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【十二 火山口の決着】

 一方、火山迷路側では、救援部隊による遭難者回収作業がいよいよ本格化しようとしていた。
 依然として、二体のナノティラヌスに対してはラストホープ、翔龍、グァラルバァラルが退けようと奮戦している最中であったが、数に優る救援部隊側が、徐々に優勢な局面を作り出しつつあるようであった。
 フランツの運転するトラックが、火山迷路麓のジャングルとの境界付近に横付けになると、遭難者達は疲労の溜まる体を何とか励まして、強い陽射しが照りつける斜面をゆっくりと降りて行った。
 ただ、体力の消耗や精神力の強弱がひとによってかなり差がある為、下山の列は随分と間延びしてしまい、いってしまえば斜面上に長い列が出来上がってしまっていたのだ。
「何というか……ちょっと危ない気がしますねぇ」
 吉野丸の運転席からその様を眺めていたフランツが、表情を曇らせて呟く。実はレイチェルも、助手席で同じようなことを考えていた。
 ところが、悪い予感というものは、往々にしてよく的中するものである。
 最初の数人がトラック内に収容されたところで、ジャングルの茂みの奥から、遭難者達にとっては聞き覚えのある甲高い雄叫びが、幾つも連鎖して徐々に接近してくる気配を見せ始めた。
 当然ながら、遭難者達の間に恐怖と混乱が生じた。
 まさかよりにもよって、この土壇場でラプトルの襲撃を受けることになろうとは。遭難者、特に新入生や飛行船スタッフ達は、全身が恐怖に引きつり、大半の者がその場で硬直してしまった。
「ちっ、矢張り最後に仕掛けてきたか!」
 いち早くカイとベディヴィアが斜面を駆け下り、吉野丸とジャングルの間に飛び出していった。勿論、ラプトルの群れを迎撃する為である。
 彼らとて相当に疲労していた筈ではあったが、しかし戦闘力までは衰えていない。
 すると、最初の遭遇戦で同じくデイノニクスの群れに立ち向かっていた真人やセルファ、或いは八重とブラックゴーストといった面々が、カイとベディヴィアの左右に走り込んできて、加勢に立った。

「全く……本当に最悪のタイミングで襲ってきますよね」
 真人のぼやきに、カイとベディヴィアは苦笑を浮かべて肩を竦める。が、両人共、すぐに表情を引き締めて、それぞれの得物を手にして構え直した。
 更に、八重がブラックゴーストに跨ったまま得物を抜き払い、エンジンを二度三度と噴かせた。
「永倉八重……推して参ります!」
 真紅の魔法少女が、気合を込めて叫ぶ。
 と同時に、緑の茂みの向こうから、あの忌々しい蜥蜴頭が幾つも連なって飛び出してきた。
 流石にこれだけの数を完璧に防ぎ切るのは難しいか――誰もがそう思った瞬間、銃声が斜面上で殷々と鳴り響き、次いで先頭に立って飛び出してきていた大型ラプトルの頭が、横からハンマーで殴られたかのような衝撃を受けて弾き飛ばされ、そのまま昏倒した。
 シューベルトとレイチェルが、斜面に視線を送った。見ると、片膝立ちの狙撃姿勢でスナイパーライフルを構えていたローザマリアが、小さくサムアップの仕草を見せて、笑いかけてきていた。
 援護は任せろ、ということであろう。
 更にローザマリアは続く二匹の大型ラプトル――後にブラックゴーストが説明したところによると、この集団はユタラプトルだったらしい――を狙撃し、その出鼻を挫いた。
 すると驚いたことに、ユタラプトルの集団突撃はぴたりとやんだ。明らかに、ローザマリアの狙撃を警戒している様子だった。
 これなら、いける――カイ、ベディヴィア、真人、セルファの四人が同時に思った。決死の思いで先頭に位置を取った八重でさえ、安心感を抱くに至っていた。

 勇敢なる戦士達の命がけの防衛線が完成したのを見て、エース、メシエ、霜月の三人が一斉に動き、斜面に釘付けとなっている新入生や飛行船スタッフの足を速めさせた。
「さぁ早く……ここでじっとしてたら、助かるものも助からなくなっちゃうよ!」
 エースの声に、それまで恐怖に強張っていたひとびとがようやく我に返った様子で視線を左右にめぐらし、再び足を動かし始めた。
 流石に今回ばかりは、男女関係無く、誰彼構わず手を貸そうとしているエースに、メシエは珍しいものを見たという印象が拭えない。
 しかしその直後、エースがひとりの男子生徒を抱え上げようとして四苦八苦しているところにスノーが走り込んできて手伝おうとすると、すかさずエースが苦しい態勢にも関わらず、
「あ……ありがとう、お嬢さん!」
 などと花輪を差し出そうとしたものだから、矢張りエースはエースだな、とメシエは内心で苦笑を禁じ得なかった。
 また別の方面では霜月が、
「櫟!」
 とレッサーワイバーンに呼びかけ、防衛線を突破してきたユタラプトルの前に壁を作らせる。
 ユタラプトルはドロマエオサウルス科の中でも、最大級の体格を誇る種である。レッサーワイバーンが立ちはだかってみたところで、全く動じる姿勢を見せなかった。
 これを受けて、霜月がユタラプトルの真正面に踊り出た。櫟の威嚇が通用しないというのであれば、自身の力で敵を排除する以外に無い。
 但し、単独の力で勝利するのは、相当に難しい相手であることも承知している。霜月の狙いは、自分に敵の意識を集中させることで、少しでも非力な新入生達の安全を高めるところにあった。
「さぁ化け物! 自分が相手をしましょう! 但し、ちょっとやそっとでは越えられる障害じゃありませんからね、あしからず!」
 語りかけてみたところで、相手は言語を解しない怪物である。挑発に乗ってくれるとは到底思えなかったが、しかし霜月のこの台詞は、どちらかというと己を奮い立たせる為の決意表明のようなものであった。
 すると、霜月の傍らにスノーが走り込んできた。
 和輝にいい渡された使命を、今こそ果たそうという気構えであった。
「間違い無く、和輝達は帰ってくる……その時には、こちらも誇りを持って出迎えられるようにしておかないとね……!」
「その心意気です」
 霜月は、その一瞬だけ柔和な笑顔を見せた。
 しかしユタラプトルは相変わらず、獰猛に吼え続けるのみである。

 尾根に近い斜面上方から、爆音が連続して響いてきた。
 エースとメシエが思わずその方角に視線を走らせると、ナノティラヌスの一体が頭部を破壊され、大量の鮮血を盛大に撒き散らしながら倒れるところであった。
 ラストホープと翔龍の攻撃でまず一体、仕留めたところであった。
 しかし残る一体のナノティラヌスは、どうやら戦意を喪失したらしい。仲間が殺されたことに対する怒りよりも、まずは自分自身が生き延びることの方が大事なようで、残ったナノティラヌスは慌てて踵を返すと、あっという間に尾根の向こうへと走り去っていってしまった。
 これに対し、ラストホープ、翔龍、そしてグァラルバァラルは追撃の構えは見せない。わざわざ追いかけて倒すだけの意味が無かったからであった。
 それよりも寧ろ、今は麓で襲撃を続けるユタラプトルを何とかする必要があった。
『そっち加勢するよ!』
『ジャングルに一発ぶちかます! 斜面に居る皆は、少しだけ伏せていろ!』
 明子とエヴァルトが立て続けに、スピーカから大音量で呼びかけてきた。続いて、理沙とセレスティアの駆るグァラルバァラルが斜面を滑るように飛来し、吉野丸に対する包囲網を築こうとしていたユタラプトルの群れを威嚇した。
「ほらほら! とっとと退がりなさいってば!」
 理沙の陽気な声が、宙空で響く。直後、翔龍が吉野丸の上を飛び越えていき、ジャングル内に着地した。
『ショウッ! リュウッ! ブ・レ・イ・ザ・アアァァァァッ!』
 エヴァルトの気合満点の雄叫びが、ジャングル内から響き渡ってきた。これは流石に、その場に居たコントラクター全員の苦笑を誘ってしまった。
 しかし当のエヴァルトは至って真面目である。彼にしてみれば、この掛け声はある種の儀式のようなものであり、且つ神聖な区分に入っているらしい。
 だがそれでもきっちり結果を出すところが、彼の良いところでもある。
 派手な爆発音が響いたかと思うと、ジャングル内は完全に沈黙した。つまり、ユタラプトルの群れは須らく排除されたのである。
『成敗!』
 ジャングルの中で、翔龍が独特のポーズを決めて佇む。普段の生活の中で目撃すれば、ただ滑稽なだけだったかも知れないのだが、この局面では随分と格好良く見えたのだから、不思議なものである。
「俺も、次は救出側にまわって、あんな風にキメたいなぁ」
 エースが羨ましげに呟くと、吉野丸の助手席から降りて遭難者達の乗車を手伝っていたレイチェルが、不思議そうな顔を向けてきた。
「え……あれ、格好良いんですか?」
「そりゃあ、勿論さ! 男は幾つになっても、少年の心を捨てられないもんだよ!」
 エースの力説に、レイチェルは尚も理解出来ないといった様子で、小首を傾げている。

 かくして、火山迷路側での救出は無事に再会され、この後はもう滞りなくスムーズに進んだ。
 やがて、全員が吉野丸に収容されると、ラストホープ、翔龍、グァラルバァラル、そして霜月の櫟などが吉野丸の周囲を固めつつ、吉野丸はファブルブランドとの合流ポイントに連なる離脱ルートへと乗った。