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リアクション
◆
ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)は、パートナーであるシュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)と共に、たった今、侵入者と対峙していた。
「招かれざる客。の様ですけどね」
「どう見てもそうじゃろうな。何せ窓から出て来たのだ。招かれた客はそんなところから入ったりはせんよ」
窓から飛び込んできたのは、クィンシィと霊。本人たちの中ではそれが想定外だったらしく、随分と素っ頓狂な顔をしながらラムズと、『手記』を見つめている。
「……陽動をせよと言い、此処をがら空きにさせようとしたにもかかわず、あやつらは一体何をしておる……はぁ……」
「何をぶつぶつ一人で呟いておるのかの………どうでも良いが、家主の断りなしに敷地内に無断で入ると、もうそれは立派な不法侵入じゃよ? わかっとるのかねぇ」
「お退きなさい。クィンシィ様の目的を邪魔する者は誰であろうと蹂躙せしめます」
霊がクィンシィの前に立ちはだかり、術式を唱え始めた。
「ふん、目くらましのつもりか。面白みに欠けるな」
「ちょっとちょっと! 『手記』も何をやっているんですか? 此処、人の家ですよ!? 暴れて物が壊れたらどうするんですか!」
「それは仕方のない事だと思わんかね? ラムズ。大事な物を守り、そして不法侵入者を撃退したとあれば、それなりの対価は支払う必要がある。こちらが提示してないとしても、器物破損程度でおたおたしていては、コントラクターを相手に取る事など出来ぬ」
「ああ! もう!」
ラムズは慌てて機晶妖精を呼び出し、辺り一帯に警戒を始める。強く出ていた『手記』としても、どうやら建物内の物を壊す事はよしとしていないらし、ゆっくりではあるが敵が攻撃してきても被害が出ない場所を探り、移動する。
「何かを守って……しかもそれが物である以上、ぬしらに勝利はないよ」
霊が火術を詠唱しているのに対し、クィンシィは氷術を唱えて攻撃としたらしい。
「全く以て面白みもあった物か。目的が何かは大凡察しもつくが、しかしてこれでは火事場泥棒……此処が何処かもわらかぬ者は、早々に此処から去れ!」
『手記』の前、何やら光輝くそれが突如として現れるや、靄が現れ、それが次第に形をなした。さも、大槌が如きそれが、徐々に大きく、具体的な形となっていく。
「これぞまさしく『神の審判』ゆるりと鉄槌を受けるがよいぞ」
「言っておれ! 行くぞ霊!」
「はい!」
完全にその槌が形成された瞬間。クィンシィと霊が同時に氷術と火術を放つ。
「甘いわ!」
炎と氷術が交錯する一筋の光目掛け、『手記』の大槌が振り抜かれた。地面にではなく、二人に向けて。強大な質量をもつ互いのそれがぶつかりあい、クィンシィと霊の放った光が散り散りに弾ける。そしてそれは、辺りの電球に全て直撃し、辺りから光を奪った。
「何!? これが狙いか!」
「『手記』! これでは敵が……」
かろうじて月明かりを頼りに影を見つける事は出来るがしかし、それまで。陰になるところへと二人が向かえば、姿を見つける事は容易ではない。
「く……盗人風情が……!」
「これだけではまだ、終わらんよ」
突如として二人の元にやってきたクィンシィの声と、一つの人影。それはクィンシィの物ではなく、恐らくは霊。
「今まで明るかった場所が急に暗くなってね、そこに来て急激な光源を視界に入れると、それだけで充分過ぎる目くらましになるの」
霊の言葉のそのすぐあと。ラムズと『手記』の頬を何かが撫でた。撫でたそれは二人の顔の目の前で――光る。
「光精の指輪……持ってきていて良かったわ」
「それではな、二人とも。またいづれ、会ったときにでも意趣返しするがいい」
声の後。両の瞼を抑える二人から離れる様にして、足跡と言えない足跡が遠ざかって行く。
「………逃げられましたか……」
「ふん……火事場泥棒を許すとは……なんと顔向けできようか」
二人はよろよろと立ち上がり、辺りを見回す。月明かりのみを頼りとして、音もなく割られていた窓から夜風が入り込み、ただただカーテンと、そして二人の顔を撫でている。
◆
「母上! 上手く出来ましたね! これであの人たち、きっと喜んでくれますよ!」
「大助、走りながら喋ると舌をかむぞ」
「あ、はい」
氷藍と大助が走っているのは、廊下。だrもいない、人影ない。気配さえない廊下。
大助の背には大きな大きな、恐らく彼と同じ程度の大きさを持ったハープが背負われ、二人の表情は笑顔に彩られていた。
「まさか事態に乗じて俺たちが入っていたなど、誰が思う事があるか」
「本当ですね!」
此処までくればいいだろう。そう思ったのか二人は足を止め、肩で息をしながら辺りを見回した。何もない。誰もいないその空間。
寧ろ警戒する必要性さえないと言って問題ないその空間に、二人は佇んでいる。
「でも、本当にラナロックさんの御宅って広いんですね。豪邸です!」
「ああ。今度は遊びにくるとしよう。こんなやましい事を抜きにして、ゆっくり茶でもしに来よう。っと、それは些か過ぎた話、だったかな。でも、うん。全部終わったら、ラナロックの奴に謝って、一緒に遊んで見てもいいかもな」
「そうですね。母上」
どうにも。この空気が辺りとはそぐわない。光なく、人影なく、そして緊迫したこの空気の中。二人の会話が妙な色を持っていて。そしてそれは、始まりの始まりだった。
大助の後頭部に、何かが当たる。こつんと、ただの一度。凄く小さな力で、凄く小さな面積の、ごくごく、気にならない程度の衝撃。
押された頭を無意識に戻し、それを押し返した大助はそこで、笑顔を固めた。
金属の。独特の。音色。
「御機嫌よう? お二人とも」
にっこりと。笑顔の殺意。
「……や、やあ……ラナロック」
「母上……嫌だなぁ、冗談よしてくださいよ」
引き攣った笑顔の氷藍と、がちがちと歯を鳴らしながら顔を強張らせる大助。が、氷藍は何も、脅しや驚きを彼に提供する気はないのだ。それは事実で、それが事実。即ち彼女は、其処にいた。
「大助、避けろ!」
氷藍の突然の言葉に反応した大助は、大慌てで頭を下げる。まるで礼をする様に、腰から八十度、しっかりときっちりと曲げた。
立っていた体制のまま、右に重心を移動して軸をずらした氷藍が、捨て身の突撃をし、ラナロックの銃を握る手が微かにぶれた。
放たれる弾丸は屋敷の廊下を綺麗に抉り、硝煙のみを微かに燻らせる。
「逃げるぞ!」
「あ、はい!」
「お待ちあそばせ、お二人とも。今夜はもう、遅いですから。どうかどうか、ごゆるりと。心の行くまで、身の休まるまで、想い緩やかに、御くつろぎくださいな」
全力疾走で走る二人の後ろから、ラナロックが軽快な足取りで追いかける。その都度、そのたびに響く銃声は、二人とすれば生きた心地のしないもの。故に走る、走る走る。
「おい! 何処のホラー映画だ!」
「母上! ほらーえいが ってなんですか!」
「今は後だ! それより走れ!」
「あはははは! お待ちなさいなお二人とも。今宵はもう遅いですから。ね?」
軽快な足取りと、軽快な銃声と。警戒しなければ、死を持つ空間。
「楽しくないのに笑うな! 余計に気味が悪いわ!」
「楽しいですわよ!? あははははははは」
「母上! ちょっと僕、今晩安眠できない気がします!」
「安心しろ! 俺もだ!」
右往左往、と言う表現が適切でないとするなれば、きっと世界から『右往左往』と言う言葉がなくなってしまうであろう程に、その様子は何処までも『右往左往』だった。
「あははははは!」
「母上! 怖いです!」
「それだと俺が怖いみたいになってるからな! 大助!」
「母上!」
「今度は何だ!」
「思いました、窓から飛び降りれば――」
「それは名案だ! 多分死ぬが!」
何故か若干軽快なやり取りだった。
「そうだ、折角ですから、お食事を用意しましょう! 今日は美味しそうな雌鶏が一羽、手に入りましたの! 後は卵も! あははははは!」
「母上! 多分あれ、僕たちの事ですよ!」
「大丈夫だ! なんとなくわかってた!」
若干ではあるが、面白くなってきたらしい。そしてそれは、多分――。
ラナロックは知っている。それが偽物である事を。
二人は知らない。それが偽物であることを。
それを差し引いたとしても。ラナロックは何処までも彼女たちが、彼等が、大好きだった。
そしてこの時、この瞬間で言えば恐らく、氷藍と大助も。この出来事を、少しかもしれないが楽しいと、思っていたのだろう。
だから、銃弾が飛び交っていても、だから、人の物を盗んだとしても、彼等はそれを頷き、受け入れ、笑うのだ。
笑顔に他意は――恐らくないのだ。
◆
探索をする。と言う事は、少なくとも数回、敵と遭遇する事、になる。細心の注意を払っていても、最大の警戒をもってしても。多分それを未然に回避する事は、大凡出来る事ではない。
「さて。問題です。彼女たちは、一体誰でしょう」
レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は誰にともなく、呟いた。
「ヒントをください」
ニヤニヤしながら湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)がその問いに反応した。
「ヒント。多分わらわたちが此処におる理由、じゃな」
頷きながら、ミア・マハ(みあ・まは)が返事を返す。
「ミアさん。それ、ヒントになってないです」
カムイ・マギ(かむい・まぎ)が、ため息をつきながらにそう言うと――。
エクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)、ディミーア・ネフィリム(でぃみーあ・ねふぃりむ)、セラフ・ネフィリム(せらふ・ねふぃりむ)がそれぞれ武器を握りしめた。
「でも困ったね、一人しかいないじゃん」
「仕方がないわよエクス。単純に考えたって、まとまって皆が動く、なんて事はあり得ない事だもの」
「そうねぇ……まぁでも、こうやってひとりずつ倒して行けば、結局は三人を倒せるから、良いんじゃないかしらねぇ?」
のんびりと。何やら意味深な動きをするセラフに向かって、カムイが質問した。
「あの、何してるんですか?」
「え? オイルサービスよ? そうね、うんうん。こんな感じで良いかしら」
通路は一つ。進むか、退くか。その通路にオイルをまいて、どうやら足止めをする算段らしい。
「さて、それじゃあ――」
武器を構える彼等の前、しかしてそれは戦意を持ってはいなかった。
「あら。こちらは行き止まり見たい。残念ね」
踵を返したトレーネ。無論、それに続く協力者たる彼等。
「ちょ! ちょっとタイム! ねぇねぇ! なんで!? 此処通らないと、先進めないじゃん!」
ゆっくりと、しかし確実に構えを取って待っていたレキが慌てて尋ねた。
「ぎゃはは! 進めないトラップがどっからどう見てもあるってわかるのに、進む馬鹿はいないぎゃ!」
「そう言う訳で、お疲れ様ぁ」
夜鷹とレクイエムが手を振り、踵を返してその場を去ろうとする。
「ああああああ! もう! ダメダメ! 確か捕まえるんだよね!? 捕まえて良いんだよね!?」
「そうじゃな、妨害じゃなくとも、わらわたちが自発的に捕まえるのもあり、じゃな」
「ちょっとお姉ちゃん!」
「ええ……良い作戦だと思ったんだけどなぁ……」
既に背を向けている彼等に向けて、レキたちが足を進める。
「後ろからって何だか卑怯な気がしないでもないけど! 隙あり!」
攻撃動作のその途中――ディミーアの動きが停止した。
「だまし討ち。と言う訳でもないが、申し越し周りには気を使った方が良いぞ」
「ま、特にこんな暗い場所では――ね」
全力疾走――。敵がふと踵を返し、隙を見せたが故に、慌てて後を追っていたのだ。先制攻撃を仕掛ける為に、突き進んだ。結果――敵がどれほどの人数かを、把握できなかったと、それだけの話。ディミーアは攻撃動作に入った状態で、そのままの体勢で、気絶する。
「え、何したのさ!」
「何もしてはいないよ。私は。ただ、そうだね。ただ偶然、私の腕は片方、生身ではないのだよ。そしてそれを前に、ただただ偶然に出していただけだ。この暗闇ではわからなかったかな? それだけだよ」
それがたまたま、鳩尾の辺りにきまってしまった、と彼はそう、言い放った。
「お姉ちゃん!」
「知っているかい? 呼吸が止まり、昨日が低下する。しかしね、それも互いの勢いを使うと、痛みを覚えるより先に意識を飛ばせる事がままある。と」
「………! よくもお姉ちゃんを!」
「おっと。何も相手は彼だけじゃあないからね。そこら辺はしっかり考えてよ。向う見ずな行動は、結局詰まる所で自分の首を絞めるのさ。詰まらない事にね」
手にする獲物、やや短い獲物で、彼女はエクスの振りかぶった竜殺しの根元を抑えていた。始動するうえで、最も負荷がかかってはいけない角度でも持って、それを止める。
「ううう! ……もう!」
「悪いね。そう言う戦い方もあるのさ。兎に角前に出るってだけでは、どうにもならない局面がある。君たちのパートナーの彼は、それを十二分にわかっているはずだけどな? そうだろう? お兄ちゃん」
ネルの向けられた言葉に、凶司はただただ、顔を顰める。
「攻撃は最大の防御。けれど、攻撃が出来ない状態だとそれは防御にならないのさ」
そうこうしている内に、トレーネ達はその場から離れていた。
「さて、殿は充分務まったし、私たちも彼等を巻いて追い付こう――」
踵を返そうと、顔を背けた邦彦の顔が、言葉が、そこで止まった。
「ごめんね。結構これ、算段通りだったりして」
「主も悪い事を考えるのぉ……凶司とやら」
レキと、ミアの笑い声。
「な……何?」
「邦彦!?」
「暗がりだからわからないのも無理はないかもしれないですけど」
顰めていた筈の、凶司の顔が、本当に歪な程に、悪そうに、歪みに歪む。
「あなたのそれ。私の演技だったらどうだろうね」
意識を失っている筈の、ディミーアの声。
「更に言ったら、ボクが止められたのも、嘘だったら、どうしようか? お姉さん」
動きを止めたまま、笑うエクス。
「あんまりにも意地悪するのは申し訳ないので、ネタ晴らしと行きましょうか。くっくっく。あのねぇ、彼女――レキさん。サイコキネシスが使えます。お兄さんはもう、立ってるだけで辛いと思うので、お姉さん、見てあげてください」
彼の言葉に、ネルが目をやる。ディミーアへと。そして言葉を呑むのだ。振り上げていた武器は、全てが反転している。攻撃する部位が下に向き。彼の腕を止めていた。
「片手が生身ではない以上、繊細な手ごたえはないでしょうね。彼。だから勘違いを起こした。そしてお姉さん、貴女が止めたと錯覚しているエクス。多分、それでは普通に動きますよ?」
「動いて良いの?」
「ええ」
ネルが止めていた彼女の動きが、動作が、攻撃が、再開される。何食わぬ顔で、ネルを吹き飛ばした。
「ちっ!」
「僕はねぇ、結構うそつきだったりしますよ? まあ、今更ですけどね」
「で、そのやり取りをしている間に、おたく等の周りにはわらわのブリザードがいつでも打てるように準備させて貰ったと言う算段じゃ。悪いの」
「ねえ! この人どうすればいいかな」
膝を鳩尾にいれたレキが、徐々に崩れる邦彦を大事そうに抱え、困った様子で声を上げる。
「レキ。僕がナーシングで癒しておきますので」
カムイが近付き、レキが邦彦を横倒しにすると、術を始めた。
「……なんだ。余裕だと思ったんだけどね、完敗だったって、そういう訳か」
ネルは観念した様に笑い、横倒しになっている邦彦の隣に、腰を降ろした。
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