葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

眠り王子

リアクション公開中!

眠り王子

リアクション


●再び塔に戻ってみれば

 国軍軍人大岡 永谷(おおおか・とと)は、パートナーの熊猫 福(くまねこ・はっぴー)に半ばおどされるようにして、塔に向かっていた。
 長らく国元を離れて国境線で任務についていたので、国内の事情にはかなり疎い。

 国に忠誠はささげているが、王宮スキャンダルに興味はないからその手の雑誌は読まないし、腐女子の薔薇談義にも耳を傾けたことはないので、王子が魔女の呪いを受けたことすら知らなかった。

「ハッピーの話じゃ、ひと助けということだけど…」

 具体的には何をするのかサッパリ分からない。
 分からないのに「ひと助け」のひと言で休暇をつぶしてまでわざわざ大荒野の塔へ向かうのだから、かなりのおひとよしだ。

 一応、何をするか手順書の入った封書は渡されている。
 しかし福からは、塔の最上階の部屋につくまで絶対開封しないこと、と念を押されていた。
 (薔薇王子とキスしろ、なんていうのを読んだら即効逃げ戻ってくると思ったから違いない)

「ハッピーは一緒に来ないの?」
「ワタシはワタシでやることがあるのよ。いい? トト。トトなら絶対できるわ! だから何があっても諦めないでねッ」
 ぎゅっと手を握ってそう言ったあと。
 福はいつになく目をきらきらさせながら「じゃあねー」とどこかへ消えてしまった。

 この時点でうさんくささ150%。
 さっさと開封して中身を読むのが一般的な反応なのだが、永谷は、これにはきっと訳があるのだろうとハッピーを信じて絶対に途中で開封しようとしたりしない。

 やっぱりおひとよしだ。

「とにかく、囚われている人の救助ということだから、ヘタに時間をかけたりせず、最短距離で進みましょう」
 永谷は遠くそびえる塔に向かって歩き出した。

★          ★          ★

「おや。どうした? リリ。そんな格好をして」
 王子の眠る部屋の前で腕組みをして壁にもたれていたララが、よろよろと階段を上がってきたリリを見て身を起こした。
 いばらの棘で引っかき傷だらけ、髪もぼさぼさ、所々に草や土をくっつけている。

「と、とんだ目にあったのだ…」

  ――というか、ララさん本気で忘れ去っていたんですね。



「……ち。邪魔ですわね」
 階段の曲がりかどから2人の様子を盗み見て、志方 綾乃(しかた・あやの)がつぶやいた。

「あれでは絶対いちごちゃんを通してはもらえませんわ」

 それは困る。
 王子の運命の相手は彼女の用意した者、仲良 いちご(なかよし・いちご)と決まっているのだ。

 そこで綾乃は一計を案じた。
 ここは童話らしく、白雪姫作戦だ!



「ところで、あそこにいるのはだれなのだ?」
 続きの小部屋を覗き込んで、リリが訊いた。
「ん? ああ、変熊だ。私が来たときにはもうああしていたんだ」
「居眠りをしているのか」
「あれで王子を守っているつもりなんだからな。まったくあてにならないやつだ」
 2人してあきれ返っていたら。

 タッタッタ、と軽やかな足音が聞こえてきた。

「はーい、私、志方 綾乃っ。この塔で毎日ジョギングしてるのっ。階段の上がり下りってダイエットにも効果的でいいわよねっ。足腰の鍛錬にもなるしっ」
 ふふっ。とっさのことながら、よく思いついたわね、綾乃! この設定ならスポーツドリンク渡しても全然違和感なし!

 胸の中で自画自賛しつつ、綾乃は2人に自然に近づき、脇にあったダンボール(大)の上にしびれ粉の入ったスポーツドリンクをいくつか置いた。

「よかったらあなたたちもどうぞ。私、いつも余分に持ってきているから」

 罠は手渡しでは駄目なのだ。
 だから、2人に自らとらせるしかない。
 安心させるように、綾乃はまぎれ込ませてあったしびれ粉の入っていないスポーツドリンクをさりげなく取って飲み干す。

 リリもララも、綾乃が外見も性別も女性であることで、すっかり油断してしまった。
「ああ。これはすまない」
「半日飲まず食わずで、すっかりのどがカラカラだったのだ――うッ!?」

 そして綾乃は、飲んでしびれた2人を、窓からいばらの森にポイポイした。

 指1本動かせず落下していく2人に、下から伸びてきたいばらのツルがシュルシュルと巻きついて、引っ張り込んだ。
「これも、いちごちゃんのためですもの」
 志方ないね。

 肩をすくめて振り返った先、なぜか残りのスポーツドリンクごとダンボール(大)が消えていた…。


「まぁ、まだまだたくさんあるし。いっか」