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第一章



「いい天気になってくれましたねぇ」
しゃーっとカーテンを開けたティア・リヒカイトは、晴天の空を見上げて嬉しそうに微笑みました。
今日はいよいよワークショップ当日です。
ふわふわの長い髪をポニーテールにして、気合十分のティアは会場となる広間を見渡してよしっと小さく頷きました。
会場の準備は昨日までにすっかり終わっています。
あとは――
「ティア! 待たせたな!」
外からから声がしたので出てみると、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が大きな荷物を抱えてやってくるところでした。
傍には御神楽 陽太(みかぐら・ようた)も一緒です。
大荷物を抱えた二人に大きく手を振って迎えると、ティアの下まで来た二人はそれらを下ろしました。
「おはようございます」
「おはよう、準備は出来たか?」
「はい、すっかり終わりましたです」
「早いんですね」
「み、みなさんに会うのが楽しみで……」
「はりきってるんだな」
はにかむティアの頭をぽんぽんと撫で、牙竜は荷物を抱え直した。
「さて、それじゃあ皆が来る前にこいつを確認してくれ」
「必要なものはあらかた揃えましたよ」
そうです、ティアが待っていたのは牙竜と陽太と、それからこの大荷物でした。
二人を中に通したティアは、さっそくその包みを開けます。
そこにあるのはお守りの材料でした。
色とりどりの組紐や天然石がおさまったそれを一つ一つ確認して、ティアはくるりと向き直ります。
「ありがとうございます。ばっちり、です」
小さく親指と人差し指で丸を作って見せながら笑うティアに、牙竜と陽太も頷きました。
「あ、あと。今回はお守りを作るということだったので、持ち歩き用の保護袋を用意してみました」
「必要な道具も用意してある、ハサミに接着剤、一応工具もな」
「わ、わわ……ありがとうございます」
陽太が持っていた荷物を開けると、人数分のハサミやカッターなどが梱包されていました。
「こんなにたくさん……」
「ああ、心配しなくていいですよ。リースですから、処理に困ることもないですし」
「終わったあとは全部送り返しちまえば片付けはすぐ終わるぜ」
「わぁ……やっぱりお二人にお願いしてよかったです」
嬉しそうに顔をほころばせたティアは、さっそくそれらを並べるべくパタパタと走り回り始めました。
「おはよー!」
と、そこへ、元気な挨拶と共に現れた二つの人影。
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)でした。
「ちょっと早いけど来たよ〜」
「あっ、美羽さん、コハクさんも!」
「おはようございます、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそです。もう少しで終わるので、どうぞ座っていてください」
「何言ってるの、手伝うよ!」
「今日はティアさんは先生なんだから、ティアさんこそ座っててください」
「ふぇっ、ダメですダメです! わたしやりますから……」
「じゃあみんなでさっさとやっちゃいましょう」
ねっ、と。譲り合う二人に割って入った陽太は、みんなを宥めるとさっさと準備を進めるのでした。



「待ってたのよ、メイカー♪」
やってきたオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)を上機嫌で迎えたのはアナスタシア・ブレイザー(あなすたしあ・ぶれいざー)でした。
オルベールひらひらと手を振ると、通されるが早いか、
「いいお酒持って来たわよ〜」
と、どんっと酒瓶を置きました。
それを見たアナスタシアが目を輝かせてそれを手に取ります。
「こ、これは……伝説のお酒、『男の娘』じゃない! ……飲みましょう!」
さっそくご相伴に、とばかりにグラスを持ちだした二人は互いに注ぎ合うとぐーっとグラスを傾けました。
最初に用意したおつまみもどんどんなくなっていきます。
途中から如月 正悟(きさらぎ・しょうご)におつまみのお代わりを頼み、日頃の積もる話も肴にお酒がどんどん進みます。
そうして話題は一人の少女の話になりました。
慎ましい胸元にコンプレックスを抱える一人の少女――師王 アスカ(しおう・あすか)の話題です。
「相変わらずなわけね〜」
「そうよ〜。ふう、アスカのコンプレックスもここまで来るとさすがに清々しさすら感じるわね」
本日二本目の銘酒『鬼殺し』を片手に、オルベールはわざとらしい溜息をつきます。
「ねえ〜? アナスタシア〜?」
「ふむ、アスカさんの悩みねぇ……」
ほわん、と酔いから上気した頬に手をやったアナスタシアは、少し考えてオルベールに言いました。
「メイカー、最近お守りがはやっているそうよ。それで豊胸を祈願させてみたらどうかしら」
「お守り?」
「何でも人の性格変えるくらい強いお守りだっていうわよ〜胸くらい変えられるわよ。あっほらほら、ちょうど正悟もおつまみのおかわりを持ってきたし、あの子にやらせればいいわ」
根拠のかけらもない軽い台詞を口にしたかと思うと、おつまみのお代わりを手に現れた正悟に呼びかけます。
「ちょっと正悟ー。私とメイカーからお願いがあるのー」
「つまみなら持ってきましたよ……って何で昼間から寝巻きなんです?」
呆れたように口にした正悟は、おつまみを置きながらひとりごとを呟きます。
「……なんかダメな女性像を見た気がするぞ…」
「ん? 寝巻きがーとかなんか言った?」
「イ、イエナンデモアリマセンヨ。キノセイデス」
そんな独り言をアナスタシアが聞き逃すはずもありません。
んー? と覗きこまれて正悟は慌てて首を振りました。
けれどオルベールはお構いなしのようです。たんっ、とグラスを置くと正悟に笑いかけました。
「うーん、ここはお姉ちゃんが一肌脱ぐべきよねっ!」
「え、」
「それじゃあ早速……というわけで如月ちゃん、よろしく♪」
「よろしくって、何です?」
「豊胸のお守りを作ってきてちょうだいなあ。ベル達が頼んだんじゃ矛盾してるじゃない?」
だから私からお願い! とオルベールは胸を張ります。
「は? いきなり何です? しかも、何? 豊胸のお守りって何?」
疑問符だらけの正悟に、飲みこみ悪いわねぇ〜とおつまみを飲み込みながらアナスタシアが口をとがらせます。
「まあ、いいわ。正悟は、お姉さん達のお願いをきいてくれるわよね?」
「え、いや」
「聞いてくれたら、後で私達からご褒美をあげるし、フォルテにも手伝ってもらえばいいのよ、あの子は正悟のいうことなら何でも聞くでしょ?」
「きっとアスカさん喜ぶわよー」
さーさーいってらっしゃい! と。
背を押しながら微笑む二人を前に、正悟には選択肢はありませんでした。





「魔女のチャームですわ。気になりますわ」
そう言ってユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)はお知らせを見せました。
「チャーム?魅了ですか?それとも、お守り?」
非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)がそれを覗き込みながら問います。
「お守りの方でございます。効果は確からしいのでございます」
何でもまじないごとの力の強い魔女が教えてくれるようだとアルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)が答えました。
近遠が頷きながらお知らせをじっくりと読みこんでいます。
「ふ〜ん……なるほど。そういう事なら、何か欲しい物を願うか、日々の継続のステップアップを願うのが良さそうですね」
「それなら、今すぐに欲しい物を願う方が手っ取り早い気がするのでございます」
「そんなお手軽に夢が叶ってしまったら、つまらないですわよ?」
「それもある、でしょうけれど……身の丈にそぐわぬ物は、得てもすぐに手放す事になりそうですよ?」
「それもそうだろうな。特に能力など一日ばかり手に入れても意味はない」
イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)も同意を返します。
「えっ? そんな……それは、あんまりなのでございます」
しゅん、と肩を落とすアルティアに、ユーリカは微笑みます。
「それなら、夢に向かった着実な一歩を歩める様、願えば良いのですわ」
確実な成果が表れれば、次に進む糧にもなりますでしょう、というユーリカの意見に、一同は頷きました。
「それじゃあ……とにかく参加してみるとしようか」
イグナが言うが早いか、みんなは会場である尖塔に向かって歩き出していました。

――と、その道中。にぎやかな声が聞こえてきました。
何事かと見遣るとリクト・ティアーレ(りくと・てぃあーれ)を引きずっているワルター・ディルシェイド(わるたー・でぃるしぇいど)ヨハン・ゲーテ(よはん・げーて)でした。
「何をしているんですか?」
近遠が訝って何事かと聞くと、
「コイツの為に学業のお守りを作りに行くんだ」
とやけに必死なワルターの声が答えました。
「いやーだから要らないってー。俺丈夫だしー」
「身体はな!」
「この際お守りにでも藁にでも縋ろう!」
「そりゃ俺は勉強、出来ない上に全くやる気がない!!」
「ええと……そんなに切実なんですの?」
「切実も切実だ!」
「リクト、九九を言ってみろ」
ヨハンが促すと、リクトはけろりと答えました。
「二の段までしか言えないぞ? 花以外に興味ないからナァ」
「はぁ……君はどうしてそこまでバカなんだい。君、自分の頭の悪さに危機感を持ちたまえ」
「そうだ。二の段でつまづくやつに口出しの権利はないぞ。是が非でも勉強に興味を持ってもらう」
「ええー……」
「なるほど、能力を伸ばすようなものを作るのがいいのだな」
「そのようでございますね」
彼らのやり取りを見てよーくわかったとばかりに頷いたイグナ達は、ワルターとヨハンを手伝ってティアのもとへ向かうのでした。



「此処にくるのも久し振り〜」
「そうか、愛美先輩は来たことがあるのよね」
「うん、ティア元気かなー」
雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)と連れだって歩きながら、小谷 愛美(こたに・まなみ)は見えてきた尖塔を見上げました。
以前リビングソーンやジャイアントスパイダーに守られていた尖塔でしたが、今日はそれらの気配はいっさいなく、お守り講座の為に集まった人々で賑わっていました。
「素敵なお守りが出来るといいわね〜♪」
その横を歩く白波 理沙(しらなみ・りさ)も楽しそうです。
チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)がうきうきと歩きながら愛美に問いかけました。
「ねえ、愛美さん。ティアさんってどんな魔女さんなんですの?」
「うーん、大人しい子だよ。前は恥ずかしがり屋さんなのかなって思ったけど、お守り講座を開くなんてすごいなぁ」
そう言いながら尖塔の中に入ると、既にみんな揃っているようです。
各々が席に着きながら、さっそく恋の話やお守りの話に花が咲いているようでした。
雅羅たちが見回していると、小柄な少女がぱたぱたと駆け寄ってきました。
「愛美さん!」
「あっ、ティア!」
ボードを抱えてぺこりと頭を下げたのは、ティア・リヒカイトその人です。
「お久し振りです」
「久し振りー、元気だった?」
「はい、その節はそのぅ……すみませんでした」
「あははー……まぁ、いいっていいって。その代わり今日は期待してるね」
ぺこりと頭を下げるティアに苦笑気味に答え、愛美は握手を求めました。
ティアがその手を取って微笑みます。
「はい、一生懸命がんばります」
「素敵な恋が出来るお守りが欲しいですわ〜」
「雅羅も幸せになれるお守りが出来るといいわね」
「ええ、是が非でも幸せを掴んで見せるわ!」
意気込む雅羅につられたようにティアもぎゅっと拳を握りました。
「が、がんばりましょう!」
そして、いよいよお守り講座の始まりです。