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リアクション
第6章(2)
「え〜っと、次はこっちですねぇ」
「はいよ。そっちは地面が少し濡れてるから気をつけな」
人質を救出する為に潜入したグループも、神崎 瑠奈(かんざき・るな)が目当ての場所を感覚で探す形で進んでいた。今いる場所は光が入らずに真っ暗な為、暗視に優れたルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)が瑠奈をサポートしている。
「随分奥にあるな。それだけ人質を重要視しているのか……」
「どうでしょう。それにしては人質を前に出した犯行声明もありませんし、再び街道に向かったのも気になりますね……人質を利用しなくても良い、何か強気に出られる理由でもあるのでしょうか」
「案外人質を閉じ込めておくのに丁度良い部屋がこの先にしか無いだけだったりして」
二人の後に続く篁 透矢(たかむら・とうや)、一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)、水鏡 和葉(みかがみ・かずは)の三人が慎重に進みながらそんな憶測を立てる。そうこうしているうちに曲がり角の先から明かりが漏れている場所まで歩いていた。ルアークが角から覗き込むと、ある扉の前に三人の盗賊が雑談しながら待機している。
「あからさまにあそこって感じだねぇ。さて、奇襲を仕掛けるにはちょいと遠いけど、どうする?」
「相手は三人か……この狭い通路だと手前は倒せても、その二人が邪魔で奥の一人が難しいな……ん?」
交替して覗き込んだ透矢が考える。その際に盗賊達の上にある灯りが目に入った。
「灯りは二つ、敵は三人。となると……」
この場にいる面々を見回し、それぞれの武器を見る。それぞれの得意技を活かすなら――
「皆聞いてくれ。まずは――」
「こちらは準備完了です、透矢さん。皆さん次第でいつでも行けます」
「分かった。和葉と瑠奈ちゃんは大丈夫だな? ……よし、瑞樹ちゃん、ルアーク、やってくれ」
「んじゃ、ちゃっちゃと片付けちゃいますかね」
全員の準備が整ったのを確認し、まずは瑞樹とルアークがシャープシューターで灯りを狙い撃つ。寸分違わず命中したそれぞれの一撃により灯りが消え、通路は一瞬で真っ暗闇となった。
「な、何だ!?」
「くそっ、何も見えねぇ!」
「……よし、行くぞ!」
盗賊達の慌てふためく声が聞こえる。その隙を狙う為、透矢と瑠奈、そして和葉が曲がり角から飛び出した。三人は突撃前にあらかじめ片目を手で押さえ続けていた為、突然の暗闇でもすぐに目を慣らす事が出来ていた。
「悪いな……眠って貰う!」
「行きますよ〜」
透矢が拳を相手の腹に打ち込み、瑠奈がブラインドナイブスで――もっとも、今の敵にとっては全ての方向が死角となるのだが――攻撃する。更に奥の敵も、暗闇で動けなくなっているうちに和葉がヒプノシスで眠らせてしまった。
「よ〜っし、これでオッケー。後は捕まってる人達を――って、鍵がかかってるや。ルアーク、キミに任せたっ!」
「ほいほい」
ルアークがピッキングを使い、あっさりと扉の鍵を解除する。中に入るとそこにはオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)とラルム・リースフラワー(らるむ・りーすふらわー)、そして運転手が座り込んでいた。
「皆! ベル達を助けに来てくれたのね!」
「あぁ、君が鴉に伝えてくれた情報のお陰で潜入がかなり楽になった。有り難う」
「あら、お礼を言うのはベル達の方よ。それより、契約者は大丈夫だったの?」
「いや、俺達は遭遇していない。もし神殿に残っているのなら――」
透矢の声を遮るように爆発音が響いた。続いて盗賊達の荒々しい声も様々な方向から聞こえて来る。
「他の皆が見つかっちゃったのかな。ここに盗賊達が来ちゃう前に、早く脱出しよう」
和葉がオルベールと運転手の縄を素早く斬る。オルベールとラルムは自力で立ち上がったが、運転手は右足を捻挫しているらしく、立つのもおぼつかなかった。
「仕方ない。この人は俺が背負っていくから、もし増援が来たら皆で何とかしてくれるか?」
「分かりました。透矢さん達には指一本触れさせません」
瑞樹が心の中で気合を入れて通路へと出て行く。それに続くように、オルベール達も部屋から飛び出して行った。
「さぁラルム、早くアスカに花を届けるわよ」
「う? 盗賊さん達……また来る……?」
「来たら今度は返り討ちよ! アスカの邪魔をした事、後悔させてやるんだから!」
「そういえばカラス……もし邪魔する人がいたら、ベルに歌わせろって言ってた……」
「ベルの? 何でかしら」
「分からない……けど……『邪魔した相手が後悔するから』って……」
「……へ、へぇ〜。あのバカラスったら、このベルの美声を聞いて相手が後悔するって、どういう意味かしらねぇ〜。帰ったらそこの所をじっくり聞いてあげないと……」
「う? ベル、何か怖い……いぢめる? いぢめる?」
「フフ、フフフフフ……」
「……いぢめる?」
(こりゃまた、随分と厄介な奴がいたもんだな)
襲い来る盗賊達を牽制しながら、匿名 某(とくな・なにがし)は心の中でつぶやいていた。
ちらりと見た先には同じくバックアップメンバーに回っていた柊 真司(ひいらぎ・しんじ)に榊 朝斗(さかき・あさと)、それからアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)の三人。いや、真司が魔鎧として纏っているリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)も入れれば四人か。彼らと対峙しているのが――
「ふむ、どうやら中々に熱き闘いを楽しめそうだ」
イェガー・ローエンフランム(いぇがー・ろーえんふらんむ)。名前こそ知らないが、彼女の事はパートナーの結崎 綾耶(ゆうざき・あや)から聞いていた。西カナンの村イズルートで戦いが起きた時、綾耶達に敵対した炎使いがいた、と。そしてその者は自らの渇望する闘争を求めるただそれだけの為に、敢えて自らを『悪』の立場に置いている、とも。
(まぁ、人質や荷物の奪還を邪魔される事と比べたら、まだ俺達が当たるだけマシってもんか)
幸い向こうは遊撃である自分達へと狙いを定め、他のメンバーの妨害に向かう事は無さそうだった。逆に言えばこの人数が一人に足止めを喰らっている事こそが妨害であるとも言えるが、相手が炎使いであるなら、わざと全員がこの場に残る事で間接的に救出対象を護った方が得策であると某は判断していた。
「戦いの前に問おう。貴様達がここまでやって来た理由、それは囚われし者の為か?」
「全部かな。人も、物も、大切な物は全部取り返す」
「あぁ。放ってはおけないし……それに、明日までにシルフィスの花が入荷されないと色々と困るんでな」
朝斗と真司の答えに、イェガーは積荷から姿を覗かせていた白き花の存在を思い出す。カーネーションに似たその花は、確か地球同様に大切な者へと――
「……なるほど、護るべき者の為、義侠心の為、そして……絆の証の為、か。やはりこの場で待ち受けて正解だったようだ。さぁ来い、奪われし物を取り返す為のその情熱を、私にぶつけて見せろ」
右手に炎を纏わせ、真司に狙いを定める。それを妨害する為に接近しようとする朝斗を某が呼び止めた。
「待った! そいつの目的は接近戦に持ち込む事だ。ウィザードの外見に騙されると痛い目にあうぞ」
「えっ? ……っと!」
慌てて朝斗が立ち止まる。その先には炎を纏ったままの拳を繰り出そうとしているイェガーの姿があった。
「あれは……火術じゃなくて、爆炎波……? 某さんの声が無かったら危ない所だった……」
「綾耶達が戦った時も見た目に騙されかけたらしいからな。そいつは炎の扱いに長けているそうだ。気を付けて戦ったほうが良い」
「分かりました……行くよ、アイビス」
「はい、朝斗」
朝斗とアイビスが左右に散る。そして二人が銃を抜くと、イェガーの間合いの一歩外を保ちながら戦い始めた。
「中々良いコンビネーションだ。だが、炎とは常に形を変える物。僅かな距離など……すぐに縮まるぞ」
「くっ……!」
イェガーが炎を周囲に広げる。火術と爆炎波だけでは無い。ファイアストームも当然ながら扱えるのだ。朝斗が炎に煽られた一瞬の隙を突き、反対のアイビスへと肉薄する。アイビスは炎の拳を舞うような足捌きでかわすが、イェガーが次々と連撃を放ってくる。
「強いですね……単独で相手するには危険な相手です」
「貴様の動きには迷いは無い……だが、所詮は機械的な動きだ。それでは私の心を燃え上がらせる事は出来ん」
イェガーが求めるのは魂までも燃やし尽くすような熱き闘い。そんな彼女にとって、感情を持たず淡々としたアイビスの戦いは到底満足出来る物では無かった。炎使いには不似合いなほどの冷淡な声でそう言い放つと、拳のパターンに対処し始めたアイビスの裏を掻いて回し蹴りをお見舞いする。直前でアイビスがかけた奈落の鉄鎖のせいで追撃は行えなかったものの、アイビス自身は大きく吹き飛ばされた。
「アイビス!」
「……大丈夫です、朝斗。損傷は軽微です」
朝斗の手を借りながら素早く立ち上がる。確かに蹴り自体のダメージは抑えられてはいたが、戦闘の結果よりも相手の言った言葉の方が大きく影響していた。
――機械的
感情と心を持たぬアイビスにとって、その表現は的を射ていると言えるだろう。だが、それでも決してそれらが完全に『無い』訳では無かった。明確な形とはなっていないものの、これまでにもその片鱗らしき物を見せた事は幾度かあったし、他人から投げかけられた言葉で『感情と心』について考え始めているのもまた事実だった。
突き詰めればそうして考え始めた事自体、『心』が生まれた証かもなのかも知れない。自身ではそれを判断しかねているアイビスにとって、イェガーの言葉は――例えイェガー自身の為の物であったとしても――新たなる一歩を踏み出す切っ掛けとなろうとしていた。
「自身の信念を、寄る辺を持たずに戦う者などは拳を交える価値すら無い。まだ己の欲の為に刃を突きつける悪党の方がマシという物だ。さぁ来い。貴様に意思があるのなら、その意思で信念を掴んでみせろ。そうして魂を焦がすほどの情念を得た者こそ私が求める相手だ」
「意思で、信念を……」
アイビスが思わずつぶやく。今こうやって周囲に起きている事を知り、それに応じた行動を取る。それは逐一誰かから指示を与えられている訳では無く、アイビス自身が判断して行っている事だ。
ならば機晶姫だろうが関係無い。行動を取る為の『意思』、その意思の基礎となる『信念』を持つ事は出来るはずだ。
「……アイビス。僕はね、絶対にシルフィスの花を取り返したいんだ。これまで僕を支えてくれた、大切な人に贈る為にね」
隣に立つ朝斗がアイビスの肩に手を置く。イェガーを見るその目に迷いは無い。確固たる『信念』があるからだろう。
「だから、アイビスもそれを手伝ってくれる?」
今度は彼の表情に笑みが浮かぶ。アイビスが迷うなら、今はパートナーである自分の『信念』で引っ張っていく。そう言っているような表情だった。
そう、朝斗とはこれまでもパートナーとして共に歩んできていた。ならば今まで通り朝斗を手助けする事。それも自覚していなかっただけで、立派な『信念』と呼べるだろう。
「俺も目的は同じだからな。手助けをしてくれると助かる」
朝斗の友人である真司も、改めて二人に並ぶ。そこに空気を和ませる為か、それともただ単に茶化したいだけなのか、真司の魔鎧であるリーラが口を挟んできた。
「真司はアニマの為に花を取り返さないといけないのよね。娘の為とは言え大変ね、お父さん」
「……その呼び方は止めてくれ」
「はいはい、こう呼ぶと無言の圧力をかけてくる娘がいるものね」
「とにかく、今はこの場を早く収めるぞ」
改めて武器を構える三人を前に、イェガーは満足そうな表情を見せた。そして自身が纏う炎を強め、それを迎え撃つ。
「それで良い……強き心を持て。そしてその心をどこまでも燃やし尽くす戦いを始めよう。来い、絆を得し戦士達よ」
「戦いが始まっちゃった! 誰か見つかっちゃったのかな。皆無事だといいんだけど……」
神殿の入り口を隠れて見張っていたカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が中に入って行ったままのメンバーの身を案じる。隣に潜んでいたジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)は周囲を確認して外から戻ってくる盗賊達がいない事を確認すると、放置してあるトラックへと接近して運転席のドアをピッキングで開け始めた。
「内部の状況は分からぬが、あまり好ましい状態で無い事は確かだろう。ならばこの騒ぎに乗じてトラックを確保し、いつでも動かせる状態にしておくのが得策であるな」
「そうだね、それじゃこっちは任せて、ボクは中から盗賊達が出てこないように――」
振り返った瞬間、突然ダガーが飛んで来た。それはカレンの前方を通り抜け、トラックの後輪へと命中する。
「ああっ、タイヤが!」
「! 上だ! おのれ、まさか向こうも気配を消して潜伏していたとは……」
二人が神殿の屋根の上を見る。そこにはダガーを投げた辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が立っていた。トラックをパンクさせた事を確認し、不敵な笑みを浮かべる。
「ほぅ……お主達、西カナンで見た顔じゃな」
「西カナン……? あっ! この戦い方、イズルートでラウディっていうネクロマンサーの子に協力してた娘でしょ!」
イズルートで起きた事件、それはラウディという名のネクロマンサーがカナン正規軍の為に疫病で倒れた村人の亡骸を使役しようとしていた為、それを防ぐべく発生した戦いの事だった。その際にラウディに協力してカレン達と敵対した契約者が数人いたのだが、その中の一人が刹那だった。
「あの時はわらわ達が守る立場だった故に押し切られたが、今度は対等……いや、既に依頼を果たしたわらわにとってはむしろ攻めるだけじゃな」
積荷を奪還された所で自身は何も問題無い刹那と、トラックを利用するつもりなら護らないといけないカレン達。パンクを応急修理する必要がある事を考えても、状況的には刹那の方が有利と言えた。
「何だ!? 外から声がしやがったぞ!」
更に状況は悪くなる。潜入したメンバーがやり過ごした盗賊達が中から数人飛び出してきたのだ。
「こいつら、中の奴らの仲間か!」
「ちっ、戦利品を持っていかれる訳にはいかねぇ。やっちまえ!」
すぐに状況を理解した盗賊達がナイフ片手に襲い掛かってくる。咄嗟にカレンがブリザードで迎撃するが、その隙を突いた刹那が素早く投げたダガーを回収し、再び気配を消してどこかに潜伏した。
「また隠れちゃった。油断すると飛び掛ってくるだろうから、気を付けないと駄目だね」
「うむ。だが、これではトラックを修理する余裕が取れぬな」
レールガンを撃ちながらジュレールがカレンと背中合わせになって警戒する。パンク程度の損傷があった場合は自分が修理するつもりでいて、そして実際に引き起こされたのだが、この状態では迎撃に専念しないと自身の身が危ない。盗賊達はものの数では無いが、刹那という存在がいる事が厄介だった。
(ふむ、二人で隙無く護っておる。見事なものじゃな。じゃが、そのままではトラックの奪還などは出来んぞ?)
車体を挟んだ反対側へと移動していた刹那が徐々にトラックへと忍び寄る。大きさが大きさだけに、二人だけで車体まで護りながら戦うのは難しいだろう。それならこちらは少しずつトラックを傷付けて行けば良いだけだ。
(どれ、次はこちらのタイヤをパンクさせるとするかの)
左側の前輪にダガーを突き刺す為に接近する。そしてあと僅かで目的が果たせる丁度その時、上空の何者かが太陽の光を遮った。
「やらせない……これで……!」
刹那の頭上、ペガサスから飛び降りたリネン・エルフト(りねん・えるふと)が銃を撃つ。更に着地の瞬間に即天去私で刹那を牽制し、トラックから距離を取らせた。
「トラックは、私達が護りきる……皆が戻ってくるまで、好きにはさせない……」
「お主達もカナンにいた者達か。その心意気は良いが、果たして護りきれるかのぅ……?」
刹那は笑みを崩さず、今度は左側の後輪目掛けてダガーを投げつける。神殿の上から狙う事に比べたら、この距離は段違いの簡単さだ。
「甘いわ!」
すると今度はどこかから飛んで来た矢がダガーを撃ち落した。見ると上空に、ワイバーンに乗ったまま弓を構えているヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)の姿があった。
彼女の位置からトラックまでは先ほど刹那がいた神殿の屋根よりも遠く、しかも足場も不安定な状態だ。ましてやターゲットは飛んでいるダガーである。それにも関わらず見事に命中させたヘイリーの弓の腕は相当なものだろう。
「リネンが言ったでしょ、やらせないって……それじゃユーベル、上は任せたわよ」
「えぇ、行ってらっしゃい」
上空をユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)に任せ、ヘイリーは地上へと降下する。強襲組として彼女達『シャーウッドの森』空賊団に同行した大谷地 康之(おおやち・やすゆき)も一緒に降りて行った。
「某達はまだ中か。それじゃ俺達でここを護りきらねぇとな」
「いえ、ここはあたし達に任せて、康之は外の状況を中に知らせてそのままそっちの援護に。向こうもこっちがどうなってるかはまだ知らないでしょうしね」
「分かった。その代わり、そっちは頼んだぜ!」
康之が神殿の中へと走って行く。それを背中で見送りながら、ヘイリーは盗賊達に向けて弓を構えた。
「じゃ、教育してあげましょ……アウトローの生き様ってやつをね!」
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