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【●】光降る町で(後編)

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【●】光降る町で(後編)

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第五章:刻限は来たれり




「通信状態は?」
「寧ろ安定していますわ」
 フライシェイドの女王に対して適応されていた封印が、その喪失によって効力を失ったためだろうか。通信状況が良いのを幸いに、鈴は地上で、良玉は地下に幾つかの機材を持ち込んで、ストーンサークルに集まった地上組と、調査団たち地下組でスムーズに会話できる環境を整えると「よし」と、究明調査の声かけ人であるアキュートがぱん、と手を鳴らした。
「それじゃ、一旦おさらいと行こうか」
 それを受けて、クローディスは、一同を見渡して頷くと、大量の書き込みがなされた手帳を片手に「まず」と口を開いた。
「現時点で判っていることは幾つかある。まずは地下の床についてだが、こちらは大方の予想通り、最初の封印でほぼ間違いない。年代でいうなら、柱も同じ頃のもののようだ」
 サイコメトリの結果、床に刻まれた碑文が、この封印に関わっているものの中でもっとも古いことが明らかになった。また、クローディスら調査団によって、断片的ではあるが判明した床の碑文には、こうある。
”顕現せし化身、禍々しき意志、用するをあたわず、槍を用て繋ぐも、滅っするは為せず、そが眠るをただ封ず”
「印象から直訳すると、まがまがしい意志を宿した「何か」は利用することは出来ず、何らかの手段で繋ぎ止めることは出来たが、倒せないのか、倒してはいけないようなものだったのか、兎も角、滅ぼせなかったため、その「何か」が眠っているのをただ封じた・・・・・・ってところだな」
「眠っているのを封じた?」
 レキが首を傾げるのに、クローディスもここは微妙なところだな、と難しい顔だ。
「眠りとは休息や封印を意味することが多いんだが、封印をする前に眠っている、というのは気になるところだ」
「倒そうとしたが倒せず、辛うじて封じたものの、滅ぼすことも出来なかったから、二重の封印をかけた・・・・・・ともとれますね」
 レギーナの言葉に、他も頷く。
「それから、顕現した、という部分も気になります。まるで呼び出されたか・・・・・・何かしらの出入り口が出来て、現れてきたかのようですよ」
 賢者、と呼ばれる人物は、独力で異界の門を開こうとしていたという。失敗した、と思われていたが、実際は異界は開いたのではないか、という疑いもあがったが、年代的には床の封印は賢者の出現より前だ。
「では、ここでかつて門が開かれていた、というのを察知して、賢者がやってきたのでは?」
『その可能性は強いかもな』
 同意を示したのは、書庫の和輝だ。
『賢者の訪れた明確な理由は記されていなかったが、わざわざ探し当てて来たのは間違いないようだし』
 少なくとも異界を開くための条件として、この場が魅力的だった、ということだろう。では賢者は異界を開くことに成功したのか、という疑問に、レギーナは続ける。
「私は成功していたのではないかと思いますね。それで出来た入り口から、フライシェイドは発生したのかもしれません」
「いや」
 その言葉に首を振ったのは政敏だ。
「女王の残骸をサイコメトリで確認したんだが、女王はやっぱりカモフラージュで作られたもんだったよ」
 外殻で覆われたエネルギーの塊、というのがその正体だったようだ。それが生み出すフライシェイドが実体を持っていたのは、取り込んだ物質を卵に変換していたからで、フライシェイド達が持ち帰っていた栄養は、彼ら自身を作るための材料だった、と言うわけだ。
『じゃあ、女王は異界から現れたわけでない、ということですか』
 浩一の質問に、政敏は「いや」と首を振る。
「異界じゃないが、何かを開いちまったのは確かだと思う」
 女王の残骸をサイコメトリして、もう一つ判ったのはあの腕のことだ。政敏が流した画像データは、幾重にもヴェールが巻きついたかのような濃灰色で埋まっている。 
「この通り、うまくイメージ化はできなかったが、あれはこの封印の奥に繋がってるらしい」
 恐らく封印されているもの、それ自体から伸びたものなのだろう。その何かから切り離されたか、産み落とされたか、兎も角、そういう分身のようなものだったらしく、黒い腕は、女王に残っていたエネルギーを取り込んでいったという。女王の役目が終わったため、自身のエネルギーとして取り戻したのだろう。
『ということは、封印は随分緩んじまってる、ってこったな』
 アキュートが難しい顔で唸るのを受けて、そのようです、と白竜が応えて、手にしていた何かの破片を皆へ掲げて見せる。
「恐らく、原因はこれですね」
 それは、月を象った床の窪みを覆っていたと思われるものの破片だ。ミアやグレッグが調査団と協力して欠けた部分をあわせてみて判ったことだが、元は太陽を現す半球状のもので、八節と呼ばれる季節の象徴が刻まれていたようだ。
「砕けてしまったため、細部までは判りませんでしたが、どうやらこれが、封印の要であったようです」
 具体的に言えば、それはパラミタ大陸の力を蓄積する八本の柱に繋がっており、溜め込まれた力を一極へ集めるための集積容器のようなものだったらしい。それが、月の満ち欠けを描く魔法陣の上に設置され、その効力を強めていたのだ。
「槍がさび付いた、というのはこれが集めていた力・・・・・・つまり、パラミタの力が弱まったことを示していると思われます」
『ということは、再封印を行うなら、その半球体の代用品が必要、ということですね』
 呼雪の言葉には「そうだろうな」とクローディスが応えた。
「封印の件については、気になる記述が見つかったそうだ。どうも、地上のストーンサークルも、カモフラージュの一環らしい」
 トマスの発見した記述によれば、碑文を移した、とあった。「移し代えたってうのか?」という疑問の声に「いえ」と応えたのはツライッツだ。
『そこまで大掛かりなものではなく、術式や素材を似せて可能な限り近付け、類似性を利用して結びつけたんでしょう』
 簡単に言えば、封印の要点に接木して、上の方へ引っ張り上げた、と言ったところだろうか。地輝星祭によって、書く術式が活性化しているために、その巧妙に隠されていた繋がりが判明したようだ。
『断絶された繋がり、というのは、これのことを示しているんでしょうね』
 補足する浩一に、成る程ね、と天音が呟くように言った。
『天に連なるものから隠すために、かな』
 地下の封印に対して、町の八芒星や、壁面の増幅呪等、後から作られた術式の構成が、邪教と呼ばれる類の術式の系統に近いことから、それと相対するもの、つまり天に連なる者とは、神――国家神とその関係者だろう、と推測されている。
『聞けば聞くほど、危険な匂いしかして来ねぇな』
『封印の解く順番を間違うな、なんて忠告もあったしね」
 アキュートの呟きに同調した理王の言葉に、クローディスは眉を寄せた。
「誰からだ?」
『判んないんだよね。本人は、愚者って名乗ってたけど――……地下の封印を解く準備をした本人、だとか』
 その言葉に、一瞬皆が息を飲む。それを感じ取ってはいたが、屍鬼乃はあえて『ただ』と付け加えた。
『逆探知は出来なかったし、個人特定も難しいから、信憑性は低いけど』
 そうは言っても、このタイミングと書き込みの内容、そして愚者、という自称からして、無視できないのも確かだ。
「眠っている飼い主に、獣の檻……か。まるで封印が二つあるかのような言い草だな」
 クローディスは考え込むように呟いた。今現在、肝心の封印されているもの自身のことで、判っていることは、一万年も昔に封印されたものであり、黒い手はそれから伸びたものであるということ。そして、町の豊穣と、周囲の荒廃の両方に、深く関わっている、ということだ。どちらか一方なら兎も角、両方に関係がある、というのも奇妙に感じられるが、考えられるのは、大地のエネルギーを吸収し、それを放出して町を豊かにしているか、元々は荒廃を招く存在に、地輝星祭によってエネルギーを与えられることによって、豊穣に変換していた、などだ。
『私は、後者ではないかと思います。変換していたのは、余剰分のエネルギーなのではないでしょうか』
 地輝星祭は、封印を解除するためのもの、というより力を与える、という力の流れ方をしている、というのが、サイコメトリ等による調査で判った。だとすれば、祭によって封印されたものへ力を与え、その余剰分が豊穣の力として漏れ出ることで、町を豊かにしているのではないか、という推測に、ダンタリオンが同調の声を上げた。
『床の碑文から察するに、封印されているものは、操れる類のものではないようだからな』
 だが、文献には利用しようとしていたらしいことが記録されている。ということは、その封印されているものが生み出す副産物が、豊穣である、と考えた方が良さそうだ。
「もうひとつ、気になるのは、その何かにフレイム・オブ・ゴモラが反応してた、ってことかな」
 天音が言うのに、クローディスと同じく何人かが微妙な顔をした。かの兵器が、実際のところどのような方法で人口密度を計算していたのかわからないが、候補として挙げられるだけの理由、つまりそれだけの強い生命力に近い力が、この場にはある、と考えられる。
『壊れなければ、使えたかもしれないわね』
 不意に、スカーレッドがそんなことを言ったのに、顔つきを変えたのはマリーだ。
『……町ひとつ犠牲にしてでありますか?』
 硬い声のマリーに対して、スカーレッドのほうは葛藤も無く『必要とあればね』と続けた。
『命の価値は等しくても、軍人は数を数えなければならない職業よ』
 全を取るか個を取るか、選択しなければならない時もある。そう告げるスカーレッドとマリーの間で微妙な空気が流れそうになるのに、ごほんとわざとらしいせきをついたのは浩一だ。
『可能性は可能性、でしょう。いずれにしてもあれは壊れてしまったんですから』
『……そうですな。今はそれは忘れておくであります』
 そう言って、切り替えるようにして息を吐き出したマリーは、そういえば、と話題を変えた。
『気になることと言えばもう一つ、ディバイス少年の父親の件は、どうなったでありますか?』
『事故、と言うのは、町の人の虚言だったようです』
 応えたのは呼雪だ。
『実際は自殺だったみたいだねえ』
 補足するヘルの声は何ともいえない響きだ。その当時、特に彼ら家族に何かしらの問題があった形跡は無く、自殺する理由も無ければ、その自殺現場も悲惨なものだったらしい。それ故、ディバイスには隠されているようだ。
『……それ、あの子には?』
『話せるわけが無いですよ』
 二キータの問いに返る言葉は苦い。ひとまずの息をついて、ニキータは眉を寄せた。
『それにしても、本当嫌な感じねえ』
 封印されているものそのものへの危機感もそうだが、その周囲、特にその封印を解こうとしているらしい存在への不信感が、皆の中で強くなっていた。こうなれば、封印をどうするか、という結論は、問うまでもなかった。
「……まあ、完全に封印してしまうのが、妥当だな」
 クローディスはふうっと息を吐き出しながら告げる。皆が頷く中、朱鷺は僅かに眉を寄せて「いいんですか?」とクローディスに問いかけた。
「封印の正体、気になっているんではないですか?」
 本当のところは解きたいのではないか――と、自身も同じく興味がある朱鷺の追求に、クローディスは誤魔化すでもなく苦笑し、そりゃあな、と肯定した。
「興味が無いと言えば嘘になるな。これだけ大掛かりに組まれた封印の真実を、解き明かしたい欲はある」
 元々、真実と言うものを探し、追求するためにあるような調査団だ。それを率いていながら、好奇心が旺盛でないはずが無い。だが同時に、その好奇心の招く結果もまた、クローディスは良く知っている。
「私は真相を知りたいのであって、暴きたいわけじゃあない」
 そう言って天井を仰ぐ顔は、それでもまだ僅かに迷いのようなものが残っていたが、何かを断ち切るように目を伏せ、クローディスは再び大きく息を吐き出して、結論を出した。

「封印は解かない。このまま、封印を強化する」