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襲われた魔女たち

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襲われた魔女たち

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第三幕:ランダムエンカウント

 交差した腕の先、相手に向けられたのは銃口だ。
「少し痺れてなさい!」
 放たれた弾丸は男の肩にめり込んだ。その瞬間、火花が散るような音が耳に届く。
 雷電属性を付加した弾だ。これで相手の動きを短時間ではあるが止めることができる。事実、セレンフィリティの思ったとおりになった。
「遅いわよっ!」
 木々に紛れて攻撃の機会を窺がっていた男たちが彼女に襲い掛かってきた。
 その数二人。セレンフィリティの左右からの挟撃だ。タイミングは絶妙で客観的に見れば見事な連携と言えた。これがそのあたりにいる一般人ならひとたまりもなかったろう。しかし相手はいくつもの場数を踏んでいる熟練の冒険者だ。それが男たちの誤算だった。
 しゃがみ、右側の男の腹に拳を一発。返す肘で左側から剣を突き刺してくる男の動きに合わせる。剣が腕の上を滑った。摩擦で皮膚が焼けるが気にしない。そのまま勢いを落とさずに男の懐に潜り込む――
(しまった!?)
 気付いた時には遅い。セレンフィリティの眼前には二の手で抜かれた小刀の刃があった。
 熱くなりすぎて敵の戦力を見誤った彼女の誤算である。
 彼女の顔を引き裂いたであろう刃はしかし彼女に届くことはない。
「馬鹿。熱くなりすぎよ」
 窮地を救ったのはシルバーメタリックのレオタード、その上からブラックコートという彼女とよく似た格好をしているパートナー、セレアナだ。
 セレンフィリティに届くはずだった刃は彼女の手元にある。
「セレンフィリティは脇が甘いのよね。格下だからって油断しないの」
「……面目ないわ」
 答えた彼女の傍に男が複数人投げ飛ばされてきた。
 転がる男たちは一様に腹をおさえてうずくまっている。
「俺の方も終わった。何人か逃げられたけどな」
 忍び装束に身を包んだ紫月だ。
 彼は素早く腕を動かすと伏したままの男たちを指さした。具体的には男たちの腹をだ。
「鳩尾に三発入れてやった。仕置きには良いだろうさ」
「えげつないわね」
「本当ね。呼吸困難に陥ってるわよ。かわいそうに」
「セリフと表情が合ってないからな?」
 彼女たちは気持ちの良い笑顔を浮かべていた。
 さっきまでの険しい顔つきが嘘のようである。
「そんなことよりユーリたちは?」
「あいつらなら――」

 紫月たちからさほど離れていない場所、ユーリたちは彼ら同様に男たちに襲われていた。
「こんなとこで女に会うとは思ってなかったぜ」
「俺はちっこいのな。でかいやつには興味ねえ」
 彼女たちの前には二人の男の姿がある。
 話す内容は考えるまでもない。
「悪いやつはこの僕、ぼーいずめいどさんが許さないよ!」
 メイド服を着込んだ少女らしき姿。しかし発言からそれが間違いだと気づかされる。
 小柄な身体。艶やかな黒髪。瑞々しい肌。どこからどう見ても可愛らしい少女だ。
「ぼーいず……ボーイ……? 男かよ!?」
「今までろくな人生歩んじゃいないが、これほどショッキングな出来事に遭遇したのは生まれて初めてだ……」
 彼女改め、彼が男たちに与えた衝撃は計り知れない。
「……だが悪くねえ」
 計り知れない結果がこれだった。
「せっちゃん! この人たち危ない人だったよ!!」
「ユーリが襲われても困りますよね」
 応える『石化の書』の後ろ、動く石造の姿があった。ガーゴイルだ。
 その効力は単純明快。
「動かないでくださいね。動けないが正解かもしれませんけど」
 男の一人に変化が起きたのはすぐのことだった。
「あ、足が動かねえ!! なにしやがったてめえ!」
 男の足は石化していた。
 歩くことに失敗した男はユーリの足元に倒れ伏す。
「この糞ガキが!」
 もう一人の男が手にした剣でユーリに切りかかった。
「うわっ!? ふわ! ういっ!」
 右肩めがけて振り下ろされる一筋。返す刃で胴ごと薙ぐ一撃。剣を地に刺して軸にし、足を払うように繰り出される蹴り。
 その悉くをユーリは避けた。
「避けるのは得意みたいだな! ってかなんだその耳は?」
(こうでもしないと避けられないんですよぉ〜)
 一見すると余裕で避けているように見えるが実際には紙一重だ。
 攻撃する選択を捨てての回避一択。理由は単純だ。待っていたのである。
「ふんっ!」
 声とともに、攻勢に出ていた男の鳩尾に拳が深くめり込んだ。
 肺から強制的に酸素が押し出される。漏れる音は悲痛の声だ。
 身体はくの字に曲がり、膝をつくも支えきれず、その場に倒れ込んだ。
「おいおい。一発でこれかよ。鍛え方足りないんじゃないか?」
 男に地獄を見せたのは紫月だった。
 続いてセレンフィリティたちが顔を見せた。
「ああ、こりゃ痛いわ」
「実際にやっているところを見ると迫力が違うわね」
「遅いじゃないですかあ。怪我するかと思ったよ」
「悪いな。こいつら引っ張ってくるのに手間取った」
 そう言う彼の足元にはさきほどセレンフィリティたちと戦っていた男たちの姿があった。
 どうやら眠っているようだった。
「森の中で女の子の尻追いかけまわした挙げ句に、今度はあたしたちを見て鼻の下伸ばして……結果がこれか。見事に自爆してるわね」
「眠っている今はまだ幸せそうね」
 セレンフィリティは転がっている男たちの一人を起こした。
 寝ぼけていた表情はすぐに険しくなり――
「てめえらこんなことしてどうなるかわかってんだろうな! ああ!?」
 などと現状を思わせない威勢の良さを見せる。
「あんたに聞きたいことあるのよね」
「誰がおまえらなんかに――」
 男の声は銃声にかき消された。硝煙が散り、弾痕が男の周りに残される。
 皆の視線がセレンフィリティに集まった。
「あたし、機嫌悪いのよ」
 さっきまでの威勢はすでになく、男の顔は真っ青になっている。
「ご愁傷様」
 セレアナの声が男の耳にいつまでも残った。

 セレンフィリティが男から情報を聞き出していた頃。別の場所、森を駆ける複数の人影があった。先頭を走るのはマクフェイルだ。ジュンコ、マリア、ネスティ、ブルーセがそのあとに続く。
「声が聞こえましたよね」
「聞こえましたわ」
「私もよ。方角は――」
「まっすぐだよ! 声以外にも音が聞こえる」
 耳に神経を集中させてみると、たしかに声以外に音が聞こえる。
 金属と金属がぶつかりあうような音だ。
 しばらくすると木々の間を動き回る一人の少女の姿が視界に入った。
 その動きはまるで何かと競り合っているように見える。
「ジュンコ殿、ネスティ殿!」
マクフェイルの掛け声を皮切りに二人が動いた。
(姿は見えませんけど……)
(音や気配は隠せないんだよね!)
 少女が何かを躱すように転がる。直後、鈍い音が響き渡り、今まで彼女が背にしていた木に何かがめり込み表面が砕け、木片が辺りに散った。
「そこだよ!」
 ネスティは叫ぶと散った木片を敵がいるであろう位置に飛ばした。
 サイコキネシスによる先手を打ったのだ。しかしこの程度ではダメージを与えることはできないだろう。それはネスティ自身も理解していた。狙いは別にある。
 ジュンコの視界、いくつかの木片が宙で何かにぶつかって散っていくのが見えた。
「頂きましたわ!」
 木片が散った位置めがけて蹴りが繰り出される。
 足を通して何かに当たったのがわかった。だが思った以上に反動が強い。
「きゃんっ!」
 可愛らしい声とともにジュンコが尻餅をついた。
 予想外の手ごたえにバランスを崩してしまったのだ。
 そのまま倒れ込むように横に転がる。間を置かずして彼女がさっきまでいた地面が深く沈んだ。足跡のように見えるが爪に当たる部分だけが抉れている。
 すぐさまジュンコは体勢を立て直すとどこから襲われてもいいように構えた。
 しかし動く気配はない。追いついたマリアが彼女と背を合わせて周囲を警戒する。同じようにネスティもブルーセと周囲を見回す。敵がどこにいるのかはわからない。害意をどこからも感じなかった。
「ネスティ殿……敵は?」
「気配はあるけど殺気とか感じないよ」
「ということは――」
 マクフェイルが敵の行動を予測するより先に敵が動いた。
 ガサガサと茂みを揺らす音が遠ざかっていく。
「ブルーセ!」
「は、はい!」
 ブルーセは音のする方向に向けて手を伸ばした。
 瞬間、パリッという音が聞こえたと同時に雷光が弾けた。
「はずし……たかも」
「敵の姿が見えないのですから仕方がないですよ。それより……」
 マクフェイルは視線を少女に向けた。
 その容姿から機晶姫であることが窺がえる。
「クウ殿ですか?」
「そうだよ」
 素っ気ない返事。
 しかしどことなく暖かさを感じさせる声だった。
「助けてくれてアリガトウ。アナタたちは?」
「あなたを迎えに参りましたの。自己紹介は道すがらにでも」
 かくしてマクフェイルたちはクウと合流しルーノの元へ向かった。
 帰路の途中、森の奥から爆発音が響いてきた。森へ入る前のやり取りを思い出し、皆一様に何とも言い難い表情を浮かべた。ただ一人、事情を知らないクウだけが皆の様子に疑問の表情を浮かべていた。