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第13章 コンサート!

 はじまりは、静かな、静かな歌声だった。
 中央に置かれたピアノ。
 弾き語りするのは、朱里。

 枝を掲げて 小さな木の実 集めましょう
 寒い夜には翼広げ 凍えないように守りましょう
 眠り辺を照らす 月明かりに祈りながら
 いつかあなたも大人になって ここから巣立つ日が来るでしょう
 だけど寂しい時にも 心が折れないように
 いつでも思いだして 共に過ごしたこの日々を
 だから明日を夢見て おやすみ

 しんとした会場内に、朗朗と歌声が響く。
 歌が終わると、ピアノはそのまま自然に次の曲の伴奏へ。
 いつの間にかピアノの前に、二人の少女が立っている。
 ユニット「プティ・フルール」のピュリアとハルモニアだ。
 二人が口を開く。

 もし寂しくなったら いつでも私を呼んで
 大空もひとっ飛びで すぐに会いに行くよ
 もし悲しくなったら 空を見上げてみて
 涙の雨の後に 虹の橋かけてあげる
 女の子はいつだって 大好きな君のため
 とっておきの魔法を 用意してるものだから
 負けないで きっと笑顔の方がステキ
 いつだって いつだって 見守ってるよ

 紅潮した顔のまま、二人は観客席を見る。
 ぱち……
 最初は静かに、やがてだんだんと、拍手が沸き起こる。
 大歓声ではないが、温かい拍手。
 笑顔で礼をする3人。

 突然、音楽が鳴り響く。
 今までとはがらりと曲調を変えた、明るく可愛らしいリズム。
 ぱぁん!
 キラキラのテープを伴った爆発と共に飛び出してきたのは、秋葉原四十八星華。
「アイドルはKKY108だけじゃなぁーい! 秋葉原四十八星華、よろしく!」
 いきなりの挑戦的な台詞と共に、歌が始まる。
 月崎 羽純のギターに乗って、騎沙良 詩穂が、遠野 歌菜の歌声が響く。
(ああ、やっぱり私、好き)
 歌いながら、歌菜はじわりと実感する。
 これは、しあわせの気持ち。
 私は、歌が好き。
 私の歌で、人が笑顔になるのが大好き。
 だから、ここにいるんだ。
 だから、私はアイドルなんだ。
(KKY108の彼女たちは、どんな気持ちだったんだろう……)
 ふと、ここにはいないアイドルたちの姿を想像する。
(彼女たちも、同じ思いだったらいいな……)
 歌い終わった時、詩穂の瞳には涙が潤んでいた。
「よかった……」
「詩穂……」
「秋葉原四十八星華が、一発ネタでなくて良かった☆」
「そっち!?」
 詩穂の台詞に、客席から歓声とも笑い声が響く。
「これからも、秋葉原四十八星華をよろしくお願いします☆」
 ちゃっかりアピールは完璧だった。

 イントロが流れた瞬間、客席に興奮が走った。
 いよいよ来る!
 KKY108の新曲、『オープンユアハート』!
 舞台上には誰もいない。
 照明が、炎が、点滅しながら空っぽの舞台を照らす。
 闇、光、闇、光。
 その中に、突然現れるアイドル集団!
 おぉ、ともきゃー、ともつかない歓声。
 KKY108と846プロの面々が、舞台上に勢揃いしていた。
 そして歌が始まる。
「皆様の心、空まで、飛んでけ〜!」
 間奏の途中、ジーナの声と共に、衛がふわりと宙に浮かぶ。
 ジーナの【空飛ぶ魔法】。
 舞台を、客席をふわりと飛びながらなんとかポーズをとる衛。
「そこのオニーサン! いっぺん、飛んでみるぅ?」

 花音は、あえていつものソロで歌っている時のような歌声は抑えていた。
 今日の課題は協調。
 一人ではなく、大勢の人の中で共に歌う事。それから個性をバランス良く表現したいと考えていた。
 花音の歌声は周囲と調和し、しかし埋没することなく響いている。
 その隣に立って歌っているのは、響。
(よ、よし、846プロには負けません……いや、そんな事より)
 きもちいい……
 歌いながら、響は次第に緊張も、代役のことも、全て忘れていく。
 そして、マイクが入っていることも。
 響は上から口パクを指示され、マイクを切って参加するつもりだった。
 それをうっかり忘れ、他の皆のようにマイクは響の歌を拾っている。
 気持が乗って来た響は、次第に鍛えた声を曲に重ねていく。
 客席に、響の歌声が響き渡る。
「あ」
 気づいた時にはもう遅かった。
 間奏でふと我に返ると、観客全ての視線が自分に集まっていることに気づく。
「あ、あ……」
 おぉおお……!!
 拍手。
 響のソロへの拍手が鳴り響いた。
(ど、ど……どうしよう)
 客席からの声援を一身に浴び、赤面する響。
 そこに、すっと花音が寄り添った。
 抑えていた歌声を解放する。
 全力の、歌。
 全力での、調和。
 響もその歌声に勇気づけられ、再び口を開く。
 そこに、新たな歌声が加わる。
 さゆみの【激励】の歌。
 1人、また一人と歌声が重ねられる。
 次第に、大きな歌声に。
(届いて、私達の歌)
 さゆみが次に歌うのは【幸せの歌】。
 一人一人の観客の心に直接囁きかけるように。
(あなたは、幸せですか?)
 暖かい幸福感が湧きあがる。
 観客と、自分、それぞれがこの気持ちを感じている。
 一体感。
(皆に届いて、この幸せが……)

「すごい……」
 響き渡る歌声と、大歓声。
 舞台袖で聞いていたピュリアとハルモニアは、その様子に言葉を失っていた。
「ママの歌だって、決して負けてないハズなのに、この歓声……」
「これから歌を歌うのなら、称賛の声だけでなく、それ以外のものからも学びなさい」
 ピュリアの呟きに、優しく諭すように朱里が告げる。
「技術だけじゃない、歌への想い、仲間を想う気持ち、お客さんを想う気持ち……あそこには、たくさんのものが込められているのよ」
 指差す先には、輝く舞台。
 彼女たちが、これから生きていく場所。

 舞台上では、新たに登場したCY@Nとルカルカの歌声が響いている。

 聖なるかな 聖なるかな 聖なるかな
 万軍の神よ、主よ
 天と地は主の栄光に満ち
 高き身許に救いたもう……