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All I Need Is Kill

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 十五章 全ては私を殺すために

 十八時十五分。空京、街外れの廃墟。
 召喚のための全てが揃ったその場所では、早速儀式が始められようとしていた。

「シスター、なんで……?」

 手足を縛られて拘束された床に伏せたナタリーは、信じられないような目でシスターを見ながら、問いかけた。

「……ごめんね、ナタリー。もう疲れたの」

 そう呟いたシスターはナタリーに近づき、語り出した。

「強盗殺人で家族が殺されて。一人残されて、生まれ故郷の村から出て。
 ……神父様に連れられて空京にやってきた時、許せなかった」

 それはシスターの半生。

「家族で過ごす人。恋人と過ごす人。友人と過ごす人。
 私は一人だというのに、幸せそうに過ごす人達が許せなかった。
 ……そうしたら、いつの間にか空京が憎くて憎くて仕方なくなっていた」

 いつの間にか嫉妬で狂った、自分の感情。

「だから、私は依頼したの。空京を滅茶苦茶にすることを。
 私の村で言い伝えられていた化け物を召喚することを。……全ては、私を殺すために」

 シスターがナタリーの頬へ手を伸ばす、

「ナタリー」

 その頬を優しく撫でながら、申し訳なさそうに謝った。

「つまらない女の、面倒くさい嫉妬に巻き込んで、ごめんね」

 シスターはそう言い終えると、踵を返して血の魔法陣へと歩いていく。
 その中央には、神隠しの最後の被害者とヴィータの元の身体の血液で満たされた二本の瓶が置かれていた。

「ねぇ、シスター。準備はいい?」
「……はい」

 シスターは小さく頷くと、その瓶を手に取り、口をつけた。
 そして吐きそうになりながらも、一気に飲み干す。
 それを見たナタリーが驚いて、声を発する。

「な、なにを……!」
「おっと、邪魔をしたらダメよ。いいとこなんだから。でないと……食べちゃうぞ?」

 ヴィータにそう脅されて、ナタリーは黙る。
 シスターは飲み終えて空っぽになった瓶を放り捨て、もう一方の瓶を手に取り、またごくりごくりと飲み始めた。
 そうして空っぽになった瓶をシスターは捨てて、ヴィータに向けて口を開いた。

「……お願いしますぅ」
「ええ。――ナタリーちゃん、出番よ」

 突然、ヴィータに声をかけられたナタリーは声をあげた。

「……え?」
「その人並外れた魔力を、魔法陣に供給して」

 断れば殺される、と本能で理解したナタリーは、自分の意思と関係なく魔力を魔法陣に供給し始める。

「いい子ね。よく出来ました♪」

 ヴィータはそう言うと、シスターのほうへ顔を向けて、静かに詠唱を始めた。

 生は不確かで 死は確か
 ならば現世に死の幕引きを
 生に溢れた不確かな冥土を 死で満たされた確かな彼岸に
 十二の処女の血を搾り出し ここに貴方を呼び起こす陣を描き その血を腹に収めた罪人を差し出そう


 ヴィータが一言語るたびに、血の魔法陣が赤黒い光を放つ。

 祓いを及ぼし 穢れを流して 解放して尊きものへ
 暴虐と殺戮の化身たる貴方が世界を新生させよ
 総てを置き去り 世界を狂乱の檻へといざなえ


 輝きはどんどん強くなり、廃墟の全体を赤黒い光で埋め尽くす。

 召喚――盲目白痴の暴君

 ヴィータが詠唱を終えた瞬間、シスターに異変が起きた。

 ぐちゃり

 音。関節と筋肉が歪む音。

 ぐちゃりぐちゃり

 不快音が響くと共に、身体が膨れ上がる。何倍も。何倍にも。膨れ上がっていく。

 ぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃり

 やがて、人間の体積の三十倍にも膨れ上がった。

 ぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃり

 人間の内臓を裏返したような表面に無数の肉の触手が生える。球体の身体が裂け鋭利な牙が並んだ巨大な口が現れる。

 ぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃり

 そして、シスターだったそれはいつしか、おぞましい化け物へと変容した。

「gggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggg!!!」

 そして巨大な化け物――盲目白痴の暴君は、生誕の喜びで肉体を震えさせ、人間の言語を超えた叫びを空京に響かせた。