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ルペルカリア盛夏祭 ユノの催涙雨

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ルペルカリア盛夏祭 ユノの催涙雨
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リアクション



笹に願いをつるしましょう


 以前はブーケ作りで大賑わいだったそこは、今はさらに七夕の笹飾り作りも賑やかさも加わっていた。
 の手伝いのために足を運んだ柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)達は、わいわいとおしゃべりしながら手を動かしていく。
 直は指輪を配り終えたら来るそうだ。
 貴瀬に教わって、たどたどしい手つきながらも一生懸命に折鶴作りに励む柚木 郁(ゆのき・いく)が何羽目かの鶴を完成させた頃、ようやく直が会場内に現れた。
「あっ、うさぎのおねぇちゃん! こんにちは!」
 真っ先に気づいた郁が椅子の上に立ちそうな勢いで直に手を振る。
 慌てて押さえる貴瀬に小さく笑い、直は彼らのテーブルへ。
「だいぶ待たせてしまったな」
「大丈夫だよ。鶴を折ってたんだ、ほら」
 と、郁が折った数羽の鶴を見せる貴瀬。
 その目は郁への愛情にあふれている。
 楽しいことは何でも体験させて、良い思い出をたくさん作ってあげたい。
 年の離れたきょうだいへの情に似ている。
 直も自然に微笑んでいた。
「上手にできたね。たくさんできたら糸を通して笹に飾ろう」
「うんっ。……ねぇねぇ、きょうはうさぎのおみみはどうしたのっ?」
「今日は七夕のお祭りだから置いてきたんだよ」
 瞳をキラキラさせながら聞いてきた郁の表情が、直の答えに残念そうにしぼんでいく。
「うさぎのおねぇちゃんなのに……」
「あ、いや、その、おねぇちゃんじゃなくて、おにぃちゃんなんだけどね?」
 郁と直が出会った時、直は事情でうさぎ耳を付けていた。
 だから、それがないのを気にするのはわかるが、女性と思われたままなのは悲しい直だった。
 けれど、郁は難しい話をされたかのように顔をしかめている。
「おねぇちゃんは、おにぃちゃん? でも、おにぃちゃんはおねぇちゃんのうさぎのおみみで……──おねぇちゃん、いっしょに、つるおろうっ」
 頭の中がぐるぐるしてきた郁は、ついに考えることを放棄した。
 自分の記憶と判断に素直に従い、無邪気な笑顔で折り紙を差し出す郁に、直はがっくりと肩を落とす。
 それでも折り紙は受け取りながら、恨めしそうな目を貴瀬へ向けた。
「そんな目で見られてもねぇ。俺が言い聞かせたわけじゃないしね。真城さん綺麗だから、郁も勘違いしているだけだと思うよ」
「ぜひ、誤解を解くように言い聞かせてほしいんだけど」
 唸るような直の訴えは、しかし、貴瀬の穏やかな笑顔に流されていった。
 がんばって、とおもしろがるような目が憎らしい。
「堪忍してや……」
 思わず素の言葉遣いでぼやきつつも、直はもう半分以上は諦めていた。
 が、残りの半分未満はすがるように柚木 瀬伊(ゆのき・せい)を見つめる。
 彼は郁と目線を合わせると、静かな声で認識の修正を試みた。
「……郁、真城殿は男性だと思うが……」
 しかし、郁の眉が悲しげに下げられると、以降、瀬伊は口を閉ざしてしまった。
 直は天を仰いだ。
 と、誰も思いもしなかった質問が郁から飛び出す。
「ねぇねぇ、たなばたってなぁに?」
 周りの人達の会話が耳に入ったのだろうか。
「ああ、そうか……。郁は七夕も知らないのだな」
 瀬伊は郁の頭を撫でると、七夕についての伝承を話し出した。郁がわかるように、平易な言葉で心持ちゆっくりと。
「……働き者の二人だったが、結婚したとたん怠け者になってしまい、天の神様は怒って二人を天の川のこちらとあちらに引き裂いてしまった。けれど、天の神様は7月7日だけは会うことを許したんだ」
「ちゃんとあえるなら、よかったねっ」
「ああ……。だが、雨が降っていると会えない……と聞いているが、今年はどうかな?」
「あめ……」
 郁は外の天気を気にし始めた。
 折りかけの鶴をテーブルに残し、窓際に寄る。
 顔をくっつけるようにして雨は降っていないか確かめる郁は、視界の端に揺れるものに気づいた。
 窓枠から吊るされているテルテル坊主──いや、よく見ると人型短冊か。
 目立たない位置に『私を信頼してくれて傍にいて支えてくれる人』と書かれてある。理沙の好みの相手だ。
 郁にその文字は見えなかったし、テルテル坊主が何なのかもわからなかった。
「ねぇ、あれなぁに?」
 その疑問を拾ったのは、すぐ傍のテーブルで吹流しを作っていた白波 理沙(しらなみ・りさ)
「テルテル坊主よ。……そのつもりの人型短冊なんだけど」
「てるてるぼうずって?」
 首を傾げる郁に理沙は手を止めてニッコリして言った。
「晴れますようにって願いをこめて作った人形ね。みんなで作った七夕飾りだって、星空の下に置きたいもんね」
「うんっ、そうだねっ。それに、おりひめとひこぼしも、あめだとあえなくなっちゃうんだって。かわいそうだよ」
 真剣な顔で力強く言った郁は、頭上のテルテル坊主へ「はれろ〜」と念を送り出す。
 理沙は、微笑ましさ故にこみ上げる笑いを必死で噛み殺した。
「晴れていれば天の川を小舟で渡れるけど、雨だとそれもできなくて、織姫と彦星が会えなくて流した涙を催涙雨って言うそうよ」
「そんなのだめだよー」
「そうね。それを哀れんだカササギがどこからか現れて、橋の代わりになってくれたんだって。これで二人は会えたのよ」
 その時、郁の表情がパッと明るくなった。
 先ほどまで、雨が降り出したらつられて泣き出してしまいそうだったのに、理沙の話に悲しい気持ちも吹き飛んだようだ。
「それなら、あめでもあんしんだねっ」
 郁のかわいらしい笑顔に、理沙の顔にも笑顔が生まれる。
 二人で微笑みあっていると、高瀬が郁を呼ぶ声が聞こえてきた。いつまでも戻ってこないから心配になったのだろう。
「おねぇちゃんも、いこ!」
 郁に手を引かれ、理沙は慌てて作った飾り達──紙衣、屑篭、巾着、投編、それと作りかけの吹流し──を抱えて、貴瀬達のテーブルに混ざることになった。
 さらに賑やかになったそこに、明るい笑い声があふれた。


「あたし達も七夕飾りを作ろうよ!」
 やる気に満ち満ちた表情で言うセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)を止めることなどできなかった。
 誘われたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は得体の知れない不安に襲われる。
「何よ、その顔。あー、あたしが大雑把で不器用だから、変なのを作るとか思ってないでしょうね?」
「まさか、そんなこと……」
「大丈夫よ。ちゃーんと見本を見ながら作れば無問題☆」
 明るく笑うセレンフィリティにセレアナは諦めたようなぎこちない笑みを返し、飾り作りで賑わう場内へ颯爽と入っていくパートナーを追った。
 そして、展開される案の定なセレンフィリティの製作過程。
 テーブルには飾りの作り方の図解が刷られた大きな紙に、鋏やカッター、色紙、たこ糸と一通りのものが用意されていた。
 そのうち紙衣の作り方を選んだセレンフィリティは、鋏を掴むと図解を見ながら色紙をザクザクと切っていく。
 鼻歌混じりの楽しそうなその姿を見やりつつ、セレアナは投網を作るための材料に手を伸ばした。
 最終的に何が出来上がるかわからないセレンフィリティに対し、セレアナはしっかりした手つきで、誰が見ても投網を作っているとわかる。
 セレアナは何度も口を挟みたくなったが、セレンフィリティの真剣な表情にそれを堪えた。
 ほどなくして、投網が出来上がる。
 銀色の紙に細かく正確な幅で入れられた切込みを縦に伸ばせば、照明の光にキラキラと反射してとても綺麗だ。
 次は巾着にしようかな、と気に入った色合いの布を手に取る。
 我がパートナー殿は……と様子を窺えば、やはり苦戦していた。
 襟の部分がうまくいかないようだ。
 けれど文句一つ言わず、首を捻りながら、何度も図解と睨めっこをしながら手を動かす姿勢に、セレアナは好感を持った。
 もう少し手出ししないでおこうと、薄く微笑む。
 器用なセレアナが丁寧に巾着を縫い合わせた時、アッという小さな声がセレンフィリティから聞こえた。
 見れば、カッターで指先を切ってしまったようで、しかめっ面で指をくわえていた。
「大丈夫ですか?」
 声をかけたのはセレアナではなく、たった今会場に着いた長原 淳二(ながはら・じゅんじ)
 どこで作ろうかと歩いていたところ、たまたまセレンフィリティが怪我をするところを見てしまったのだった。
「これくらい平気よ」
「深くないならいいけど、念のためバンドエイドを貼っておきましょう。手を失礼しても?」
「大丈夫なんだけど……でも、ありがとう」
「……はい、これで当たっても痛みは少なくなるでしょう。ところで、何を作っていたのですか?」
 テーブルを覗き込む淳二に、セレンフィリティは作りかけの紙衣を見せた。
 少々歪で、お世辞にも上手とは言えないが、彼女が一生懸命に作っていた様子は視界の端に映っていた。
「ああ、襟のところですね」
「もうちょっとで上手くできそうなのよ」
「幅を均一にしましょう。定規で──」
 淳二の手助けもあり、紙衣は何とか仕上がった。
「けっこう良い出来じゃない? ねぇ、セレアナ。あたしだってやればできるのよ」
「そうね、見直したわ」
 子供のようにはしゃぐセレンフィリティに、セレアナは見守るように微笑む。
 彼女の手元には、先ほどあった巾着ではなく人型の短冊が。
 ふと、それが目に入った淳二は自分の勘違いに気づいた。
 どうやら二人は友達同士ではないようだ。
 それならいつまでも邪魔はできないな、と彼は別れの挨拶をして再び場内を歩き出した。
 淳二を見送ったセレンフィリティとセレアナは、大きな笹のあるところへ移動した。
 もちろん手には出来上がった飾りを持って。
 銀の投網、かわいい柄の巾着、少し歪な紙衣、願いの書かれた短冊……。
「セレン、短冊には何を書いたの?」
「ン──内緒!」
 もったいぶった末の返事にセレアナは目を丸くしたが、すぐにクスッと笑って自分の人型の短冊を笹に括りつける。そこには彼女らしい丁寧で綺麗な字で、セレンフィリティの名が。
 一方セレンフィリティのほうは、勢いのある字かと思いきや、丁寧な字でセレアナの名を記してあった。
 彼女の名前を書くセレンフィリティは、紙衣の時以上に真剣な姿勢で書いていたのだ。
 その姿勢そのものが、パートナーで恋人であるセレアナへの気持ちの表れと言えよう。
「さて、少し外を歩かない? 曇りだけど……もしかしたら晴れるかもしれないし」
「そうね。座りっぱなしで体も硬くなっちゃったしね。式場のライトアップも綺麗だと思うわ」
 セレンフィリティの誘いに頷いたセレアナは、ごく自然にその手を取る。
「そういえば、この指輪はどんな意味があるのかしら?」
 セレアナが思い出したように自身の右の人差し指を見る。そこにはレッドベリルの石をはめ込んだ指輪がある。
「どうなのかな? でも、あたしは良い人に手伝ってもらって紙衣が出来上がったから、それでいいわ」
 セレアナが握るセレンフィリティの右手の人差し指にはペリドットがあるはずだ。
 あっけらかんとした表情の彼女に、セレアナも指輪のことよりも散歩のことを考えることにした。
 二人は微笑み合い、手を繋ぎあって会場を後にした。


 セレンフィリティ達のもとを去った淳二は、途中で人型の短冊を作ると再びふらふらと会場内をさまよっていた。
 次は恋人達の邪魔をしないようにと思っていると、妙に真剣な表情で人型短冊に何かを書き込んでいる人がいた。
 その人の周囲だけ、七夕祭りからかけ離れたピリピリした空気さえ感じる。
 まさか、呪いたい誰かの名前を書き込んでいるわけでもあるまいに、と思いながらも気になってしまった淳二は、さりげなくその人物──白雪 魔姫(しらゆき・まき)の手元を窺う。
 何が書かれているのかはわからなかったが、代わりに気配に気づいたらしい魔姫がパッと顔を上げた。
 やましいことをしていたわけではないが、目が合ってしまった淳二は慌てて「こんばんは」と無難な挨拶を口にする。
 そして、魔姫も魔姫で内心慌てふためいていた。
 自分の望みを書いて姿を見られていたことよりも、その内容を見られてはいないかと探るように淳二を見つめる。
 見た目、落ち着いている魔姫に淳二も平静を取り戻すと、
「七夕飾りを作っていたんですか?」
 と、気さくに尋ねた。初対面ではないことも話しやすさの要因となっている。
 淳二の様子から短冊の書き込みを見られたわけではないと判断した魔姫は、澄ました微笑で答えた。
「ええ。こんなのどうせ効果はないでしょうけどね」
 心にもない言葉なのだが、性格上どうしても素直になれない魔姫だった。
 けれど、この再会をチャンスと思うのは確かで。
(ワタシだって恋人関係や結婚への憧れがあるのよ。リア充の仲間入りしたいわ……!)
 ぺらりと裏返された短冊に目を落とす淳二。
「効果があるかどうかはともかく、何もない笹に一つずつ手作りの飾りをつけていくのはおもしろいと思いませんか?」
「それは……まあ、そうね。そう言えなくもないわね。あら、あなたも短冊を?」
 淳二の手に人型の短冊を見つけた魔姫に、彼はほろ苦い笑みを浮かべる。
「ええ、良い出会いがあればと思いまして」
 その言葉に、魔姫はきょとんと目を丸くする。
 もしや自分と同じ願い?
 その時、何かが魔姫の性格に悪戯をした。
 見られたくなかった自身の短冊を返し、淳二に見せる。
『自分だけを見ていてくれる人』
 心をこめて書いたと思われる綺麗な字だった。
 普段の魔姫からは想像もつかないささやかな願いは、根は素直でかわいらしい人なのではと思わせる。
 しばらくそれを見ていた淳二だったが、
「他の飾りも作りませんか? 俺、こう見えても手先は器用なほうなんですよ」
 と、まったく違う話に切り替えてしまい、魔姫をポカンとさせた。
 材料を集めてきた淳二は魔姫の隣に腰掛け、てきぱきと図解を広げ、材料や道具を並べていく。
 魔姫の目が胡乱なものになりかけた時、淳二は決して軽薄ではない笑顔で言った。
「お試しで俺と付き合ってみるっていうのはどうですか?」