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リアクション
3.
「あの、時計みたいに回ってる、箱のついた大きな車輪はなんでしょう? あれにいきません?」
と、イオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)は観覧車を指さした。
「あれは観覧車ね」
と、返す宇都宮祥子(うつのみや・さちこ)。
興味深そうに観覧車を見ているイオテスの手を取って、祥子はそちらへ歩き出した。
「観覧車っていうのは、あのゴンドラに乗ってゆっくり一周するアトラクションよ」
「そうなんですか」
列に並んで回ってくるゴンドラを待つ。観覧車といえばデートの定番であるため、さすがにカップルが多かった。
気にせずに祥子はイオテスを連れてゴンドラへ乗り込んだ。左右のシートに向かい合って腰かけ、祥子は窓の外を指さす。
「ほら、景色が綺麗でしょう。こうして上にいくのよ」
イオテスも窓外を見下ろすが、すぐにきょろきょろと周囲を見回した。
「あ、あそこに蒼空学園が見えるわよ」
祥子の指さす方向を見つつ、イオテスは祥子の隣へ寄り添うように座った。それもそのはず、彼女は他のゴンドラに乗ったカップルたちが一様に何かしているのを見てしまったのだ。
「ということは、大荒野はあっちの方……見て、イオテス、地平線」
遠くの方にそれらしき景色を見つけて祥子がはしゃぐ。
「綺麗ね」
「ええ、そうですね……」
風が吹いてゴンドラが揺れた。もうすぐ頂上だ。
イオテスは意を決すると、祥子へちゅっとキスをした。
その不意打ちに祥子が目を丸くさせていると、イオテスが言う。
「これが正しい乗り方、ですよね? あ、それとも嫌でしたか?」
「え? えー、ああ、えーっと、ちょ、ちょっと待ってねっ」
まさかイオテスがカップルたちを真似るとは思わなかった。ましてや、それを正しい乗り方だと思い込むなんて。
いろいろ教えてやらなきゃいけないな、と考えつつ、祥子は落ち着いてからにこっと微笑んだ。
「別に嫌ではないけれど、観覧車でキスするのは恋人同士だからするの。そうじゃないなら、ただ一緒に乗って景色や空間を楽しめばいいのよ」
イオテスがはっとして、申し訳なさそうな顔をする。そんな彼女を気遣うように祥子は言った。
「まあ、たまにはこういうのも良いでしょう」
と、今度は自分の方から彼女の頬へキスをする。二人は恋人同士ではなかったが、そうするのは親愛の証だった。
「ステンノってゴルゴン三姉妹の長女だよねぇ。どうしてメドゥーサはないんだろう」
と、てくてく洞窟を進みながら御影美雪(みかげ・よしゆき)は呟いた。ちなみにエウリュアレは次女である。
風見愛羅(かざみ・あいら)は美雪の隣を行きながらびくびくしていた。薄暗いのは平気なのだが、洞窟の雰囲気が怖いのだ。
狭い道を、腰をかがめながら美雪が通り抜けていく。その後に続いた愛羅は、道の奥から何か出てきそうな気がしてびくっとした。
「愛羅?」
と、美雪が彼女の様子に気づいて声をかける。こちらを向いた彼女の顔は、どこかこわばっていた。
それに気づいた美雪は手を差し出すと、もう一度、優しく彼女の名を呼んだ。
「愛羅」
はっとして、愛羅はその手を取る。
「……はい」
きゅっと握られて伝わる温もり。その温かさに少しだけ、彼女の恐怖が和らいでいく。
そしてまた歩き出しながら、美雪は言った。
「大丈夫だよ、俺が最後まで連れて行くから」
その愛らしい外見とは裏腹に、頼もしく男らしい言葉だった。
「はい……最後まで、お願いします……」
と、愛羅は小さな声で返した。
繋いだ手がやけに温かい。体温というよりも、互いの心の温度を伝え合っているように思えてくる。
恐怖心を置き去りにそんなことを考えて、愛羅は思わず顔を赤くした。だが、薄暗い場所なので気づかれてはいない様子だ。
しかし美雪もまた、頬を赤く染めていた。幸せと恥ずかしさでドキドキしていたのだ。
とても初々しい二人だが、互いの表情がよく見えないのは少し残念でもあった。
健闘勇刃(けんとう・ゆうじん)は唐突に聞こえてきた羽音にびくっとした。
彼の後ろにいた天鐘咲夜(あまがね・さきや)とセレア・ファリンクス(せれあ・ふぁりんくす)もつられてはっとする。ばさばさというコウモリの羽音だ。実際にそれが『ステンノ洞窟』にいるかどうかは分からなかったが、勇刃は咲夜とセレアの手を取った。
「大丈夫だ、心配するな。二人とも俺が守ってやるからな」
と、気を取り直して歩き出す。
道幅は狭く、三人が並んで歩くことは不可能だった。そのため、自然と勇刃の腕は二人の大きな胸にぶつかってしまう。
そのたびにドキドキする咲夜とセレアだが、勇刃は気にしていない様子だった。いや、あえて気にしないようにしているのだろう。
先へ行くと、少しだけ道が開けてきた。代わりに灯りの間隔が広がっている様子だ。
「きゃっ」
段差に気づかず、咲夜は足を滑らせて転んでしまった。
「咲夜、大丈夫か」
と、すぐに彼女を起こしてやる勇刃。
「あ、足が……くじいちゃったみたいです」
痛みか情けなさか、泣きそうな顔をする咲夜。勇刃はすぐに彼女へ背を向けた。
「おぶってやるから、俺の背中に乗れ」
「健闘くん……」
その様子をセレアは少し、羨ましそうに見つめていた。
咲夜をおぶって再び歩き出す勇刃。
さすがにその状態では通りにくい道もあったが、勇刃は立ち止まらなかった。その姿に咲夜もセレアも釘付けだった。
そうこうして進む内に見えてきたのは吊り橋だった。
「つ、吊り橋……俺、高所恐怖症だ」
と、ごくりと唾を飲む勇刃。その背中で咲夜は言った。
「私のことはいいから、セレアさんと先に行って下さい」
「いや……そういうわけにはいかない」
勇刃はセレアを振り返った。
「行くぞ、セレア」
「はい、健闘様……!」
そして意を決して吊り橋へ挑んだ!
ぐらぐら揺れる足下に気を取られることなく、意地で向こう岸を目指す。セレアは彼の腕を掴みながらその後を付いて進んだ。
「……ふぅ、何とか通れたぜ」
と、息をつく勇刃。心臓がばくばくしていたが、すぐにそれも咲夜の声で感じなくなった。
「宝石です! ほら、あそこ!」
一際明るい灯りの下、きらきらと輝くものが見えている。宝石だ。
勇刃は喜んで彼女たちと顔を見合わせた。
「やったぜ! 咲夜、セレア!」
ちょうど日の暮れる頃だった。
非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)とユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)、イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)、アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)は観覧車に乗りこんだ。
ゴトンゴトンと頂上目指して高さを増していくゴンドラ。
窓外の景色にユーリカは目を奪われていた。どんどんと広がっていくそれに、アルティアがパーク内の半分近くを占める『ゴルゴーン』を指さした。
「あ、あちらにゴルゴーンが見えるのでございます」
近遠とイグナもそちらに目をやった。
「本当ですね。やっぱり、上から見ても広いです」
「そうですわね、また遊びに来たいですわ」
と、ユーリカが言う。
『古代遺跡エウリュアレ』を踏破した四人は、数時間前のことをそれぞれに思い出していた。
「遺跡や洞窟をわざわざ作るのって、きっと大変だったでしょうね。正確には、遺跡を模した建造物で……遺跡ではないですけれど」
と、近遠。
「でも、雰囲気は本物にも劣らない遺跡だったと思うのでございます」
「本当の遺跡でしたら、今頃、全員大変な目にあっていると思いますわ」
と、ユーリカは窓の外を覗くのをやめて座り直した。
「少なくとも、ここでこうして談話はしていられないであろうな」
と、イグナが相槌を打つ。アトラクションだからこそ、こうして無事に出てこられたのだ。
「そうでしょうね。……あ、もうすぐ頂上です」
近遠が隣のゴンドラを見つめて言い、改めてユーリカとアルティアが外の景色を見やる。
あれだけ広かった『ゴルゴーン』は箱庭の中に埋もれて見えた。
「高いですね、周りの景色がよく見えますよ」
「ふむ……高さだけなら、イルミンスールから眺める景色も大差無いであろう」
と、眼下を見下ろしながらイグナは言った。初めて見る景色ではあったが、高さだけなら見慣れたものだ。
そして頂上へ来たところで、ユーリカが言った。
「ここのスイーツは並でしたわね。遊びに来たら食べに行きますけれど、わざわざ食べるためだけに来るほどのものではありませんでしたわ」
その偉そうな口ぶりにイグナが笑う。
「テーマパークの主体はアトラクションであろう。フードがメインでは困ると思うのだが」
「それもそうでございます。ですが、これから発展する可能性はあるかもしれません」
と、アルティア。
ユーリカは少し興味を示す様子を見せたが、また言う。
「でもスイーツは遊ぶついでで良いですわ」
そんな三人のやりとりを聞き流しながら、近遠は遠くにツァンダの街並みを見つけていた。一際大きく見えるのは蒼空学園の校舎だ。ここからツァンダまでは駅三つ分くらいだろうか。近遠が思っていたよりも近くにあった。
ゆっくりと降下していく途中、近遠はパートナーたちへ声をかけた。
「今度は『ステンノ洞窟』を探検しに行きましょう」
ユーリカとイグナ、アルティアがそれぞれに頷いてにこっと笑う。
今日はとても充実した一日だった。