リアクション
【十一 代償か、或いは損失か】
結局、マーシィリップスとストームテイルは倒すには及ばなかったが、撤退させることには成功した。
そしてスキンリパーであるが、ブランダル達が戦闘に合流したところで潮時と見て取ったのか、いきなり形見のネックレス、即ちマインドプールをコントラクター達に放り投げて、こちらも撤退の構えを見せた。
「ちょっと、待ちなさいって!」
ブランダルと共にスキンリパーに挑もうとしていたリカインが、ネックレスを慌ててキャッチしながらも、逃がすまいと挑みかかった。
ところが。
「残念ながら、こちらも本来の仕事が残っているのでね。倒される訳にはいかない」
スキンリパーがそのひと言を放った直後。
不意に、天空が闇に覆われた。いや――正確にいえば巨大な何かが上空に現れ、陽光を遮ったという方が正しい。
「あ、あれは……メガディエーター!?」
リネンが驚愕の叫びをあげて、その場に硬直した。
コントラクターを見下ろすように突然出現したその姿に、大半の者達が驚きを隠せない。
全長40メートルを超える巨大ホオジロザメが天を滑空するという、それだけでもひとびとの度肝を抜くというのに、その巨大な影はほとんど一瞬にして肉体構造を組み換え、巨人体型に姿を変じてしまったのだ。
地上のコントラクター達は、まるで蹴散らされるかのように慌てて四散し、メガディエーターから変形した巨人の着地ポイントから離脱した。
大地を響かせる轟音が、コントラクター達の鼓膜を強く刺激する中、巨人は着地すると同時にスキンリパー達オブジェクティブを拾い上げ、そのまま体内に吸収してしまった。
そうかと思うと、再び宙空に飛び上がり、これまた一瞬にして巨大ホオジロザメへと変形し、そのまま飛び去っていってしまったのである。
まさに、あっという間の出来事――コントラクター達はただただ呆気に取られて、この一連の出来事を眺めているしかなかった。
「嫌な感じだわね……まさか、フレームリオーダーが直接、関与してたなんて」
リカインはむっつりした面持ちで、メガディエーターが飛び去った方向をじっと凝視した。
それからしばらくして、自身が握り締めていたネックレスに、そっと視線を落とす。
いつの間にか、ブランダルがリカインの傍らに佇んでいた。
「……で、どうする? 予定通り、イーライ君とのけじめ、つける?」
「そう……ですね。いじめっ子は最後には、倒されなければならないですし」
ブランダルが半ば自嘲気味に笑うのを、リカインはどこか寂しそうな面持ちで眺めていた。
と、そこへ優希、アレクセイ、リナリエッタといった面々が歩を寄せてくる。
イーライとのタイマン勝負を演出する役目はこの三人に任されていたのであるが、メガディエーターの出現を受けて、すっかり気分が削がれている様子だった。
それでも、ブランダルは気力を振り絞って、いじめっ子を最後まで演じ続ける覚悟らしい。
「力ずくで奪い返しに来いっていった以上、あいつの挑戦を受けますよ。そのネックレス……俺に、貸して貰えませんか?」
決意に満ちた声で、ブランダルはいい切った。
最早こうなってくると、リカインとしてもブランダルの気持ちを無理に抑えつける訳にはいかない。彼女は、手にしていたネックレスをブランダルに手渡した。
受け取ったブランダルは、小さく一礼して走り去ってゆく。
早速、最後のけじめをつけようというのだろう。
「何だか……変な方向に話がいっちゃってるわねぇ」
リナリエッタが釈然としない様子で、憮然とした表情を浮かべた。このままブランダルひとりを悪者にしてしまうのは、何となく、彼女の美学に反するようで嫌な気分だった。
優希とアレクセイも、リナリエッタとは発想の根本は大きく異なるものの、矢張りブランダルが最後まで悪役のままで居続けるのが納得出来なかった。
「本人が望んでることとはいえ……」
「もうちょっと、何とかならんもんかねぇ」
優希とアレクセイのやりきれない声を、リカインとリナリエッタは漠然とした思いの中で聞いている。
一番の解決法は、イーライが大人になることであったが、イーライ自身がどこまで成長しているのかは、余人の計り知れるところではなかった。
イーライは、ブランダルと一対一の勝負に臨み、勝利を収めてネックレス奪還に成功した。
事実を知っている一部のコントラクター達は、複雑な気分で勝負の行方を見守るしかなかったのだが、ブランダル本人が納得している以上、下手に口を挟む訳にもいかなかった。
そして翌日、イーライによるネックレス奪還成功を祝して、ちゃんこ大会がデュベール邸で開かれた。
今回の一件に関与したコントラクターは、大半がこのちゃんこ大会に招待された。
ちゃんこ大会は随分と賑わったそうであるが、そんな中、ケセランはマダム厚子の姿に熱い視線を送り、
「その生き様もまた、美しい」
などと、本人にしか分からない価値観の台詞をひと言、周囲に漏らしていたのだという。
「かしわ300グラムで得たもの……イーライにとってそれが大きかったのか小さかったのか……その結末は、実に興味深い……」
ケセランは、エースや泰輔といった面々に囲まれながら、甲高い馬鹿笑いを響かせている。
見るからに平和な、全てが成功裡に終わったといわんばかりの安穏な空気が、ちゃんこ大会の会場全体に広がっている。
これで一件落着――かと思いきや、実は全てが丸く収まった、という訳でもなかった。
ちゃんこ大会が開かれていたその裏で、円とダリルが、互いに知り得た情報を照らし合わせていく内に、不穏な空気が裏で漂い始めていたのを、敏感に察知していたのである。
「メリンダさんの家系を、ずっと遡っていったらね……とんでもないところに、ぶち当たったんだ」
デュベール邸の客室を借りてダリルと額を突き合わせていた円が、古びた家系図をテーブル上に広げて、ある一点を指差した。
そこにはフェンザードの文字が、はっきりと記されていたのである。
一方のダリルは、ストームテイルとの戦闘の中で、一瞬だけ無線接続が成功した際の入手データを解析し、そこから、一連の電文が発見されたというのである。
その電文内には明確に、魔導暗号鍵そしてスペアというキーワードが現れていた。
「魔導暗号鍵は、ある種の精神物質だ」
「でもって、マインドプールは過去に実在した、その家系の先祖の精神が複写されている……」
ダリルと円は、揃って沈黙した。
嫌な予感がふたりの脳裏をぐるぐると廻り始め、どうにも手に負えなくなってきていた。
『かしわ300グラム』 了
当シナリオ担当の革酎です。
このたびは、たくさんの素敵なアクションをお送り頂きまして、まことにありがとうございました。
早いもので、オブジェクティブやらメガディエーターやらを扱い出してから、もう一年以上が経っておりました。流石にもう長過ぎるので、そろそろ決着が必要ですね。
次辺り、区切りとなるシナリオが発表出来ればと思っております。
とかいいつつ、野球になる可能性もありますが……。
それでは皆様、ごきげんよう。