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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 3

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リアクション


■8

 だれも、ひと言も口を開く者はいなかった。
 ただ黙して足下の光景を見つめる。

 しんと静まり返った暗闇の中。
 鈿女の声だけが朗々と響いた。

「白く雪に埋もれた街を、朝日がきらきらと輝かせました。
 目覚めた子どもたちは何もかもが真っ白く染まった銀世界に歓声を上げ、白い息を吐きながら外へ飛び出して行きます。
 新年最初の1日の始まりを告げる教会の鐘が鳴り響く中、やがて壁にもたれたまま亡くなっている少女の遺体が見つかったのでした…」




「火付盗賊改方、長谷川ユノ造である。道を開け〜い! だもん」

 人垣を掻き分け、ユノ・フェティダ(ゆの・ふぇてぃだ)扮する長谷川ユノ造が前に出た。
 少女の遺体の周りには、通報を受けて真っ先にかけつけた巡査によって張り巡らされたロープがある。それをくぐって中へ入ったユノ造の後ろについて、一緒に入ろうとした少年が巡査に止められた。
「きみ、ここから先は一般人は立入禁止だ。後ろに下がりたまえ」

「ああ、その者ならいい」
 後ろへ押しやろうとするユノ造が待ったをかける。
「その者は金田壱リリ助。これまで数多くの事件を解決してきた方だ。……えーと」
 と、手元のメモを盗み見。どうやら長いセリフは覚えられないらしい。
「今回もわれわれにご協力いただけるということで、ご足労いただいた、だもん」

「ええっ! あのご高名な…!
 そ、それは申し訳ありませんでした!」
「どうも、なのだ」
 チューリップハットを持ち上げ会釈をして、ロープをくぐるはリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)扮する金田壱リリ助である。
 両手をマントの下でポケットに突っ込み、心持ち猫背に体を縮めて、リリ助はユノ造へと近付く。ユノ造は壁に持たれた格好で凍死している少女の遺体を見下ろしながら、何事かを手帳に書き込んでいた。
 リリ助は少女の前で手を合わせ、弔ってから、ユノ造の横につく。

「年端もいかぬ娘がこのようなひと目のつかぬ路地で凍死とは……なんと哀れな。だもん」
「そうなのだ。見たところ、まだ十にもなっていないようなのだ。
 ところで、どうして火付盗賊改方の長谷川さんが呼ばれたのだ?」
「あの手元を見てくれ、だもん」
 ユノ造の指し示した先にはマッチ箱が転がっていた。半分開いて、中身が周囲にばらけている。雪の上に乗った少女の手元には燃え尽きたマッチ棒が数本あった。

「なるほどなのだ。つまり、この少女は放火犯ではないかということで、長谷川さんが呼ばれたわけなのだな」
 リリ助は眉をしかめる。
「しかし昨夜、火事があったとは聞いていないのだ。サイレンも鳴らなかったと記憶しているのだが?」
 確かめるように巡査を振り返ると、巡査は肯定するようにこっくりうなずいた。
「しようとしたけどたまたま今回できなかっただけなのかもしれない、だもん」
「ああ、なるほどなのだ。過去に同様の事件を起こしている可能性があるということなのだな」

「長谷川長官!」
 と、そのとき後方から巡査の1人が駆け寄ってきた。
「どうしたのだ、だもん」
「実は先ほど本署の方に投げ文がありまして。昨夜、不審な男から火付けをしろと少女が言われているのを聞いたという内容だったそうです」
「なんと! なのだ。うーーーむ…」
 しばし考え込んだユノ造は、わりとすぐにぱっと表情を明るくした。
「そうか! この娘は盗人でもあったのだ。だからこのように真新しいマフラーや手袋、靴といったものを履いているのだ。そしていざ火をつけようとして、その前に亡くなったのだ。だもん」
「泥棒の被害届は出ているのか?」
「は。いえ、今のところありません」
「ということなのだ」
「むむむむむ…」
 再び難しい顔をして考え込むユノ造をよそに、リリ助はその場にしゃがみ込み、散らばったマッチへ注目する。

「このマッチ。これはX、こっちはY、これはZに見えるのだ」

「なるほど、ダイイングメッセージでござるな。
 して、どう見るんだもん?」
「分からないのだ」

「なんでやねん!」
 思わず役柄を忘れ、背中にツッコミを入れるユノ造。勢いに押され、もう少しでリリ助は少女の死体の上に倒れ込んでしまうところだった。

「………………」
「ああっ! ごめんなさいなの〜〜〜っ」
 無言の圧に屈しつつ、ユノはひたすら顔の前で両手を合わせる。
 リリはこめかみを押さえ、ため息をついた。

「ほら、今のリリは金田壱だから、登場人物のあらかたが死んでからでないと犯人は判らないのだよ」
「え〜〜〜? でもほかに登場人物っているの〜? こんな20ページちょっとのうっすいうっすい本に」
「いるのだ。これまでを振り返ってみれば分かるのだ。母親とか祖母とか父親とか」

  ――始まった時点で3分の2死んでるじゃん! ダメダメ殺人事件じゃん!


「むむ……困ったのだ。だもん。それでは年始特番2時間SPは無理なのだ。だもん」
 本気で悩んでいるユノ造の肩を、リリ助がぽんとたたく。

「大丈夫なのだ。今は予告の段階、本編の謎を考えるにはまだまだ時間があるのだ」

  ――あ、投げた。


 くるん、と振り返るリリ助とユノ造。2人並んでカメラ目線でにっこり笑う。
「というわけでー、次回『年始特番豪華2時間SP! 金田壱リリ助最初の事件! 雪けむりに涙を見た。マッチ売りの少女連続殺人事件』でお会いするんだもんっ!」

「「刮目して待て!」」




 そのころ、街の全く別の場所、貧民街にある少女の家では。
 バーーーーン! と音を立てて、ドアが蹴破られていた。

「こ、今度は一体何だ!?」

 無理やり連れ出された裁判所から帰宅してまだ間がない父親は、先の出来事を思い出して青ざめる。
 もしやまたあのならず者たちが現れたのではないか……さーっと顔から血の気のひく思いで、戦々恐々廊下をどかどか歩いてくる重い足音を聞いていた。

 ぴたりと足音は部屋のドアの前で止まる。
 しんと静まり返った数秒。
 この沈黙の瞬間すら、彼に与える恐怖となるよう仕組んだかのように、次の瞬間、ドアは蝶番ごと部屋の中へ吹っ飛んだ。

 そこに立っていたのは、まごうことなき天使だった。白き1対の翼を持ち、黄金色の髪を豊かになびかせる者。
 しかし身にまとうは白きトーガではなく黒革のライダースーツ。その手に持つは裁きの黒鉄、二丁の拳銃である。ほぼ顔の上半分をおおうミラーサングラスはおびえる父親の姿を映すのみ。
 口にはチュッパチャプスをくわえていた。

「お、おまえはだれだっ!」
「ウリエル(裁きの天使)」
 女は短く答え、おもむろに銃を連射した。

「うわあああああああああっ!!」
 頭をかばってうずくまった男のすぐ横を火線が走り抜ける。縦横無尽に撃たれているかに思えた弾は、その実的確に部屋の中にある酒瓶をことごとく割り砕いていた。

「テメェ、娘が今どこにいるか知ってるか?」
 リボルバーに銃弾を詰め替えながら、女は問う。
 おびえて震えるだけの男の背中に、プッと口にくわえていた銃弾を飛ばしてぶつけた。
「ひ……ひいィッ…!」
 男はまるで槍ででも貫かれたように大げさな悲鳴をあげ、床に頭をこすりつける。
「も、もういいだろ! ちゃんと親権放棄したじゃねぇかよ! この上俺に何の用があるってんだよ!! あの子はおまえらのモンだ、好きにすりゃあいいっ!!」
「何も分かってねーんだな、テメェ。あの子は今、天国でお母さんやおばあさんと一緒にいるよ」

「えっ?」

 驚愕のあまり無表情となって見返した男に、女は装填が完了した銃を向ける。
 しかしこのときに限って、男は伏せたりはしなかった。銃口も見えていなかったかもしれない。

「言っとくが、あたいが殺したわけじゃねーぜ。殺したのは、ロクに食い物も与えず、服も買ってやらず、雪が降る真冬にこき使ったテメェだ」
「……そんな…」

「仮にも人の子の親なら、テメェの身を粉にしても子どもを守るもんだろうが、クズが!!」

 女は容赦なく、再び銃弾を浴びせかける。
 十数発に及ぶ銃声は、外で待つ七瀬 雫(ななせ・しずく)の元まで響いていた。



「お疲れ、乱世っ」
 家の中から出てきた裁きの天使狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)に雫が声をかける。
「どうだった? なんか、すごい音がしてたけど」
「ああ、まぁな…」
 乱世にしてはめずらしく、歯切れの悪い答えだった。
 まだ銃を持っていたことに気付いた乱世は、ホルダーにしまう。

「ふーん」
 父親をどうしたか、ということは、聞かなくてもなんとなく分かった。もし殺す気があったのなら、乱世は1発で仕止めている。あんなに無駄に連射したりしない。
 ただ、そうしたかったかどうかは別問題で。だから乱世は今、クサっているのだろう。

「とりあえず、その背中の羽消したら? 目立つよ」
「ああ」
「あと、サングラスも」
「わーってる」
 むしり取るようにミラーサングラスをはずし、すぐ横のゴミ箱に突っ込む。
 翼が消えた今、彼女は普通の女性だった。――多少、この時代にはそぐっていなかったが、それでも見られたからといって天使だの魔女だの騒がれることはない。せいぜいが赤面して目をそむけられるぐらいだ。


「……くそッ。スッキリしねぇなぁ」
 2人並んで歩き出して、しばらくしてから、乱世はそう言葉を吐き出した。
 ガリッとチュッパチャプスを噛み砕く。
「それなら、殺しちゃえばよかったんだよ」
 不穏な言葉をアッサリ口にできるのは、もうその時間はすぎて、これがただの軽口だと分かっているから。
「できっかよ」
 案の定、乱世は雫が思っていたとおりのことを口にする。
「あんなでも、セラにとっちゃあ父親なんだ」
「死んだらセラが悲しむ、かぁ。たしかにこれ以上、つらい思いをさせるのは避けたいよね」
「セラは母親と祖母と一緒にいる。そこにひょこひょこあのバカ親父に顔を出させるこたァない。出すにしても、しばらく時間が経って、十分反省して根性直してからだ」
「はいはい」
 と、ふと雫はあることを思う。

「ね、今思いついたんだけど。『マッチ売りの少女』をリストラするなら、わざわざこんなことしなくても原作者のアンデルセンを捜してここに連れてきて、もう一度書き直させればいいんじゃないの? ってことは突っ込んじゃいけないかな?」
 ここはパラミタだし、英霊として復活してても十分おかしくないしね。
「ああ? おまえ、スウィップの説明まともに聞いて――ああ、そうか。おまえ今回初めてのリストレーションか」
 乱世はポケットから新しいチュッパチャプスを取り出して包み紙を剥ぐと口にくわえた。

「あたいたちがしてるのはあたいたちを含むパラミタ中の人々の無意識の修復。だからもしアンデルセンの英霊がここに来たって、あたいらと同じ状態で頭ン中真っ白。1文字も覚えてなけりゃ、執筆前のプロットも、なーんも覚えてないってわけ」
「ああ、そっかぁ。なるほどねー」
 ふんふん、と納得する雫。

「で、あたいたちは今どこに向かってるわけ?」
「んん? 教会の神父さんの所だよ。だって父親があれだもん、まともなお葬式出せるわけないしね。だから私たちみんなでお葬式して、見送ってあげようよ」
「ああ、そりゃいいな。サイコーだ」




 教会の鐘が鳴る。
 何十人もの参列者が教会へ続く道の両脇に並ぶ、その中央を死んだ少女の小さな体を納めた棺が通り、教会へと運び込まれていく。

 その様子を、少女の魂は空中から見下ろしていた。

「あんなにいっぱい…」
 素直に少女は驚いている。
「そうね」
 となりで同じく魂のみの状態で浮かんだ多比良 幽那(たひら・ゆうな)が答えた。

「うれしい?」
「うんっ!」
 少女は満面の笑顔で答える。

 おそらく、少女はその意味を完全には理解していないだろう。
 それでもいいと幽那は思った。

「わ!」
 ひょこっと幽那の足の影からアルラウネのヴィスカシアが飛び出してきて、そうっと花束を差し出す。

「ぷーっ」
 幽那の後ろから突進して、ぶつけるようにこれまたリリシウムがばさっと花束を。

「――フッ」
 ラディアータはとんとんと肩をたたき、少女を振り向かせて後ろから。

「ぷふー」
 ディルフィナは、リリシウムの渡した花束の中から顔を出し、ぽやぽやと。

 そしてナルキススは…。

「ふふっ。ほら、どうしたの? それを渡したいんでしょう?」
 ぼーっとしているところを幽那にあと押しされ、まごつきながらも差し出した。

「そしてこれは私から」
 幽那は極上の大きな花束を手渡す。
「うわぁ、きれい……これ、私の?」
「そうよ。全部あなたの」
「うわぁ……うわぁ…。私、こんなにいっぱいのお花、初めて見た…。これ、私のなんだ……うわぁ…」
 そうつぶやく少女の姿が胸にきゅーっときて。
 幽那は花をつぶさないよう気をつけて、少女の頭を抱きしめる。

「よかったわね」
「うん! みんな、ありがとう!!」
 両手いっぱいの花に顔をうずめて、少女は笑顔で礼を言った。
 そしてそのまま、輝く光となって空へ昇っていく。

「うわぁ……うわぁ…」

 少女の驚きと喜びに満ちた声が、鐘の音と一緒にいつまでもいつまでも幽那の耳には届いていた。




 こうしてこの街の新しい1年は始まった――。