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<part3 地を縫うモノ>


 午後二時頃になると、獣たちの襲撃は緩やかになった。
 軍勢ということはなく、時々二三匹がグループでやって来るぐらい。周辺の獣たちはほとんど片付けてしまったのだろう。契約者たちは近づいてくる獣を威嚇して追い払っていた。
 小柄なエリスは体力が足らないらしく、トラック部隊のそばに置かれたテーブルに座って紅茶を飲んでいた。
 リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)がエリスに情報を求める。
「あ、あの、この近くに潜んでる巨大ミミズさんって、どの辺りに住んでるか知りませんか?」
 エリスと話すのは初めてなので、引っ込み思案なリースは声が震えてしまっていた。
「んっとね〜、あっち!」
 エリスは北東の方角を指差した。
「あっち? で、できれば、具体的な場所を教えてもらえると助かるんですけど……」
「分かんない。この前お野菜作ったときはね、あっちから襲ってきて、あっちに帰ってったの。おうちがあそこにあるんじゃないのかなぁ」
「わ、分かりました。ありがとうございましたっ」
 リースは逃げるように駆け出した。緊張しすぎて心臓がバクバク鳴っていた。
 人の少ないところで一休みして息を整えてから、マーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)に携帯で電話をかける。四回ほどコール音が鳴って、電話が繋がった。
「……もしもし」
「はーい。なんか分かった?」
 マーガレットの明るい声が応えた。
「えっとですね、その山から西に一つ行った山みたいです」
「あー、そっかぁ。うん、分かった移動する!」
「あ、それと! イルミンの大図書室で調べたんですけど! この地方に棲息する巨大ミミズは、寒さに弱いみたいです。攻撃するときは冷気系を使うといいかもしれません」
「りょーかい! ありがとね!」
 電話が切れた。

 マーガレットはリースに教えてもらった山を登っていく。
「みんな、どんな植物を合成したのかな? いいのがあったら後で分けてもらお。今ある植物は低レベルすぎて、美味しい料理なんかできるわけないもんね!」
「素材さえ変われば旨い料理が作れる……と……?」
 ナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)は耳を疑った。
「そうだよ! あたしが料理下手とかナンセンスだし!」
「ナンセンスなのはマーガレットの料理だろ! 野菜丸ごと鍋なんて、素材変えてもたいして変わんねえよ!」
 マーガレットはくすりと笑う。
「今のうちだけだよ、そう言ってられるのは……」
「なんで自信満々なんだよ! ちょっとは喪失しろよ自信!」
 ナディムは呆れ果てながら、足下の土を手に取った。握ったり撫でたりして硬さを確かめる。
「なにしてるの? まさか、お腹空いたの……?」
 マーガレットは恐る恐るナディムを眺めた。
「喰わねえよ土は!」
 白い鳩の姿をしたアガレス・アンドレアルフス(あがれす・あんどれあるふす)が木の枝に留まり、イモムシを咀嚼しながら尋ねる。
「ならばイモムシでも食うか?」
「喰わねえよ! てか大英雄様が虫喰うって落ちぶれすぎだろ! 硬い土にはミミズは住まないだろーからな、こうやって調べてんだ」
 ナディムは土を地面に放り捨てた。
「この辺はやわらかいぜ。巨大ミミズがいっかもな」
「……その巨大ミミズとやらはあれかの?」
 アガレスが翼で指した。
 その先には、土が盛り上がり、地面にみみず腫れでもできたかのように線となっていた。しかも線の先端は今もなお伸び続けている。
「あれだ!」
「あれだよっ!」
 ナディムとマーガレットは先端目指して走り出す。
 アガレスは一羽先に回り込み、
「観念するのじゃ!」
 とアシッドミストを線の先端に放った。だが、土に阻まれて相手に届かない。
「出てくるまで待つしかねーな!」
「リースに伝えなきゃ!」
 マーガレットが携帯を取り出して電話をかけた。
 ナディムたちは線の先端を追いかけて山を駆け下りる。
 線はうねうねと蛇行しながらも、確かな意思を持っているかのように畑へと進んでいった。


「襲撃は一段落したとはいえ、油断は禁物! しっかり給料もらえるよう頑張るであります!」
 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は畑のそばに立ち、引き続き索敵していた。
「うむ。そろそろまた金が尽きてきたからな」
 鋼鉄 二十二号(くろがね・にじゅうにごう)がうなずく。
 その傍らでは焚き火がおこされ、パチパチと木の爆ぜる音がしていた。
 セイレム・ホーネット(せいれむ・ほーねっと)が木の枝に刺したサツマイモを吹雪に差し出す。
「芋焼けたけど食べる?」
「……余計なことはしてないでありますな?」
 吹雪は警戒も露わに尋ねた。
「余計なことって?」
 きょとんとするセイレム。
「調味料をかけたり、加工したり、なぜか洗剤を隠し味に入れたり、とにかく料理と呼べる……いやセイレムが料理と呼んでいる黒魔術的な行為をしていないかと聞いているのであります」
「してないよー? 焼いただけだもん」
「ならば良いのであります」
 吹雪は胸を撫で下ろして芋を受け取った。一口かじって感心する。
「味わい深い芋でありますな。なにやら甘い匂いもするでありますし」
「そっかー。車のガソリンかけて焼いたからかも!」
「ガソリン!?」
 吹雪はぶぶっと噴き出した。
 リースが青い顔で駆け寄ってくる。
「あ、あのっ、皆さん! 巨大ミミズさんがこっちに来てるって連絡がありました! 北東の山から真っ直ぐ来てるみたいです!」
 吹雪は敬礼する。
「了解であります! 総員戦闘配備! 二十二号、自分たちは地雷原の作成に取りかかるでありますよ!」
「了解した!」
 二十二号が機晶爆弾を小脇に抱える。
 吹雪と二十二号は、山から畑に至るルートへと走った。


 一方、こちらは巨大ミミズを追っているマーガレットたち。
 畑まで数百メートルのところにさしかかると、マーガレットたちの前に魔法少女スーツをまとった九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が現れた。木の枝の上で格好良くポーズを決める。
「話は全部盗み聞きさせてもらったよ! 私は魔法少女ろざりぃぬ! ここまで来ればもう大丈夫! 安心して投降してね!」
 座頭 桂(ざとう・かつら)が木の影から現れ、頭をぼりぼり掻く。
「久しぶりに野菜の天ぷらを塩にぎりと一緒に食いたいもんやなぁ……」
「突っ込み役不在……だと……?」
 ナディムがつぶやいた。
 ローズが木の枝から飛び降り、額に手をかざして辺りを眺め回す。
「で、ミミズはどこ? 何センチぐらい?」
「センチ単位かなー? ほら、そこそこ。下」
 マーガレットがローズの足下を指差した。
 と、いきなり土が割れ、ミミズが地上に飛び出してくる。その長さたるや、針葉樹のてっぺんに届くほど。
 たかが虫一匹と侮っていたローズは仰天する。
「うわぁ!? なんだこれ!? キモッ! うわーキモ!」
 ローズが動けなくなっているあいだにも、ミミズは畑へと猛進する。地上に出た分、速度も三倍。
 マーガレットが火術で空中に炎のボールを発生させた。
「奥義! 『当たったら熱いんだからね』スマッシュ!」
 炎のボールを護身剣でサーブし、巨大ミミズに叩きつける。が、固い外殻に包まれた巨大ミミズはさしてダメージを受けず、暴走をやめない。
「ほら、ろざりぃぬはん。一度戦うと決めたのに引き下がったらあかんよ」
「わ、分かってるよ!」
 桂にたしなめられ、ローズはマーガレットたちの後から巨大ミミズを追う。
 巨大ミミズが地雷原に入った。機晶爆弾が連鎖爆発する。轟く爆音。噴き上がる土煙。ミミズは半身を大きく宙に跳ねさせる。
「今であります! 斉射!」
 吹雪が対イコン用の機晶ロケットランチャーを発射した。白煙と共に飛ぶロケット弾。ミミズに激突して弾ける。
「痺れちゃえー!」
 セイレムがサンダーブラストを浴びせる。
「破壊、だ」
 二十二号がレバーアクションライフルを連射した。
 巨大ミミズは耳の割れるような鳴き声を上げて胴を振り回す。
「ぐぅっ!?」
 吹雪が巨大ミミズの胴に薙ぎ払われ、宙に舞った。地面に落ちて転がる。
 巨大ミミズの口が吹雪に飛びかかってきた。二十二号がガシッとミミズの先端を掴むが、押し負けて跳ね飛ばされる。
「地雷をまともに喰らって生きているとは……戦車以上であります……」
 吹雪は歯を食い縛りながら起き上がった。口の端から垂れる血を手の甲で払い捨てる。
 実際は地雷のお陰でかなりのダメージを与えているのだが、まだ足りなかった。そして手負いの熊が凶暴化するのと同様、巨大ミミズは末期の怒りに狂って暴れまくっている。
「リースが調べた情報、使ってみるかのう」
 アガレスが氷術を巨大ミミズに放った。氷がぶつかると、巨大ミミズは一瞬びくりとしたように痙攣する。
「ふむ、効果ありじゃ」
 気をよくしたアガレスは氷術を連続で行使する。巨大ミミズの動きがだんだん鈍くなっていく。
 ローズがそれをチャンスと見る。
「今なら行ける! 桂さん!」
「はいな」
 桂が不殺刀を突き上げた。
 ローズは不殺刀のてっぺんに飛び乗り、バック転をしながら巨大ミミズの方へと跳躍する。
 ムーンサルトプレス。見事な弧を描いてその技が成功するかに見えたときだった。巨大ミミズがローズ目がけて大量の毒液を吐き出した。
「危ない!」
 マーガレットが風術で毒液を吹き飛ばす。
 ローズはそのまま巨大ミミズの頭部に体当たりし、同時に雷術を喰らわす。巨大ミミズの動きが果てしなく緩くなった。
「桂さーん! 私ごと斬れー!」
「任せてぇな」
 強固な外骨格に守られた敵に、弱点と思える箇所は一つしかなかった。
 桂は集中力を極限まで高め、巨大ミミズの口内、その一点を狙って疾風突きを繰り出す。
 確かな手応え。巨大ミミズの体が硬直した。
 口から、緑色の体液が奔流となって噴き出す。
 巨大ミミズの胴体がゆらりと揺れ、地響きを立てて大地にくずおれた。
 ローズは危うく下敷きになりそうなところで横に転がり、体のホコリを払いながら立ち上がる。
「え、えっと……そうだ! 今日も魔法少女ろざりぃぬのお陰で、地球の平和は守られたのだった!」
 ひとまずピースサインを目に添えて、キメッとしておくローズだった。