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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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3.白銀の章





     ◆

 ラムズは車椅子を押している。が、その車椅子には誰も座ってはいない。
「それにしても、本当に歩いて平気なんですか? えっと……ラナロック、さん?」
 彼はそう尋ねながら、自分の隣を歩くラナロックを見やる。
「えぇ、歩くだけならば特に問題はありませんわ。それに、いつまでも座っているだけでは皆さんの足手纏いになってしまいますもの。だからこうして、少しでも動けるときには動いて置いた方がいいのかしら、と思いまして」
「そう考えるのは主のかってじゃが……それこそあの男が突然に戻ってくる事もないとは言えん。その場合はどうするつもりじゃ?」
「その時は、その時と言う事で」
 苦笑を浮かべながらそう言った彼女は、徐に銃を取り出した。
「私は何も守れないかもしれません、私は何も出来ないかもしれません。答えを導く、と言う事のそれ自体、もしかしたら私には出来ない事もかも――。それでも、皆さんには恩返しをしたいと思っているんですよ」
「恩、ですか。私たち、そんな事したんですか?」
「………我はな、時として思うのじゃ。主ら……主らの存在が、人の平穏を奪っておるのではないか、と」
「手記、それは流石に――」
「何、主に言われずともわかっておるよ。それはある種、『鶏が先か卵が先か』と言う問答じゃ。それこそ、答えなどはないのじゃろう。しかし我はその様な不毛な言葉を交わす気はないんじゃよ。我が言いたい事はもっと別じゃ」
 二人の間。ラナロックとラムズの間を歩く『手記』は、暫く言葉を溜めてからに言う。足を止める事無く、何の気なしに。別段何を思うでもなく、言葉を放った。
「ならばいっそ、主ら兵器は壊れて、なくなってしまった方がいい。その方が皆、諸手を上げて喜ぶじゃろう。我もまた、例に漏れる事無くその中の一人となろう。が、我はそれをよしとしない事にした。我らは主を守る事にした。ラナロックよ、その意味、みなまで言わずとも主なら判ろう?」
 困った様な笑顔を浮かべるラナロックは、手にする銃に目をやった。
「そう言う事じゃよ。我らは主を守り、生かす。無くなれば良いなどと言う浅はかにして最も生物らしい思考を捨て、主の死を否定しよう。ならばあとは、主が決める事じゃよ。我らが与えたその命、どう使い、どう成すべきか、その答えは誰のものでもなく主にしか決められぬ。全く持って不愉快な事にな」
 と、『手記』が言葉を収めたそのタイミングで、彼等の動きが止まる。全員がその場で足を止め、目前へと目をやった。鋭利な気概で持ってそれを見つめる。

「やっと参られたか。随分と待ったぞ」

 彼等の前に現れたのは、草薙 武尊(くさなぎ・たける)。大きくため息をつきながらに一同を見やる彼は、しかしすぐさま踵を返した。
「そら、行こう。先程までウォウル殿の入院していた病院が大変だったのだ。少しでも人数が欲しいとの事だからな」
 彼の言葉に最初に反応したのはウーマだった。
「病院が、大変だった? はて、それは一体……」
「うむ、我も詳しい事は知らなんだが、屋上に何やら不審な物があってな。まぁ良い、事情は道すがらにでも語るとしよう」
 「まぁそうだな」と相槌を打ち、アキュート、ハル、ウーマが彼についていく。
「私たちも参りましょうか」
「ん? あぁ、そうするかの」
 ラムズ、『手記』もそう言って武尊、アキュート等の後を追う。が、そこで、背後から異変を感じた。
「ウォウルさんの入院している……病院が?」
 静かな声はしか、荒波。
「おい。おいおいちょっと待ってくれよ! これ以上面倒事を増やすんじゃあねぇよ! かぁぁ! ったくよ、此処に来てラナロックが暴走しようもんなら、本当に俺たちだけじゃあ手が回らねぇよ!」
 その声を聞いたアキュートが踵を返してラナロックの元に掛け寄り、彼より近くにいたラムズ、『手記』も彼女を正面に据えて構えを取った。何が起こっても良い様に、二人は腰を落とす。
「アキュートよ、それがしとしてはお嬢さんにはこれ以上怪我を追わせたくはないのだが……」
「んな事言ってられっかよ! ドゥングとかって野郎を倒す前に俺たちが全員戦闘不能になっちまったら元も子もねぇ! 良いか、何ともしても暴走を食い止めろよ!」
 走り出したアキュートの上空を、彼と同じ速度で移動するウーマ。彼に、そしてその場にいる彼等にアキュートは叫んだ。彼はよく、知っている。数度、数回ではあるがラナロックと言う存在と対峙しているからこそ、彼はそれを知っている。
「おい、気をしっかり持てよラナロック! お前さんが此処で暴れたって何も良い事なんてありはしねぇんだからな!」
「そうだよお姉ちゃん、僕たちがついてるから……だから早く病院に」
 一足遅れでアキュートに追いついたハルの言葉に、ラナロックは静かな笑みを浮かべた。
「大丈夫よ、ハル君。………ふふふ、大丈夫。私は何も、此処で暴れようなんて思ってないわ、ふっふふふふ。ドゥング……あの仔猫ちゃんを一捻りにすればいいだけの話。くっふふふふ……」
「っち! スイッチ入っちまったか……おい! 早いとこ病院行くぞ! 俺はこいつを抑えてるから、誰でも良い、病院に先に行って周辺一体を逃がしてやれ! こいつぁもうひと暴れくんだろうさ……面倒な事によ」
 彼の言葉を聞いた武尊。何を思ったのだろうか。大慌てで返事を返すと、一同を残して来た道を駆け抜けて行った。
「ぬうぅ……巻き込まれた上に我の飛空艇を壊されては堪らん! 悪いが先に舞台を整えさせて貰うぞ……」