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リアクション
「じゃあ、お疲れ様です」
「失礼しますー」
源 鉄心(みなもと・てっしん)は、パートナーのティー・ティー(てぃー・てぃー)を回収ついでに、教導団の友人知人に差し入れを持ってきていた。ちなみに、中身はティーとイコナお手製のお弁当だ。宴の足しになったことだろう。
ティーは小暮の演習にひっそりと参加して居た。といっても、場所取りそのものではなく、けが人が出たときのフォローなどを行うつもりで待機していた。結局、出番は無かったけれど。まあ、救護班は出番が無いに越したことは無い。
場所取りが一段落したところで鉄心が、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)を伴って迎えに来たので、一礼して教導団の仲間達の元を離れた。
「どうだった?」
「半分ちょっとは、取れたみたいでした。けが人もなしです」
「そうか、それは何よりだな」
「鉄心、ティー、おそいですわ!」
演習の首尾について話すティーと鉄心の数歩前で、イコナがぴょんぴょん飛び跳ねて二人を呼ぶ。
二人は顔を見合わせるとくすりと笑って、イコナの後を追いかける。
三人が向かったのは、東寄りの北エリアだ。
桜の有無よりは日当たりを重視で、芝生の上にシートを広げる。
それから、四つ葉のクローバーを探すのだというイコナと、それに付き合うティーは二人で芝生の上に座り込む。
もはやお花見とはあまり関係無いことをして居る気がするが、休日の楽しみ方としては悪くない。鉄心はそんな二人を眺めながら、シートの上で荷物番を決め込む。
「見つかったかー? ……」
気がついたら、ティーとイコナはシロツメクサの冠を作って遊んでいた。
……まあ、それはそれで楽しそうだからいいのだけれど。
「そろそろ、昼飯にしよう」
「はーい。行こう、イコナちゃん」
「ごはんですのー!」
鉄心の提案に、そろそろおなかの空いてきていたティーとイコナは足取り軽く広げたシートへと戻ってくる。
それから、差し入れたものと同じお弁当を三人で広げた。
お弁当を食べると、朝も早かったこともあり、イコナがティーの膝でころんと眠ってしまった。
「疲れてたのかな」
「お弁当作りも頑張ってくれましたからね」
やれやれ、と微笑む鉄心の隣で、ティーはイコナの頭をナデナデしてやっている。
「あ……そういえば、カメラ」
頼まれていたっけ、と思い出して、鉄心は預かっていたデジカメを取り出す。
しかしいつの間にやら、ティーとイコナは二人で並んで寝息を立てていた。
二人して、と少し呆れながらも、鉄心は寝転んでいる二人の穏やかな寝顔をファインダーに収めた。
後で四つ葉のクローバーをさがしておいてやろう、と思いながら。
十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は、公園西門で恋人と待ち合わせをして居た。
いつも着ているジャケットとジーンズにローファー、風の腕輪という、ごく普通の格好だ。
「お待たせ」
と、そこに宵一の恋人、雪住 六花(ゆきすみ・ろっか)がやってきた。手には大きなバスケットを持って居る。
二人はそっと寄り添うと、人混みを避けるように北の方を目指す。
今年はなんだか盛況な北エリアではあるが、なにぶん元が広い。人気の少ない、静かな場所を選ぼうと思えばいくらでもある。
「この辺りにしようか」
宵一が足を止めたのも、そんな人気の無い辺り。ただし、桜も遠い。
「桜から、少し遠くないかしら」
六花は首を傾げる。
しかし宵一はくす、と笑って
「ここなら、のんびりできそうだろ?」
そう言いながら、バサ、と音を立ててシートを広げる。
その音に紛れて宵一が、周りに人が居ない方が邪魔されずに済むし、と呟いたのは、六花には届かなかったけれど。
それから二人は、シートの上に向かい合わせで腰を下ろす。
六花は持ってきたバスケットから、大きなお弁当箱を取り出して、二人の間に置いた。
「ええと……おにぎりは三種類あるの。いくら、ツナマヨ、たらこ大葉……」
お弁当箱の蓋を開けながら、六花が中身を説明する。
おかずには、唐揚げ、桜えびの入った厚焼き玉子、新じゃがを使ったポテトサラダ、それに、うずら卵とつくね串、菜の花のおひたし、小さなグラタンまで。色とりどりにぎっしりと詰まっていて、とても美味しそうだ。
「……すごい」
宵一は思わず、並べられたお弁当に見入ってしまう。
六花は少し照れながら、
「つい色々作っちゃって……あ、苦手な物とか、あった?」
今漸くその可能性に気がついたのだろう。おそるおそる宵一の方に視線を遣ると、宵一はにっこりと笑顔を返す。
「いや、大丈夫。さっそく食べよう」
その言葉と優しい笑顔に、六花も安心したように表情を和らげる。
そして、別に用意してきた取り分け用の小さなお皿を手にすると、どれが良い? と問いかける。
「迷うけど……まずは、厚焼き玉子かな」
宵一の言葉に、六花は厚焼き玉子に箸を伸ばすと、小皿の上で一口大に割った。そして、そのひとかけらを箸に乗せると、少し躊躇ってから、恥ずかしそうに宵一の方へ差し出した。
「……はい、あーん」
六花としては勇気を振り絞ったのだけれど、宵一はたぶん、気づいて居ないのだろう。嬉しそうに差し出された玉子焼きを口に頬張る。
「ん、うまい!」
宵一は幸せそうに微笑んだ。良かった、と六花は微笑んで、もう一口、と差し出す。
「ありがとう……うん、本当にうまい。六花も食べなよ」
自分の世話ばかりして居る六花を気遣うような宵一の言葉に、六花はありがとう、と小さく微笑んだ。
それからゆっくり時間を掛けて、お弁当を二人で頂いた。
お弁当を片付けてしまうと、よいしょ、と宵一が六花の隣に腰を移す。六花がどうしたの、と問いかける間もなく、宵一の腕が六花の方を抱いた。
六花はほんのり頬を染めてみせる。が、幸せそうにふわりと微笑むと、自らを抱きしめている腕に身を委ねた。
「また二人で、桜を見ようね」
優しく囁く宵一の言葉に、六花も頬を染めてこくりと頷く。
どちらからともなく、幸せの歌のメロディが口からこぼれた。
多比良 幽那(たひら・ゆうな)とキャロル著 不思議の国のアリス(きゃろるちょ・ふしぎのくにのありす)の二人は、人の多い北エリアの見回りを担当していた。
「安心安全、植物たちに優しいお花見を。さくらちゃんはよく分かってるわ!」
植物をこよなく愛する幽那は、さくらの方針に賛同して、見回りの手伝いをしている。
『全く、幽那ちゃんらしいわ』
アリスはそんな幽那の付き添い、といったところだが、それでもかなり乗り気なようだ。
「植物は絶対に傷つけさせない!」
幽那は引き連れているアルラウネ達にも気合いを入れて、不届き者が居ないか目を光らせる。
と、幽那の目がきらりと光る。
その視線の先には、桜ではないが、一本の木に登ろうとして居る若者の姿。
どうやら少しお酒も入っているようだ。
「これは、お仕置きが必要みたいね……!」
『ここはアタシに任せなさいな』
幽那のこめかみがぴくぴくと引きつるのを察して、アリスが一歩前に出る。
『行け、ジャバウォックー!』
手にしたトランプの束からジョーカーを引いて、大げさにひらひらと振ってみせる。
ふつうの人には目に見えないが、アリスの持つ悪疫のフラワシ、ジャバウォックが現れた。ジャバウォックはすぅっと若者達の元へと近づくと、その身に持つ病原体を振りまく。
すると。
「ん……? あれ?」
若者達の様子が明らかにおかしくなる。目をこすりこすり、上を見たり下を見たりきょろきょろとして居るウチに、そのうちどしん、と次々木から落ちてしまった。
それから、うわぁあああ、と叫んで走り去ってしまう。
不思議の国のアリス症候群、ジャバウォックが振りまく悪疫だ。
端から見ていると突然叫びだしたようにしか見えないが、彼らの目には、物が大きくなったり、或いは自分が突然大きくなったり、世界が様々に歪んで見えて居るはず。
『ふふっ、思い知ったかしら』
こけつまろびつ走り去る若者の背中を満足そうに眺めながら、アリスはふわりと幽那を振り向く。
『如何でしたか?』
「上出来よ」
幽那も満足そうに微笑んでいる。幽那にとって何より大事なのは植物の安全だ。
「さ、この調子で不届き奴らを撃退してやりましょう」
二人は意気揚々と、巡回を続けるのだった。
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