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盛夏のフラワーショー

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盛夏のフラワーショー

リアクション

 百合園女学院から乙女を百合百合を盗む際、彼は控室に入れてもらうよう園芸部員に話している──だから。
「これを見せれば、きっと目撃証言が集まりますわ」
 が描いたのは、園芸部の少女から聞いた特徴を絵にしたものだった。上手というわけではないけれど、これに身長や体系、服装の情報が加われば大分役に立つだろう。
 アナスタシアたちは似顔絵と証言をもとに、聞き込みを始めていた。
 見慣れない花、それも鉢植えを持つ少年はそこそこ目立つかと思ったが、祭りの為に人出が多く中止されていないようだった。それでも人出が多いということは、目撃者も多いということになる。
「その子なら今朝、病院の敷地に入っていったのを見たわよ」
「その子ならさっき、フラワーショーの会場に入っていったよ──でも、花は持ってなかったけど」
 調査開始から二時間ほど後、概ね二つに分かれた証言をメモに書きとめたアナスタシアは、ぴしりと空に指を突き付けた。
「これは矛盾ですわ! つまり、まず病院に行って花を置き、それから今また、新たなターゲットを探しているに違いありませんわ!
 病院は張り込んでくださる方がいますから、まず会場に行きましょう!」
 初めから病院が怪しいとある程度目星がついていたために、病院には既に張り込みをしている生徒がいる。
 合流するという生徒達と分かれて、アナスタシアはフラワーショーの会場に急いで入っていった。
「……入口は一つではありませんのね。逃がさないように会場を封鎖すべきかしら……」
 入口で迷っていると、良く知っているぼさぼさ頭が、花の影から彼女の前にひょっこりと現れた。
「──アナスタシア、探偵ごっこやるの? ボクも混ぜてよ」
 フラワーショーを見て回っていた、鳥丘 ヨル(とりおか・よる)だった。
 百合園女学院生徒会の副会長として、それとは別にしても、一目置いているヨルにあっさりそう言われてしまって。
「た、探偵ごっこ……」
 アナスタシアは軽いショックを受けたようだった。
「わ。私だって分かっていますわよ、ええ」
 事実を指摘されて現実に引き戻されて。彼女はそうして両手の指先を絡めていじけてしまった。凛がお姉様ファイト、と応援してみたりしたのでやっと顔を上げた。
「で……でも必須そうなものは揃えましたのよ。メモ帳とペン、カメラ、ルーペ、水筒……」
「分かってるよ、別にアナスタシアを馬鹿にしてるんじゃないんだよ」
 アナスタシアだって、ヨルに馬鹿にされていると本気で思ったわけではないけれど。遊園地で鏡を突き付けられた気になってしまったので、そう言われて気が楽になる。
 気が楽になればいつものペースだ。髪をかきあげて自信ありげに頷いた。
「ええ、勿論ですわ」
 それでヨルは本題に入る。
「でね、考えたんだけど。今のとこ目撃されているのは一人だけど、仲間がいるかもしれないね。だからボクは会場の花妖精に、花泥棒について聞いてみてたんだ。
 引き続き調べてみるけど、詳しいことが分かったら、携帯で連絡するね」
「お願いしますわ」
「うん。一緒に解決して、うまくいってもいかなくても、終わったらハーブティー飲もうね」
 それは単に花より団子、ハーブティーよりケーキだったからかもしれないが。
 ヨルは元気よく手を振ると、さっそく四季の庭に出かけて行った。
 フラワーショーの観客は、立地の為かヴォルロスや近隣のヌイ族の都市からくる種族が少し見かけるくらいで、その殆どが都市の住民だ。
 ヨルは彼ら彼女らに質問をしていく。
(盗んだ花を何に使っているかわからないけど、枯らすためじゃないと思うんだ。珍しい花なら育て方もコツがいるし、それなら花に詳しい人に手伝ってもらうのがいいよね)
「最近、珍しい花の世話をたのまれた人、いないかな?」
「どうして?」
「最近花泥棒が出てるって聞いたから。……あっ、別に逮捕しようとか懲らしめようとか、そういうつもりじゃないんだよ」
 花を痛めつけているようなら、ちょっと考えちゃうけど。その時は、罰として花の世話一年間でどうかな? ──と、平和的な解決方法を夜が考えていると。
 何人目か声を掛けた鈴蘭の花妖精たちはしばらく、うーんと考え込んでから、
「珍しい花とは言ってなかったけど、近所の男の子が最近花を育て始めたとかで、お世話の仕方を聞いてきたわね。でもちょっとコツを教えてあげて──そうそう、書店で植物図鑑を買うように勧めたわ」
「分かった。でも普通の花じゃなかったら、世話の仕方とか違うんじゃないのかな?」
「もしそうでも分からなかったと思うわ。如雨露とか、最低限の道具も持ってないって言ってたから。ここの街の人なら多かれ少なかれ植物については詳しいんだけど、全くそういうのに触れていない感じだったわね。確か……ヴォルロスから最近越して来たみたい」
 ヨルは携帯を取り出すと、それをアナスタシアに伝えるべく電話をかけ始めた。


 一方アナスタシア達は何時までも入口にいても仕方ないと役割分担を始めていた。
「では私たちも、花泥棒を手分けして捕まえましょう。勿論聞き込みも忘れてはいけませんわよ。皆さん粘り強い捜査をいたしましょう。小説には、『現場百回』と書いてありましたもの」
(小説の影響って……。それに現場百回は、意味が違うんじゃ……)
「……し、視線を感じますわね」
 アナスタシアは、先程の「探偵ごっこ」から追い打ちをかけるように、生徒会書記の稲場 繭(いなば・まゆ)の視線が注がれているのに気付いた。
 実年齢でも、そして外見的には犯人とさほど変わらない──いや、それよりも確実に小柄な繭の視線は効果があるようだった。
「だ、大丈夫ですわ。私を誰だと思っていますの?」
(……たじろいでますよ、会長)
 繭は再び内心で突っ込みつつ、
「会長、あまり怖がらせてはだめですよ? 相手は小さな男の子なんですから」
 そうそう、会長が無茶しないかと思って買って出たお目付け役なのだ。こんな小さく見えてもちゃんと生徒会の役員なのだし。
 会計の琴理には放っておかれ、役員に次々と突込みを入れられて、流石に会長として威厳がないと思ったのだろうか、拳を口に当てこほんと咳払いを一つ。
「分かってますわよ。さあ、事件の速やかな解決に全力を尽くしましょう。それよりそのカメラは何ですの?」
「百合園の会報に載せようと思ってます。少年を追いかける過程で、フラワーショーや街の様子を撮れるでしょうし。
 ──話を戻すと。盗んだことにもきっと理由があるはずです。個人的にはきちんと謝ることができたら譲ってあげてもいいと思うんですよ」
 そしてすべてがめでたしめでたしで終わったら、会長と男の子のツーショット写真を取って会報に載せたいなと思う。他に撮った花々の写真も一緒に。
 さすがにアナスタシアも、男の子を火だるまにするようなことはしない、くらいの信用? はあるようだ。まぁ、これも他の生徒達がいるからかもしれないが。追いかけて捕まえて指を突き付けて、泣かせてしまうんじゃないかくらいの信用だけど。
「大丈夫です、百合園の皆さんは、きっと事情を知って花が戻れば許して下さるかも……」
 凛が先輩の繭におずおずと言う。
「折角の素敵なお祭りですのに、被害者の方も花泥棒さんも彼の気に掛ける方も楽しめないのは悲しいと思いますの」
 こちらはアナスタシアのことを心底信じているようだ。
(何かカンだけど、子供が入院してる友達とか肉親の為に、花を持って行ってるような気がするんだよな……)
 もまた、もしパートナーともども、正論で子供を責めるようなことになったら子供の弁護に回ろうと思っていた。

 聞き込みのために生徒達が散らばっていった後、アナスタシアと幾人かの生徒はオープンカフェに向かった。
 少年も疲れたら来るかもしれないし、中央なら開けているし幹の周りを最小の距離で歩け、同時に会場を見渡しやすいという理由によるものだった。
 幹の周りを一回りしてから、誰かが付かれたと言い出して、席に座る。
「お疲れでしたら、こちらをどうぞ」
 ここはそもそもフリーのお茶もお菓子も用意されている以外に、持ち込みもできるようになっている。
 綾耶が、露店で売っていたはちみつクッキーとお茶を配って回る。
「どんな名探偵さんでも疲れてたらいいアイデアも出ないと思いますし、こういう休息の間にふっと閃くなんて事もあるかもですよ?」
 小説で勉強した名探偵(笑)ねぇ、と某は苦笑しつつ、一休みがてらぱらぱらとメモ帳をめくった。
「聞き込みで聞いた情報だと──助手のテンさん、確認してくれ」
 テンさんこと、守護天使の青年を助手にして、まとめた情報を確認する。
「さっき携帯に入った情報だと、ヴォルロスから引っ越してきた少年が、育てる方法も分からないのに花を盗んだことになるね。自分で育てるにしても花が好きだからという理由じゃなさそうだよ」
 シェリルとアナスタシアも頷いて、
「中身も見た目通りなら、あまり難しい事は考えていないかもね」
「確かに、見た目と中身が同じとは限りませんけれど、大人なら目撃者にもっと別の印象を与えるでしょうし、別の手段を取るのではないかしら?
 とはいえ、行き当たりばったりの犯行にしては、嘘をついてまで控室に入ろうとした……綺麗な花や珍しい花を盗もうとした、というところに目的が感じられますわ」
 話しているうちに、アナスタシアの携帯に生徒から電話がかかってくる。
 もしもし、と電話に出た彼女の顔色がさっと変わる。
「夏の庭、少年が見つかったそうですわ──行きますわよ」
 彼女は立ち上がってすぐに夏の庭に向けて走り出したが、急いでいたためか、庭に入ろうとするところで茨の刺で指先をひっかいてしまった。
「……痛……いいえ、今は気にしていられませんわ」
 血をしたたらせた手をハンカチで拭い、アナスタシアは再び駆けだそうとした、その時──。

 清泉 北都(いずみ・ほくと)とパートナー白銀 昶(しろがね・あきら)はこの少し前、路を歩いていた。
「……流石、フラワーショーだけあって、花の数も種類も豊富だね。見るだけじゃなく香りも楽しめるね」
 僕は特に薔薇が好きだな、と北斗は言った。その名に冠し、また庭に咲き誇る薔薇の学舎の生徒だから自然と愛着があるのだろうか。
「学舎にある薔薇も美しいけれど、ここの薔薇も素敵だね。色とりどりの花が咲き誇り、香りを運んでくる」
「……まさにむせ返る匂いってやつだな。こんだけ花がいっぱい咲いてるのは見たことないぜ。形といい色といい、薔薇に見えないのもあったし……」
「興味深い?」
 きょろきょろ周囲を見回しているパートナーに、静かに北斗は微笑む。
「ほら、あの薔薇を見て行こうか」
 やがて二人は歩き疲れた足を休めるために、カフェに入った。北都は早速頼んだお茶をメイドさんが運んできてくれて、ふとポットを受け取ろうとした手を引っ込める。
「……ああ、やってくれるんだったね、ありがとう」
 うっかりいつもの癖で、自分で淹れようとしてしまいそうになる。今日はお客さんだから。招いた側に恥を欠かせない為にも、頑張って、お客さんをしなければ。
 彼は自分に言い聞かせた。
「そうそう……薔薇のジャムを見付けたんだ、買って帰ろう。紅茶に入れて飲んだらきっと美味しいし」
 今日ここに来られなかった他のパートナーに、いいお土産になるんじゃないか。
 それにクリスタライズドローズという、薔薇の花に卵白と砂糖をまぶしたものもあった。これも名前の示すようにきらきらと、花弁に雪が降ったように見える砂糖漬けだ。
 他に露店では、お風呂に入れるための薔薇の花やバスボム、ポプリ。香水や化粧品も扱っている。
 この都市では植物を何にでも利用しようという意識が強いらしく、ブランドとして売っているものの他にも、個人個人で手作りを楽しんでいるようだ。形や品質も様々だが、手作りは味があるし一点物を探し出すのも楽しみの一つだろう。
「ああお土産もいいけどその前に、お茶を飲んだら出展された花も見に行こうか。確か百合園からも出ているらしいね。来年は薔薇学も、オリジナルの薔薇を育てて出展出来たらいいね」
 北都はそれから薔薇や花について、幾つかのうんちくを披露した。昶も熱心に耳を傾けている。
「へえ、花言葉とか地域によって全然違うんだな。オレも少しは地球の花の事を知ったつもりだったんだけどな……そういえば、青薔薇の花言葉は、出来る前と後で変わったんだって北都に聞いた事があったっけ」
 彼は古いガラクタだらけの記憶の中から、その知識を引っ張り出す。
「前は『不可能』、後は『奇跡』。文字通り、不可能が可能になって奇跡が起きたってことか。このショーに出された花の中にも、後世に別の名で呼ばれる花もあるかもしれないな」
「そうだね。薔薇自体も様々な種類があって、いまだに新しい品種が生み出され続けてる。それだけの名前が付けられてるからね」
 二人がそんなことを話してティーカップを傾けながら薔薇に目をやっていると、昶は茨の中に見知った顔を見付けて手を挙げた。
「よぉアナスタシア」
 突然呼びかけられてびくっと肩を揺らしただが、彼の顔を思い出してほっとしたように息を吐く。
「あ、あの、びっくりさせないでくださる? 貴方は……もふもふの方ですわね。あの節はありがとうございましたわ」
 指を庇いながら礼をするアナスタシアに昶は眉を潜めた。
「ん、怪我してんのか?」
「ええ、大丈夫ですわこの程度。今忙しいので、失礼いたしますわ」
「ちょっと貸してみな」
 昶は以降とするアナスタシアの方へさんぽで近寄ると、おもむろに手を取って、ぺろりと舐めた。
 今度こそアナスタシアの肩と声が跳ね上がった。
「な、な、何をなさいますのっ!?」
「こんくらいの傷、舐めときゃ直る。何でもかんでも力に頼ればいいってもんじゃないからな」
 魔法でも使えばいいところだし、アナスタシアは魔法使いだ。けれど非契約者だからという、彼の配慮でもあった。
 もっともらしい理由に彼女は意外なことを聞いたように目をぱちくりさせて。
「そ、そういうものなんですの?」
「そーいうもんだ」
「そうでしたの、それは無知でしたわ。……世の中には知らないことがまだまだたくさんあるんですのね」
 そう言って納得するように頷いていた。とはいえ顔は真っ赤で、混乱しているようだった。実家では多くの人間に傅かれるお嬢様で、魔法だのメイドの薬箱が登場していたので、当然そんなマメ知識を教わる機会などなかったのだ。
「……そ、そうでしたわ。そんなことをしてる場合ではありませんわ」
 頬に手を当てて、顔を振ると、アナスタシアはスカートを摘まんで優雅に礼をした。
「ではごきげんよう、楽しいひと時を」
 そう、花泥棒の少年を探しに行かなければ。彼女は三度、駆け出した。