに視線を戻した。
「――いた! あそこだ!」
ななめに傾いだ列柱の影をセルマは指差した。
しかし遠い。彼らのいる位置からはかなり離れている。
「だけど行くしかない」
ぎり、と奥歯を噛みしめ、セルマは仲間たちを振り返った。
「シャオはここに残ってアンデッドたちを足止めしてくれ! ミリィは俺と来て!」
「分かったわ!」
「はーい! シャオ、がんばってね!」
念のため、オートバリアを全員にかけたあと、バーストダッシュで走り出したセルマのあとを、光学迷彩を使いつつ追いかける。
「タマ、おまえも行って、オルフェの代わりにセルマさんを助けるのですよ!」
返事のようにギャアッと鳴いて、ガーゴイルは飛び立った。遠い柱の影にいるネクロマンサーに向かい、一直線に飛んでいく。
そのとき、後ろの方、倒れた柱の向こうで何か巨大なものがぶつかり合う音がした。
爆風がして、白煙が流れてくる。
「……ありゃあ、ヤバいかね?」
狂骨がふしぎなおどりをやめて、ギロチンを上げ下げしていた手を止める。
だが同時に、チャンスでもあった。全員がそちらに気を奪われ、防御がゆるんでいたからだ。
「――うわっっ!!」
狂骨に背後から抱きつかれ、ミリオンは悲鳴を上げた。
「ひゃひゃ……貴様も石になれ」
カタカタと顎の骨を鳴らし、狂骨はペトリファイを放つ。
「LOST」の点滅とともに、石化したミリオンがその場から消えた。
「きゃあーーーっ! ミリオン!!」
「貴様も石になるかぁ?」
カタカタ、カタカタ。狂骨が笑うたび、体のどこかの骨が鳴る。
オルフェリアと狂骨の間に入り、すかさずシャオがバニッシュを放つ。
「ざーんねん。時間切れだぁ」
バニッシュは透き通った狂骨の残像を消し、その後ろの骸骨を倒したにとどまった。
「! 一体どこへ!?」
周囲を見渡すが、狂骨らしき姿はない。
狂骨は彼らの前から姿を消し――少し離れた場所で、魔鎧・葬歌 狂骨として、六黒に装着されていた。
「……っ…」
みぞおちに入った剣柄に、真理は声も出せず崩折れた。
息ができなかった。
両膝をつき、うなだれる。手足がしびれ、痛みに身動きがとれない。
震える真理の頭上に「LOST」の点滅が2つ現れ、彼女は秋津洲とともに部屋から姿を消した。
それとほぼ同時に、爆発の音と煙を頼りに駆けつけた鴉が走り込む。
「こんな所にいやがったのか!」
ついに見つけたと、快哉を叫ぶ。
「三道 六黒……てめェ、前に肋骨を何本か折ってくれたっけなぁ…。あのときの屈辱は、今でも忘れられねえ」
そう言われても、六黒は覚えがなかった。
顔にも見覚えはない。言いがかりとも思えたが、こちらにとってはどうでもいいことでも相手には忘れられないこと、というのはよくある話だ。特に屈辱が絡む話では。そして、見知らぬ人間の恨みを買うのもめずらしいことではない。
六黒は黙して受け入れ、左手で宙吊りにしていた唯斗を放り出した。
「無事か?」
六黒から目を離さず、咳き込んでいる唯斗に声をかける。
「……ああ、なんとかな」
喉もつぶされずにすんだようだ。少し声がざらついて、はれた喉から押し出さなければいけなかったが、それだけですんだ。
「少し休んでいろ。ここは俺が――」
2人の前、六黒は絶対闇黒領域を発動させた。封印解凍、鬼神力――身長が2倍強伸びた六黒から禍々しい冥府の瘴気が押し出され、まるで目に見えない何かが心臓をわし掴みにするような圧迫感が2人を襲う。
「……いや、俺も手伝うわ」
「そうしてくれ」
鴉は逆らわなかった。
ヴォアーっとガーゴイルが石化を放った。
ネクロマンサー、アレフは地獄の天使を展開し、空中に逃げてそれを避ける。石化を放つガーゴイルとアレフとの空中戦が数度繰り返されているうち、セルマがそこに到着した。
「ペトリファイには注意しないと…」
空を自在に飛ぶアレフを見上げ、つぶやく。
ほかのスキルはともかく、あれだけはどうにもならない。
(ミリィはどうしただろう?)
視線を周囲に流すと、少し離れた柱の上で、チカッと何かが一瞬光った。おそらくは、ミリィのスナイパーライフルだ。
あそこにいると知らせているのだ。
(――よし)
俺は、ミリィを信じるだけだ。ともに戦う仲間として。
「ネクロマンサー! こっちだ!!」
セルマは見晴らしのいい、倒れた柱の上に上がり、声の限りに叫んだ。
アレフの注意が下を向いたと同時に、ガーゴイルは場を離脱する。
セルマに向け、アレフは闇術を放った。
(耐えて、ルーマ…)
光学迷彩で身を隠し、スナイパーライフルの照準器を覗きながらミリィは祈った。――いや、信じた。セルマを。
オートバリア、ファランクスで魔法防御を上昇させてあったセルマは、この一撃を耐えしのぐ。
二撃目の効果を高めるため、アレフは下降した。
無防備な背中がミリィの照準に入る。
(いっけぇ!!)
アレフがエンドレス・ナイトメアを放とうと手を振り上げたと同時に、シャープシューターのかかったとどめの一撃が放たれる。
「一発で仕留めろ、ミリィ!」
セルマの叫びに呼応するように、肩甲骨の間を弾丸が貫いた。
(やられたか…)
空中、点滅する青い「LOST」の文字が視界に入って、六黒はそう思った。
その頬を、こぶしがかすめていく。
「どこ見てやがんだよッ」
振り切られた右が、今度は確実にヒットした。
ザッと砂を蹴立てて背後へすべった彼の背中を狙って、唯斗の蹴りが飛ぶ。
それを身を沈めてかわした六黒は唯斗の髪を掴み、鬼神力の豪腕で投げ飛ばして鴉へぶつけた。
「どわっ!!」
避けきれず、唯斗ごと転がる。というか、鴉は唯斗のクッションだ。
いち早く受身で起きた唯斗は、勢いを瞬発力に変えて六黒の間合いへ飛び込む。待ち構える龍骨の剣を、両こぶしで拝むように挟み、叩き割った。
「――1つ」
「なに!?」
驚く六黒の前でしゃがみ込み、レガースでふくらはぎを回し蹴る。
「――2つ」
体勢を崩してよろめいた後頭部目がけ、ガントレットの肘打ちを突き込む。
「3つ。これで終わりだ!」
しかし次の刹那、六黒の姿はかき消え、唯斗は強烈な一撃を顔面にくらった。わし掴みにされたまま、アボミネーションを零距離から叩きつけられる。その一瞬に、唯斗は意識を消失した。
「LOST」――
(メチャクチャだぜ、あのオッサン…)
子どものオモチャのように投げ出された唯斗が消えていくのを見ながら、鴉は口内に溜まった血を吐き出した。
先に右を入れたと同時に蹴りを胸に受けていたのだ。
肋骨が折れたのは分かったが、血が出るということは、かなりまずい。内臓のどこかを損傷している。
「来いよ、オッサン。あと一撃だ。けど、俺から近づくのはちっとしんどいんでね…」
痛む脇に手をあて、ふらつく足でよろけながら前に出た。
「…………」
演技ではないそれを見て、六黒は自ら足を運ぶ。
あと三歩……二歩……一歩……
間合いに入ったと同時に、鴉は六黒の左腕にしがみついた。
「俺と心中しようや、オッサン…!」
にやり。苦痛の浮いた顔で、それでも不敵に笑う。
嫌な予感にバッと振り払った直後、左腕で爆発が起きた。
「!?」
「なにも機晶爆弾はあんたらの専売特許じゃねェんだよ」
魔鎧を装着した腕を吹き飛ばすには威力が足りない。しかし隙をつくるには十分。
「うおおおおおおーーーーーーッ!!」
爆風がやむのも待たず、鴉は則天去私を発動させ、SPが続く限りこぶしを叩き込んだ。
「――鴉?」
アスカはふと、鴉の声を聞いた気がして、足を止めた。
彼女は戦いの最中愉快な骸骨に魅せられてしまい、脇目もふらずスケッチを続けていたのだが、その骸骨が途中で消えてしまったため、探してさまよっていたのだ。
「空耳……かしら〜?」
だが骸骨から意識がそれたことで、ようやく周囲に意識が向き始める。
(そういえばいつの間にか鴉がいないわぁ。それにみんなも)
いないというより、彼女が戦場をふらふら離れてしまっただけなのだが。
「……ッ……!……!」
少し離れた場所から、人の争う声らしきものが聞こえる。
「あっちかしらぁ」
もしかしたら鴉かも。
そんな思いで駆けつけた先、アスカはとんでもない光景を見てしまった。
人が、人をくわえている。
食べているのではない。牙を突き立てているのだ。
相手の首を噛みちぎりそうなほど突き立てているのは六黒、そして噛まれているのは――――……
「そんな…っ! 鴉!?」
口をおおう。
彼女に気づき、六黒の目がギロリとアスカを向いた。
フーッ、フーッと、野生の獣のように荒い息をしている。手負いの獣だ。則天去私を受け、前面に殴打の傷を負っている。
「――い、いやっ……来ないで…!」
野獣の目は、あきらかに次の敵をアスカに見定めていた。
スケッチブックを抱きしめ、いやいやと首を振るアスカの前、口を開いて鴉を落とす。
六黒が一歩を踏み出す前に、「LOST」の点滅とともに鴉は消えた。もはやだれも彼女を救う者はいない。現れたとしても、間に合わない。
「来ないでったらぁーっ!!」
ぶんぶん振り回したスケッチブックが、六黒の手に止められた。
六黒の巨躯が、まるで体温も感じ取れそうなほど間近に接近したとき。
初めて、アスカの目が強い光を帯びた。
「くらいなさい! この化け物!!」
影矢のように左手がスケッチブックの下を走った。そこに握られていたヴァジュラが――そして現れた光の刃が、魔鎧に吸い込まれるように埋没し、胸を貫く。
アスカの秘策。
まるで非戦闘員のようなあのおびえも、全ては見せかけ。この一瞬のための布石だった。
自分の胸に突き刺さったヴァジュラを見つめる六黒の暗く沈んだ闇の目に、鈍い光が浮かび上がる。
「――は!」
野獣が人間へと覚醒した。
「まさか、このような小娘にやられようとはな…」
そう言いつつも、声はどこか楽しげだった。
比類なき強さを求め、どんな強敵を前にしてもひるまず、その全てに打ち勝ってきたところで、女の細腕に握られた小さな刃ひとつで死ぬこともある。
そんな死に方も、あるいはいいかもしれない。
「LOST」の青い点滅とともに、六黒は笑顔で消えていった。
「……あんまり女をなめるんじゃないですわぁ〜」
つぶやくアスカの頭上で、教会の鐘の音が鳴り響いた。
ひらひらと、どこからともなく手の中にカードが落ちてくる。
彼女の頭上には王冠のように、赤く「WINNER」の文字が刻まれていた。
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