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幼児と僕と九ツ頭

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第7章 ようダディ、魔法を見せて

 調査隊のメンバーが着実にヒュドラのいる湖へと歩みを進めている頃、多少は落ち着いてきたらしい合宿所にて、1人の男が情報収集に励んでいた。
 友人が若返りを起こしてしまったため、それを元に戻そうと奮起する如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)である。
 佑也自身には何の影響も無く、調査隊に参加することもできた。だが彼はあえて合宿所に残り、情報収集という方法でサポートに回ると決めたのである。
「まあ探索は他の人に任せておけばいいしね。それに、俺は俺でヒュドラの伝説に興味があるし……」
 伝説の詳細を探るなら、この九龍郷について最も情報を持っているであろう女将から話を聞いた方が早い。そう考えた佑也は直接話を聞きに行った。
「伝説に関わる話、ですか?」
「ええ、できるだけ詳細な情報があれば、と思ってね」
 情報を聞く前に、佑也はすでにある程度の憶測を友人に話していた。
「ヒュドラって実は凄く臆病な生き物だったんじゃないかな」
 彼の考えはこうだ。
 湖の奥で静かに暮らしていたところ、突然、得体の知れない人間が自分の住処である湖に、何やら妙なものを投げ込んできた。静かにしていたところでいきなりそのようなことをされれば、驚くのは当然のこと。驚き、怯えたヒュドラは、その投げ込まれたもの、及び投げ込んできた人間から身を守るために若返りの瘴気を発した。だが人間の方は、こちらが投げ込んだ生贄の礼だと勘違いしてしまった……。
 もしこの憶測が正しいとすれば、そもそもの原因はヒュドラではなく、当時と現在の周囲の環境にあるということになる。
 佑也はこの憶測を確かな「推測」にするためにも、女将から話を聞きださねばならなかった。
「若返りの話、眠りにつかされたといった話以外に、何か伝説があればいいんだけど……」
「ふむ……、それ以外というのは少々難しいですね」
「というと?」
「ヒュドラに関する伝説、というのは、実はこれ以外にはあまり無いのです」
「な、無いの……?」
「……伝説を細かく説明する、ということであればできますが」
 ではそれで頼む、と佑也は了承した。
「では、まずこの事件が起きた、その歴史について説明しなければなりません」

 女将の話はこうだった。
 今から何年前の話になるかはわからないが、少なくとも数百年の単位で昔、この地の湖にいつの間にかヒュドラが住み着いた。
 突然現れた怪物に、当時この一帯に住んでいた者は大慌て。すぐさま怪物を退治しようとした。
 だが怪物はその巨体と9つある頭による攻撃、そして何よりも、触れた者の体を小さくしてしまう瘴気を武器に村人を返り討ちにしてしまった。
 退治を諦めた村人だったが、この戦いで一部の人間がとある事実に気がついた。
 すなわち、
「あの蛇が吐き出す吐息は、体を小さくするものではない。かつての体を取り戻させてくれる、ありがたい息吹だ」
 そう語ったのは、多くの瘴気を浴びて青年の体になった、村の中で最も年をとったかつての老人だった。
 村人の中にはヒュドラに食われてしまった者もおり、この発言は非常に不穏当なものとして片付けられそうになったが、この元老人を含め、村人の一部がこの現象に目をつけたのである。
「あの息吹を浴び続ければ、我々は永遠に若いままでいられる!」
 若い頃の体を取り戻し、往年の力を取り戻したいと考えるその村人たちは、ヒュドラと共存する道を考えた。
 そして結論として出たのが、「生贄を差し出し、あの蛇の吐息を浴びさせてもらおう」というものだった。
 もちろんこれに反発する者が現れた。ヒュドラを討伐しに行った際に、友人を食われてしまった者である。
「あの蛇と共存などできるわけがない! 今でこそ若返りの息を浴びせるだけかもしれんが、このままでは村人はいずれ全員が食われてしまう! そうなる前に退治してしまうべきだ!」
 こうしてヒュドラを恐れる者と、ヒュドラの恩恵を頂戴しようとする者との間でいさかいが生じた。
 結果的にはヒュドラ共存派の村人が勝利を収め、その者たちによってヒュドラと密約が交わされた。
「毎月9人の村人を捧げます。その代わり、村を襲うのはどうかご勘弁くださいますよう、何卒お願いいたします。そしてどうか、あなた様の息吹を我々にくださいますでしょうか」
 この密約は滞りなく交わされ、生贄を捧げる際には、ヒュドラからは自らが体を浸ける湖に入ることを許された――ヒュドラはなぜか湖から外に出ようとしなかったのが気になったが……。
 ヒュドラが口から吐く瘴気、そのヒュドラが浸かった湖の水、そしてヒュドラの体から溢れる血。これらが若返りの効果があるということが、その後の調べで明らかになり、若返りを求める村人は大いに喜んで自らの体を昔の姿へと変えていった。
 だがこれを良しとしない集団はまだ存在した。ヒュドラ討伐派の村人である。
 討伐派の村人はこの状況に憤慨するばかりだった。なぜならば、生贄として捧げられてきたのは常にこの討伐派の村人であったからである。
「今は我々があの蛇の食料となっているから襲われずに済んでいるが、我々がいなくなった時、彼らは一体何を生贄に捧げて、若さを得ようとするのか」
 待ち受ける未来は、内紛という形での同士討ちか、はたまた食料が貰えないヒュドラの怒りか。いずれにせよ、暗いものであることには違いない。
 心配は尽きなかった。だがその一方で、あの巨大蛇を打ち倒す手段が見出せずにいた。何しろ村人が総がかりでかかっても倒すことができなかったのである――もっとも、これは「パートナー契約」というものがあまり知られていない頃の話であり、当時の村人は契約者と比べて非常に弱かったというのが理由なのだが。
 そこで討伐派の村人は一計を案じた。この九龍郷の森にはとある木の実がある。その木の実は、煎じて、酒に混ぜて飲むことで巨大な獣でさえも永い眠りにつかせることのできる強力な睡眠薬になる代物だった。それをあの蛇に飲ませることができれば!
 討伐派の村人たちは、苦心の末に木の実を集め、それを秘伝の酒に混ぜ、貢物としてヒュドラに飲ませた。頭が9つあるため大量に酒を作る必要があったが、果たして彼らは成功した。9つの頭は次々と酒の魔力に溺れ、その体を水底に沈めたのである。
 共存派の村人は怒り、呆れたが、いくばくかはほっとした表情を見せた。毎月9人分の生贄を用意するのは容易なことではなかったし、次のターゲットとして自分たちが選ばれやしないかと、内心では恐怖していたのである。若返りを必要以上に求めたくせに非常に虫のいい話ではないかと、討伐派の村人は怒りに身を任せたが、結局は「もう終わった話だ」として決着がついたのである。

「以上が、この九龍郷に伝わる、ヒュドラの伝説でございます」
「…………」
 この時点で佑也は頭を殴られたような気分を味わった。人間からのアクションにヒュドラがリアクションを返したのではない。事実は、ヒュドラの方からアクションがかけられたのだ。
「ということは、ヒュドラって……」
「大人しい生き物などという可愛げのあるものではありません。腹が減っていればすぐさま肉を食らう、獰猛な存在です」
「なんてこった!!」
 自らの憶測が完全に外れたことを知った佑也はすぐさま携帯電話のボタンを押した。