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リアクション
「……放しなさいっ、殺しますよ!」
「昴っ、まずは落ち着け」
羽交い締めにする腕を反射的に振り払おうと身を捩って、昴は殺気立った声で叫ぶ。その動きを封じるように、唯斗は昴の耳元に口を寄せた。
「はい、ストップ」
ふーっ。
「……ちょ……ッ」
昴が真っ赤になって硬直する。
「……って、唯斗さん?」
ようやく唯斗を認識した昴が、狼狽えながら抗議の声を上げる。
「何で止めるんですか……っていうか、恥ずかしいから、この体勢は……やん」
もう一度耳元に息を吹きかけられて、昴が可愛い声を上げた。
「……母様、父様……何をやってるんですか恥ずかしいっ」
昴が顔を上げると、百花が真っ赤になって見下ろしている。
「飛び込んでくるなり、公衆の面前でいちゃつかないでくださいっ」
「え? 百花? え?」
「あっ、もう始まっちゃってるのか!?」
突然、空気を読まない明るい声が響き渡った。
「まあいいや、主役は遅れて登場だ。花のような俺様ちゃん、満を持して参上……とうっ!」
「クマっ……クマの頭を踏み台にっ」
ミーシャの非難を無視して華麗なジャンプを決めたのは、木崎 光(きさき・こう)だ。
うすぼんやりとした天気なのが残念だったが、想像上の太陽を背に見事な宙返りを決めて、騒ぎの中心に降り立った。
「はーい、お待たせっ!」
そしてあっけに取られている面々を見渡し、満足げに言った。
「見目麗しい女子の席はここだよね! 俺様ときたら女子力MAXだからね!」
キラっ☆
昴とは真逆の意味で、この「花見」を誤解しているらしい。
そして一見したところ、この自称見目麗しい女子は……悪役ヅラの少年だった。
(……今だ)
木の影に潜んでいたデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)が、邪悪な笑みを浮かべた。
この為に真意を隠し、ハデスに従ってここに潜入したのだ。
そう、この瞬間のために!
「ふ、ふふふふふ……ここで百花を亡き者にすれば、唯斗師匠の弟子としての私の地位が不動のものにっ! そして、師匠からのおやつも私のものにっ!」
「……デメテール?」
ふいに背後から声をかけられて、デメテールは我に返った。
「あれ?」
狙う筈だった百花の前に昴が立ちはだかって、なんだか凄みのある笑顔でこちらを見ている。
そして、唯斗の姿がない。
「あれれ?」
首を傾げているデメテールの両のこめかみを、唯斗が拳で押さえつけた。
ぐりぐり。
「いたたたたた、やーん、師匠」
「やーんじゃない。全部、声が出てるぞ、デメテール」
ぐりぐりぐり。
「百花を亡き者に……とか聞こえたけど、俺の聞き間違いだよな?」
「いたたたたたたた、ごめんなさいぃぃぃぃ」
ようやく唯斗のぐりぐりする手から解放されると、デメテールは涙目で頭を抱えて、木の影からよろめき出た。
「……だって……百花ばっかり、師匠からおやつ貰って……ずるいです……っ!」
「ふーん」
顔を上げると、目の前に昴の顔があった。
「やっぱり、おしおきが必要なようね」
「あわわわ、ごめんなさい、もうしませんー」
昴が微笑んだ。
目が笑っていなかった。
「……一週間、おやつ抜き」
「えええええ」
ミリーネと昴に事情を説明するのは、それほど面倒なことではなかった。
何しろ、そこまでして救いに来た相手直々の説得だ。
ただ両親の熱々っぷりをみせつけられた百花がプチ切れ状態になったり。
ミリーネが助けに飛び込んで来てくれたことに感激したハルカが、ミリーネに抱きついたり。
まったく空気を読まない光が、ひゅーひゅー囃し立てて両方にどつかれたり。
ひと騒動にはなったものの、「花見を始める」ところになんとか漕ぎ着けることになった。
……これが、混沌と退廃というヤツなんだろうか。
世間知らずのレニには、いまいち状況が把握できないまま、ようやく「花見の宴」を開くことになったのだ。
満開の桜の下で。
「それではまず、ぼっちゃま、ご挨拶と乾杯の音頭をお願い致します」
ポー爺が言うと、複雑な表情を浮かべてレニが一瞬躊躇する。
「主催者なんですから、恥ずかしがらないで!」
力づけるようにユリナが声をかける。
「ばっ、そんなっ、別に恥ずかしくなんてないっ」
ぼわんと音がするほど一瞬で真っ赤になるレニの様子に、この場の客は全員彼のキャラクターを理解したようだ。
「まあまあ、お約束ですから。……はい、どうぞ」
ローズがグラスが手渡し、横からサクラコが透明の飲み物を注ぎ込む。
もちろんウォッカもシャンパンでもく、甘めのぶどうジュースだ。
レニはグラスを睨みつけてしばし迷ったようだが、やがて毅然と顔を上げて言った。
「諸君、花見の宴にようこそ。主催者として、心より歓迎する」
(……意外とまともですね)
天樹十六凪がこっそり囁く。
「存分に飲み、楽しみ、乱れ狂って、このボクを楽しませるがいい」
(……やっぱ、そうでもないわね)
と、デメテール。
「ルールはひとつ。勧めを断るな。退屈するな」
(ふたつ……じゃないのか?)
(セットでひとつなんじゃ……)
「それは主人であるボクだけに許されることだからだ……って、そこ!」
びしっと二人を指差して、レニが喚いた。
「ボクが喋ってる時に私語を挟むな!」
「……みっつになっちゃいました」
「レニめ……なんというスペインの宗教裁判」
ドクター・ハデスが横から嬉しそうに言った。
「……殺ス」
「もう、お兄ちゃんっ」
咲耶が恥ずかしさで真っ赤になりながら叫ぶ。
風が吹いたのか、垂れ下がった桜の花が咲耶の視界を遮るように揺れる。
無意識に左手でそれを払って、レニに向き直って微笑んだ。
「レニさん、相手にしないで続けましょ」
……ぴと。
頬に手のひらが貼り付くような感触に、咲耶は傍らのハデスを睨みつけた。
「お兄ちゃん、いい加減、ふざけないで」
「ん?」
不思議そうに振り返るハデスの両手は、酒と酒瓶で塞がっている。
あれ……?
じゃ、この手は……?
疑問に思う間もなく、それは頬から首筋に滑り降りてきた。
「ひゃっ」
思わず悲鳴を上げて飛び退る。
「な、ななな何っ」
咲耶のいた空間には、桜の枝があるだけだ。
それが桜の枝と呼べるなら、だが。
「なに、これ……」
「それ」は、見失った目標を探すように、うねうねと生き物のように蠢いている。
そして、再び咲耶に向かって襲いかかった。
「……いやぁん」
悲鳴とともに、グラスの割れる音がした。
菊が振り返ると、ななが桜の枝と格闘している姿が目に飛び込んできた。
いや、それは格闘というには一方的なものだ。ななの体に巻き付いた枝の先から更に伸びていく細い枝が、振り払おうとするななの両腕をあっという間に絡めとっていく。
「……ばななっ」
菊も手にしていたがグラスを投げ出して叫び、ななの体から枝を引き剥がそうと飛びついた。ななが涙目で叫ぶ。
「ばななじゃないよ、ななだよー!」
「今そーゆーことを……っと、うわぁっ」
反対側から伸びた別の枝が、菊の体絡めとった。するするっと伸びた枝は、菊の腰から胸へと勢い良く巻き付いていく。
「む、胸を掴むな、ばかっ」
さすがに狼狽えて力が抜けた瞬間、振り回されるように視界が吹き飛んだ。
「菊さあぁぁぁぁん」
ななの悲鳴が急速に遠ざかる。成す術もないまま菊は歯を食いしばり、体に絡みつく枝にしがみついた。
枝……と呼ぶには、それは異質なものだった。木の枝の手触りは既になく、嫌な湿り気と柔らかさを感じる。
動きが止まるのを感じて、菊は目を開いた。
最初に、相変わらず薄暗く曇った空が見えた。
視線を下に移すと、満開の桜の木が見える。
「……なんだこりゃあ」
淡紅にけぶる花の真ん中に、絵に描いたような……まさに絵に描いたような「口」がぱっくりと開いて、菊を飲み込もうとしていた。
菊は思わずわめいた。
「ひええぇ、あたしは食用菊じゃないーっ」
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