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リアクション
●光、音、いっぱい
「お、短冊だよ。書いていかない?」
ケイラが呼びかけた。
「そうね。そうしましょう」
さっそく、今日は赤毛の睡蓮が筆を振るった。
赤い短冊に赤字……ということは読めないのだがまあそれはそれとして、彼女はこう書いた。
『そろそろ玖朔さんが私から離れられなくなりますように』
恋人を愛に溺れさせるのが彼女の夢であり理想だ。
ロジエも一枚、そっと抜き取った。黄色い短冊だ。
「わ、我も一筆、書かせていただいてよろしいのでしょうか……」
びくびくおどおど訊くロジエに、もちろん、とケイラは頷いて見せた。
震える文字でロジエは書いた。
『今日一日、無事で過ごせますように……』
「なんでそれが黄色短冊なんだよ。将来の大望?」
「あまり外に出たことのない我にとって、一寸先は闇……ですので。これでも大望なのです……はい」
「……まあいいけど」
やれやれ、と溜息してケイラは、二人のドゥムカのほうを見た。
同じ名乗り同士、親近感があるものらしく、娘ドゥムカは男ドゥムカに呼びかけていた。
「ふふん、近くで見てみると大ドゥムカよ」
「なんでィちびドゥムカ、やっぱり近くで見ると、俺はおっかねェ顔か? まあそいつは褒め言葉だぜ俺の場合はよう」
「逆だよ。鎧がなくても中々の男前だぞ」
「へっ、煽ててもなんにも出ねェぜ」
と言いながらも大ドゥムカは、まんざらでもない表情である。
「それはそうとして短冊をつるす。肩を貸せっ」
「なんでまた」
「いいから貸せっ、高い位置につるしたほうがこういうのは効くのだ」
「なんだその理屈? 仕方ねェなァ……」
大きなドゥムカに肩車され、小さなドゥムカは短冊を笹につるした。
紅い短冊だった。
『また、買い物にでも行ってやらなくもない』と書いてあるが、顔を上げても大ドゥムカには見えないくらいの位置につるされてあった。
「大ドゥムカは短冊をつるさんのか?」
「俺ァ、いいよ。めんどくせェ。じゃあまァ、俺の願いはお前のと同じにしとくかな。これでお前の願いは、叶う確率二倍って寸法だァ」
「そ、そうか。うむ。そうか」
「何だ嬉しそうだな」
名前以外共通点はないが、妙に気の合うドゥムカとドゥムカのようだ。
妙にいいオジサンしている大ドゥムカに、雄軒は不思議そうな顔をする。
「本来、あの男そんなに甘くないんですが……」
やはり世の中には不思議が多い。
ところでこのすきに、そーっとケイラは黒の短冊をつるしていた。
ごく薄い字で書いたから、ちょっとやそっとでは読めまい。
こう書いたのだ。
『今年くらいは誰かに心動かされる事がありますように』
さて一方ミスティーアは、ローの頭をなでながら言った。
「さあ、ローラちゃんも書こうね」
ところがローは首を横に振ったのである。
「……ワタシ、字、書けない」
バカだから、と寂しげにローは笑った。
「バカなんかじゃないわ! 塵殺寺院のせいで、そんな境遇にさせられていただけ! じゃあ私の短冊を使うわね」
「でも、それだと、ミスティ、願う、できない」
「気にしないで! カリスマたる私はいわば全女性の憧れのマト、願い事なんて今さらないわ!」
さらさらとミスティーアはペンで短冊を書いた。黒い短冊を選んでいる。
「書いといたわ。『ローちゃんがパイちゃんと再会できますように』って! 教導団とかにばれたら困るから黒短冊ね」
「ありがとう、ミスティ、友達」
「本当にそう思ってる?」
「ワタシ、嘘、できない」
このとき、ローはにっこりと笑ったのである。
「嬉しいこと言ってくれちゃって!」
カリスマなミスティーアだが、彼女は孤独を知る女性でもあった。
だからこの言葉は心底嬉しかった。
ただ……。
(「ぎゅっと抱きしめるたび思うのだけど……ていうか睡蓮ちゃんもだけど……何を食べたらこんなに大きくなるのかしら?」)
ローを抱きしめると、胸にエアバッグでもついているのではないか、といった感触が帰ってくるのである。
そこからは夜店を回った。
人出が多いので、少々騒いでも注目を浴びることはなかった。
しかも、ただでさえ長身の大ドゥムカが、小ドゥムカを肩車してばかでかくなったのが先頭に立つので、ローの姿もまぎれてしまう。
「あっちへ行くぞー! ほれ、あの美人なんてどうだ。好みのタイプか? 声かけてみるか? 大ドゥムカ?」
「そりゃ美人だとは思うがよォ、ありゃ葦原明倫館のハイナ・ウィルソンじゃねェか。君子危うきに近寄らずだ。くわばらくわばら」
「じゃあ、あの子は?」
「百合園のラズィーヤ・ヴァイシャリーだろ! 超重要人物だ。近づくだけで危ねェっての! お前、やべェのばかりわざと選んでねェか!?」
などと無遠慮な会話をしながらドゥムカコンビは征くのであるが、幸い誰も注意を払わなかった。 わたあめ、りんご飴、かき氷……以上は、道中で雄軒が買ったものである。
「甘い物ばかりだって? 気のせいでしょう?」
対して、ケイラといえばイカ焼き、お好み焼きにソースせんべいを次々に購入して平らげていた。
「ソース味ばっかりだって? いいんだよ、屋台の華じゃないか。あ、つぎたこ焼きね」
少しずつ元気を取り戻しつつあったローも、わたあめを手渡されてニコニコしはじめた。
(「来て良かった……」)
ローに笑顔がもどるたび、ミスティーアは自分のことのように嬉しい。
一方、黙々と仕事に励んでいるようでいて実はバルトも、さりげなくたこ焼きなど購入してこっそりと楽しんでいるのである。
(「……九頭切丸殿は、どうなのだろうか。楽しんでいるのだろうか」)
口を閉ざしたまま、バルトは九頭切丸を見るが、
「……」
気遣いは不要、とでもいうように鉄(くろがね)の戦士は首を振った。
なぜなら九頭切丸にとって、任務こそが楽しみであり喜びなのだから。
やがて一行は、流しそうめんができる場所へと移動した。
竹の樋が走っており、そこを冷たい水が流れている。上流からそうめんを投入すると、するすると流れて楽しめるという設備なのだ。
ちょうど空いているらしく、誰も使っていなかった。
「さーて、腕を振るうとするかな」
ケイラはロジエに目配せした。
「はい、た、ただいま!」
なぜか転びそうになりながら、ロジエは同行者たちに器と箸、だし汁や索餅(小麦粉と米粉を合わせ縄のように細長くねじって揚げたお菓子)を配り始めた。
そのときだった。絹を裂くような悲鳴が聞こえたのは。