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ポージィおばさんの苺をどうぞ

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ポージィおばさんの苺をどうぞ
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リアクション

 
 
 
 摘みたて苺を頬張って
 
 
 
 苺狩りの旗が初夏の風にはためく。
「パパ、ここですよ!」
 ソフィア・エルスティール(そふぃあ・えるすてぃーる)ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)に翻る旗を指さした。
「ここで苺狩りが出来るのか?」
 蒼空学園に行った際、張り紙を見たソフィアがぜひ行ってみたいと言うので、ラルクも保護者役として同行してきた。といっても、ラルクは元々あまり苺自体を食べたことがない。甘いものが嫌いというわけではないのだけれど、自分からわざわざ摂取しようと思い立つことがない為だ。
 今日もソフィアが行きたいと言わなければ、こうして苺狩りに来ることもなかっただろう。
「色々と味見してみたいですね」
 ラルクと逆にソフィアは大乗り気だ。そのまま食べるだけでなく、苺でお菓子も作ってみたい。その味見も兼ねての苺狩りだ。
「いらっしゃいませ」
 受付に行くと、柊美鈴が笑顔で迎えてくれる。
「苺狩りをするのははじめてなんだが、どうやるものなんだ?」
 2人分の料金を支払いながらラルクが尋ねると、美鈴は丁寧に苺狩りのやり方を教えてくれた。
 そのやり方に沿うように苺を摘んでゆく。
「最近の苺はすっごく甘いらしいですよね」
 練乳がいらないくらい甘い苺を、それでもちょっと練乳につけてみて、
「甘〜い、でもこれはこれで美味しいですね」
 とソフィアは嬉しそうに笑った。
「そういやぁ、この苺持ち帰りもできるらしいが、どうするんだ?」
「あ、はい。お家でお菓子を作りたいので持って帰りたいですね」
「苺は酒にしても美味いらしいからな。やったことないが、今回初挑戦してみるか」
 どんな味の酒になるか楽しみだというラルクに、ソフィアはそれなら、と苺を選ぶ。
「お酒ならこの苺でしょうか。お菓子用にはえっと……」
 あの苺を摘んで。この苺も摘んで。
 あれこれと味見しながら、ソフィアは籠に持ち帰り用の苺を盛ってゆくのだった。
 
 
「いちごさん、たくさんだねっ。いっぱいたべてもいいのっ?」
 目をキラキラさせて見上げてくる柚木 郁(ゆのき・いく)に、柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)はもちろんと答える。こんな郁の様子を見られただけでも、苺狩りに来た甲斐があったというものだ。
「あのね、いくね、まっかでおっきくてあま〜いいちごさん食べたいのっ。どれがあまあまないちごさんか、おにいちゃんたちわかるっ?」
「どれだろうね。だったら、誰が一番大きくて甘そうな苺を摘めるか勝負しようか」
「うん! いく、がんばってあまあまさんをさがすよ♪」
 貴瀬の提案に郁は飛び立つように苺の所に行き、どれが美味しそうかと探す。その様子を目を細めて眺めつつ、貴瀬は言う。
「さ、俺たちも探そうか。見つかった苺は郁に食べてもらって、どれが一番大きくて甘かったか判定してもらおう」
 一番大きくて甘い苺なら郁に食べて欲しいから。そう言う貴瀬に柚木 瀬伊(ゆのき・せい)は相変わらずだと苦笑する。
「郁が可愛いのは分かるが、あまり甘やかしすぎるなといつも言っているだろう」
「だって、こーんなに可愛くていい子なんだよ。甘やかして当然じゃない。それに、しつけは瀬伊の役目だろう?」
 瀬伊の注意も全く気にせず貴瀬は笑うと、自分も苺を探し始める。
「……本当にしかたのない奴だな」
 そう言いつつも、瀬伊も苺の上にかがみこんだ。
「みてみて、このこ、すっごくあまそうだよっ」
 おいしそうな苺を見つけると郁はぱくりと味見する。
「えへへー、あまくてとってもおいしいよ」
「うん、甘みと酸味がちょうどいいよね。これ、ケーキとかジャムにしたらおいしいだろうな。そう思わない、瀬伊?」
「そうだな。少し土産に持ち帰ってジャムでも作るか」
 パンに載せても紅茶に入れても美味いだろうから、と答えつつ、瀬伊は甘そうな苺を見つけるたびに郁に食べさせた。選ぶ基準は、ヘタが上にそっくりかえっていて、先が細く種まで赤い中粒のものだ。
「ほら、郁。口を開けろ」
「あーん。うんっ、美味しい」
「む……」
 瀬伊に負けまいと、貴瀬も真剣に苺を選んでは郁に食べさせる。
 郁がもう食べられない、というくらいまで苺を堪能したところで貴瀬は尋ねた。
「郁、どれが一番甘かった?」
「あのねあのね……瀬伊おにいちゃんのいちごさんが一番あまかったよ♪」
 えへへと笑う郁は可愛いかったけれど、瀬伊に負けたのは少し悔しい。貴瀬は当てずっぽうにまだ十分に色づいていないすっぱそうな苺を選ぶと、いやがる瀬伊にあーんと食べさせた。
「どう、美味しい?」
「……」
 むすっとしている瀬伊に、貴瀬は溜飲を下げた。そんなやり取りには気づかず、十分に甘い苺を味わった郁は上機嫌ににこにこしている。
「いく、いちごさん大好きー。だから、おっきくなったら、いちごさんになるのっ♪」
「苺さんになりたいの? ……可愛いね、本当に」
「貴瀬おにいちゃん、そんなにぎゅうぎゅうしたら苦しいよー」
 抱きしめてくる貴瀬にそう言いながらも、郁はぎゅっと貴瀬を抱きしめ返すのだった。
 
 
 苺狩りに行こう。
 そうミルゼア・フィシス(みるぜあ・ふぃしす)に誘われた時、リディル・シンクレア(りでぃる・しんくれあ)は不思議に思った。
 苺なんて店でいくらでも売っているのに、何故わざわざ畑まで出向いて狩るのだろう。けれど皆で出かけるというので、リディルも一緒に出かけることにした。
「思ってたより広いわね」
 苺畑をミルゼアは眺め渡し、巫剣 舞狐(みつるぎ・まいこ)に指さしてみせる。
「舞狐、これなんか美味しそうよ」
「苺……」
 普段は大人びた言動をとることの多い舞狐だが、一面の苺に胸は躍る。周りには他にも苺狩りの客がいるから、ミルゼアに迷惑をかけない為にも心を落ち着けなければ、と言い聞かせるけれど。
「ミルゼア殿! とてもおいしゅうございます!」
 1つもぎ取ってかぶりつくと、もう頬がゆるむのを止められない。もう1つ、もう1つと舞狐は片っ端から美味しそうな苺に手を伸ばす。
「ちょうどいい甘さね……」
 隣でミルゼアが苺を食べてわずかに微笑むのを見ると、ますます舞狐の抑えはきかなくなり、一心不乱に苺を食べ始めた。
「可愛らしいもんじゃな」
 そんな様子を横目にルクレシア・フラムスティード(るくれしあ・ふらむすてぃーど)も苺を狩る。折角なら大きくて美味しそうな苺を狩りたい……そう思ってみれば、他の者もその苺に目をつけたようだ。
 このままでは他人に採られる!
 ルクレシアは全力で走り寄り、苺をもぎ取った。
「それがしが目をつけた苺じゃ。他人には譲れんな」
 大きい苺、瑞々しい苺。ルクレシアは目に留まった苺を全力で確保して食べてゆく。ちゃんとした苺を自分で狩るのははじめてだから、余計にムキになってしまう。
「わはははは! 美味い! 美味いぞぉぉぉ!」
「ルクレシア……」
 苺にはしゃぐ舞狐を見ると口元がゆるむが、はしゃぎ過ぎているルクレシアを見るとミルゼアの口元は引きつってしまう。
 リディルもルクレシアを眺めて、つとこめかみに汗を伝わせたがそのまま何も言わずにスルーを決め込んだ。
 周囲の、そして仲間のそんな微妙な視線にも気づかず、ルクレシアは次々と苺を狩り続ける。
 舞狐も夢中で苺を食べながら、ミルゼアに話しかける。
「お義姉様、苺ってこんなに甘いものだったんですね」
 普段より少し砕けた様子の舞狐を見ていると、リディルも己の中にある機晶石に温みを感じた。店でも売っているのにと思っていた苺も、こうして皆で摘み取って食べていると、買った物よりもずっと美味しく感じる。
「不思議……ミルゼア様と出会ってから、不思議なことばかりです」
 リディルはミルゼアに目をやってから、舞狐に視線を戻し。
「リディルは……もっと暖かくなりたいです。不思議を感じたいです……」
 誰にも聞かれないように小さく呟くと、自分も目の前にある苺を食べるのに集中した。
 パートナーが皆、それぞれに楽しそうに苺を食べているので、ミルゼアは来た甲斐があったと微笑んだ。
「美味しい? ……でも、これではごはんは無理そうね」
 この身体のどこに入るのだろうという勢いで苺を食べている舞狐をミルゼアはからかう。
「あ……」
 舞狐は真っ赤になってうつむいた。
 いつも自分を律しすぎているようにみえる舞狐のそんな姿が可愛くて、ミルゼアは心ゆくまでその頭を撫で続けた。
 
 
 苺狩りが出来る畑があると聞き、天王寺 沙耶(てんのうじ・さや)はポージィの苺畑にやってきた。
 今はどの季節でも苺が食べられるようになったけれど、旬の苺は格別だ。
「太陽の下で旬の苺を食べたら、きっと美味しいよねっ」
 もともとアウトドア派の沙耶だから、初夏の風に吹かれながら苺が味わえると聞けばじっとしていられない。この機会をのがすまいと、パートナーたちを誘ってやってきたのだ。
「生の苺が食べれるなんて嬉しいなー。でも、学校に貼りだしてあったんだから、たくさんの人が来てるよね。まだ沢山残っているのかな?」
 色気より食い気のお年頃。アルマ・オルソン(あるま・おるそん)は十分食べられるくらい苺が残っているのかが気になって、道中も落ち着かない。
「そんなに簡単になくならないと思うけどな。でも、どんな味なんだろ。苺にもいろいろあるよねっ」
 アルマに答えるクローディア・アッシュワース(くろーでぃあ・あっしゅわーす)も苺をその場で食べられるのが楽しみでならない。甘さがいっぱいの苺も好きだけれど、ほどよく酸味がきいた苺も美味しいものだ。
「十分ありそうだよ」
 沙耶は笑いながら苺畑を指した。
 苺狩りをしている人は多いけれど、それがぽつぽつとして見えるほどに苺畑は広く、緑の陰には赤い苺がそこかしこに覗いている。
 早く早くとアルマにせかされて苺狩りの申し込みをすると、沙耶たちはさっそく苺を摘み始めた。
 クローディアは見た目が十分赤く熟れたものを選んで口に運ぶ。
「わ、甘いね、これ」
「あっちのはどうかなー」
「あまり遠くに行かないようにして下さいね」
 苺に誘われてふらふらと行ってしまいそうになるアルマにシャーリー・アーミテージ(しゃーりー・あーみてーじ)が注意する。
「うん、分かってるー」
 と言いつつも、苺を摘んでいて目を離している隙に、アルマはシャーリーが心配していた通りに苺畑の中に紛れ、はぐれてしまった。
 どこに行ってしまったのかと探してみれば。
「あ、みんなこっちこっちー」
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)と一緒にいたアルマが手を振った。
「あのね、いろんな味を食べさせてもらったの」
 アルマが指した所には、さゆみが持ち込んだ苺を食べる為の食材……練乳やヨーグルト、フォンデュ用のチョコレートが並べられている。
「せっかくだから色んな食べ方をしたいもの。たくさん持ってきたから良かったらどうぞ」
「え? いいの? じゃあ遠慮なく♪」
「もう、アルマも沙耶も……」
 シャーリーは苦笑しつつも、こうして苺狩りをしている時くらいは楽しむことを優先させても良いかと、大目に見ることにしたのだった。
 摘んできた苺にあれこれつけて食べ終えると、沙耶たちはさゆみに礼を言ってまた苺摘みに出かけていった。
「私ももっと摘んで来ようっと」
 籠を持って立ち上がるさゆみに、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)がまだ食べるのですかと驚いた表情になる。
「うん。苺は大好物だからいくらでも入るわよ。あっ、大きい苺発見っ!」
 さゆみは大喜びで大粒苺を摘むと籠にどんどん入れていった。
「他にお客さんもいるのですから、あまりはしゃぎ過ぎないように気を付けて下さいませ」
 そんなさゆみを注意しながらも、アデリーヌの表情は軟らかい。テンションが上がりきるほどさゆみが苺狩りを楽しんでいるのかと思うと、子供のように暴走する様さえ微笑ましい。
 アデリーヌ形が良い苺を大きさも揃えて丁寧に摘み取り籠に並べているが、さゆみは大きな苺、美味しそうな苺をどんどん籠に摘んでいる。時折我慢できなくなるのか、籠からひょいと苺を摘んで口に運び、
「わぁ、美味しい!」
 と歓声を挙げたりもする。
 そんな様子を見るにつけ、アデリーヌはかつて失った恋人のことを思い出してしまう。
(やはり似ていますわね……)
 かつてアデリーヌが将来を誓い合った恋人も、ちょうどさゆみのように無邪気だった……。
 その無邪気さを愛おしく想うのは、さゆみの時も同じ。
 さゆみのことを自分が愛しているのに気づきながらも、アデリーヌはそれを口にも態度にも出さず、ただ穏やかにさゆみを見守るだけに留めた。
「さすがに、もう当分は苺は食べたくないわ」
 存分に苺を食べまくった後、さゆみはアデリーヌに笑顔を向けた。
「帰りには苺スイーツを買おうね」
「まだ苺を食べるんですの?」
 当分食べたくないと言ったばかりなのに、と目を丸くするアデリーヌにさゆみは当然と胸を張る。
「苺スイーツはまた別。だっておいしいものはおいしいんだもの!」
「ずいぶん苺が好きなのね」
 さゆみの声に、畑仕事をしていたポージィが気づいて笑う。
「スイーツフェスタにも苺のお菓子がたくさんあるから、ぜひそちらにも寄ってちょうだいね」
 美味しく食べてもらえて良かったわねと苺に話しかけるポージィに、苺狩りを終えたソフィアが礼を言う。
「ポージィさん、たくさんの苺有難うございます。とっても甘くて美味しかったです」
 ソフィアが家でお菓子を作る為に購入した苺を抱え、ラルクも言う。
「美味い苺をありがとうな。おかげでいい思い出が出来た。持ち帰る苺は色々と楽しく食べさせてもらうな」
「ありがとう。おいしく食べてもらって苺も嬉しいと思うわ」
 自分たちで摘んだ山盛り苺がお土産。
 持ち帰った苺でどんなお菓子を作ろうかと、うきうきとレシピを考えるソフィアを見守るラルクの心もまた浮き立つのだった。