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「全く……人の話も聞かんとはなぁ……」
 館内を逃げる瀬山 裕輝(せやま・ひろき)が呟く。
 裕揮は根暗モーフに自ら歩み寄っていた。仲間にならないか、という提案を持って。
 裕揮が石村邸に来た理由は、救助などではなく現れる幽霊を自身の所属する(といっても構成員は裕揮一人だけ)『妬み隊』の勧誘であった。
 実際は幽霊などではなかったが、気質的には『妬み隊』に持って来いの人材。喜び勇んで勧誘を行った。
 だが答えはNO。理由は『宗教なら間に合っている』というもの。
「宗教ちゃうがな。テロリストやっちゅーの」
 尚タチが悪い。ちなみに『妬み隊』の活動内容は主に色々対象への迷惑、羨ましい人への妬み、逮捕や法律とかのギリギリセーフグレーゾーンのラインでの行為である。テロリストというのも間違いでは無い。
 流石に捕まるのは拙い為、同行していた月読之 尊(つくよみの・みこと)を生贄に逃亡したのであった。尤も尊は『逃げるのも働く事と一緒。働いたら試合終了だよ』と逃げる事すらしなかったのであるが。勿論しっかり捕縛された。
「っと……やば……」
 こっちに向かう足音が聞こえる。
「……ここでええか」
 目の前の部屋に逃げ込む。畳張りの床にこの時期に不釣り合いの炬燵が見える。そこは和室であった。
「――誰や?」
 部屋の隅の人影。よく目を凝らすと根暗モーフでないことがわかる。
 その人物――双葉 朝霞(ふたば・あさか)は体育座りで小芥子 空色(こけし・そらいろ)に話しかけていた。
 だがその様子はどこかおかしい。

「めんどくさい……生きるのってなんでこんなにもめんどくさいの……好きな事もやりたい事もなかなかやる気になれないっていうのに、嫌な事ややらなくちゃいけない事がどうしてできるっていうの……どうせ何しても他の人には差をつけられて判断しても失敗して迷惑かけて嫌われて傷つくなら何もしたくない……ああもう考えるのもめんどくさい……」

と、鬱オーラ全開で空色に延々語りかけているのだ。ブツブツと。
 空色は空色で、朝霞の話を聞いているようにも思えるが基本は瞬き一つせず、ただ自前の椅子に座っているだけである。ぶっちゃけ不気味だ。
「怖っ!?」
 裕揮が叫ぶのも無理は無い。
「おい、今この辺りから声がしたぞ!?」
 その裕揮の声を聞きつけたのか、廊下から声が聞こえた。
「ちっ……仕方ないわ」
 そう言うと炬燵に潜り込む。掘り炬燵になっている中は暗く、息苦しさを感じる。
「……ん?」
 そんな暗闇の中で目に入ったのは足。気付かなかったが、何者か炬燵に入っていたようだ。
「……ふぁー……良く寝たー」
 どうやら眠っていたらしい主が起き上がる。足に触れないよう裕揮は隅に寄る。
「……トイレ行きたくなってきた」
(コイツに気付かれても厄介やし、行った隙に逃げたるか)
 だが、耳に入ってきたのはとんでもない言葉。
「ここでしよう」
「え」

 力むような声。ヤバい、こいつマジだ。
「ちょ、おま! そらあかあああああああ!」 

 ※現在大変お見苦しい光景が繰り広げられております。暫くお待ちください。


「ここかって臭っ!?」
 一歩遅れて和室に入ってきた根暗モーフが異臭に鼻をつまむ。
「あれ、どうしたの?」
 そんな彼らを見て炬燵に入っている者――炬燵警備が首をかしげる。
「どうしたじゃねーよ! また中でやったな!?」
「面倒でつい」
「ついじゃね・・・ん?」
 ふと、炬燵から手が出ている。気づいた。
 炬燵を捲ると、意識を失っていた裕揮がいた。どんな状態だったかは彼の名誉のため割愛しよう。
「あれ、侵入者?気づかなかった。あーそういや、あそこの人もそうなの?」
 炬燵警備が指差した先には、

「未来は絶望しかないし考えたくもない……過去なんて失敗ばかりで思い出したくもない……前を向いてみたって人の背中しか見えない……一体どうしろというのだろう……私のやる事は間違っているっていうのはわかる。私は頑張っていない。頑張れば何か変わるかもしれない……けど私は頑張る事が出来ない……何かしようっていう気力が無いんだもの……何かしたところで結局失敗する……ああ考えるのもめんどくさい……寝たら考えなくて済むけど寝ると明日がやってくる……もう目をつぶるのも息をするのも、生きる事自体がめんどくさい……」

尚も延々と鬱オーラ全開で空色に語りかけている朝霞がいた。
「「「怖っ!?」」」
 これには流石の根暗モーフも思わず叫び声を上げる。
「ど、どうする……?」
「できればそっとしておきたいけど……そういうわけにもいかないよなぁ……」
 近寄りがたい朝霞のオーラに、困ったように根暗モーフが呟く。
「……えーっと、お取込み中の所申し訳ないんだけど、ここに居られるとちょっと困るんで……一緒に来てもらえますか?」
 おずおずと話しかけると、ちらりと朝霞は根暗モーフを見て、ぽつりと呟いた。
「……もう考えるのもめんどくさい」
 そして、ゆっくりと立ち上がった。