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決戦、紳撰組!

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決戦、紳撰組!

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 扶桑の都に開いた萬屋、『叢雲の月亭』の支店で、ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)は両手の指を組んで考え事をしていた。黒色のポニーテールが静かに揺れたのは、風のせいではなく、ウィングが首を傾げたからである。知的さの宿る金色の瞳を瞬かせながら、ウィングは思案していた。
 ――それにしても、とウィングは推察する。
 ――楠と梅谷が繋がっているように私には思えるよ。
 ――死体は梅谷ではなかった。ならば、彼はいまどこにいるのか。もしや自分の死を偽造したのか? 確かめなければ。
 そう決意したウィングは立ち上がりながら、今後の手段を模索する。
「まずは、梅谷を探すための手がかりを見つけなければ」
 呟きながら、腕を組んだ。
「だが、彼は扶桑の街からは抜け出てないと私は思っている。問題は――手がかりを得る方法、か」
 ウィングのそんな声は初夏の風に熔けて、扶桑の都へ散っていった。


 その正面の道を、一人の紳撰組隊士が通り過ぎていく。
 彼は、前回、局長である近藤 勇理(こんどう・ゆうり)の無実をはらしてくれるよう『よろずや』に依頼をした隊士だ。彼が視線を彷徨わせていると、丁度茶屋でこれまでの経緯を話し合っている相田 なぶら(あいだ・なぶら)フィアナ・コルト(ふぃあな・こると)の姿が目に入った。これまでに猫探しの依頼や、冤罪事件の証明などで扶桑の都を右往左往していた『よろずや』の彼らは、宇治金時を挟んで視線を交わしていた。
「以前の調査でも詳細は余りつかめなかったな」
 嘆息したなぶらに対し、大剣と『よろずや』の看板を側に置いたフィアナが、青い瞳を向ける。
 なぶらが口にしているのは、朱辺虎衆というらしい黒装束の集団の話しである。朱い牛面をつけており、方々で攘夷に浮かれる志士達を煽っているらしいことが分かっている。これまでの寺崎屋や逢海屋といった、紳撰組の討ち入り先にもかげを見せている。
「よろしいか?」
 二人の姿を見つけた紳撰組隊士が歩み寄ると、二人は顔を上げた。
「はい?」
 よろずやとしては未だ下働きの立場であるなぶらが応えると、安堵するように、紳撰組隊士が笠を取った。身分を知られぬように、私服の和装をしている様子である。
「先日尽力して下さったことには礼を尽くしても尽くしきれない。――その上で、大変心苦しいのであるが、また手伝っては下さらないか」
 頭を垂れた紳撰組の隊士を見て、驚いてなぶらがフィアナへと振り返る。すると彼女は麗しい銀色の髪を揺らしながら、小首を傾げた。
「頭を上げて下さい。伺いましょう」
「有難い。実は、局長はまた討ち入りを決意した様子なんだ。だが、まだまだ我々だけでは力不足なのです。特に、朱辺虎衆を討ち取る為には」
 辺りをはばかるようにしながらも、率直に述べた隊士の声にフィアナが考え込むように瞳を揺らす。
 ――朱辺虎衆も紳撰組も、どっちも胡散臭いけれども……。
 そんな事を思いながら、なぶらは、フィアナはどうするつもりなのだろうかと見守っていた。
「――紳撰組には寺崎屋の時にご迷惑を掛けてしまったかりもありますし、今回は協力させて頂きましょう」
 先日、猫探しの過程でうっかり討ち入りの場に侵入してしまったフィアナは、そう口にすると情に厚い性格を滲ませるように、優しく目元を和らげた。
「それにどんな大義名分があろうとも、市井に不安を振りまいている存在である朱辺虎衆には少しお仕置きが必要でしょうしねぇ」
 パートナーのその声になる程と思いながら、なぶらは小刻みに頷いた。
 確かに、丁度良い機会かもしれない。
 ――朱辺虎衆の面々を捕らえて色々と情報を聞き出そう。
 そう考えた彼は、依頼である以上、正確に任務をこなそうと決意した。


 軒を構えるよろず屋街の少し向こう、僅かに離れた場所にある団子屋には、午後からのシフトである詩歌がアルバイトに訪れていた。日中に増やしたうどん屋の仕事は、大工の大吉の紹介である。まだ初めて日が浅い為、彼女を労うように大工は顔なじみになった団子屋へと訪れていた。そして呆気にとられて、手にしていた雨傘を取り落とした。
「鬼城家後け――……」
「あーあーあー暑ぃねぇ」
 大吉は、ごくいつもの風景のようにそこにいたアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)の姿に狼狽えたのである。しかし大吉の声を打ち消して、アキラは片眼を細めて笑って見せた。彼は、鬼城家後見人で、前将軍・鬼城貞継の心友としても名高い人間である。だがそんな威厳を感じさせるでもなく、実に飄々とした姿で、既知となった人々の心を掴むのが上手い。だから以前詩歌が追われた一件で知るまでは、大吉はアキラを仲良くなった馴染み客だと思っていたものだ。
「大吉っつぁん、秘密にしてくれねぇか」
 アキラのその言葉で我に返った大吉は、思わず女将達へと視線を向けた。
 すると女将も詩歌も照れくさそうに笑って頷いている。
「……――おぅよ。『扶桑』の樹に誓って、俺は何も知らねぇ。これは、嬢ちゃんの顔が見られなくなるのが、嫌だから、ただそれだけだぞ」
 ルシェイメアを少女と信じて疑わない大吉の言葉に、アキラは喉で笑った。
「さぁさぁお三方とも、新商品の『あいす』の天ぷらですよ」
 詩歌が差し入れるように、バニラアイスに衣をつけてあげた品を持ってくる。
「あいす?」
 初めて聞く単語に大吉が、はちまきを揺らした。その正面を、顔に傷がある青年が一人通り過ぎていった。


 頬の傷を撫でながら、青いぼさぼさの髪を揺らして帰宅した橘 恭司(たちばな・きょうじ)は、窓の正面にある執務机の椅子へと座しながら嘆息した。湿気が多く、涼しい和装を着崩していても、肌に衣が張り付いてくる心地だ。
「何か企んでいる古狸の臭いがする」
 煙管に火種を灯しながら呟いた彼に、八神 六鬼(やがみ・むつき)が振り返った。
「恭司殿、今回我は如何様に動こうか……」
 妖艶な装いで褐色の肌を恭司へと向けた彼女は、小首を傾げた。
 六鬼は、恭司が、マホロバの市でたまたま見つけた鎧を家に持ち帰り、埃などを拭こうとした時、人の姿に戻った魔鎧である。嗚呼、またそろそろマホロバの市の季節が訪れる。
 ――あの時、勘違いで恭司を引っ叩いたが、数日後勘違いを解き和解したのは、今では良い思い出である。
「ああ、情報の整理と取り纏めを頼む」
 心此処に在らずといった調子のパートナーの声に、六鬼が目を細めた。
「何? また情報の整理と纏めだと……? 最近この仕事ばかりだな、まぁ良い」
 どこか不服そうなその声に微苦笑して返した恭司は、それから配下の者達を呼び寄せた。 彼は、将軍家のお庭番じみた忍術部隊『八咫烏』を預かっているのである。
 呼びつけたのは、事務員二人とヤンキー二人、そして埼玉県民三人だった。特に今回から登用された埼玉県民1はどこか緊張している様子である。あるいは今年の熊谷が著しく暑いからだったのかも知れないし、川越からほど近い上福岡に集中豪雨があったからなのかもしれない。
「キミ達は、井戸端会議に参加して、情報を集めてきてくれ」
 埼玉県民1と、前回から扶桑の都で暗躍している埼玉県民2に対し、恭司がそう告げた。
 二人は揃って頷くと、その場を後にする。
「キミは、は俺と一緒に現地調査だ」
「まじっすか、やった」
 顔をほころばせたヤンキー2が、小さく拳を握る。喜びの表れだ。
「キミは六鬼と共にまた情報の纏めと牙竜に報告だ」
 武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)を念頭に置きながら、彼は続けた。
「調査が終わった者は事務所で六鬼に報告して、『休憩』しておいてくれ」
 休憩という語に『警戒』という色を込めて恭司が言うと、埼玉県民3が大きく頷いた。
 そうしたやりとりを見守りながら、六鬼が瞳を揺らす。
「恭司殿もそうだか八咫烏の面々も無茶と深追いだけはされるなよ?」
 彼女の声が、八咫烏の執務室で静かに潰えていったのだった。






 その頃武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)と、彼と共にある武神 雅(たけがみ・みやび)重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)そして龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)の姿は、扶桑守護職である松風堅守の邸宅にあった。
 日が落ち、名残惜しむように雲がその色を伝えている。
「松風堅守殿。これより、私は陸軍奉行並としてマホロバ幕府とシャンバラ政府との外交政策をとることになります」
 ここ数日の会談で親交を深めた、マホロバ幕府の陸軍奉行並の言葉に、堅守は頷きながら桜の花びらが浮いた杯を差し出す。
「聞き及んでおります。貴方は、今後、マホロバの未来を背負う御方だ」
 唇を撫でた松風堅守は、静かに瞬く。
「その為には、罪を犯した者は償ってもらうべきだと感じます」
 牙竜は――中間管理職として刀での戦いだけが全てではないことを見せないとな、と感じていた。中間管理職として、本気で不逞浪士や朱辺虎衆に味方する契約者を処罰する環境を用意する事、それが自身に課せられた使命であるのではないか、そう考えていたのである。
「無論、罪を犯した者には相応の罰がある。当然のことですな、陸軍奉行並」
「百合学は要人暗殺を育成する学校だ」
 堅守の言葉にかぶせるように牙竜が述べると、堅守が腕を組んだ。
「百合学とは?」
「百合園女学院です」
 補足した灯を一瞥しながら、堅守が首を捻る。
「それは、こちらがあずかり知らぬ勢力ですか」
「大老暗殺犯が所属している学園だわ」
 雅が言うと、堅守が思案するように遠くを見る。
「つまりは扶桑の都――いや、マホロバの遠くにある場なのですな」
 リュウライザーが無言で頷くと、堅守が嘆息した。
「陸軍奉行並。私は、『幕府』から『扶桑の都』を護る事を承ったのです。それは、扶桑の都を思ってのこと。――同様に、些末たる私同様に、同じ想いの人間は多い。暁津藩など、その筆頭でしょう。しかし彼らは、勤王党をかかえ、日々思案している。我々は、ただ将軍家を信ずるのです。だからこそ、あなた方のように、前衛的な思想の持ち主を重用したのでしょう。だからこそ我々は、『此処にいて出来ること』に注力したいのです」
「此処で出来ること? ――それは罰する必要がないということか?」
 牙竜が思わず問うと、扶桑守護職は微笑して首を振った。
「悪しきことは悪しきこと。だが、外交までもに口を出すのは、礼を欠く。私は将軍家の御為に、この都を護るのです。私は扶桑の都の治安を一時的に預かっているに過ぎない」
「では外敵は、野放しにしても構わないということか?」
「そうならないよう、この都にて私は紳撰組を預かったのです。貴方のように他の大地を知るもの達で組織された、あの部隊を」
「では……捕まえるべきではないのですか?」
 思案するように眉間に皺を寄せた牙竜に対して、堅守は穏やかに微笑んで返した。
「『この都』や『マホロバ』で起こったことに関しては、無論私が責任を持ちましょう。だが、陸軍奉行並――武神殿。貴方にそれを背負わせるべきではない。この扶桑の都の治安を預かったのは、私です。その上、貴方には、やるべき事が、成すべき事がある。貴方をおいて一体誰が、国際事業や、シャンバラとの通商通行条約を上手く運ぶのですか」
「しかしそれでは――」
 言葉を続けようとした牙竜を遮り、堅守はお茶を差し出した。
「この国には、同じようにこの国を思う為に、自分が成すと思うべき事をなして――それを善悪と様々な方面から評価で受ける者がおります。何が正しいのでしょうか。ただ、将軍家に尽くす私は、共に尽力した大老の暗殺犯を見逃すつもりはない。だが、例えその場にいるからと、同じ場にいるからとはいえ、全てを善と言い切ることは出来ません」
「堅守殿……」
 逡巡するように瞳を揺らした牙竜に対し、深々と堅守は頷いた。
「貴方は成すべき事をするべきだ。私がお力添えできるかは分かりませぬが、扶桑の都は任せて下さい。それが扶桑守護職たる、私の矜持なのです」
 そう述べ、堅守は牙竜達を送り出した。


 松風堅守の邸宅でそんな会談が行われていた夜――。
「おみやげもちゃんと買ったし、そろそろ宿へ戻らない?」
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)が、艶やかな黒いポニーテールを揺らしながら、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)を一瞥した。吸血鬼であるアデリーヌは、麗しい容姿の中で、柔和そうに瞬いてみせる。
 二人が扶桑の都にやってきて、もう幾日もが経とうとしていた。
 観光の為にこのマホロバへとやってきた二人だったのだが、気付けば扶桑の都における喧噪に巻き込まれ、その不安定な情勢から足止めを余儀なくされていたのである。
 せっかくの機会でもあるのだし、という事で折を見て観光に出ていた二人は、揃いの小物や手ぬぐいを物色している内に、既に逢魔ヶ刻も過ぎ、周囲に闇が満ちていることに気がつかなかった。
「そうですわね」
 アデリーヌがそう応えた、丁度その時のことだった。
 二人の背後や近隣の屋根から、激しい足音が響いてくる。
 ――手裏剣が突き刺さる音、そして真剣がそれを打ち落とす音色。
「全くしつこい奴らね」
 面越しに響いてくる女の声と、刃物の気配に二人が気がついたのは、直後のことだった。
「しつこく逃げ回っているのは貴様等だろうが。朱辺虎衆の者だな、覚悟しろ」
 闇夜に紛れるような制服を纏った紳撰組の隊士二人が、切り込もうと身構えた時、さゆみの喉へと短剣を宛がった朱辺虎衆の一人が喉で笑った。
「市井の民を巻き添えに、私ごと斬る気かい?」
「治安維持を名目にしている組織にしちゃ呆れてならねぇな」
 アデリーヌの美しい首筋に鎌を宛がった朱辺虎衆のもう一人が、揶揄するように笑った。
「な、一般人――……」
 夜勤だった紳撰組隊士が、呻く。彼は、日中萬屋へと出かけていた隊士だ。
「卑怯だぞ、民間人を盾にするだなんて――嗚呼、副長達がいればこんなことには」
 一緒に見廻りをしていた紳撰組隊士が呟いた。
「あの、私達は……?」
 困惑した様子で茶色い瞳を揺らした美少女のさゆみに対して、面越しに朱辺虎衆の女が魅入られたようだった。
「……来い、女。二人には、人質になってもらう」
 その視線にさゆみを慕うアデリーヌは、僅かばかり眉を顰めた。彼女自身はここで朱辺虎衆を追い払うことが出来ないわけではなかったが、その間にさゆみが被害にあっては嫌だと思っていた。非常に穏和なアデリーヌは、思わず考える。
 ――さゆみもまた、アデリーヌに危害が及ぶことを懸念しているとは知らずに。
「わかったわ」
 同意したさゆみは、綺麗な手でアデリーヌの繊細な指を握った。
「大丈夫よ」
「……信じますわ」
 こうして二人は朱辺虎衆の人質になることになったのである。
「二人の命を助けたかったら、これ以上追っては来ないことだな」
 朱辺虎衆の女のその声に、紳撰組の隊士二人はおし黙り動けないのだった。
 逃亡していく彼らと、人質に取られた二人。
 その姿に、先に我に返った紳撰組隊士が叫んだ。
「必ず助けに行くからな!」








 その頃、陸軍奉行並を見送り、居室に戻った松風堅守の背後で、襖が静かに開いた。
「これは継居殿、宴以来ですな――盗み聞きとは、趣味が悪い」
 急須を引き寄せながら、松風堅守が笑ってみせる。すると、座したまま配下の者にふすまを開けさせた継井河之助は、頬を動かすこともなく無言で立ち上がった。
「下がっておれ」
 感情のうかがえない声と表情で告げた少年は、自分よりも年嵩の扶桑守護職の正面へと立つ。彼の後ろでは、簡素な音を立てて襖が閉まった。
「待つよう宛がわれた部屋の壁がこうも薄くては、聞くともなく声とて聞こえるでしょう」
「お茶を用意しました、そうご立腹されるな。座ってくれ」
「貴公は言路洞開を善しとされると伺っているが、子供に手の内を明かし、耳を汚すことをそう呼ぶとは浅学ゆえ、ついぞ知りませんでした」
 腰を下ろしながら、継井が唇の片端を持ち上げる。
「わしも、外国をうち払うべしと活動している暁津勤王党を要する貴殿が、まさか異国の者を保護する懐の広さをお持ちとは、ついぞ知り得なかった。いいや、思いもしなかった」
「さて、なんのお話か。我には分かりかねる」
 唇を撫でながら微笑んだ継井は、堅守が淹れる茶を見守りながら応えた。
「久しぶりに将棋でも打ちますか」
 差し出された湯飲みを受け取りながら頷いた少年に、笑み混じりの吐息をしながら松風堅守は将棋盤をたぐり寄せた。
「我が暁津藩の藩意は、鬼城将軍家にお仕えし――このマホロバを護ること。それ故、少々過激な行動を取る者が出るのもやむを得ない事」
 そんな少年の声を聞きながら、駒袋から取り出した王将を手に堅守が頷く。
「言路洞開とは、地球は日本の幕末に、京都守護職をしていた者の策だ。――攘夷派浪士が過激な行動に走る理由を、言論が封鎖されている故と考え、民草の声が上まで伝わらない事が悪因だと考えての政策である。即ち、浪士の声に耳を傾けるというものだ」
 並べられていく駒を眺めながら、暁津藩の家老の一人は、つまらなそうな顔をする。
 自身の前に置かれた玉将に目を細めながら、彼は腕を組んだ。
「貴公と我の考えは、対極だ」
「だが二つだけ、同じ信念がある」
「将軍家に尽くす事。そして扶桑の都を、ひいてはマホロバを護ること。しかし王と玉の様に、その姿は似て異なります」
「せめて角、もしくは飛車と言ってくれれば良いものを」
 喉で笑いながら、堅守が視線で開始を促す。歩を動かした継井は、失笑しながら吐息すると、視線をあげた。
「不満を聞き出すにも丁度良い集団、国外の者に害成すにも都合の良い集団。まことに朱辺虎衆という輩は、都合の良く御しやすい者達でしたね」
「さぁ、それこそ何のお話しやら。貴殿は面白いことを申しますな。――しかし嘆かわしいことに、都の治安を脅かす者達には、相応の報いを受けてもらわなければならない」
 銀の駒を進めた堅守もまた、顔を上げる。
「扶桑守護職様は、いつも御身を護る為に大切な駒を犠牲にする」
「保身ではないよ、暁津藩の家老殿。それが職務というものだ」
「将棋の話しです」
「無論わしとて将棋の一手の話しをしている。大切なモノを見極め護り、邪魔な歩は手駒に変えて、自身の歩もまた金と成す。護る為には、駒をくれてやるのもまた道理」
「もう数日で池田屋への討ち入りの頃合いですね」
「わしは貴殿と違って、人を駒とは思わんよ」
「子供の我には、駒と人との違いが、将棋と人生の異なりが、難しすぎて分かりかねます。貴公のように難解なことを仰る大人の方は、我が藩主や他の家老とじっくり会談なさるが良い」
「都合の良い子供の戯れで、羽をもがれる蜻蛉や蝶のなんと不憫なことか」
「いついた野良猫に、気まぐれな優しさで、見守っていた金魚を喰わせる大人の成す偽善や独善よりも、余程悪意がない虫への仕打ちは優しいのではありませんか」
「はて、わしは野良猫を餌付けした覚えなど、微塵もないが」
「では行儀の良い鎖をつけた飼い犬に、せいぜい手を噛まれぬようにお気をつけを。せいぜい餌も高価になさるが良い」
「子供のたとえ話は、語彙が貧困なせいか陳腐で好かない」
「都合が悪くなると話を変える大人よりは、余程ましだと思いますがね」
 パチン、パチンと駒の音が響く。
 ――それは新たにして最後の、群像劇の幕を開ける鐘の音色に酷似していた。