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サルヴィン地下水路の冒険!

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サルヴィン地下水路の冒険!

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 事件解決のために作られた仮設キャンプ……とはいえ、日差しと雨を避けるためだけに作られただけのごく簡単なものだ。
 その下で、源 鉄心(みなもと・てっしん)は大きくため息を吐いた。
「その無謀さは、ある意味尊敬に値するよ」
 鉄心の前で、簡易ベッドに乗せられているのは、イルミンスール魔法学校のアッシュ・グロックだ。
「そ、そうか? それほどでも……」
「褒められているわけじゃないと思います」
 鼻の頭を擦るアッシュに、ティー・ティー(てぃー・てぃー)が告げる。
「呆れてるんだ。『長雨の町』の時にも同じことをしてけがしていたのに、今回もまた、ひとりで突っ込んで……あまりひとりで走りすぎないこと。それに、引き際を見極めるようにしてください」
「どんな状況でも先手必勝が必勝の……あいてて」
「ほら、けがしてるんだから、暴れないでください」
 と、言うのは、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)。アッシュのけがの具合を見ながら、くるくると桃の皮を剥いている。
「無茶ばかしていて、まかり通るというものではございませんのよ。いいですか、桃李もの言わざれども下自ら蹊を成すと昔から言います」
 魔道書らしく知識を披露するイコナに、アッシュが眉をひそめる。
「それ、どういう意味だよ」
「つまり、桃はおいしい! ということですわ」
「それも、違うと思います」
 胸を張って見せるイコナに、がく、と肩を落としながらティーが行った。
 と、そのとき。
「まったくもー、また人に迷惑かけて!」
 キャンプの天幕を跳ね上げて、飛び込んでくるものがいた。永倉 八重(ながくら・やえ)である。八重はつかつかと足音を立ててアッシュのベッドに近づいてきた。
「げっ」
 うめくアッシュ。その眼前で八重は両手を腰に当て、じろっとにらみつけた。
「げっ、じゃないでしょ。アッシュ、学習って言葉知ってる?」
「知ってるに決まってるだろ、それぐらい!」
「このやりとりも、以前に聞いた気がするな」
 鉄心が小さく笑みを浮かべる。八重とアッシュはうっとうなって、顔を見合わせた。
「私は水路に潜って魔獣退治に行くけど、あんたはどうする? またけがしてるんだったら、どうせ無理だろうけど」
「なんだと! 俺だって行くに決まってるだろ!」
 叫び、アッシュが腕を振りかぶる。
「それだけ元気があれば大丈夫そうね。ほら、さっさと立つ! 行くわよ!」
「なんで俺様が指図されなきゃいけねえんだ!」
 八重に挑発されて、アッシュがベッドから跳ね起きる。巻き付けられた包帯を取り去り、先に走り出す八重を追いかけ、テントを飛び出していった。
「イコナの看病が聞いたみたいだな。お礼も言わずに行ってしまったけど……」
 鉄心が元気に走る様子を見て、鉄心が呟く。
「味の感想も言われなかったですわ」
 イコナは、自分が施した手当の成果を誇る機会を失い、アッシュが残した桃を口に運んでいる。
「彼は人にお礼を言ったり謝ったりするのが得意じゃないんですよ。本当はちゃんと、イコナちゃんのことも分かってるはずです」
 イコナの髪を撫でるティー。イコナはそれでもおさまらないようで、ぷうっとふくれている。そのふたりを眺めていた鉄心が、そっと目を細めた。
「ティー、ふたりのことが心配なんじゃないか?」
「えっ?」
 どきっとした様子で、ティーが鉄心を振り返る。
「まあ、確かにふたりとも突っ走るタイプだからね。誰かがフォローした方がいいかもしれない」
「また、お留守番ですの?」
 じっとイコナがふたりを見る。わずかな時間、三人の間で、視線が交わされた。
「いえ、私がひとりで行きます。鉄心さんはイコナちゃんと一緒に居てあげてください」
「大丈夫……ですの?」
 イコナが問う。
「大丈夫、お二人とも強いですし! それじゃあ、ここはお任せしますね!」
「ああ。気をつけてな」
 鉄心がイコナの肩に手を起き、ティーを見送る。
「けがには気をつけてくださいましね……」
 イコナは心配げに、手をふっていた。


 ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)の執務室に、ノックの音が飛び込んできた。
「手短におねがいしますわ」
 いつもの微笑を崩すことなく、ラズィーヤは告げる。扉をくぐって現れたのは、高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)、そして皆川 陽(みなかわ・よう)だ。
「あら、まだ水路に向かってませんでしたの?」
「そのことで来たんです」
 玄秀がまっすぐに目を向けながら告げる。
「必要なものは、すべてお伝えしてお渡ししてあったはずですわ。まだ何か?」
 ラズィーヤが首をかしげるのに、陽が小さく頷く。
「作戦のために配ってもらっている酸素ボンベなんですけど、あれをもっと……たくさん、欲しいんです」
「わたくしが? あなたたちのために?」
 じ、っと目を細めてラズィーヤが問う。
「う……」
 視線を向けられ、思わず陽が後じさる。
「必要なんです。魔獣を倒すために」
 玄秀は負けじとその場に立ち、ラズィーヤに告げる。
「できませんわ」
「何故?」
 玄秀が問う。陽は心配げにふたりの間に視線を往復させている。
「まず第一に、わたくしには必要なだけの支援をしているという自負がありますの。それ以上を要求するのでしたら、これは取引ですわ。わたくしの見定めでは足りないということになりますもの」
「念には念を押すことがが必要だと言っているんです」
 玄秀はなおも食ってかかる。
「第二に、あなたがただけを特別扱いするわけにはいきませんの。わたくしが依頼を出した以上、この事件に関わっている契約者、それに、わたくしから他の依頼を受けた契約者、みな同じですわ。大した理由もなく、誰かにだけ援助することはできませんの」
「でも、必要な準備を行ってもし失敗したら……」
 おそるおそる、という様子で陽が言う。が、ラズィーヤは首を振った。
「第三に、わたくしはあなたがたを信じていますわ。自らの力で、事件を解決できることを。むやみに他人の力に頼らずとも、状況を打破することができるはずですもの」
 しばし、三者の間に無言の時が流れた、やがて、ラズィーヤがゆっくり首を振る。
「おわかりになりましたら、事件の解決に向かっていただけますかしら? どうしても作戦のために必要なものでしたら、他の方のご協力を得て何とかしてくださいまし」
「特別扱いをしてくれというわけでは……」
 食い下がろうとする玄秀の肩に、陽がそっと手を置いた。
「行こう。確かに、時間を大事にしなきゃ」
「……分かりました」
 玄秀はうなるように言い、一度部屋の奥に目を向けてから、陽と共に部屋を辞した。


 地下水路……
 真っ暗な中に、一箇所、生物の気配が漂っている。
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)だ。長雨の町、雨水によって満たされた女王器に近づきすぎたため、自らの魔力が暴走し、女王器の破壊に伴う排水から逃れられず、ここまで流されてしまったのである。
「……守ってくれたのか」
 ぽつりと、グラキエスが呟く。それに答えて、彼の纏うコートが脈動した。
「とても、守れたと言える状況では……」
 コート……アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)の声が震えている。グラキエスの体からは黒い血が流れ、水路を流れる水を伝っている。
「魔鎧として、主の身を守ることだけを考えていたというのに、結果として主をさらなる危険に巻き込んでしまった。こんなことになるくらいなら、魔鎧として装着されていない方がよかったのかもしれない……」
 独白じみた言葉を、アウレウスが漏らす。グラキエスは、ゆっくりと呼吸を整えてから、コートに触れた。
「いや、まだだ……。まだ、あなたの力を貸して欲しい」
 グラキエスは自分の指に着けられた指輪……水中呼吸を可能にするウォーターブリージングリングを外す。
「……助けを呼んできてくれ。あなたの強化光翼なら、泳がずに進むことができるはずだ」
「しかし! 主を守らなければ……」
「俺がついていくのは、かえって危険だ。足手まといになるだけだろう。かといって、ここで待っていても、誰かが気づいてくれる可能性は低い」
「しかし……」
「心配するな。まだ、奥の手がある。あなたが助けを呼んでくるまでくらいは、耐えられるさ」
 しばしの沈黙。やがて、アウレウスがコートの姿から、青年の体へと変化する。その手は、しかとグラキエスの手を掴んでいる。
「必ず……必ず、助けを連れて戻ります」
 そして、その手からリングを受け取った。身を翻し、流されてきた方へ向けて水へ飛び込む。
 その背を見送ってから、グラキエスはゆっくりと体を起こした。
「楽に待たせて欲しいんだがな……」
 振り返る。彼の流した血を目指して、大きな魚影がゆらゆらと近づいてきているところだった。