リアクション
05.教導団 食堂 ホワイト・キッチン たくさんのテーブルと椅子が並ぶ、その奥に生徒たちの胃袋を満たす調理場はある。 「――うわ……」 巨大な厨房にエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)から思わず感嘆の声が上がる。 「大きいのだろうと思っていたけど、これは凄いね」 パートナー同様、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)もその広さとコンロの数に舌を巻く。 端から端まで並ぶいくつもの大型コンロ。その隣は断熱処理のされた調理台と洗い場。 調理場から振り返れば大きな作業台があり、棚を挟んで配膳台という配置だ。 棚は両方から出し入れが可能なつくりで調理する側には各種調理道具、配膳する側にはアルミ食器が整然と並んでいる。 「導線がしっかりしていますね……ここで多くの生徒のために料理が……」 「基本はホテルと一緒なんだろうけど。ここまで規模は地球にもそうそうないんじゃないかな」 「うちは人の数が多いからね。あ。これ、どうぞ」 驚く二人にセリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)はゴム手袋を差し出す。 水仕事が多いことを予想して、予め準備していたものだ。 ちなみに、ゴム手袋に限らず掃除道具と更衣室を準備することを上に上申したのはセリオスのパートナーである。 「ありがとう」 「二人は――他の学校からのお手伝い、だよね?」 「あぁ。団には知り合いがいてね。お世話になってるからね」 「厨房は料理人にとっては聖地です。一年の感謝を込めて綺麗にするお手伝いさせていただきます」 その隣では、クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)と大岡 永谷(おおおか・とと)が小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)を 挟んで掃除の分担を話し合っていた。 「パッと見たところは片付いている。普段の清掃もきちんとしているようだ。人の口に入るものを扱うから当然だが」 普段の清掃のチェック項目を纏めたデータを片手にクローラが言えば、永谷が見取り図に赤丸をつけた。 「厨房の油汚れやこげ、錆、カビが酷い。そこを重点的にやるのがいいと思う」 「なるほど」 二人の意見に小暮はふむと頷き、思案に入る。 「…………厨房と食堂の二手に別れよう。食堂は最後にワックスがけを。そのワックスが乾くまでの間は食堂のフォローに。 両方が終わって、全体を消毒する――こんな感じで、どうだろうか?」 「十分だ」 「ええ。小暮に任せて正解でした」 小暮の指揮能力に兼ねてから一目置くクローラと分析・演算能力を信頼する永谷はその答えに満足そうに頷き合う。 手放しに近い賞賛に小暮はどこか居心地が悪そうに、ぼそりと呟く。 「……自分の能力の高さはわからないが……」 照れたのを誤魔化すように学帽を引き下げた。 * * * 「厨房は油汚れや焦げ付きが酷いと思ってね」 「これは何?」 どこにでもありそうな。だが、目にしたことのない品にセリオスは首を傾げる。 更衣室や掃除道具貸出所の準備を上申するためにパートナーが集めていた資料の中にはなかったはずだ。 「大掃除の必須道具メラミンスポンジさ。茶渋や鍋の汚れはコイツにお任せだ」 「こちらは重曹です。換気扇がコンロの油汚れ、五徳のコゲツキに使えます。 食品に使われることもありますから、台所の掃除はもってこいなんです」 エースの隣からエオリアも口を挟む。 左手には重曹を溶かしたお湯を入れたスプレー、右手にはゴゲを削ぐためのへら――ならぬ【ティアマトの鱗】が握られている。 重曹がなくとも、一切合切こげを取り除けそうなアイテムである。 「へぇ。そうなんだ。アルミの食器にも使えるかな?」 白い正方形を摘んでセリオスが問えば、思案顔のエースが応じる。 「どうだろう……研磨スポンジだからプラスッチクだと傷がつくんだが……アルミ食器も加工が剥がれるかもしれないな」 「難しいもんだね。ちょっと使ってみたかったんだけどな。残念」 「それなら、煮沸消毒がお勧めですよ。簡単な方法ですけど」 料理人らしくエオリアが知恵を貸す。 「なるほど。じゃあ、そうしてみよう」 と、そこにクローラの鋭い声が飛び込んできた。 「セリオス! そろそろ時間だ。時計を合わせろ」 楽しそうな会話は掃除という任務をサボっているように聞こえなくもないのだろう。 「はぁい。わかってるよ、クローラ」 首を竦めて返事をすれば、それ以上のお小言は飛んでこなかった。 「いけないな。お喋りが過ぎたようだ。はじめようか」 「――ごめんね。融通が利かないのが玉に瑕なんだ……そのスポンジでこすったら少しは丸くなるかな?」 四角四面のパートナーのフォローを兼ねてセリオスはおどけてみせた。 * * * 埃を払い、テーブルと椅子を拭く。それが終われば椅子を上げて、床掃除だ。 絵に書いたように真面目な三人組はテキパキと仕事をこなして行く。 「そろそろ休憩しよう」 手を止めて永谷は小暮とクローラに声をかける。作業の能率を保つためには適度な休憩も不可欠だ。 「ああ」 「確かに――そんな時刻か」 「そうそう。休憩時間だよ。クロ」 と、時計を除き込むクローラの肩からにゅっと腕が生える。 「「!?」」 突然のことに驚く永谷と小暮を気にした風もなく、乳白色の毛並みの二足歩行の大型犬はパートナーの肩に顎を乗せて笑っていた。 「俺は犬か。こういう時間には正確だな? セリオス」 「だって、休憩時間は休憩するものでしょう」 気に風もなくクローラは邪魔な頭を軽く叩いた。 「相変わらずクローラ殿たちは仲がいいな」 「……付き合いが長い。なにせここに来る前からだからな」 「そうか。自分はヘクスと向き合っていることの方が多かった……少し、羨ましい」 「いてもうるさいだけだがな……」 「酷いよ。クローラ」 そんな他愛のないやりとりを見ながら永谷は考える。 視線の先にいるのは小暮 秀幸。 今まで幾度となく同じ任務についてきた。 最初の任務はいつだったろう。 気付けばその姿を探すようになったのは、何がきっかけだったのだろう。 自分はどうなりたいのだろう。 ――友人、相棒、パートナー、それとも…… 答えは、まだわからない。 クローラと話すその横顔を、気付かれないようにそっと見つめた。 |
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