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SPB2021シーズン 『オーナー、事件です』

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SPB2021シーズン 『オーナー、事件です』

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【六 とある疑惑】

 ワルキューレのホーム球場スカイランドスタジアム内のクラブハウス隣接オフィスにて。
 対ブルトレインズ三連戦を翌日に控えたその日、会議卓を囲んで、少々珍しい顔ぶれが一同に会していた。
 ホワイトボードに近い位置に陣取り、進行役と議題や論点の書き出し役を買って出ているのは、共同オーナーのひとりでもある蒼空学園校長山葉 涼司(やまは・りょうじ)である。
 その隣の席には、火村 加夜(ひむら・かや)が球団所有のノートPCを前にして座り、議事録を取っている。
 会議卓を挟み、山葉オーナーと加夜のふたりと向かい合う位置には、球団マスコットガールのセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)のふたりが並んで座り、卓上にメモ帳を広げて、真剣な面持ちでホワイトボードに書き出された文字の列をじっと凝視していた。
 ホワイトボードに書き出されているのは、いずれも加夜が提案した球団イベント案と、それに対する実現可能性、及び集客見込みの数値などであった。
 観戦ツアーや始球式の抽選会、或いは本塁打・奪三振数の予想クイズなどが挙がっているのだが、どれも観客が球場に足を運ぶことを前提としており、それ以前に広告としての集客力はどうなのかという部分で、ちょっとした議論になっていた。
「ツアーや抽選会の案内役ぐらいなら、あたしかセレアナで十分可能だけど、進行管理は加夜にお願いしたいわね……でも、それって出来るの? 確か加夜って、試合中は記録員としてスコアブック付けなきゃなんないんでしょ?」
 セレンフィリティが腕を組みながら、眉間に皺を寄せて加夜の困ったような表情を、じっと凝視する。
 実際、セレンフィリティが指摘するように、加夜はワルキューレ公認の記録員として、毎試合スコアブックを記録する任を負っているのである。
 記録員の仕事は、決して簡単なものではない。SPB野球協約によれば、公認記録員は試合終了後から24時間以内に試合記録をSPB事務局に提出しなければならないのである。
 また、必要と認められれば記録の修正や、報道関係者に記録の公開といった作業も随時発生する。意外と、忙しい職種なのだ。
「アイデアは尽きないけど、人手が足りず、か……難しいところね」
 セレアナのこのひとことに、現在ワルキューレ広報が抱える全ての問題点が集約されているといって良い。せめてワイヴァーンズの円のように、広報の司令塔といえる存在がワルキューレにも居れば良いのだが、今のところ、その役職に該当する人物は存在しない。
「シーズン終了後の、球場無料解放のお祭りなら出来そうなんだけど……さすがにシーズン中は、私も手一杯ですから、そこまでは無理ですね……」
 色々提案しておきながら、自分自身がそこに関与出来ない現状に、加夜は珍しく唇を噛んで、悔しそうに俯いた。矢張り、球団の組織構成そのものが未熟であるといわねばならないのが、一番の問題であろう。
 セレンフィリティが自身で記したメモ帳の内容に視線を落としながら、加夜の言葉を受け継ぐ。
「あたしが進行管理するって方法もあるけど、案内役をどうするか、よね。あたしとセレアナが同時に消えちゃったら、アルプスの対応が疎かになっちゃうしねぇ」
 と、その時だった。
「やっほ〜! 涼司! ……じゃなくて、オーナー! 注文してた学ラン出来たよ〜!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の元気な声が、いささか陰鬱とした空気に支配され始めていたオフィス内に、凛と響いた。

 美羽が学ランを持ち込んできたのには、理由がある。
 実は美羽は、成績が振るわないワルキューレの現状を憂い、蒼空学園のチアリーディング部を率いてアルプスでの応援活動に精を出すようになっていたのだが、それだけでは物足りないと思い、山葉オーナーにも学ランを着させて応援の一端を担ってもらおうと、そのように考えていたのである。
 試合中は暇である山葉オーナーも、一応受諾はしたものの、まさか学ランを着させられることになろうとは、夢にも思って見なかった様子であった。
「おめぇよぅ……本当に作ってきやがったのか」
 山葉オーナーはいささか呆れた様子で、嬉しそうに学ランを室内の面々に披露する美羽を眺めた。
 ところが、セレンフィリティとセレアナ、そして加夜の三人がほとんど同時に、ぱっと明るい表情へと顔色を変え、互いに顔を見合わせている。
 そして三人揃って椅子から勢い良く立ち上がり、意味ありげな笑みを美羽に向けた。
「美羽さん、丁度良いところに来てくださいました!」
「えっ……なに?」
 いつになく明るい調子で呼びかけてくる加夜に、美羽は幾分気圧された様子で、一歩たじろいだ。だが、ここで逃げられてしまっては元も子もない
 セレアナがわざとらしく席を離れて美羽の背後にまわり、後ろから美羽の両肩に手を置いて、優しげに微笑みかけた。
「実はね、あなたに打ってつけの仕事があるの」
「まぁまぁ、立ち話も何だから、とにかく座って頂戴な」
 続けてセレンフィリティが美羽の手を取り、手近の椅子に座らせた。なされるがままになっている美羽は、もう何が何だか、訳が分からない。
「はい、それでは応援ツアー案件に関するミーティングを再開します」
 さも当たり前であるかのように、加夜がそう宣言する。議題も何故か、観戦ツアーから応援ツアーにすりかわってしまっているのが、実に心憎い。
 そして美羽は、この時初めて、
(何か知らないけど、巻き込まれた!)
 と、内心で地団太を踏んだ。
 自分はただ、応援用の学ランを持ってきただけなのに――思わぬところで思わぬ展開が待っていたものだと、諦めの吐息を漏らすしかなかった。

 こうしてようやく、球団主催のイベントに関するミーティングが軌道に乗ろうとしていたのだが、その矢先、再び闖入者がオフィスに顔を出してきた。
「オーナー、ちょっと良いか」
 この程、ワルキューレ球団専属ドクターに就任した、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)であった。
 ダリルが顔を見せた瞬間、セレンフィリティが幾分複雑そうな色を面に張りつけていた。というのも、つい数日前、彼女はダリルに猛然と食ってかかる事件が発生していたからだ。
 その事件とは即ち、リーグ再編に伴う球団消滅に関する噂についてである。
 ワルキューレ球団内で、最初にリーグ再編、及び球団消滅の可能性に関する情報を仕入れてきたのは、このダリルであった。
 この不吉な情報を聞きつけ、セレンフィリティがダリルに激しく抗議するという一幕が見られたのである。
「ちょっと! まだ始まったばかりなのに、いきなり終了だなんて、ふざけるにも程があるわよ!」
 しかしこの抗議は、相手が間違っていた。ダリルは単純に情報を仕入れてきただけで、彼自身がSPBに加担している訳ではないのである。
 流石に拙いと判断したセレアナが、慌てて止めに入ったというのが、事の顛末であった。だが、猛抗議を受けた当のダリルは、そのような事件があったことなどもうすっかり忘れているらしく、セレンフィリティの顔を見ても別段表情を変えることなく、山葉オーナーを手招きしている。
 ともあれ、緊急の用件だということで、山葉オーナーは足早にダリルの元へと歩み寄った。
「どうか、したのか?」
「……実は、例の再編話の件で、気になる情報を発見した」
 ダリル曰く、チームドクター業務の一環として電子カルテを作成する傍ら、SPB事務局のHPなどを隈なく検索しているうちに、ある情報にいきついた、というのである。
 さすがに事が事だけに、加夜や美羽、或いはセレンフィリティといった面々に漏れ聞こえるのは拙いと判断したのか、ダリルは山葉オーナーだけを室外に連れ出し、懐から一枚の文書コピーを取り出した。
「これは、一体何だ?」
「組織図のサマリー、そしてあるふたりの人物の通話記録だ」
 医師であると同時に、優れたハッカーでもあるダリルにとっては、こういった類の情報を仕入れるのは、朝飯前であった。
 山葉オーナー自身も情報処理には相当自信のある方だったが、ダリルのハッキングにはいつも舌を巻かされる思いだった。
 だが、この時ばかりはそんな呑気なことをいっていられる余裕は無い。ダリルが示した情報の中に、驚くべき人物名が記されていたのである。